以前書いた内容の続きです。
昭和60年4月30日 最高裁判所第一小法廷決定では、「追い抜きを差し控えるべき業務上の注意義務があつた」としています。
刑法上、「追い越し、追い抜きを差し控えるべき注意義務違反」を認定した判例がどれくらいあるのかというと、調べた限りでは少ない。
・最高裁判所第一小法廷 昭和60年4月30日
・大阪高裁 昭和43年4月26日
・東京高裁 昭和44年4月28日
・福岡高裁 昭和30年3月2日
たぶんこれくらいです。
いかなるときに「追い越し、追い抜きを差し控えるべき注意義務違反」を認定しているのでしょうか。
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追い越し、追い抜きを差し控えるべき注意義務違反を認めた判例
福岡高裁 昭和30年3月2日
実質的に道路幅4mの場所において、車幅2.3mのトラックが自転車を「追い越し」した事案。
警音器吹鳴、減速したのみでは足りず「追い越しを差し控えるべき注意義務違反」として有罪。
まあ、少し我慢すれば広くなるわけだし、当たり前な気がしますが…
大阪高裁 昭和43年4月26日
こちらは以前も取り上げていますが、片側3mの狭い橋に進入し自転車を追い抜きした際に、対向車を認めて左側にハンドルを切ったことで起きた事故。
被告人が対向車との接触を避けようとしてハンドルを少し左に切って進行したために、自車の左側の橋上左側端を進行していたAの自転車の進路の幅をさらに狭める結果を招き、その右ハンドル先端部に自車左側後輪前フェンダー付近を接触させて、自転車を前にはねて橋を渡り切った路上に転倒させ、右事故に基づく急性硬膜下血腫により死亡させたものと認めることができる。そして前記認定のような場合、自動車運転者である被告人としては、自転車の発見とともに警音器を十分吹鳴してAに警告を与え、橋の手前で同人を避譲させたうえで自車が先に橋を進行するか、狭い橋上での追い抜きを差し控えて自転車が橋上を通過し従来の幅員の広い道路に出た後にこれを追い抜くようにし、あえて狭い橋上での追い抜きをするにおいては狭い橋上で自動車と自転車が並進する態勢となるから、接触するおそれがないようにその動静に注意し、交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があったといわなければならない。しかるに、被告人は、橋の手前でA操縦の自転車が橋上に進入しようとしているのを認めながら、これに十分な警告を与えず、その避譲を確認しないで、漠然同一速度で進行し、狭い橋上で自転車と並進してこれを追い抜く態勢となり自車後部車体がまだ橋を通過し終わらないうちに対向車を認めてハンドルを少し左に切ったため自車左側後輪前フェンダー付近を自転車に接触させ、そこで初めてAが倒れかかるのをバックミラーで認めたというのであるから、追い抜きの際の前記注意義務を尽くしたものということはできない。
所論は、道路交通法27条2項(控訴趣意書に37条2項とあるのは27条2項の誤記と認める)の規定を援用し、A操縦の自転車は橋の手前において被告人運転の自動車に追いつかれたのであるから、一時停止または徐行して被告人運転の自動車に進路を譲るべき義務があり、被告人としては自転車が一時停止等して進路を譲ってくれるものと信頼して自らは停止等の処置をとらずに運転を継続しても注意義務違反の過失がないというので、この点について検討するに、道路交通法27条2項は、速度の速い車両に追いつかれた車両に対し進路を譲るべき義務を課し、狭い道路での交通の円滑を図ることを目的としているのであって、車両を運転する者がこれを遵守しなければならないことはいうまでもない。しかし、狭い道路で自転車が自動車に追いつかれた場合、自転車を操縦する者としては、追いついてきた自動車の大きさを十分確認することができないために、そのまま道路左側端に寄って進行を継続しても、道路中央との間にその自動車が十分通過し得る余地があると判断して進行することが考えられるから、むしろ、追いついて来た自動車の運転者において、まず前記認定の注意義務を尽くして進行すべきであって、右道路交通法27条2項の規定は、狭い道路で速度が速い車両がおそい車両に追いついた場合、その動静を無視してそのままの速度で追い抜きにかかり接触事故をおこしてもなんら責任がないという趣旨であるとはとうてい考えられない。このことは道路交通法28条3項により追越ししようとする車両は前車の速度及び進路並びに道路の状況に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないとされていること、また、同法70条により車両等の運転者は、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならないとされている規定の趣旨から推しても十分うかがえるところである。ことに本件のように、片側幅員約3mの小橋にまさに進入しようとする自転車を認めた場合、自転車を操縦するAが急に狭くなっている橋上道路の進路に注意を奪われ、追いついてきた自動車があってもこれに対する注意が十分にできないまま橋上に進入することが考えられるのであるから、被告人運転の自動車がわずかに早く橋上にはいりうる場合においても、被告人としては、自転車の動静に注意を払い、無事に橋上を通過し得られるかどうかについて、その安全を確認したうえで進行すべきである。そうだとすれば、自転車を操縦するAにおいて被告人運転の自動車に進路を譲るべき義務があったことを前提として被告人に過失の責任がないとする右所論は採用することができない。してみると、被告人は自転車を追い抜くに際し、その避譲を確認する等安全を確認しないで追い抜きにかかり、車体が橋を渡り切らないうちに対向車を認めて左に転把して自転車の進路をさらに狭めた点について過失があったと認めざるを得ない。
大阪高裁 昭和43年4月26日
東京高裁 昭和44年4月28日
この判例は詳細がないのですが、状況は以下。
被害者は自転車に乗って減速し、不安定な状態にあった際、被告人運転のダンプ車が右側直近を通過したため、その「あおり」又は恐怖心から前方左側の電柱に衝突し、転倒するとき、進行中のダンプ車荷台の左側辺に接触して上背部に傷害を生じ転倒したところ、同人の頭部を轢過されたと認めるのが相当である。
これについて以下を認定。
追越しを一時中止し自転車が安全な位置に行きこれと十分な間隔を保って追越し得る状況になってから追越しを開始し事故の発生を未然に防止する注意義務違反
東京高裁 昭和44年4月28日
おそらく狭い道路なのではないかと思いますが、詳細は不明です。
最高裁判所第一小法廷 昭和60年4月30日
事故の概要。
道路状況 | 幅4mの道路(大型貨物車通行禁止) |
自転車の動静 | 高齢者で左右に揺れて不安定な様子を確認していた |
車の速度 | 約5キロにて追い抜き(警音器を鳴らし、自転車は有蓋側溝上に進路変更) |
側方間隔 | 60~70センチ |
事故現場は車道幅員3.38m。
時速50キロで通行し、自転車に対しクラクション。
自転車が有蓋側溝に避譲したので側方間隔60~70センチ、時速5キロで追い抜き。
不安定な状況で倒れた。
本件道路は大型貨物自動車の通行が禁止されている幅員4m弱の狭隘な道路であり、被害者走行の有蓋側溝に接して民家のブロツク塀が設置されていて、道路左端からブロツク塀までは約90センチメートルの間隔しかなかつたこと、側溝上は、蓋と蓋の間や側溝縁と蓋の間に隙間や高低差があつて自転車の安全走行に適さない状況であつたこと、被害者は72歳の老人であつたことなど原判決の判示する本件の状況下においては、被告人車が追い抜く際に被害者が走行の安定を失い転倒して事故に至る危険が大きいと認められるのであるから、たとえ、同人が被告人車の警笛に応じ避譲して走行していた場合であつても、大型貨物自動車の運転者たる被告人としては、被害者転倒による事故発生の危険を予測して、その追い抜きを差し控えるべき業務上の注意義務があつたというべき
昭和60年4月30日 最高裁判所第一小法廷
追い越し、追い抜きを差し控えるべき注意義務違反を認めなかった判例
「追い越しを見合わせるべき注意義務違反」を認めなかった判例は、広島高裁 昭和32年1月16日判決。
これは上の最高裁決定の上告時に、弁護人が「判例違反」として引き合いに出したモノになりますが、最高裁は「事案を異にし本件に適切ではない」としています。
広島高裁判決の内容なんですが、狭い道路で先行する自転車に対し警音器を何度か鳴らして避譲させた後(注1)、50センチの側方間隔で時速10キロに減速して追い越し中に起きた事故です。
検察官は「追い越しを見合わせるべき注意義務違反」を主張しましたが、裁判所は認めていません。
※注1
昭和35年以前の「道路交通取締法」では、追い越しする後車が警音器を鳴らすことが「義務」で、警音器を聞いた先行車は左側に避譲する義務がありました(旧令24条)。
なので旧法時代の判例は、警音器を鳴らさずに追い越ししたらそれだけで違反だったことを考慮する必要あり。
道路交通法27条「追いつかれた車両の義務」は「徐行や一時停止義務」を負うのか?ちょっと前の続きです。 27条2項「追いつかれた車両の義務」は徐行や一時停止義務を負うのか?という話がありますが、ちょっとこれについて掘り下げてみます。 なお、話は長いので興味がない人はスルー推奨。 (他の車両に追いつかれた車両の義務) 第...
広島高裁判決を見たのですが、重量30キロの米俵を自転車に載せ、長さ1.38mの鍬の柄を横にして自転車に乗っていました。
最高裁決定との差はいろいろあります。
前方約12mの道路上を自転車に乗車して進行中の被害者の姿を認めるや時速を約10キロに減じ警笛を数回吹鳴したところ、同人が道路左側から約0.45m中央寄りに避譲しそのまま異状なく進行を継続したので、自己の進路をも可及的に左側に寄せた上これを追越そうとしたものであること、その際における被告人の運転する貨物自動車と鍬の柄との間隔は約50センチで、道路左側との間にはなお少くとも約1.64mの幅員があり、通常自転車に乗車した者が進行するには十分であったこと、被告人において自転車の後方からそのハンドル上の鍬の柄の長さや荷台の積荷の重量を測定することは極めて困難な状況であったこと、本件事故発生直後ほぼそのままの位置に停車していた被告人の貨物自動車の左側を自動三輪車が難なく通過した事実があり、現に右鍬の柄が上述のように貨物自動車が進行し得たものであること、被告人の目撃し得た範囲においては被害者はふらついている様子もなく且つ進路上に何等の障害もなかったこと、前記鍬の柄が貨物自動車の車体後部左側底部に接触して被害者が転倒に至ったのは被告人操縦の貨物自動車のせいではなくその予想に反し被害者が自らよろめいたことの特別事情に因るものであったことがそれぞれ認められる。
広島高裁 昭和32年1月16日
側方間隔50センチ、時速10キロの追い越しは無罪です。
ただしあくまでも事例判例なので、最高裁決定のように状況が変われば話は別。
側方間隔は
あくまでも刑事事件(業務上過失致死傷)について、側方間隔がハッキリ書いてある判例を集めるとこうなります。
裁判所 | 自転車の動静 | 車の速度 | 側方間隔 | 判決 |
広島高裁S43.7.19 | 安定 | 40キロ | 約1m | 無罪 |
東京高裁S45.3.5 | 安定 | 30キロ | 1~1.5m | 無罪 |
最高裁S60.4.30 | 不安定 | 約5キロ | 60~70センチ | 有罪 |
高松高裁S42.12.22 | 傘さし | 50キロ | 1m | 有罪 |
東京高裁 S48.2.5 | 原付二種 | 65キロ | 0.3m | 有罪 |
仙台高裁S29.4.15 | 酒酔い | 20キロ | 1.3m | 有罪 |
札幌高裁S36.12.21 | 安定 | 35キロ | 1.5m | 無罪 |
高松高裁S38.6.19 | 子供載せ | – | 約42センチ | 有罪 |
仙台高裁秋田支部S46.6.1 | – | 45キロ | 20~40センチ | 有罪 |
白河簡裁S43.6.1 | 安定 | 40キロ | 70センチ | 無罪 |
大阪地裁S42.11.21 | 55キロ | 1m | 有罪 | |
金沢地裁S41.12.16 | ふらつき | 30キロ | 1m | 無罪 |
広島高裁S32.1.16 | 安定 | 10キロ | 50センチ | 無罪 |
先行自転車を発見し、これを時速45キロ程度で追い抜くに際しては、先行車の右側方をあまりに至近距離で追い抜けば、自転車の僅かな動揺により或いは追抜車両の接近や風圧等が先行自転車の運転者に与える心理的動揺により、先行自転車が追抜車両の進路を侵す結果に至る危険が予見されるから、右結果を回避するため、先行車と充分な間隔を保持して追い抜くべき注意義務が課せられることが当然であって、本件においても右の注意義務を遵守し、被害車両と充分な間隔(その内容は当審の差戻判決に表示されたように約1m以上の側方間隔を指称すると解すべきである。)を保持して追い抜くかぎり本件衝突の結果は回避しえたと認められる以上、被告人が右注意義務を負うことになんら疑問はない。
仙台高裁秋田支部 昭和46年6月1日
側方間隔だけを見ると一貫性がないように見えますが、結局のところ側方間隔だけを判断材料にしているわけじゃなく、道路幅、交通量、見通し、先行自転車の様子、追い越し(追い抜き)する速度などを総合的に判断していると言えます。
結局、民事責任まで考えると1.5m以上になりますが、よく言われる「事故未発生の安全運転義務違反(28条4項、70条)」について警察が適用したがらないのは、結局基準がないので難しいから。
だから明確な要件を法で定めない限りは、ムリに近い。
全く方法がないわけではないのですが。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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