こちらにご意見を頂きました。
日本においてロードレースの自転車同士の事故で賠償請求は前例があるのでしょうか?
また、貴方がこの事故に巻き込まれて負傷したとしたら、そうしようと思いますか?
前者は「ある」ですが、後者は「ノー」です。
ちょっと話が長くなりますが、理由を説明します。
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レース中の事故と損害賠償請求訴訟
ロードレースではなくデュアスロンのバイクパートでの事故ですが、損害賠償請求訴訟が認められた事例があります。
事故の概要。
この事故は右カーブにて先行車がイン側を通ると考え左側から追い越ししようとし、先行車は左端を走行したため右からの追い越しに変えようとしたところ、先行自転車の左後部と後続自転車の前方が接触した事故。
先行車(原告)がイン側を通ると思い、被告は左から追い越ししようとした。
原告と被告は、バイク二周目の走行中に、原告は時速約60キロメートルで、被告はそれを上廻る速度でコース左側を走行して本件カーブに差し掛かったが、被告は、原告の約6m後方を走行し、原告を左側から追い越そうと考えたが、原告の左側には追い越すことができるほどのコースの空きがなかったために、右側から追い越そうと考え、後方の状況を確認して前を向くと、被告車に約2mの距離に近接していたために右から追い越すための動作に入る間もなく、原告の自転車後部左側に自車全部を衝突させてしまい、被告はその場に転倒した。原告は、衝突されたことで自転車操縦の自由を失い、本件カーブ出口付近まで進行した後転倒した。
先行車(原告)からすれば追突されたような形かと。
原告の請求はこちら。
内容 | 請求金額 | 備考 |
治療費等 | 5535円 | 治療費の一部は主催者負担済み |
休業損害 | 112560円 | 一部は別に補填済み |
慰謝料 | 150000円 | |
自転車 | 265328円 | 全損 |
弁護士費用 | 100000円 | |
計 | 633423円 |
※不法行為による損害賠償請求の場合、認容額の10%程度の弁護士費用が認められるのが通例。
実際に弁護士に払う費用とは違うので注意。
被告(追突した側)の主張にはこれがあります。
スポーツはある程度の危険を伴うのが通常であり、殊に本件競技のうちバイクは、速度を競う自転車競技であって、しかも、競技者は任意に参加しているのであるから、その危険性を自覚しているものというべきである。そして、スポーツが許容された行動範囲で行われる限り、スポーツの特殊性から離れて過失の有無を判断すべきではなく、本件の場合、被告は、原告を左側から追い越そうとしたが、通行できなかったので、右側から追い越そうとした際に偶然原告と接触してしまったのであり、一般競技内における最良の進路を確保するための走行方法をしていたに過ぎないから、被告にはスポーツによる不法行為を構成するような過失は存しない。
これに対し横浜地裁 平成10年6月22日判決は、被告の過失を認定。
1 本件競技会におけるルールとしては、走行及び追い越しの方法については、原則的にバイクは左側を走行し、追い越しをする場合は右側から行い、追い越しをする場合には「右追い越します」というように、必ず声を掛けると定められているところ、甲第1号証によれば、本件競技には、中学生から六五歳以上の者も参加資格を有し、原告の供述によれば、それらの参加者は、男女、年齢や技術の差などによる区別はなく、全員が一緒に競技するものであることが認められる。このような本件競技の競技方法及びバイクでは時速60キロメートルあるいはそれ以上の高速で競技することからすると、他の競技者と接触し、場合によっては重大な結果を生じかねない、追従、追い越しなど他の競技者と接近して走行する場合には、後方を走行する競技者は、前方を走行する競技者の動向を注視し、かつ、右のルールを遵守するなど適切な措置を講じて衝突を未然に防止すべき注意義務が存するというべきである。このように解することは、バイク走行及び追い越しに関する右のルールには、「危険走行とみなされた場合、失格となることがあります。」と付記され(甲第1号証)、安全走行が重視されていることからも相当というべきである。
2 これを本件についてみるに、先に判示したとおり、被告は、原告の速度を相当程度上廻る速度で走行し、原告を左側から追い越そうとその約6m後方にまで接近したが、それができないため、右側から追い越しをするために、後方の安全を確認した後、前方に視線を戻したときには既に約2mまで接近し、間もなく原告に衝突をしているのである。この事実に照らすとき、被告は、左側からの追い越しをするべく原告の後方で追従を始め、遅くとも約6mに接近した時点において原告車と被告車の速度の違いを的確に把握し、かつ、原告車の動向を注視して、追突を避けるための速度調節ないし進路の変更をする等の措置を講ずべき注意義務があったというべきである。そして被告にはこれを怠り、前記認定のとおり何らの措置を講ずることなく進行した過失があると認めるのが相当である。なお、被告の供述等には、原告に約2mまで接近したときに原告がブレーキをかけたことが衝突の原因であるとする部分が存するが、原告がブレーキをかけたことを的確に裏付けるに足りる証拠はなく、右供述等は直ちに採用し難い上、仮に原告が被告の主張するとおりブレーキをかけたとしても、本件カーブの状況下においてそのような操縦を非難することはできず、むしろ、そのような速度の変化に対応できない状況に立ち至らせた被告の操縦方法が相当性を欠いていたというべきである。
3 ところで、被告は、本件事故は、被告が左側からの追い越しを断念して、右側からの追い越しをしようと、後方の安全を確認した後に追い越しを開始しようとした矢先に発生したものであり、そこでの被告の行為は、本件競技のルールに著しく反するものではなく、かつ、通常予測され許容される動作に起因するものであるから、スポーツ競技の参加者の推定的承諾により違法性は阻却されると主張する。
しかしながら、先に判示したとおり、本件競技は、性別、年齢、技術の程度による区別なく同時に競技するもので、かつ、高速のバイク走行の競技を行うことによる危険性を有するものであり、ルール上も危険走行は失格となることがあるとされていることからすると、本件競技のバイク競技においてはその走行中の安全を図ることが重視されているものと解するのが相当である。
そして、前示の被告の走行の態様は、スポーツにおいて通常予測された許容される動作に当たるものとは解されず、かつ、前示の被告の過失の程度は、必ずしも軽微なルール違反ということはできないから、その主張は採用できない。横浜地裁 平成10年6月22日
裁判所が認容した額はこちら。
内容 | 請求金額 | 認容額 |
治療費等 | 5535円 | 5535円 |
休業損害 | 112560円 | 112560円 |
慰謝料 | 150000円 | 100000円 |
自転車 | 265328円 | 100000円 |
弁護士費用 | 100000円 | 50000円 |
計 | 633423円 | 368095円 |
なお、原告(先行車)は追突されたような形なので過失相殺はありません。
自転車の全損は、減価償却により減額。
ところで
横浜地裁の事例は、原告からするといきなり後ろから追突されたような形なので、弁償してもらわないと納得いかない。
けどレース中の事故には不可抗力的な場合もあるし、不可抗力で自分が事故を起こした場合には「レースだしお互い様」な側面もある。
何らかの整備不良が事故の原因と考えられたケースの場合は、整備不良があったことと事故発生の因果関係を訴える側が立証しないといけないし、ハードルは高いかと。
あと、レースの参加者ってまあまあ狭いコミュニティなので、争いがあるのもビミョーなのよね。
レース中の事故にも対応する保険に入っておき、万が一の場合には気持ちよく払える体制にしておくのが吉かと。
不可抗力的な場合もあるし、不可抗力で起きた事故について争うのもね…
レース中の事故にも対応する保険があるのかはよくわかりませんが。
ちなみに知人から聞いた話。
あるレースの序盤、何の変哲もないところでなぜか先行車が落車し、巻き込まれてしまったそうな。
後から知った話として、落車した人はレース以前から体調不良だったらしく、体調不良の結果落車したのだと(意識を失ったに近い)。
それを知り「そんな状態でレースに出るなよ」と思ったそうですが、損害賠償請求はしてないそうです。
バイクはかなりのダメージを受け、まあまあケガしたみたいですが。
こういうのも損害賠償請求訴訟をすれば認められる可能性はありますが、損害賠償請求するかしないかは自由なのよね。
横浜地裁の事例にしても、弁護士費用を考えると手元に残るのは…
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
デュアスロンやトライアスロンのバイクパートでは、右から追い越しが基本で。この判例にもあるように、競技ルールに書いてることがほとんどですね。
そもそも左から追い越そうとしてるところでもうアウトだと思います。
同じ事故でも、ドラフティングが禁止されてないし、危険もある程度許容していると思われるエリートだけで走ってたなら、被告側の言い分も、多少は取り上げられたかもしれません。
原告側からしたら、「バイクが乗れないくらい壊れたのに、減価償却って何だよ!」と言いたいくらいでしょう。
コメントありがとうございます。
個人的な感想としては、仮にこのように損害賠償請求が認められても必ずしも十分な保証とは言い難いので、被害者が納得するかは別問題になるのがややこしいかなと。