ちょっと前になりますが、時速120キロで交差点を直進し対向右折車と衝突した事故について、過失運転致死傷罪(執行猶予)とした報道がありました。
スポーツカーで交差点を時速約120キロで走行し、衝突した軽乗用車に乗っていた9歳女児を死亡させたなどとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた医師、高倉裕征被告(37)に広島地裁福山支部(松本英男裁判官)は4日、禁錮3年、執行猶予5年(求刑禁錮3年)の判決を言い渡した。
スポーツカー時速120キロ走行で衝突 女児死亡させた医師に執行猶予付きの有罪判決スポーツカーで交差点を時速約120キロで走行し、衝突した軽乗用車に乗っていた9歳女児を死亡させたなどとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた医…
この判例では執行猶予をつけた理由として以下を挙げています。
本件は、被告人が、交差点を直進する際、指定最高速度を超過して交差点に進入し、交差点を右折進行しようとした対向車と衝突し、対向車の同乗者1名を死亡させ、対向車の運転手及び交差点付近に居合わせた者を負傷させたという事案である。
被告人は、最高速度を遵守して自動車を進行させるという自動車運転者としての基本的な注意義務を怠り、指定最高速度の2倍以上の速度で自動車を走行させたものであり、過失の程度は大きい。当時9歳の被害者1名を死亡させ、被害者2名に判示の重傷を負わせたという結果は誠に重大である。死亡した被害者の家族の悲しみは深く、その処罰感情が厳しいのも当然である。被告人には速度超過の交通違反歴もあり、交通規範意識が低いこともうかがわれる。これらの事情からは、本件は、実刑の選択も視野に入る事案であるといえなくもない。他方で、本件は、弁護人が指摘するとおり、交差点を右折するに当たり、対向直進してくる車両を十分に確認しなかったことなどの対向車側の事情も結果に影響を及ぼしているとみることができるから、被告人の過失に対しては厳しい非難は免れないとしても、被告人を直ちに実刑に処することは躊躇される。
これらに加えて、被告人が公訴事実を認めていること、任意保険による損害の填補が将来見込まれること、被告人の妻が証人として出廷して被告人の監督等を約束していること、被告人にはこれまでに前科がないことなどの事情を考慮すると、被告人に対しては、主文の刑を量定するとともに、法律上最長の期間を定めてその刑の執行を猶予するのが相当である。広島地裁福山支部 令和6年6月4日
ところで刑事ではなく民事判例ですが、同じく時速120キロ(以上)で直進したオートバイと対向右折車が衝突した事故について、右折車を無過失としたものを紹介しました。
民事と刑事を比較しても意味がないですが、この2つの判例を比較します。
Contents
2つの「時速120キロ直進車」の判例
広島地裁福山支部R6.6.4(刑事) | 福岡高裁R5.3.24(民事) | |
直進車の速度 | 120キロ | 120キロ以上 |
指定最高速度 | 50キロ | 50キロ |
直進車が対向右折車を発見した距離 | 38.5m | 約75.9m |
◯広島地裁福山支部R6.6.4(刑事)
被告人は、令和4年6月18日午後8時25分頃、普通乗用自動車を運転し、広島県福山市a町b丁目c番d号先の信号機により交通整理の行われている交差点を、同市e町方面から同市f町g丁目方面に向かい直進するに当たり、同所は道路標識等によりその最高速度が50km毎時と指定されていたのであるから、同最高速度を遵守して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、同最高速度を遵守せず、漫然時速約120kmで進行した過失により、折から同交差点内を対向右折進行してきたA(当時63歳)運転の普通乗用自動車(軽自動車)を前方約38.5mの地点に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、同車左側部に自車前部を衝突させ、その衝撃により同人運転車両を右前方に逸走させて同交差点南東角付近歩道上に設置された低圧分岐箱に衝突させるとともに、同車の同乗者であるB(当時9歳)を車外に放出させて同歩道上に転倒させ、さらに、同車との衝突により倒壊した同低圧分岐箱を同歩道上に佇立していたC(当時63歳)に衝突させ、よって、上記Aに入院加療27日間を要する左腰椎横突起骨折等の傷害を、上記Cに加療約4週間を要する胸部打撲傷等の傷害を、上記Bに多発外傷の傷害をそれぞれ負わせ、同日午後10時50分頃、同市h町i丁目j番k号D病院において、同人を上記傷害により死亡させた。
◯福岡高裁R5.3.24(民事)
控訴人は、衝突時の控訴人車の速度は時速100キロメートル程度である旨の陳述及び供述をする。
しかしながら、○県警察が、控訴人車の走行状況を撮影した防犯カメラの記録等を解析して、本件事故直前の控訴人車の速度を時速122ないし179キロメートルと算出していること(上記撮影地点から、控訴人が急制動の措置を講ずるまでの間に、控訴人車が減速したことを認めるに足りる証拠はない。)、控訴人自身、警察が120キロメートル以上は出ていたというのであれば、間違いないと思う旨の陳述及び供述ををすることに照らすと、上記速度は120キロメートル以上と認めるのが相当である。
車両は交差点に入ろうとするときは、当該交差点の状況に応じ、反対方向から進行してきて右折する車両等に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないところ(道路交通法36条4項)、控訴人は、夜間、最高速度の2.4倍以上の速度で控訴人車を進行させ、同車を、本件交差点を右折進行してきた被控訴人車の左側面後端に衝突させたのであって、控訴人に過失があるのは明らかである。
これに対し、被控訴人は、被控訴人車を本件交差点に進入させて一旦停止させ、対向車線を車両等が進行してきていないことを確認した上、時速10キロメートル程度の速度で被控訴人車を右折進行させたにすぎない。被控訴人に、夜間、最高速度の2.4倍以上の速度で本件交差点に進入してくる車両等を予見し、運転操作をすべき注意義務があったとするのは困難であるし、加えて、控訴人は、原判決別紙1の①地点から約75.9m手前で、被控訴人車が本件交差点を右折進行してくるのに気付いたというのであり、控訴人が時速50キロメートル程度の速度で走行していた場合、その停止距離(28m)や、被控訴人車の速度を考慮すると、本件事故の発生を回避し得た可能性が高いことに照らすと、本件事故は専ら控訴人の過失によるもので、被控訴人に過失はないというべきである。福岡高裁 令和5年3月16日
右折車が右折を開始した地点ではなく、直進車が右折車が右折したことに気づいた地点なことに注意。
福岡高裁判決(民事)は、右折車からすれば対向直進車がはるか遠くだと確認していたことを無過失の理由として挙げています。
広島地裁福山支部(刑事)は、福岡高裁判決に比べると対向直進車が近い状況だったのかなと推測されますが、時速120キロだと1秒間に33.3mも進む。
夜間に対向直進車の速度を正確に知ることは困難ですが、広島地裁福山支部は右折車にも過失があったかのような判決理由になってます。
一般的に直進車と右折車の関係では直進車が優先ですが、おおむね+20キロ程度までが優先だというのは判例的に確立されていて、「特別な事情」がない限りは著しい高速度直進車を予見する注意義務はない。
広島地裁福山支部判決は、被告人が罪の成立を争っていないので判決文では細かい検討はされていませんが、右折車の過失も否定できない面があったのでしょうかね…
ところで福岡高裁判決(民事)では、直進車が対向右折車を発見したのは約75.9m手前。
つまり右折車からすれば、かなり遠くに直進車がいる状況で右折を開始したものの、想定外の速度で突っ込まれた扱い。
この事故を右折車の努力で回避可能だったか?というと、まず不可能でしょう。
レーダーかなんかを装備していない限りは回避不可能だし、過失が認められないから無過失の認定も当然。
じゃあ広島地裁福山支部判決の事故は右折車の努力で回避可能だったのか?というと、これもかなり厳しい。
対向関係だとすれ違いするまでは対向車の速度が分かりにくいので、結局は直進車が制限速度を守ってもらうしかないのよね。
神業的に対向車の速度を正確に把握することまで求めるわけではないので。
ビックリした話
広島地裁福山支部の事故では、右折車ドライバーも書類送検されてますが不起訴。
信頼の原則から無罪になる可能性が高いし不起訴は当然かと。
ビックリしたのですが、右折車のドライバーが書類送検されたことから「右折車も同罪」なんて解説しているのを見まして。
書類送検されるのは法律上しょうがないことでしかなくて、この手の事故は双方ともに書類送検されるのは普通です。
他人を運転行為で死傷させた以上、過失運転致死傷の容疑が掛かるのは仕方ない話ですから…
書類送検されたから同罪、なんて雑な解説する人もいるんだなあとビックリしたけど、逮捕や書類送検の意味を混同しているのだろうか。
例えば順走自転車と逆走自転車の衝突事故でも両者ともに書類送検されてますが、
わりと普通なのよ。
青切符の違反にしても事故の場合には青切符ではなく赤切符(書類送検)ですし(125条)。
広島地裁福山支部の事故は民事はどうしたのか不明ですが、著しい高速度直進車と右折車の事故で、高速度直進車を100%にした判例はほかにもあります。
きちんと注意を払っていたなら、無過失の認定をすることは珍しくない。
自分がやるべきことをやることに集中するしかないわけよ。
他人は他人。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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