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甲府市で「著しい高速度の直進車」と「右折車」が衝突する事故。

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こういうのを見るといろいろ思うことがありますが、

これを刑事責任という観点で考えてみようと思う。

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過失運転致傷罪

過失運転致傷罪は自動車運転処罰法5条にある。

(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

この規定でいう「運転上必要な注意」とは道路交通法違反の有無とは関係がない。
具体的にどのような不注意があったか、その不注意とケガの発生に因果関係があるかどうかが問われる。

 

右折車のドライバーと直進車の同乗者が重症なので、現状では以下のようになる。

・右折車のドライバー→直進車の同乗者を「不注意で」負傷させた疑いで過失運転致傷の容疑者
・直進車のドライバー→右折車のドライバーと直進車の同乗者を「不注意で」負傷させた疑いで過失運転致傷の容疑者

さて、具体的過失の話。

右折車の過失

右折車は直進車の進行妨害をしてはならず(道路交通法37条)、注意義務としては「制限速度+20キロ」を予見して右折を開始することになる(信頼の原則)。
つまりこの場合、対向直進車が時速80キロの可能性を予見する注意義務がある。
しかし問題なのは、対向右折車が死角を作っていること。

 

そうすると、広島高裁/高松地裁判決のように「微発進と一時停止を繰り返して死角を消除しながら対向直進車を確認する注意義務違反」になることもあれば、同注意義務を果たしていたとしても回避不可能と判断されれば無罪又は不起訴になる。

大型車の死角がある場合の、路外右折進入車の注意義務。
以前チラっと書いた気がしますが、対向車が停止してくれてその前を横切って道路外に右折する場合、まずは25条の2第1項により、車道左側端を正常に進行する車両を妨げてはならない。いきなり17条2項(歩道直前で一時停止)だと、左側端を正常に進行する...

高松地裁の事例は路外への右折ですが、

交差点右折にしても注意義務は同じなのでして。

大型貨物自動車の左側には2輪車等の通行可能な余地があって、この通行余地の見通しが困難であったから、一時停止及び微発進を繰り返すなどして通行余地を直進してくる車両の有無及びその安全を確認して右折進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、(中略)漠然時速約10キロで右折進行した過失

 

高松地裁 令和3年2月22日

死角消除義務と、同注意義務を果たしていたら回避可能だったかになる。
要は微発進と一時停止を繰り返して死角消除するといっても完全に死角が消除できるわけではなく、それを履行していたら回避可能だったかは警察が再現実験して視界がどこまで利くか捜査しないとわからない。

 

なお、信頼の原則は相手が著しい高速度なら直ちに適用されるものではない。

「苫小牧白バイ118キロ事故」について、札幌高裁が原判決を支持した理由。
いろいろ話題になった「時速118キロ白バイ」と「内小回り右折車」の事故。過失運転致死罪に問われた右折車ドライバーに対し、一審(札幌地裁  令和6年8月29日)は有罪判決、二審は原判決を支持し控訴棄却。そもそもこの判決の意味するところを報道が...

確認不足で既に危険領域に迫っていたのに右折したなら、確認不足の過失があることになる。

直進車の過失

この場合の直進車の注意義務は、制限速度を遵守していたら衝突を回避できたかになる。
制限速度は60キロなので、どの時点で「右折車が右折してきたこと」を視認できるかに左右される。

 

これも警察が再現実験して具体的距離を算出するしかないが、時速60キロで前方注視していたら回避可能なら有罪になるし、回避不可能なら無罪又は不起訴になる。

 

刑事は過失認定が厳しいですが、要は制限速度であれば回避できたかが問題になる。
なお民事の過失と刑事の過失は範囲や認定の要件に差があるため、刑事で過失が認定されないことと民事の過失は別。

 

さて、ここまでを踏まえて。

法律を理解していない…

凄く「変」な解説をしてますが、

運転レベル向上委員会の試算によると、直進車は制限速度の時速60キロであったとしても回避可能性がないことになるので、

 

過失運転致傷罪は成立しないことになる。
不注意とケガの「発生」に因果関係を求めているのだから運転レベル向上委員会の試算によると直進車には過失運転致傷罪が成立しないことになるが(ただし試算結果に根拠があるわけではない)、

 

なぜ直進車のみが過失運転致傷罪に問われる前提にしているのかも含め、法律と実務を理解してないのよね。
この場合は重症事故なので「原則起訴(略式起訴含む)」の事案ですが(過失運転致死傷罪は軽症事案が原則不起訴、それ以外は起訴が通常)、過失の立証ができれば両者起訴は普通。
そして時速60キロで回避可能性がないのなら過失運転致傷罪は成立しないのに、謎の理論が発動している。

 

次に「仮に」進行制御困難高速度危険運転致傷罪に「速度要件」が加わり、その速度要件を満たしたなら危険運転致傷罪が成立するとしている点。
これは甚だ疑問と言わざるを得ない。

 

時速194キロで直進した大分地裁判決は、路面の状況からみて「わずかな操作ミスで進路を逸脱しかねない高速度だった」として「進行制御困難高速度」を認定してますが、同罪は「よって」として因果関係を求めている。
それについての大分地裁の判決文はこちら。

そして、本件の事実関係に照らすと、被告人が法定最高速度を遵守した適切な運転行為をしていれば、本件事故の発生を確実に回避することができたと認められるところ被告人において、前記危険運転行為の後、更に別個の交通法規違反行為が介在したという事情はなく、他方、被告人車両の速度超過の程度に照らし、被害者車両の右折進行態様が不適切・不相当であったともいえないから、本件事故は、被告人の運転行為の危険性が現実化したものであり、被告人の運転行為と本件事故との間には因果関係があるといえる

大分地裁 令和6年11月28日

制限速度を遵守していたら確実に事故発生を回避できたことを前提にしている。
つまり制限速度を遵守していたとしても回避不可能であるなら、たとえ「進行制御困難高速度」と認定されても因果関係で否定されるのでして。

 

運転レベル向上委員会の解説を見ていると、名古屋高裁判決と大分地裁判決を同一線上にみて「判断が割れた」と捉えているようである。
両者は「判断が割れた判例」ではなく「論点が異なる判例」と解釈されてますが、刑事事件の基本「検察官が過失を立証し、検察官が主張してない過失を裁判所は認定できない」ことを理解してないのではなかろうか。
名古屋高裁の事案は、検察官は「道路の状況に対する進行制御困難性」を主張立証しておらず、大分地裁判決と同じ論点になることはない。
もちろん検察官が主張立証してないことを裁判所が過失認定したら違法ですし。

 

話を戻しますが、冒頭の事案について直進車は制限速度遵守と前方注視義務があり、右折車は微発進と一時停止を繰り返して死角を消除しながら対向直進車を確認する注意義務があると考えられる。
映像を見る限り、両者ともに起訴される可能性もありそうだし、仮に直進車が「制限速度を遵守していたとしても回避不可能」であるなら、過失運転致傷罪ではなく道路交通法違反(故意の法定最高速度遵守義務違反罪)で起訴しても良さそうな気がする。

 

しかし運転レベル向上委員会が偏っているなと思うのは、両者ともに刑事責任が問われることも全然ありうる事故について、直進車のみが過失運転致傷罪に問われることにし、さらに制限速度内でも回避可能性がないのに過失運転致傷罪が成立するという全くあり得ない話をする点。
どっちか一方を悪者にしたいのが見え見えですが、誰かを悪者にしたところで視聴者の運転知識の向上にはならないのよね。

 

というのもこの人の話って、誰を悪者にするかターゲットを定めてから、それに向けて理論構築しているように見えてしまう。
その結果として法律解釈とは異なる独自見解になってしまったり、ちょっと調べればわかることすら調べなくなる。

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情報を集めて分析するのではなく、既に結論を決めていてその結論のために情報を選別したり、法解釈をねじ曲げているように見えてしまうのよね。

 

なお、死角なのは直進車の立場でも同じなので、事故防止のためには制限速度上限より下げて交差点に進入した方がいい。
それは道路交通法の義務ではないものの、道路交通法違反になるかならないかの問題ではない。

 

なお、今回の事案を見た限り、両者ともに行政処分の対象と思われる。

 

◯両者ともに過失がある場合

直進車 右折車
速度超過(50キロ以上) 12
交差点安全進行 2
付加点数(30日以上3ヶ月未満、専ら以外) 6 6
18 8

◯直進車の違反と事故発生に因果関係がない場合

直進車 右折車
速度超過(50キロ以上) 12
交差点安全進行 2
付加点数(30日以上3ヶ月未満、専ら) 9
12 11

◯右折車に信頼の原則が適用される場合(このケースでは考えにくい)

直進車 右折車
速度超過(50キロ以上) 12
交差点安全進行
付加点数(30日以上3ヶ月未満、専ら) 9
21 0

運転レベル向上委員会は常々「行政処分は第一当事者のみ」というガセネタを語りますが、そのようなことはない。
過失運転致死傷罪の解釈や危険運転致死傷罪の解釈も疑問ですが、なぜこの人は次から次へと独自論を展開するのだろうか。

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