交通事故後の損害賠償の精算において、救護義務違反は「事故後の出来事」だから「事故の」過失割合には影響せず、慰謝料増額事由になると解説してますが、
救護義務違反により「遺族の精神的苦痛が格段に大きい」と評価され、本人分とは別に両親各200万円を認めた例(福岡地裁久留米支部 令和元年10月23日判決)などがある。
運転レベル向上委員会より引用
この書き方と解説だと、「救護義務違反」が「本人分(被害者自身)とは別の慰謝料」を発生させたかのような書き方になっている。
つまり救護義務違反と本人分以外の慰謝料発生が因果関係があるかのような。
ずいぶん誤解を招く解説だなあと感じるのは、本人分とは別の慰謝料を発生させた理由は死亡事故だからなのであって、それを救護義務違反があることで慰謝料増額の理由になったに過ぎない。
第七百十一条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。
この動画が取り上げている事故は重症事故であって死亡事故ではないのだから、ずいぶん誤解を招く解説だなあと感じてしまう。
ところで「救護義務違反は事故後の出来事で、事故自体の過失とは別問題」だと理解しているのであれば、なぜ行政処分の点数計算が狂うのか意味がわからないのよね…

運転レベル向上委員会より引用
施行令によると、「同時違反」については点数が高いものだけを加算し、事故に係る付加点数については「違反によって」として違反行為と死亡・傷害の間に因果関係を求めているのだから、「救護義務違反によって他人を死傷させた」という日本語が成り立つ余地がない。
一 違反行為に付する点数は、次に定めるところによる。
1 一の表又は二の表の上欄に掲げる違反行為の種別に応じ、これらの表の下欄に掲げる点数とする。この場合において、同時に二以上の種別の違反行為に当たるときは、これらの違反行為の点数のうち最も高い点数(同じ点数のときは、その点数)によるものとする。
2 当該違反行為をし、よつて交通事故を起こした場合(二の119から128までに規定する行為をした場合を除く。)には、次に定めるところによる。
(イ) 1による点数に、三の表の区分に応じ同表の中欄又は下欄に掲げる点数を加えた点数とする。ただし、当該交通事故が建造物以外の物の損壊のみに係るものであるときは、1による点数とする。
・「一の表」→一般違反行為
・「二の表」→特定違反行為
・「三の表」→付加点数
施行令に基づくと、無免許運転と酒気帯び運転は「同時」として点数が高いものだけを採用し、無免許運転もしくは酒気帯び運転「によって」事故を起こしたのだから付加点数が加算される。
そして救護義務違反は「事故後の義務違反」であり「事故を起こした違反」にはなり得ないのだから、同時違反には該当せず加算される。
これらを踏まえて無免許+酒気帯び運転+ひき逃げについて点数を当てはめるとこうなる(治療期間30日未満と仮定)。
| 危険運転致傷と判断される場合 | 過失運転致傷と判断される場合(専ら運転者の不注意) | |
| 無免許(一の表) | – | 25 |
| 酒気帯び運転(一の表) | – | – |
| 付加点数(三の表) | – | 6 |
| 特定違反行為(二の表) | 48 | – |
| 救護義務違反(二の表) | 35 | 35 |
| 計 | 83 | 66 |
謎の30点台になる余地はないのですが、なぜおかしな計算方法を採るのかわからないし、ましてや「救護義務違反は事故後の出来事で、事故発生の原因ではない」ことを理解しているならあり得ない。
ところで、「救護義務違反は事故の過失割合に影響しない」というのは正解ですが、同時に不正確とも言える。
重症事故+救護義務違反の場合、検察の方針と実情でいえば「原則起訴」で実刑判決も想定される。
過失運転致傷のうち軽症事案は原則不起訴ですが(処罰法5条但し書き)、軽症事案でも救護義務違反があるときは原則起訴になる。

示談が成立し被害者に賠償されたこと(もしくは賠償される予定なこと)は執行猶予獲得の一因になるし、ましてや被害者側の処罰感情がなくなり「被疑者に刑事処分を求めない」と一筆書いてもらえるのであれば、起訴されたとしても執行猶予獲得の大きな要因になる。
民事の賠償のほとんどは示談交渉で解決しますが、示談の現場では被害者側が主張する過失割合と、加害者側が主張する過失割合に食い違いが起きる。
基本過失割合のベースが違う態様を主張するかもしれないし、過失修正要素の適用で双方の主張が対立することも珍しくない。
例えば加害者側が「横断歩道の付近」だとして被害者不利な過失割合を主張し、被害者側が「横断歩道の付近ではない」として被害者有利な過失割合を主張することもありますが、加害者側からすれば揉めることなく早期に示談が成立して一筆書いて欲しいのだから、加害者側からすれば理不尽な主張だと感じても譲歩せざるを得ない。
そうすると実質的に救護義務違反が意味をなして過失割合を被害者有利に修正されることになる。
もちろんこの場合、表向きの理由は「横断歩道の付近ではない」になるのは言うまでもないけど、実質的には「救護義務違反が加算された」と評価せざるを得ない。
被害者の処罰感情が薄れるために加害者側はあらゆる手段を尽くすことになりますが、中には公判が始まる直前に突如謝罪しにいくみたいな不誠実なことも起こり、被害者感情を逆撫でする。
結局のところ、事故を起こさない努力と、事故を起こしてしまった以上は救護措置をとるとしか言いようがないのですが、
この人の解説は誤解を招く原因。
本人分とは別の慰謝料が認められたこと自体は救護義務違反によるものではなく、死亡事故だからなのよ。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。



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