自転車が赤信号無視して事故に至ったものと思われますが、

これについて、
②運転者に行政処分があるか?
③民事責任はどうなるか?
は気になる人が多いと思う。
運転者は過失運転致死罪に問われるか?
過去に書いたイラストを流用するので細部は違いますが、現場は片側三車線、クルマは東進、自転車は北進。
さてこの状況で過失運転致死罪が成立するには、クルマからみて「信号無視自転車が視認可能」になった地点がどこなのか次第です。
刑事責任上、信号無視する車両や歩行者を予見する注意義務は「特別な事情がない限り」は無い(最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日)。
なので信号無視を予測して警戒する注意義務はないけど、視認可能になった地点で「制限速度を遵守して即座に急ブレーキを掛けた時に、衝突を回避できたのか?」次第になる。
これは昭和の時代から裁判所の考え方は一貫している。
・大阪高裁 昭和63年7月7日
信号無視した歩行者との衝突事故ですが、歩行者が信号無視して横断開始した地点で急ブレーキを掛けても回避できなかったとして無罪。
クルマからみて「信号無視歩行者」を認識できたのは衝突の31.025m手前で、被告人の制動距離は31.5m。
・東京高裁 昭和59年3月13日
信頼無視して横断した歩行者との衝突事故ですが、前方注視していれば衝突地点の51.4m手前で発見できたから回避可能だったとして有罪。
本件交差点出口南側横断歩道の左側に街路灯があるため、交差点手前の停止線から40m手前(本件衝突地点からは約51.4m)の地点から本件衝突地点付近に佇立する人物を視認できる状態にあり、しかも被害者の服装は、一名が白色上衣、白色ズボン、他の一名が白色ズボンであったから、被告人は通常の注意を払って前方を見ておけば、十分に被害者らを発見することができた
東京高裁 昭和59年3月13日
・徳島地裁 令和2年1月22日
信号無視した横断自転車との衝突事故ですが、被告人から見て被害者を視認可能になった地点で既に回避可能性はなく無罪。
冒頭の事故についても、クルマが信号無視自転車を視認可能になったのはどの地点なのかにより話が変わる。
行政処分はあるか?
死亡事故の場合には22点(専ら運転者の不注意)、15点(被害者にも過失がある場合)が考えられますが、今回の事故は被害者の信号無視が一因と考えられるため15点(一年間の免許取消)が考えられる。
ただし警察庁的には「予見可能性も回避可能性もない事故は点数登録の除外」としている。
交通事故に関する登録除外理由
1 交通事故が不可抗力によって起きたものである場合(当該交通事故の際の具体的事情から判断して、結果予見及び結果回避の可能性がなく、事故防止の期待可能性がない場合をいう。)
2 違反行為をした者の不注意の程度が極めて軽微であり、かつ、当該交通事故の際の具体的事情において、その者に結果予見及び結果回避を期待することが困難であったと認められる場合(違反行為をし、よって交通事故を起こしたと認められる場合であっても、当該違反行為をした者がその結果を予見することが困難であったと認められる場合であって、かつ、当該違反行為をした者に対し、危険に際しての結果回避行為に出ること、又はその行為に出たとしても結果回避を期待することは困難であったことが認められる場合をいう。)
https://www.npa.go.jp/laws/notification/koutuu/menkyo/menkyo20181030_062.pdf
赤信号無視する自転車を予見する注意義務は「特別な事情がない限り」は無いとされているので、結局のところ信号無視する自転車を視認可能になった地点で回避可能だったか次第(もちろん制限速度内で運転していた場合の回避可能性)。
回避可能性がなければ点数はつかないことになりますが、これは都道府県によって原則通りに運用している場合と、わりと強引に点数をつけるところがあるらしい。
ただしわりと強引に点数をつける都道府県でも、意見聴取の場で「免許取消→免停」みたいな駆け引きはあるらしい。
なお一つ参考になる事案として、免許取消が妥当かを争った東京地裁 平成28年12月9日判決がある。
この事案は優先道路を進行中に非優先道路から進入した自転車と衝突した事故について、「交差点安全進行義務違反(2点)」と「被害者にも過失がある場合の付加点数(13点)」で一年間の免許取消にしたもの。
前記(1)アのとおり,原告は,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件停止地点において停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していた本件自転車を視認することが可能であったにもかかわらず,前記1(3)のとおり,本件衝突地点の8.3m手前の地点に至るまで,本件自転車を発見できなかったものである。この事実自体,原告が前方を注視していなかったことを推認させるといえる。
このことに加え,原告が,実況見分(乙3)及び司法警察員による取調べ(乙5,9)において,本件衝突地点の102.9m手前(α方面)の地点に差しかかったとき,225.3m先(国道○号線方面)の上方に設置されている案内標識が目に入ったので,その案内標識の方に気を取られながら走って行った,そして,本件衝突地点の8.3m手前の地点に差しかかると,突然,横断してくる本件自転車が目に入ったとの趣旨の供述をしていることをも併せ考慮すれば,原告は,前方にある本件交差点を注視しなかったため,本件衝突地点の8.3m手前の地点に至るまで,本件自
転車を発見できなかったものと認めるのが相当である。東京地裁 平成28年12月9日
要はこの事故、加害者が前方注視していれば自転車を視認でき回避できたのに、前方不注視により直前まで気づかないまま事故を起こしたのだから交差点安全進行義務違反になる。
仮に視認可能になった地点で回避可能性がなければ交差点安全進行義務違反は成立しないので、付加点数もつかない。
民事の過失
被害者が赤信号無視という重大な過失がある場合でも、クルマ対自転車や歩行者の場合にはクルマに20~30%程度過失が認められる。
民事は「平等」に責任を分け合うのではなく「公平に」分担する仕組みなので、弱者保護が働くためです(優者危険負担の原則)。
一例↓
ところで、(2)で述べたような、本件マンションのスロープで危険なスケートボード遊びをし、しかも、間近に迫っている加害車両に気付くことなくスロープを滑り降りた亡被害者の落ち度と、(3)で述べた被告の落ち度とを単純に比較するならば、被告の主張するように、亡被害者の落ち度の方がより大きいと言えるだろう。
しかし、交通事故における過失割合は、双方の落ち度(帰責性)の程度を比較考量するだけでなく、被害者保護及び危険責任の観点を考慮し、被害者側に生じた損害の衡平な分担を図るという見地から、決定すべきものである。歩行者(人)と車両との衝突事故の場合には、被害者保護及び危険責任の観点を考慮すべき要請がより強く働くものであり、その保有する危険性から、車両の側にその落ち度に比して大きな責任が課されていることになるのはやむを得ない。特に、被害者が思慮分別の十分でない子供の場合には、車両の運転者としては、飛び出し事故のような場合にも、相当程度の責任は免れないものというべきである。
東京地裁 平成15年6月26日
過失割合というのは必ずしも正確ではなく、責任割合とみなすほうが実情に合う(なお刑事無罪と民事無過失は別です)。
結局のところ強者対弱者の事故では、歩行者や自転車の違反は主に「自分がケガをする」なのに対し、クルマの違反は「他人をケガさせる」になることが多い。
この不均衡な関係を「公平」にみるのが民事。
ちなみに自転車は対クルマでみれば弱者ですが、対歩行者であれば強者になる存在です。
結局のところ、刑事責任・行政処分については「回避可能性があったか?」次第になりますが、最近おかしな解説を繰り返す人がいるので釘をさしておくと、
予見不可能、回避不可能なら刑事も行政もおとがめなし。
ただし問題になるのは「本人が回避不可能とおもいこんでいるけど、実際は前方不注視」という場合もある。
結局のところ、やることをきちんとやっていたなら法は不可能を強いるわけじゃないので、制限速度内で前をよくみて運転しましょうとしか言えないのよね。
必ず行政処分があるかのようなおかしな解説を繰り返す人の内容をみると、「世の中理不尽ですね」にしかならん。
理不尽な法律なのではなくて、単に理解してないだけなのよ。
例えば警察がする「第一当事者」の認定は何の基準もなく警察的には加害者被害者程度にしか認定してないこともいくつかの都道府県に確認してますが、そういう実情を知らずに「第一当事者しか点数がつかない」なんてことはない。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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