運転レベル向上委員会の人って、自分が想像したものが真実である前提で解説するスタイルですが、
法律解釈が変なのはとりあえず置いといて、「直進原付は無灯火ではなかった」という前提で解説している。
この事故は、直進原付がきちんとヘッドライトをつけていたか、それとも無灯火だったかで大きく変わりうる。
なので「どっちが悪いか?」なんて事故報道からわかるわけないのよね。
運転レベル向上委員会はヤフコメの方々を批判してますが、推測で決めつけて語る運転レベル向上委員会もヤフコメ民と大差ないのでして。
無灯火が大要素になりうるのは、

右折する車両は、対向直進車の有無を確認し、安全に右折できることを確認して右折する義務がある(道路交通法37条)。
しかし対向直進車が無灯火だった場合に、右折車視点では対向直進車を視認できない場合がある。
例えば東京地裁 令和元年6月25日判決は、直進車が無灯火な上に速度超過があったとし、視認可能になった時点では既に回避可能性がないとして右折車無過失(自賠法3条但し書き)を認めている。
交差点内を右折しようとする⾃動⾞(⾃動⼆輪⾞を含む。以下同じ。)の運転者としては,対向直進⾞の有無さえ確認すればよいというものではなく,右折進路先の当該交差点⼜はその直近で道路を横断する歩⾏者の有無などの安全にも特に注意して進⾏しなければならないのであり(道路交通法36条4項参照),夜間においては,発⾒しづらくなる歩⾏者の有無はより慎重に確認されるべきである。また,もとより,交差点内を右折しようとする⾃動⾞の運転者は,その進⾏中,対向道路の状況を常に視認し続けなければならないというものではない。そして,⾃動⾞の運転者にとって,夜間の⾛⾏時に前照灯を点灯させるというのは必ず順守されるべきごく基本的な義務であり,深夜という時間帯であればこれを失念するということも考えにくく,その他この義務を履⾏するのに何らかの⽀障があるとは考え難い。そうすると,深夜,交差点を右折しようとする⾃動⾞の運転者としては,対向直進⾞(⾃動⾞)は前照灯を点灯しているものと信頼してよく無灯⽕で進⾏してくる対向直進⾞(⾃動⾞)があり得ることまで予⾒すべき義務はないものと解される。
東京地裁 令和元年6月25日
原告らは,本件事故当時の原告⼆輪⾞の速度が解明され,特定されなければ被告P5の無過失が⽴証されたことにはならないと主張する。しかしながら,本件訴訟において,原告⼆輪⾞の速度は,本件事故の発⽣につき被告P5に過失があったか否かの評価を基礎付ける事実の⼀つというにすぎないものであるから,その評価を⾏うのに必要な程度の具体性が保たれていれば,概括的な認定であってもそれで⼗分というべきである。上記で判⽰したとおり,証拠によれば,衝突前の原告⼆輪⾞の速度が時速30〜40kmといったものではなく,これを⼤きく上回る速度であったことについて合理的な疑いを差し挟まない程度に⽴証されたと認められるところ,このような原告⼆輪⾞の速度を前提とすれば,その他の証拠から認められる原告⼆輪⾞が無灯⽕であったことや,本件交差点の中央付近からの北側道路への視認状況,衝突までの被告⾞の速度等の本件事故に関する具体的な事実に照らし,被告P5は,原告⼆輪⾞が衝突地点まで30m前後の距離に迫った時点では未だ同⾞を認識することができず,これより間近にまで迫った時点では同⾞との衝突を回避し得なかったと優に判断できるのであるから,第1,第2事件原告らの上記主張は採⽤できない。その他,上記の判断に反する第1,第2事件原告らの主張は,いずれも採⽤することができない。
東京地裁 令和元年6月25日
さて。
直進原付と右折4輪車の基本過失割合は、15:85。
これに「+30キロ以上の速度超過」と「無灯火」を修正しても、右折車無過失にはならない。
| 直進原付 | 右折4輪車 | |
| 基本過失割合 | 15 | 85 |
| +30キロ以上の速度超過 | +20 | -20 |
| 無灯火 | +10 | -10 |
| 計 | 45 | 55 |
しかし裁判所は右折車無過失を認めた。
なぜか?
要はこれ、無灯火のバイクを「直前まで視認不可能」な事案だから「基本過失割合を適用しない非典型例」として判断しているのでして。
したがって直進車が無灯火なら必ずこうなるという意味ではない。
「無灯火を予見する義務はない」とした点も、無灯火であっても客観的に視認可能なら話は別。
無灯火の直進バイクを視認可能になった地点では、バイクの速度超過もあり既に右折車には回避可能性がなかった事案なわけ。
このように、事故詳細がわからないと「どっちが悪いか?」なんてわかるわけがない。
報道からは、右折車がどのタイミングで右折したかすらわからないものを、想像で決めつけて語る運転レベル向上委員会はヤフコメ民と大差ないのよね。
そして上の東京地裁判例は、当然ですが過失運転致死傷罪も成立しない。
そして今回の件は報道によると容疑者は前方不注視を自認する供述をしたそうですが、客観的に前方不注視だったかは別問題なので供述は供述に過ぎない。
なお以前取り上げたように、双方青信号の右直事故で「直進側が100%(右折車無過失)」とした判例は普通にある。

詳しいことがわからないとどっちが悪いか?なんて語りようがないのに…
ところで運転レベル向上委員会は民事を理解してないようですが、右直事故であっても基本過失割合を適用しない事例が普通にある。
右直事故なら必ず基本過失割合±修正要素が適用される前提で解説してますが、上リンク先の福岡高裁判決や冒頭の東京地裁判決のように、そうではない事例が普通にある。
以前運転レベル向上委員会は大分の「時速194キロ直進車の右直事故」について、基本過失割合直進車:右折車=20:80から「+30キロ以上の速度超過修正20%」だと解説してましたが、著しい高速度の事例に基本過失割合が適用されると考える専門家は皆無に等しい。
同刑事判決でも「右折車に過失はない」と書いてありますが、きちんと確認して右折したのであれば当然。
なぜ必ず基本過失割合が適用されるという誤った話を繰り返すのかわかりませんが、大分の件にしても誤った考え方を披露して被害者に対する誹謗中傷をしている自覚がないのではなかろうか?
さて、報道の事故については詳細がわからない以上、どっちが悪いか?なんて語りようがない。
そしてわりと大要素になりうる「灯火の有無」を勝手に決め付けている時点で、ヤフコメ民と変わらない。
ついでにもうひとつ、右折車無過失とした判例を紹介する。
被告Xが直進二輪車の運転者、被告Yが右折車です。
原告は直進二輪車の同乗者。
乙ア第1ないし第12号証、原告及び被告両名各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告Xは、本件事故の際、本件二輪車の後部に原告を同乗させ、夜間、前照灯のない右車両を時速6、70キロメートルの高速で走行させ、玉野市(南西)方向から岡山市街(北東)方向に向けて現場交差点にさしかかつたが、手前で、本件普通車が対向してくるのを同車の前照灯によつて発見し、同車が右折のウインカーを点滅させて、交差点を右折しようとしているのを認めたのに、現場が暗く自車が無灯火であるから、同車が自車を発見できないかも知れないなどとはつゆ考えもせず、自車が直進車で優先権があり、対向する本件普通車の運転者が自車を発見して道を譲るべきであるとの身勝手かつ無鉄砲な判断の下に、同車の動静を注視することなく、僅かにエンジンブレーキを効かせて時速約55キロメートルで交差点内に自車を進入させた結果、本件二輪車に気付かず右折を開始した本件普通車の右前部に、自車の右前側部を衝突させ、自車を転倒させたことが認められ
(中略)
右認定事実及び前記二2認定事実(被告Xの本件事故の際における運転状況及び過失内容)を対比し、走行中の車両から夜間の暗がりを対向高速走行してくる車両を発見することは極めて困難であるのに対し、対向車が前照灯を点灯照射していればその発見は極めて容易であることからすると、無灯火で高速走行してきた本件二輪車を発見できず右折を開始した被告Yの運転行為に落ち度は認め難いのに対し、敢えて危険を省みず無灯火による高速走行に及び、対向右折中の本件普通車を発見しながら身勝手かつ無鉄砲な判断に頼り、同車に対する動静注視を欠いていわば交差点に突入し、事故惹起に至つた被告Xの運転行為はもはや無法無謀の極みというほかなく、その過失はまことに重大であるから、本件事故は、被告Xの一方的過失によるものと認めるのが相当である。
なお、乙ア第9号証によれば、捜査段階の被告Yの供述中には、「この事故を起こした原因は、私が前方に対する注意が不足していたことです。私は右折するため、交差点の右方向を見ていたと思います」などと、事故の過失を自認するかのごとき部分が存するが、同被告は、右供述部分に続けて、「私が前方に対する注意が足りなかつた理由は、当時対向車線から進んでくる車が全く見えなかつたからです・・・私は、無灯火のオートバイが接近していたとは全く予測していませんでした」と述べており、要するに、無灯火の車両を予測しないで、これを発見できなかつたことを注意不足とするものであるが、通常、自動車運転手は、夜間暗がりの国道を交差点に無灯火で高速突入してくる車両の存在を予測すべき義務はないものというべきであり、また、前方を見ていれば時速6、70キロメートルないしエンジンブレーキ作動後の時速55キロメートルで対向進行してくる自動二輪車を発見できたという証拠もない(仮に、静止してじつと目を凝らしていれば発見できるかも知れないとしても、通りすがりの走行中の運転者に、夜間無灯火による高速走行といつた自他の生命財産を顧みない極度に危険な運転行為に及ぶ徒輩の存在を常に予測して、かくのごとき過酷かつ絶対的な注意義務を課することは明らかに不当である)ことからしても、右過失自認の供述部分は、衝突という結果から敢えて注意不足をこじつけた捜査官の誘導に応じたにすぎない疑いが濃く、これをもつて、被告Yに過失ありとすることはできない。
また、乙ア第5号証、第9ないし第12号証、原告及び被告両名各本人尋問の結果によれば、被告Yは、本件事故当時、たまたま本件普通車の前照灯を下向きにしており、右折に際し、交差点内のいささか手前部分を進行するいわゆる早回りの方法をとつていたこと、右事故直後、転倒している原告らに対し、被告Yが「すいません、すいません」などと言い、泣いていたことが認められるが、前照灯を下向きにしていたことについては、これが注意義務違反又は過失にあたるとはいい難く(そういうためには、夜間暗がりの交差点を右折する車両の運転手は、無灯火で対向高速直進してくるかもしれない危険車両を発見し、その車両の運転者の生命身体を保護するために、常に前照灯を上向きに照射しなければならない義務を負うとしなければならないが、もちろんそのような義務までをも負ういわれはない)、多少の早回りについても、周囲に全く車両の存在を認識し得なかつた状況下においては、これを過失として評価することはできないところであり、さらに、右事故直後の被告Yの言動についても、思わぬ事故に巻き込まれて気も動転した善良な女性が思わず示したごく自然な態度にすぎないものというべきであり、これをもつて被告Yの過失の証左とすることもできない。
ところで、調査嘱託の結果(自動車保険料立査定会岡山調査事務所宛)によれば、同調査事務所では、本件事故について、「新判例タイムスを準用し、過失修正を適用しても被告Yの車両の有責は免れない」との見解を有していることが認められるけれども、前記認定の本件事故状況及び被告Xの過失内容に照らし、右見解は当裁判所の採用しないところである。
ちなみに、右「新判例タイムス」なるものは、おそらく別冊判例タイムズ第1号民事交通訴訟における過失相殺率等の認定基準1991年全訂版を指すものと目されるが、右は、故意に危険行為に及ぶようなことのない通常の運転者による通常の過失、重過失を勘案して、その利害の調整と損害の公平な分担をはかるための一応の基準としては意味があるものといえても、本件事故のように、一方当事者が、無免許で夜間無灯火による車両を高速走行させるなどという自他の身体生命財産の安全を顧みない極度に危険かつ反社会的挑戦的な故意行動をとつており、その危険性が当然のように現実化したにすぎない形態の事故の場合には、右基準の予想する前提を根本から欠いているものというべきであり、本件事故にも、型どおり右基準を当てはめようとするのは正当ではない。もっとも、本件事故について、右基準を適用するとしても、被告Xの過失内容を正当に評価するならば、本判決と同様の結果を得られるものと解され、被告Yを有責とした調査事務所の判断には直ちに与し難く、同被告を有責とすることは容認できない。
そのほか、甲第9号証の2によれば、被告Yは、岡山簡易裁判所に対し、原告を相手に、本件事故後、弁護士を代理人を立てて、本件事故の損害賠償についてしかるべき調停を求める旨の申立をし、その際、過失割合を、同被告2割、原告8割とするかのごとき提案をしたことが認められるが、弁論の全趣旨によれば、右過失割合は、同被告代理人が事態の円満解決のためにとりあえず意見として述べた(前記判例タイムズの基準に対する理解不足に引きずられた疑いもある)ものにすぎず、右調停は結局不調に終わつたことが認められ、右のように交渉過程において妥協のための一定の提案をしたからといつて、直ちに同被告に過失責任が発生するいわれもない。
被告Y運転の本件普通車の構造上の欠陥又は機能の障害が本件事故と因果関係を有することをうかがわせるような事実も認められない。
従つて、被告Yは、自賠法3条但書により、本件事故の賠償責任を負わないものというべきである。
岡山地裁 平成5年10月26日
判例タイムズに書いてある基本過失割合は、右直事故の典型的事例について訴訟外で解決するために示したものに過ぎず、基本過失割合が想定してない非典型事故に当てはめるものではない。
わりと興味深いのは、岡山地裁の事故は捜査段階において、右折車自身が前方不注視だと供述しているところ。
おそらくこれらをみても刑事も無罪もしくは不起訴だったんだろうと考えられますが、
基本過失割合を適用しない事例なんていくらでもあるのに、それを知ろうとせず、基本過失割合に固執するのは勉強不足。
運転レベル向上委員会って、「現行犯逮捕したのは過失があると判断したからだ」という誤った考えが前提にあり(逮捕は逃亡又は証拠隠滅のおそれがある場合にするもので、死亡事故のような重大事故では逮捕の可能性が高まる)、「双方青信号の右直事故は右折車のほうが悪い」という不正確な理解が前提にあり(それを覆す判例は普通にある)、そこに「直進原付はきちんと灯火をつけていただろう」という推測を加えたら誤った価値観に憶測を加えたに過ぎない。
それを真実であるかのように語るのは違うんだよね。。。
要は報道の事故は、「わからない」でしかない。
法律を理解せず推測で語るヤフコメ民と、同じく法律を理解せず推測で語る運転レベル向上委員会の無意味な争いにしかみえませんが、上判例を見るとわかるんだけど法は不可能や理不尽を強いるわけではない。
ところで、基本過失割合から修正する要素に「無灯火」がありますが、こういう事例から言えるのは修正要素の「無灯火」とは、相手からみた視認性を「減弱」したけど「視認できない」までは至らない状況なんだと思われる。
報道の件については詳しい状況がわからない限り、基本過失割合を適用する事案なのかもわかりませんが、基本過失割合が適用されない事案とは何なのかを知っていたほうがいいと思う。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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