自転車事故の際に高額な賠償金になることはよく知られていますが、質問を頂きました。

この資料にある判例は過去にいくつか取り上げてまして、9266万(東京地裁)についても記事にしてますが再度。
Contents
9266万(東京地裁)とはいかなる事故か?
この資料はこちらにありますが、
自転車運転中の男子高校生が車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた24歳会社員男性と衝突し、会社員は言語機能の喪失等重大な障害が残った。
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk15/documents/kougakubaisyo.pdf
事案の概要を。
・被告(自転車)は歩道を通行していた。
・歩道には配電ボックスがあり、被告の身長よりも高かった。
・現場は6叉路交差点近く(片側2車線の幹線道路)。
・被告自転車は、自転車横断帯よりも12.4m以上手前で歩道から車道に降りて斜め横断を開始した。
被害者(原告)は自転車に乗り車道を通行中、歩道からノールック斜め横断してきた自転車と衝突。
原告は頭を強く打ち片半身の麻痺と言語障害が残り重度の後遺障害(1級)認定。
加害者は当時高校生ですが、重過失致傷罪で家裁送致。
まず、過失割合が気になるところですが、東京地裁 平成20年6月5日は以下の認定。
原告(被害者) | 被告(加害者) |
50 | 50 |
要はこれ、被害者側からしたら無過失だと思って示談交渉したものの、折り合いがつかず提訴。
50%の過失相殺をして9266万の賠償なので、裁判で認定された被害者の損害は約1.7億なんですね。
なぜこういう判断に至ったか?
原告はスピードを出していたわけではなく、歩道通行の自転車(被告)は15-20キロ程度、車道通行のロードバイク(原告)は一般的な自転車(17キロ程度)よりは速かった可能性があるものの、時速30キロ以上出していた証拠はないとしている。
さて、問題なのは予見可能性。
被害者が交差点に進入したときに信号無視はなかったとしてますが、交差点が広いため(自転車横断帯から自転車横断帯の距離が37.6m)、被害者が交差点出口の自転車横断帯等を通過する際には歩行者用信号が青に変わったとしている。
つまり、横断する歩行者や自転車は「予見可能」になりますが、
歩道の切り下げがある以上、そこから車両が降りてくるのも予見可能。
これらから、何ら交通法規に違反してない原告は「ノールック斜め横断する自転車が予見可能」になってしまった。
原告の過失に関する判示はこちら。
<原告(車道通行のロードバイク)の責任>
道路交通法36条4項は、「車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。」と規定し、また同法38条1項は、「車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。」と規定している。
自転車は、車両であるから、「道路を横断する歩行者」と同視することはできず、また、被告は、本件横断歩道から約9.35m離れた地点から車道を横断しようとしたのであるから、「横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者等」と同視することもできないのは、原告らが主張する通りである。
しかしながら、被告が横断しようとした地点は、本件横断歩道からさほど離れていたわけではなく、また、歩道との段差がなく、歩道からの車両の進入が予定されていた箇所であったことに加え、原告運転の自転車が本件横断歩道を通過する際、車道信号A1の表示は赤信号であり、歩行者信号Bの表示は青信号であったのであるから、本件横断歩道上のみならず、被告運転の自転車が車道に進入してきた地点からも、本件道路を横断すべく車道に進入してくる歩行者や自転車があることは想定される状況にあったというべきである。そして被告にとってと同様に、原告にとっても、配電ボックス等の存在により、必ずしも見通しがよくなく、上記の箇所から車道への進入者等の存在は十分確認できない状況にあった。
したがって、原告は、自転車を運転して本件横断歩道を通過させるに際し、被告運転の自転車が車道に進入してきた地点から横断しようとする者がいることを予想して、減速して走行するなど、衝突することを回避する措置を講ずるべきだった義務があったところ、原告がこのような回避措置を講じたことは認められないから、本件事故の発生については原告にも一定の落ち度を認めるのが相当である。
東京地裁 平成20年6月5日
そりゃワケわからん位置からノールック斜め横断する自転車に過失があり、刑事責任まで問われたのだから問題があるのは間違いない。
とはいえ、原告に過失を認定するのはいささか酷。
この判例のポイントはここなのよ。
被告が横断しようとした地点は、本件横断歩道からさほど離れていたわけではなく、また、歩道との段差がなく、歩道からの車両の進入が予定されていた箇所であったことに加え、原告運転の自転車が本件横断歩道を通過する際、車道信号A1の表示は赤信号であり、歩行者信号Bの表示は青信号であったのであるから、本件横断歩道上のみならず、被告運転の自転車が車道に進入してきた地点からも、本件道路を横断すべく車道に進入してくる歩行者や自転車があることは想定される状況にあったというべきである
民事はカジュアルに「予見可能」が発動するからややこしい。
おそらく
神戸地裁の事例は過失相殺してないけど、東京地裁の事例は50%の過失相殺をして9266万。
まあ、この判例を一般的なノールック横断事案と同視できない事情があるとすれば、
被害者が交差点出口の自転車横断帯等を通過した瞬間の信号灯火ですかね。
個人的にはこの過失割合はいかがなものかと思うけど、被告側は「原告のノーヘル過失」も主張。
裁判所は「ヘルメットをかぶっていたかいなかったか証拠がない」とし、仮にノーヘルだったとしても過失相殺理由にならないとしてますが…
以前取り上げてますので詳しくはこちらを。

被告の過失は明らかかと。
<被告(歩道自転車)の責任>
自転車は、交差点を通行しようとする場合において、当該交差点又はその付近に自転車横断帯があるときは、当該自転車横断帯を利用しなければならないところ(道路交通法63条の7第1項)、被告は、進路前方に自転車横断帯があったにもかかわらず、これを利用することなく、本件道路を横断しようとしたのであって、被告が当該自転車横断帯を利用しなかったことを正当化することができるような合理的な理由は特に認められない。その上で、被告が本件道路を横断しようとした地点と直近の自転車横断帯又は本件横断歩道との距離に照らし、被告運転の自転車が自転車横断帯又は横断歩道上を通行していたのと同視し得るとまで評価することはできない。
そして、被告は、自転車横断帯を利用することなく本件道路を横断しようとするのならば、自車を歩道から車道に進入させるのに先立ち、少なくとも右方から走行してくる車両の有無、動静を十分に注視、確認した上で、車道に進入させるべきであったところ、対面する歩行者用信号の表示は赤信号であり、歩行者用信号Bの表示が青信号だったことから、右方から車両が走行してくることはないものと軽信して、上記のような注視、確認をすることなく、自車を車道に進入させて本件道路を横断しようとしたことから、原告運転の自転車と衝突するに至った。(中略)
以上によれば、被告は、車道に自車を進入させるに際し、上記の注視、確認義務を怠ったものといわざるを得ない。
東京地裁 平成20年6月5日
要は無過失を主張する原告と、過失相殺を主張する被告の争いになってますが、原告はそれほど速いスピードではないにしても事故状況から50%の過失相殺を認定されている。
違反と過失を混同する人もいるけど、過失論における「予見可能」ってたまに暴走する気がします。
とはいえ、これが現実なのよね…
なお、以下のうち大阪地裁は取り上げた気がする。
大阪地裁判例も興味深いけど、一時不停止の原告の過失は0%。
もちろん理由があり、一時停止していても結果は変わらない(被告の重大な過失)からです。

賠償額がいくらになったか?については結果論なので、事故以前には一切わからない要素。
事故防止については注意していれば可能になりますが、この件については「ノールック斜め横断するな」というしかないのよね。
自転車保険が大事なのはその通りだけど、保険はあくまでも事後処理の話であって事故防止にはならんのよね。
ノールック斜め横断は他人の人生を狂わせるのよ。
被害者は20代…

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
原告は注意義務を怠った過失、被告は同じく注意義務を怠った過失に加えて明確に交通法規違反。これで過失割合が50:50は、さすがにこれはハズレの裁判官、と思ってしまいますね。ロードバイクに対するバイアス補正がかかっているのか…
過失割合がどうとかといった事態に陥らないよう、せいぜい安全に乗るしかありませんが、ノールック降臨は本当に怖いです。
コメントありがとうございます。
わりとややこしいのは、これが東京地裁という点です。
東京地裁は交通集中部という交通事故のみを扱う専門部があるため、東京地裁の判断はちょっと重いのです。
とはいえ、ハズレの回なんですよね…
原告側が無過失を主張する気持ちはよくわかります。
高裁の判決には判例として後の事故の判決におおいに影響すると思われるのですが、これで五分五分ではノールック車道降臨&逆走&走行区分違反(?)などの違反の抑止効果という点で大きくマイナスすると思ってしまいます。
半身不随という結果の半分が「自分のせい」にされたわけなのですが、ホンのわずかな事であり10%程度の過失が妥当な気がしてなりません。
過失割合に依らず、半身不随は避けたいので、ロードバイクでは信号の変わり目には特に注意徐行を心掛けます。
コメントありがとうございます。
被害者が交差点出口の自転車横断帯等を通過した際の信号灯火がポイントですが、わりと被害者不利な判例なんですよね。
公平には程遠い気がします。
裁判官で当たりハズレがあることを含めて。
高校生側が保険に入ってなかったから、不公平感満載な判決にしたのかもって、思っちゃいました。
コメントありがとうございます。
正直なところ公平とは言い難いですが、自転車同士の事故はこういうのがそれなりにあるので…
些細な点ですが,東京地判平成20年6月5日の事案で原告ら3名(被害者本人とその父母)が請求額と請求認容額との差額全1億2165万7551円について控訴をした場合に控訴の提起の手数料として裁判所に納める金額は57万9000円になるのではないでしょうか。
すみません、不勉強のところご指摘ありがとうございます。