さて、こちらの件。

通行妨害目的危険運転致死傷罪(処罰法2条4号)について、「通行妨害になる可能性があるという未必的な認識で足りる」とした大阪高裁平成28年12月13日判決がある一方、酒田市の事故では同罪での起訴を見送り、大分時速194キロ事故でも通行妨害目的危険運転致死は成立しないとし、さいたま地裁の「川口時速125キロ逆走事故」も同罪の成立を否定した(なお大分地裁とさいたま地裁は「進行制御困難高速度危険運転致死」は成立するとした)。
これらは判断が割れているというよりも、根本的な差があると思う。
大阪高裁の事例は、知人がバイクにノーヘル3人乗りしているのをみて、危ないから止めさせようとしてクラクションを鳴らしたり接近したりした事故。
つまり対象となる被害車両を認識していたわけ。
ところが、大分地裁判決の事例は「対向右折車」を認識していたわけではないし、さいたま地裁の事例は「優先道路通行車」を認識していたわけではない。
酒田市の事故で危険運転致傷での起訴を見送った理由は、「横断歩行者を認識していたことの立証が困難」、つまり横断歩行者がいたと認識していたかはわからないという話になる。
これらから見えてくるのは、通行妨害目的危険運転致死傷罪の成立には以下が関係すると思う。
②被害車両や被害者を認識していた前提においては、「通行妨害になる可能性(未必的な認識)」で足りるケースもある。
要は対象については確定的認識が必要で、通行妨害については未必的な認識で足りるケースがあると捉えるのが適切なのかと。
「誰か来るかもしれないが来たとしたら通行妨害になる可能性があるよね」では認められず、「前方に車両がいることを認識していて、通行妨害になる可能性も認識していた」というケースについては成立するという考え方なんじゃなかろうか。
これに対し、検察官は、本件道路は、対向右折車両が来ることが当然に想定される道路であること、時速約194.1kmという速度による走行は、当然に対向右折車両と衝突するか、衝突を免れるとすれば同車両に急な回避行動をとらせるほかない行為であること、そもそも被告人車両にとっては対向右折車両に気付くこと自体が困難であること、被告人がこれらの事情を認識していたことから、被告人には、対向右折車両等が存在した場合、同車両等の通行の妨害を来すのが確実であるとの認識があったといえ、このような認識がある場合にも「人又は車の通行を妨害する目的」があると認められる旨主張する。
しかし、検察官の主張は、通行妨害目的の対象車両の認識は未必的であってもよいことを前提としているが、同目的の要件は、客観面で通行を妨害する危険性が存在していることを前提とした上で、主観面で、そのような危険性の認識・認容を超えて、相手方の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図している場合に、法2条4号の罪の成立を限定する面にその意義があるから、それとの関係上、飽くまで妨害することの認識ではなく対象車両の認識であるとはいえ果たして未必的であってもよいのか疑問が残る。その点は差し置いても、被告人において、真実、本件交差点に存在する対向右折車両等の通行の妨害を来すのが確実であると認識していたのであれば、被告人車両の速度に照らし、対向右折車両等との事故を発生させて自身の生命や身体を危険にさらすこともまた十分認識し得たことになるが、そのような危険を冒してまで高速度走行に及ぶ意思を有し、現に高速度走行に及んだものとは認め難いから、対向右折車両等の通行の妨害を来すのが確実であるとの認識があったと推認するには合理的な疑いが残る。大分地裁 令和6年11月28日
つまり、酒田市の事故について考えると、警察の捜査では「横断した被害者を認識していた」という供述や証拠があるから危険運転致傷で書類送検したが、検察は「いや、その証拠だと確実に被害者を認識していたとは言えないから公判維持できない」と考えたのかと。
少なくとも、妨害になる「対象」については未必的な認識では足りず確定的認識が必要。
しかし対象を認識した上での「通行妨害」については、未必的な認識で足りる。
大分地裁判決、さいたま地裁判決を考えると、そういう帰結になるかと。
対象不確定での通行妨害目的は認められないが、対象を認識した上で通行妨害目的が未必的という事案は成立する。
今後の捜査のポイントは、「対象者を認識していたことの立証」になるか、高裁が「対象について未必的な認識で足りる」とするか。
その意味では、大阪高裁判決と大分地裁判決は矛盾するというよりも「認識の対象が違うから論点が異なる」というのが正解なのかも。
進行制御困難高速度危険運転致死傷罪にしても、名古屋高裁判決と大分地裁判決は「論点が異なる判例」ですが、通行妨害目的については各判例の論点と差異を考えると見えてくるのかもしれません。
なお、異論反論お待ちしてます。
ただまあ、この考え方だと広島高裁の事例は対象車両を特定的に認識していたというよりも不特定多数になるし、必ずしも辻褄が合うわけでもない。
広島高裁判決の事例はバイパスを逆走したら順走車両の妨害になるのは明らかで、通行妨害目的と表裏一体だとしてますが、その意味では「優先道路にノールック進入すりゃ通行妨害になるのは明らか」という理屈も立つ。
同罪の限界がどこなのかは一律で線引きするのではなく、個別に考えるしかないのかな。。。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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