ちょっと前に福井地裁判決から「自賠法3条による無過失の証明」について解説しましたが、


難しすぎてわからないと言われてしまう…
うーん、どう説明すると分かりやすくなるのだろう。
損害賠償の基礎
交通事故において損害賠償請求する際には、主に2つの法律が根拠になります。
○民法による損害賠償請求
民法によって損害賠償請求する場合、損害賠償請求する被害者が加害者の過失を立証する必要がある。
例「加害者は前方をきちんとみていれば回避できたのだから、前方不注視の過失がある!」
「だからカネを払え」
○自賠法による損害賠償請求
自賠法によって損害賠償請求するときは「加害者自らが無過失だと証明しない限りカネを払わなければならない」。
なので「自賠法3条により損害賠償請求します」と言われた場合、加害者側が無過失の証明をしないとカネを払うことになる。
ただし自賠法による賠償の範囲は人身損害に限定されているため、「クルマが壊れたから弁償しろ(物損)」には使えない。
これが大前提。
その上で福井地裁判決をみると
前提を押さえた上で事案の概要です。
対向車が居眠り状態に陥り、センターラインを50センチ(画像では80センチとしているがミス)はみ出して通行。
はみ出して逆走した赤車両の同乗者が死亡したことについて、青車両側に民法及び自賠法による損害賠償請求をした。
通常であれば対向車のはみ出し(逆走)は逆走した車両に全過失がありますが、問題なのは青車両の先行車2台ははみ出し通行した赤車両との衝突を回避した。
そうすると青車両にも「前方注視していたら衝突を回避できた余地があったのでは?(過失があったのでは?)」と疑義が生じる。
ここで大事なのは民法と自賠法による損害賠償請求をしていること。
民法 | 自賠法 | |
賠償範囲 | 人的損害と物損 | 人的損害のみ |
立証責任 | 赤車両側が青車両の過失を立証する | 青車両が自身に過失がないことを立証する |
賠償が認められる条件 | 赤車両が青車両の過失を立証した場合 | 青車両が自らの無過失を立証できなかった場合 |
自賠法の規定によると、青車両は「自らの無過失」を証明しない限りカネを払わないといけない。
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
話を戻すと、先行車2台が衝突を回避できたから「青車両にも何らかの過失があったのでは?」と疑義が生じた。
しかし青車両と先行車の距離は「わからない」、青車両が「赤車両のはみ出し」にどの地点で気づけたか?についてもわからない。
「わからない」以上は青車両の過失を立証できないことになるけど、同時に青車両自身が無過失の証明もできないことになる。
それを法律に当てはめるとこうなる。
民法 | 自賠法 | |
賠償範囲 | 人的損害と物損 | 人的損害のみ |
立証責任 | 赤車両側が青車両の過失を立証する | 青車両が自身に過失がないことを立証する |
賠償が認められる条件 | 赤車両が青車両の過失を立証した場合 | 青車両が自らの無過失を立証できなかった場合 |
青車両の過失を立証できなかった以上は民法による損害賠償責任は否定される。
しかし「青車両自身が無過失の証明に失敗」したことにもなるから、自賠法による損害賠償責任は肯定される。
だからこういう判断になるわけ。
以上のとおり,本件事故について原告Fは無過失であったと認めることはできない一方,原告Fに過失があったとも認められない。したがって,被告Eは,原告Bらに対し,自賠法3条に基づき,本件事故により亡Gの生命又は身体が害されたことにより受けた損害の限度でこれを賠償する義務を負う一方,民法715条に基づく損害賠償義務を負わない。
福井地裁 平成27年4月13日
たぶん一般的な感覚だと「過失があったとも認められない」=「過失がない」だと思う。
法律概念では「過失があったと認められない」と「無過失であった」は別なのよ。
前提となる法律を理解してないまま判決文や報道をみても全然理解できないことになりますが、そもそもこの事案は特殊事例。
赤車両の「同乗者」が死亡したのだから、「居眠り運転した赤車両の運転者」に損害賠償請求したら確実に認められるし、そもそも赤車両の自賠責保険が適用されるのにわざわざ青車両側に損害賠償請求するのはおかしくね?と考える人もいるでしょう。
しかし話がややこしいのは、赤車両の同乗者は「赤車両の所有者」。
この場合、所有者は自賠法でいう他人にならないため赤車両の自賠責保険は適用されない。
そして赤車両の運転者に損害賠償請求しても、何らかの保険がなければ回収できないことになるのだから、自賠法でいう「無過失の証明」に期待して青車両側の保険を頼りにするしかない特殊事案。
自賠法3条による損害賠償請求をした以上、青車両は無過失の証明をしない限りカネを払う義務がある。
被害者保護のために立証責任を加害者側に転嫁する法律なので…
無過失の証明に関する事例
ちょっと興味深い事例があります。
判例は横浜地裁 平成29年2月22日。
赤信号を無視して交差点に進入した原付と(注、赤進入は本人が認めている)、「交差点直前で青信号と確認したが交差点進入時に黄色に変わった」と主張するクルマの衝突事故。
自賠法3条によると、クルマは無過失を証明しない限り損害賠償することになりますが、以下の理由からクルマの賠償責任を肯定。
自賠法3条によれば、被告が無過失であるとなるには、被告が赤色表示及び黄色表示(黄色表示となった時点で停止線前で停止するとかえって危険である場合を除く。)のいずれでも本件交差点に進入していないことを立証しなければならないところ、被告はその旨の立証ができていない。これに加えて、被告に有利となる過失相殺事由についても被告に立証責任があることになるところ、本件においては、被告が黄色表示で本件交差点に進入したことの立証もされていないから、結局、原告車両及び被告車両の双方が赤色で本件交差点に進入したことを前提とした過失割合によるべきこととなる。
横浜地裁 平成29年2月22日
自賠法3条の概念から「無過失の立証」がなかったことを理由に、双方ともに赤進入の過失割合を適用。
クルマ側が「赤進入ではない」「黄色進入ではない」ことを証明しなかったことからこうなる。
これを理不尽と捉える人もいるでしょうし、理不尽と言えば理不尽。
要は民事って「どっちが悪いか?」なんて単純な理屈ではないし、被害者保護のために「無過失を主張するなら過失がない証明をしてね」としている。
ただし無過失の証明を認めた判例は普通にあり、例えばこれ。

具体的状況が証明されたので無過失の立証を認めてますが、福井地裁の事故についてはざっくりいうとこう。

だから民法による損害賠償請求は認めないけど、自賠法による損害賠償請求は認める。
実際に過失があったかもしれないし、なかったかもしれないけどわからない以上は自賠法でいう「無過失の証明」がないのだからカネを払うことになる。
福井地裁の事案から学べる点があるとしたら、ドラレコがあれば無過失の証明ができたかもねなのよね。
まあ、ドラレコがあれば過失が証明された可能性もあるのですが…

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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