以前こちらで書いた内容についてなんですが、
昭和60年4月30日 最高裁判所第一小法廷決定では、「追い抜きを差し控えるべき業務上の注意義務があつた」としています。
なお、原判決の認定によると、被告人は、大型貨物自動車を運転して本件道路を走行中、先行する被害者運転の自転車を追い抜こうとして警笛を吹鳴したのに対し被害者が道路左側の有蓋側溝上に避譲して走行したので、同人を追い抜くことができるものと思つて追い抜きを始め、自車左側端と被害者の自転車の右ハンドルグリツプとの間に60ないし70センチメートルの間隔をあけて、その右側を徐行し、かつ、被害者の動向をサイドミラー等で確認しつつ、右自転車と並進したところ、被害者は、自転車走行の安定を失い自転車もろとも転倒して、被告人車左後輪に轢圧されたというのであるが、本件道路は大型貨物自動車の通行が禁止されている幅員4m弱の狭隘な道路であり、被害者走行の有蓋側溝に接して民家のブロツク塀が設置されていて、道路左端からブロツク塀までは約90センチメートルの間隔しかなかつたこと、側溝上は、蓋と蓋の間や側溝縁と蓋の間に隙間や高低差があつて自転車の安全走行に適さない状況であつたこと、被害者は72歳の老人であつたことなど原判決の判示する本件の状況下においては、被告人車が追い抜く際に被害者が走行の安定を失い転倒して事故に至る危険が大きいと認められるのであるから、たとえ、同人が被告人車の警笛に応じ避譲して走行していた場合であつても、大型貨物自動車の運転者たる被告人としては、被害者転倒による事故発生の危険を予測して、その追い抜きを差し控えるべき業務上の注意義務があつたというべきであり、これと同旨の見解に立つて被告人の過失を肯認した原判断は正当である。
昭和60年4月30日 最高裁判所第一小法廷
これについて、以下二点の質問を頂きました。
②昭和60年4月30日最高裁判例では上告理由に判例違反を挙げているけど、引き合いにした判例とはなんなのか?
そういやあまり考えたことがなかったので、ちょっと調べてみました。
最高裁決定の趣旨
詳しくはこちらに書いてますが、
事故の概要。
道路状況 | 幅4mの道路(大型貨物車通行禁止) |
自転車の動静 | 高齢者で左右に揺れて不安定な様子を確認していた |
車の速度 | 約5キロにて追い抜き(警音器を鳴らし、自転車は有蓋側溝上に進路変更) |
側方間隔 | 60~70センチ |
事故現場は車道幅員3.38m。
時速50キロで通行し、自転車に対しクラクション。
自転車が有蓋側溝に避譲したので側方間隔60~70センチ、時速5キロで追い抜き。
不安定な状況で倒れた。
まず2つ目の質問について。
この最高裁決定ですが、一審は無罪。
二審の高松高裁は追い抜きを差し控えるべき注意義務違反として有罪に。
道路の幅員が狭く、有蓋側溝上に進路を変えて避譲した被害者が、自転車の安定を失つて転倒する危険が十分に予測されたのであり、かつその約20m先には安全に避譲できる場所があつたのであるから、自動車運転者としては、追い抜きを暫時差し控えるべき業務上の注意義務があつた
高松高裁 昭和59年1月24日
その上で被告人が「判例違反」を主張して上告していますが、その際に引き合いにした判例とは「広島高裁 昭和32年1月16日判決」です。
被告人が引用した広島高裁判決について、最高裁は「事案を異にし本件に適切ではない」としています。
で。
広島高裁判決の内容なんですが、狭い道路で先行する自転車に対し警音器を何度か鳴らして避譲させた後(注1)、50センチの側方間隔で時速10キロに減速して追い越し中に起きた事故です。
検察官は「追い越しを見合わせるべき注意義務違反」を主張しましたが、裁判所は認めていません。
※注1
昭和35年以前の「道路交通取締法」では、追い越しする後車が警音器を鳴らすことが「義務」で、警音器を聞いた先行車は左側に避譲する義務がありました(旧令24条)。
なので旧法時代の判例は、警音器を鳴らさずに追い越ししたらそれだけで違反だったことを考慮する必要あり。
道路交通法27条「追いつかれた車両の義務」は「徐行や一時停止義務」を負うのか?ちょっと前の続きです。 27条2項「追いつかれた車両の義務」は徐行や一時停止義務を負うのか?という話がありますが、ちょっとこれについて掘り下げてみます。 なお、話は長いので興味がない人はスルー推奨。 (他の車両に追いつかれた車両の義務) 第...
広島高裁判決を見たのですが、重量30キロの米俵を自転車に載せ、長さ1.38mの鍬の柄を横にして自転車に乗っていたそうで、「事案が違う」とする最高裁の判断はその通り。
なお側方間隔50センチについては、鍬の柄の先端から被告人車の側面まで。
最高裁の事例については、不安定な有蓋側溝上に追いやった上、高齢者で、しかも左側が壁なので左右に物理的圧迫が大きかった点でも違いますが、最高裁決定はこの広島高裁判決を否定したわけではなく、「事案が違う」とした点は注意。
とりあえず、被告人が引用した「判例違反」については昭和32年の広島高裁判決です。
この判例自体、今の解説書のどれにも載ってないと思うので、さほど意味があるとは思いません。
追い越しや追い抜きを差し控えるべき注意義務
次の質問。
気になって調べてみたのですが、以下が該当します。
・大阪高裁 昭和43年4月26日
・東京高裁 昭和44年4月28日
・福岡高裁 昭和30年3月2日
追い越しや追い抜きを「差し控えるべき注意義務違反」というのは、要は狭い道路での話。
それ以外の判例では「側方間隔不足」や「減速不足」、場合によっては「警音器吹鳴義務違反」を認定して有罪にしていますが、「差し控えるべき注意義務違反」としたのは上3つ。
○大阪高裁 昭和43年4月26日
片側幅員3mの橋を進行しようとするにあたり、自転車が橋に進入しようとしていたならば、警音器を十分吹鳴して自転車を避譲(この場合の避譲とは、橋を渡らせないこと)してから自車が先に橋を渡るか、狭い橋の上での追い抜きを差し控えて自転車を先行させ、広い部分に出てから追い抜きすべき注意義務違反を認定。
○東京高裁 昭和44年4月28日
○福岡高裁 昭和30年3月2日
狭い道路で先行する自転車を「追い越し」することを差し控えるべき注意義務違反として有罪にしていますが、詳細は不明です。
ところで。
日本の法律上、2輪車を追い越しや追い抜きする際の側方間隔に関する規定はないのですが、仙台高裁秋田支部判決のように「最低でも1m以上」と明示したものがある一方、上に挙げた広島高裁判決のように「50センチで無罪」とか、白河簡裁判決のように「70センチ無罪」などもある。
一方、「42センチで有罪」にした高松高裁判決や、「30センチで有罪」にした東京高裁判決、「1.3mで有罪」にした仙台高裁判決もあるわけで、側方間隔を一つの目安にはしているものの、その他の事情を加味していると言えます。
裁判所 | 自転車の動静 | 車の速度 | 側方間隔 | 判決 |
広島高裁S43.7.19 | 安定 | 40キロ | 約1m | 無罪 |
東京高裁S45.3.5 | 安定 | 30キロ | 1~1.5m | 無罪 |
最高裁S60.4.30 | 不安定 | 約5キロ | 60~70センチ | 有罪 |
高松高裁S42.12.22 | 傘さし | 50キロ | 1m | 有罪 |
東京高裁 S48.2.5 | 原付二種 | 65キロ | 0.3m | 有罪 |
仙台高裁S29.4.15 | 酒酔い | 20キロ | 1.3m | 不十分 |
札幌高裁S36.12.21 | 安定 | 35キロ | 1.5m | 無罪 |
高松高裁S38.6.19 | 子供載せ | – | 約42センチ | 有罪 |
仙台高裁秋田支部S46.6.1 | – | 45キロ | 20~40センチ | 有罪 |
白河簡裁S43.6.1 | 安定 | 40キロ | 70センチ | 無罪 |
大阪地裁S42.11.21 | 55キロ | 1m | 有罪 | |
金沢地裁S41.12.16 | ふらつき | 30キロ | 1m | 無罪 |
広島高裁S32.1.16 | 安定 | 10キロ | 50センチ | 無罪 |
先行自転車を発見し、これを時速45キロ程度で追い抜くに際しては、先行車の右側方をあまりに至近距離で追い抜けば、自転車の僅かな動揺により或いは追抜車両の接近や風圧等が先行自転車の運転者に与える心理的動揺により、先行自転車が追抜車両の進路を侵す結果に至る危険が予見されるから、右結果を回避するため、先行車と充分な間隔を保持して追い抜くべき注意義務が課せられることが当然であって、本件においても右の注意義務を遵守し、被害車両と充分な間隔(その内容は当審の差戻判決に表示されたように約1m以上の側方間隔を指称すると解すべきである。)を保持して追い抜くかぎり本件衝突の結果は回避しえたと認められる以上、被告人が右注意義務を負うことになんら疑問はない。
仙台高裁秋田支部 昭和46年6月1日
側方間隔だけを見ると一貫性がないように見えますが、結局のところ側方間隔だけを判断材料にしているわけじゃなく、道路幅、交通量、見通し、先行自転車の様子、追い越し(追い抜き)する速度などを総合的に判断していると言えます。
実際に事故になった判例ですらこんな有り様なので、事故に至っていない「安全運転義務違反」については適用を躊躇う気持ちもわかるのですが、最近発行の判例集をみても「仙台高裁秋田支部判決」や「最高裁決定」は載せているので、これらを重視しているのだろうと思います。
けど結局の話、「事故に至っていない安全運転義務違反」を取りたいなら、法で側方間隔を明示しないとなかなか厳しいでしょう。
だから法で明確にしないとダメなのよ。
ところで。
イエローのセンターラインについては「右側部分はみ出し追い越し禁止」(17条5項4号)なので、自転車を追い越しする際もはみ出し追い越しは禁止ですが、
理屈の上では狭い道路で、右側部分にはみ出しすることが危険だから一律で禁止していることになります。
しかし「追い越しを控えるべき注意義務」どころか、執務資料によれば期待可能性を理由として、自転車を追い越しする際に「はみ出しが小さければ違法とは言えない」という理論構成を取っている。
はみ出しが小さい=自転車との側方間隔に問題が生じかねないのですが、そのあたりを考慮している理論とは言い難い。
その理屈についてはわからんでもないけど、期待可能性は超法規的違法性阻却事由なので、曖昧な理論を使うよりもどっちなのかハッキリさせたほうがいいと思う。
事実上、追い越しを控えるべき注意義務を課している区間なのか?
それとも「期待可能性ガー!」という理論なのか?
ちなみに、上で挙げた大阪高裁 昭和43年4月26日判決については、執務資料では27条に関する判例として紹介されてますが、判決要旨だといろいろ前提が違いすぎて、何が真実なのかはよくわかりません。
執務資料では「自動車を追い越し」になっていたはずですが、2つの判決要旨だと「自転車を追い抜き」になっていたりする。
ここらへんの食い違いが起きる理由については正直なところわかりません。
しかも要旨を見る限り、27条2項は一時停止義務を負うかのようにすら書いてあるし、判決文を見ないとわからないものの判決文は入手困難という…
まあ、判決文の全てが先例になるわけでもないので個人的にはまあまあどうでもいい話になりますが。
結局のところ、刑事責任と民事責任を両方クリアしようとすれば側方間隔は1.5mはないと厳しいという帰結になりますが(刑事無罪は、民事とは何ら関係がない)、曖昧な法律だから上で挙げたように「状況次第」にしかならないわけです。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント