運転レベル向上委員会って陰謀論が本当に好きなんだなと思ってしまいますが、酒田市の「停止車両追い抜きして横断歩行者をはねた事故」について、過失運転致傷から危険運転致傷に切り替えて送検したのは「警察のやってますアピール」だとする。
実務を理解してないんだなあと思うのは、世間なんて警察と検察の区別もついてない人がわりといるのだし、危険運転致傷で起訴されなければ警察も世論から叩かれるだけなので、成立しないことが明らかなものを送検したとしても警察にプラスに働くわけじゃないのよね…(むしろマイナスに働く可能性がある)。
特に大川原化工機冤罪事件もあったばかりで、成立しないことが明らかなら危険運転で書類送検したとプレスリリースすることが名誉毀損等の不法行為にすらなりうるので、そのようなリスクを抱えてまで「やってますアピール」をするメリットもない。
そもそも、過失犯と危険運転(故意犯)は捜査立証するポイントが全く違うのだから、危険運転で送検するには相応の証拠が必要だし、相応の証拠もなく「危険運転です」として処罰法2条のどれかを書いたところで意味がない。
ド素人同士が書類のやり取りをするわけじゃないのだから…
本当に陰謀論が大好きなんだなとわかりますが、前回書いたこちら。

通行妨害目的とは未必的認識で足りるか?について大阪高裁判決を紹介しましたが、だいぶ前にも書いたように、大阪高裁判決の趣旨には、法学者から否定的な意見がわりとある。

一例↓
https://ls.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-071201535_tkc.pdf
ところで、危険運転致死傷罪の「通行妨害目的」には積極的な妨害意思が必要だと立法者は説明してますが、現在の解釈はそうではない。
最も問題となるのは,他者への通行妨害を未必的にしか認識していない場合である。これに関し,被告人が,被害者Aが運転し,被害者B及び同Cが後部座席に同乗したA車両が3人乗りで危ないから止めようなどとの考えから追走を開始し,Aらが被告人車両を暴走族狩りであるなどと誤信して逃走しようとしていることを意識しながらなおも追走を継続した結果,A車両を道路左側の縁石に接触させ,被害者らを同車もろとも路上に転倒させるなどして,Aを死亡させ,B及びCに傷害を負わせたとされた事件について,通行妨害目的の有無が争われた。大阪高判平成28年12月13日高刑集69巻2号12頁は,「確定的認識と未必的認識は,認識という点では同一であり,ただその程度に違いがあるにとどまるに過ぎない上,その判定は,確定的認識について信用できる自白がある場合や,犯行の性質からこれを肯定できる場合はともかく,当時の状況等から認識自体を推認しなければならない場合には,甚だ微妙なものにならざるを得ないから,そのような認識の程度の違いによって犯罪の成否を区別することが相当とも思われない。」という。したがって,「本件罪の通行妨害目的には,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図する場合のほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合も含むと解するのが相当である」とした。
この判決が出されて以降,現在では,妨害目的につき,未必的な認識で足りるという解釈が判例において定着している。近時のものとして,例えば,金沢地判令和3年12月7日 LEX/DB25591878(控訴審,名古屋高金沢支判令和4年10月11日 LEX/DB25593752)は,「被告人は危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,被害者車両に急な回避措置をとらせるなど通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行ったものと認められるから,通行妨害目的を有していた事実を優に認定できる。」として,妨害運転類型の危険運転致死傷罪の成立を認めた。https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/22-4/004fang.pdf
下記は東京高裁判決でいう確定的認識と、大阪高裁判決でいう未必的認識から「通行妨害目的」をいかに解釈すべきかを考察している。
https://kwansei.repo.nii.ac.jp/record/29145/files/13.pdf
今回の事故を考えると、通行妨害目的態様以外に当てはまりそうなものはない。
通行妨害目的危険運転致死傷罪については検察庁がわりと力を入れているところで、時速194キロ直進事故(大分地裁)についても「通行妨害目的態様」を主張した。
しかし「進行制御困難高速度危険運転致死」のみが成立し、「通行妨害目的危険運転致死」が否定されたことから、検察は控訴している。

時速194キロ事故については、そのような高速度で走れば他者の通行妨害になることを認識していたはずだという主張ですが、大分地裁は認めず。
しかし最近の判例は未必的に通行妨害になる可能性を認識していたなら「通行妨害目的」は成立するという傾向にあり、今回の事故についても、それを裏付ける供述や証拠があるのではないかと考えられる。
ただし、裁判所がそれを認めるかは別問題。
というのも、この理屈でいえばほとんどの横断歩道事故が危険運転致死傷罪になる可能性があり、
②横断歩道があるのだから横断歩行者がいる可能性が高く、そのまま漠然進行すれば横断歩行者を妨害する可能性があることを認識していた(通行妨害目的の故意犯)
①と②の区別がかなり曖昧にならざるを得なくなる。
ただし今回の事故は38条2項態様。
そもそも38条2項の立法趣旨はこれ。
しかしながら、横断歩道において事故にあう歩行者は、跡を絶たず、これらの交通事故の中には、車両が横断歩道附近で停止中または進行中の前車の側方を通過してその前方に出たため、前車の陰になっていた歩行者の発見が遅れて起こしたものが少なからず見受けられた。今回の改正は、このような交通事故を防止し、横断歩道における歩行者の保護を一そう徹底しようとしたものである。
まず、第38条第2項は、「車両等は、交通整理の行なわれていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない」こととしている。
もともと横断歩道の手前の側端から前に5m以内の部分においては、法令の規定もしくは警察官の命令により、または危険を防止するために一時停止する場合のほかは停止および駐車が禁止されている(第44条第3号)のであるから、交通整理の行われていない横断歩道の直前で車両等が停止しているのは、通常の場合は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにするため一時停止しているものと考えてしかるべきである。したがって、このような場合には、後方から来る車両等は、たとえ歩行者が見えなくとも注意して進行するのが当然であると考えられるにかかわらず、現実には、歩行者を横断させるため横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出たため、その歩行者に衝突するという交通事故を起こす車両が少なくなかったのである。
そこで、今回の改正では、第38条第2項の規定を設けて、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとする車両等は、横断歩道を通行し、または通行しようとしている歩行者の存在を認識していない場合であっても、必ずその横断歩道の直前で一時停止しなければならないこととし、歩行者の有無を確認させることにしたのである。車両等が最初から歩行者の存在を認識している場合には、今回の改正によるこの規定をまつまでもなく、第38条第1項の規定により一時停止しなければならないことになる。
「一時停止」するというのは、文字通り一時・停止することであって、前車が停止している間停止しなければならないというのではない。この一時停止は、歩行者の有無を確認するためのものであるから、この一時停止した後は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにしなければならないことになる。また、一時停止した結果、歩行者の通行を妨げるおそれがないときは、そのまま進行してよいことになる。警察学論集、「道路交通法の一部を改正する法律」、浅野信二郎(警察庁交通企画課)、立花書房、1967年12月
要は「先行車が停止しているのは横断歩行者優先中」だと認識(未必的にせよ)していたなら、それをあえて突破すれば横断歩行者を妨害する可能性が高いことを認識していたと言い得る。
その意味では通常の38条1項違反態様の事故とは別問題という考え方もできる。
しかしなぜ停止しているか皆目見当がつかない状況ならば、結局は「軽信した過失」ということになる。
認識の有無と程度により危険運転致死傷罪か過失運転致死傷罪かが分かれることになるけど、そのような曖昧な線引きだとあまりよろしくないのよね。
ところで、運転レベル向上委員会は大分194キロ事故についてもしきりに「進行制御困難高速度危険運転致死傷罪は成立しない」と逆張りをし名古屋高裁判決を力説してましたが、そもそも大分地裁判決は名古屋高裁判決と論点が違うのだから、名古屋高裁判決を力説しても意味がない。
今回も勉強不足の賜物と考えられますが、この人は「立法時に含めなかったなら含まれない」が持論。
通行妨害目的に積極的な妨害意思がなくても成立するといういくつもの判例は、運転レベル向上委員会の持論を崩壊させてしまうから、紹介するわけにはいかないのよね。
最近の判例傾向と検察庁の方針を考えたときに、酒田市の事故については通行妨害目的を認定しうる何らかの供述や証拠があるから危険運転致傷で書類送検したと考えられますが、「積極的な妨害意思が必要」という立法時の説明は、すでにそのような方針で運用されていない。
酒田市の事故が実際に危険運転で起訴できる証拠があるかは別として、
「警察のやってますアピール」という見方が陰謀論そのものなのよね。
きちんと調べないからこの程度の理解でしかないという…
ところで、今回の事故を考えたときに、いくつかの場合には通行妨害目的危険運転致傷が成立しうる。
ただしハードルはかなり高い。
国沢氏にしても運転レベル向上委員会にしても、根底にあるのは無理解だと思う。
危険運転致死傷罪については解説書の内容が判例に追い付いてないことがあって、例えば進行制御困難高速度態様は従来、「限界旋回速度」を基準にすることが多かった。
しかし東京高裁 令和4年4月18日判決(R4.10.7上告棄却)は限界旋回速度より20キロ低くても危険運転致死傷罪の成立を認め、
限界旋回速度と「進行を制御することが困難な高速度」は異なる概念
だとした。

大分地裁が進行制御困難高速度態様を認めたのはこの東京高裁判決を応用したものとなってますが、そもそも東京高裁令和4年判決はどの解説書にも掲載されていない。
これは東京高裁判決を軽視しているからではなくて、純粋に書籍のアップデートには間に合わないからだと考えられますが、判例タイムズで最新判例をチェックしている人とインターネット上でちょっと調べた人ではだいぶ差が出てしまう。

東京高裁判決を見たときに、進行制御困難高速度態様の今後が変わるんだろうなと思ってましたが、大分地裁判決がそれを物語っている。
通行妨害目的態様にしても、立法時の説明と裁判所の判断は差があることが指摘されているように、最近は未必的な妨害認識で足りるという判例が出ている。
ただし未必的な認識で通行妨害目的態様を認めるには条件が必要で、横断歩行者事故だから直ちに通行妨害目的態様が適用されるわけではない。
捜査段階でそれらの事情が認められる余地があると判断したから危険運転致傷に切り替えて送検したものと考えられるし、当然地検とも協議した上だと思われますが、知識がアップデートされてないと「警察のやってますアピール」という見方しかできないのよね。
成立しない可能性が高いものを送検したとしても、過失運転で起訴されたら警察も一体的に批判されるのは今までの世論をみてもわかる話で、何のアピールにもならない。
この人の思考回路が陰謀論そのものなのよ。
そもそも運転レベル向上委員会って警察と検察の区別がつかない人なんだと思ってまして、苫小牧白バイ事故の時には「警察葬」とか「二階級特進」をアピールしまくって忖度の可能性を匂わせてました。
けど警察と検察は別組織な上に、忖度していたらそもそも当初不起訴にしない。
北海道施行細則の解釈まで間違えて支離滅裂な話を展開していたけど、この人がやっているのは分析というよりも小説の創作なのよね。
それは都合よく警察と検察の関係を語るあたりから容易にうかかえるのでして。
通行妨害目的態様については、上で挙げた論文がインターネット上でみれますので、詳しく知りたい方はどうぞ。
難しい内容ですが。
なお、運転レベル向上委員会は今回の事故について、過失運転致傷罪と道路交通法違反(38条1項/2項)の併合罪と解説しているけど、これは誤りで過失運転致傷罪に吸収される。
過失運転致死傷罪の過失(注意義務違反)の内容で道路交通法38条分が既に評価されているのだから、併合罪ではなく吸収になるのは当たり前なのよ…
マスコミ以上に間違い解説を繰り返す運転レベル向上委員会が何をしたいのか謎ですが、語れば語るほど知識不足が露呈する人も珍しい。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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