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「苫小牧白バイ118キロ事故」について、札幌高裁が原判決を支持した理由。

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いろいろ話題になった「時速118キロ白バイ」と「内小回り右折車」の事故。

時速118キロ直進白バイとの右直事故、右折車ドライバーの控訴を棄却。
やっぱりなと思った。以前からかなり話題になっていた時速118キロ白バイと衝突した右折車ドライバーが過失運転致死罪に問われた事件。一審は被告人の過失を認定し有罪にしましたが、札幌高裁は一審を支持して控訴棄却。この事故ですが、報道のイメージだと...

過失運転致死罪に問われた右折車ドライバーに対し、一審(札幌地裁  令和6年8月29日)は有罪判決、二審は原判決を支持し控訴棄却。
そもそもこの判決の意味するところを報道がきちんと伝えてないように感じますが、控訴審判決文が公開されたので見ていきます。

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一審の判断

まず事故の事実認定から。

被告人が対向車を確認したのは、衝突地点の95.4m手前。
被告人車の速度から計算すると、右折開始の6秒前

 

そして被告人は交差点中央より25m手前から「逆走小回り右折」を開始してますが、被告人車は大型車なので右折完了に時間がかかる。

被告人が右折を開始した地点では既に両者の距離は79mまで接近していた。

 

過失運転致死罪なので①予見可能か?②回避可能か?が判断されますが、多くの人が勘違いしているのはこの判決の趣旨は「時速118キロの直進車を予見する注意義務があった」と判断したわけではない
信頼の原則でいう「制限速度+20キロ程度」に注意を払って右折を開始したか?がポイント。

第5 認定事実に基づく検討
1 予見可能性について
⑴ 道路交通法37条は、車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進しようとする車両等があるときは、当該車両等の進行妨害をしてはならない旨規定しており、右折車両の運転者は、対向直進車両の速度及び同車との距離を判断した上、自車が対向直進車両の進路上を通過し終えるのに要する時間を考慮して、対向直進車両に衝突等の危険を回避するために制動や進路変更をさせることなく、同車の接近前に自車が右折を完了し得ることを確認し得た場合のほかは、対向直進車両が通過するまで右折進行を一時差し控えるべき義務を負うと解される。

⑵ 本件においては、被告人は、本件右折を開始するに当たり、前方左右を注視し、対向直進車両(被害車両)の有無を確認した上、同車の速度及び同車との距離を判断し、同車の接近前に自車が安全に右折を完了し得るかを確認する義務があったといえる。そして、本件交差点付近の本件道路は、ある程度の幅員があり、交差道路に優先し、信号機もなく、直線が続く平坦な道路であること、周囲を緑地帯に囲まれ、本件事故当時の交通量も少なかったこと、被告人車両の対向車線は、本件交差点に向けて若干の下り勾配となっており、被告人車両及び対向直進車両との間に見通しを妨げるものもなかったことなどからすれば対向直進車両が最高速度である時速60キロメートルを基準として、時速20キロメートルをある程度超過する速度で、本件道路を進行してくることも十分予測し得るというべきであるから、上記の確認に当たっては、そのような事情をも考慮することが求められるというべきである。

⑶ 以上を前提に検討すると、本件右折開始時点において、被告人車両と被害車両との距離は約79メートルであり、これは、被害車両が、本件道路の最高速度を時速20キロメートル超過する時速80キロメートル(秒速約22.22メートル)で進行してきた場合には約3.56秒で、本件道路の最高速度を時速25キロメートル超過する時速85キロメートル(秒速約23.61メートル)で進行してきた場合には約3.35秒で、同時点における被告人車両の位置に到達する距離であった。
次に、被告人車両が本件右折の完了に要する時間等を検討すると、被告人車両の車体は長く、右折完了に相応の時間を要し(被告人も、このことを当然認識していたものと考えられる。)、具体的には、前記第2の5⑴のとおり、被告人車両が本件右折を開始した地点から右折完了地点までの距離は約27.4メートルであるから、被告人車両が本件右折の開始から完了に要するまでの時間は、本件右折開始後から衝突時までの平均速度の秒速約7.74メートル(前記第2の4⑵イ)で進行した場合で約3.54秒、被告人に有利に考慮して、本件右折開始前1秒間の平均速度である秒速約9.4メートル(前記第2の4⑵ア)で進行した場合であっても、約2.91秒を要する。前者の場合であれば、時速80ないし85キロメートルで進行してくる大型自動二輪車である被害車両に急な制動や進路変更を余儀なくさせるだけでなく、被告人車両と被害車両が衝突してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故が発生する可能性が相当高いことは明らかである。後者の場合であっても、被告人車両が本件右折を開始した時点で、被害車両は衝突時の同車の位置から少なくとも約67.4メートル手前(前記第2の4⑴)の地点を走行していたことからすれば、被害車両は、最高速度を時速23.38キロメートル超過する時速83.38キロメートル(67.4÷2.91×3.6≒83.38)以上の速度で進行していれば、被告人車両が本件右折を完了するまでに、被告人車両右折完了地点付近の上記位置に到達することになり、やはり、同様の結果が発生する可能性が高いと認められる。

⑷ 以上によれば、被告人は、本件右折開始時に、対向直進車両の有無及び同車と自車との距離等を確認していれば、被害車両の存在を確認し、同車が通常予測し得る速度で進行してきた場合に、その接近前に自車が右折を完了することができず、自車と被害車両が衝突等してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故を発生させることを十分予見することが可能であったし、予見する義務があったといえる。

2 結果回避可能性について
⑴ 前記のとおり、右折車両の運転者は、対向直進車両に衝突等の危険を回避するために制動や進路変更をさせることなく、同車の接近前に自車が右折を完了し得ることを確認し得た場合のほかは、対向直進車両が通過するまで右折進行を一時差し控えるべき義務を負うと解される。この点、本件公訴事実は、判示と同旨の注意義務を掲げるものであるが、検察官は、同注意義務につき、対向直進車両の動静に留意し、その安全を確認しながら進行すべき注意義務も含む趣旨であり(仮に被告人が公判において供述するように右折に際して被害車両の存在に気付いていたとしても、同注意義務に違反している。)、また、①結果回避措置を本件交差点の中心の直近の内側を通ることに限定する趣旨ではなく、②前方を注視し、適切な走行を行うことにより、被害車両との衝突を回避すべきことも包含しており、例えば、そもそも右折を差し控えるなどの回避措置も当然含む趣旨であると釈明している。

⑵ そして、被告人は、本件右折開始時点において、前記のとおり、被害車両の接近前に自車が右折を完了することができず、被害車両と衝突等してその運転者の死亡の結果を伴う交通事故を発生させるという結果を予見すれば、その場で右折を差し控える、又は、道路交通法34条2項にのっとり、本件交差点の中心の直近の内側を通過する右折開始地点(前記第2の5⑵)まで直進するなどして、容易に結果発生を回避することが可能であったということができるから、結果回避可能性(結果回避義務違反)も認められる。

札幌地裁  令和6年8月29日

信頼の原則では「制限速度+20キロ程度」の直進車があることを予見して注意し右折を開始する義務がありますが、被告人は「制限速度+20キロちょっと」の直進車にも注意を払わず、対向車が79mに迫っているのに右折(しかも内小回り)を開始した。

なので対向車が118キロでなくて時速80キロ程度であっても事故っていたという判断です。
さらにいえば、内小回りではなく交差点中央まで直進してから対向車を確認していたらより容易に「右折を差し控えた」ほど至近距離に迫っていたわけで、有罪判決。

 

被告人車は大型車だから、右折をして対向車線を横切るのに時間がかかる。
被告人は徐行せずに右折してますが、被告人に有利に実際の右折速度で算出しても79mに迫っていた関係では「右折を差し控えるべき」になるわけで。

 

右折前確認が「右折の95m手前(6秒前)」という時点でも被告人が対向車を確認しないまま右折したわけで、内小回りを前提にしても右折直前に確認していれば回避可能、さらにいえば交差点中央まで直進して確認してからいたらより容易に回避可能だったという判断になる。

 

細かい事実関係を報道しないから誤解を生んだのかもしれません。

控訴審の判断

弁護人の主張は、やはり信頼の原則。
118キロを予見する注意義務はなく回避可能性もないというのが弁護人の主張ですが、札幌高裁は一蹴している。

所論を検討する前に若干付言すると、弁護人は衝突前の被害車両の速度が法定速度を大幅に超えるものであることを殊更重視して予見義務及び結果回避義務について主張を展開するが、原判決を虚心坦懐に読めば容易に理解できるように、法定速度である時速60キロメートルを基準として時速20キロメートルをある程度超過する速度で進行する車両があることは予見すべきであり、そのことは十分可能であったことを前提として、車体の長さ約11.51メートルの大型貨物自動車である被告人車両が、本件で被告人が実際に行った態様で本件交差点を右折進行する場合、対向直進車両が時速60キロメートルを基準として、時速20キロメートルをある程度超過する速度で進行していたとしても、その安全な進行を妨害することなく右折を完了することはできないのであるから、そのような右折を差し控えるなどして結果を回避すべきであり、そのことは十分可能であるとして、被告人の過失を認めたものである。弁護人は、時速約120キロメートルに近い高速度で進行する車両の存在を予見し、そのような車両との衝突結果を回避する義務がないと主張するが、事案の本質を見失い、かつ原判決を正解しないものであって、到底採用することはできない。

札幌高裁 令和7年2月20日

さて、細かく見ていきます。
まずは被告人の供述が事故直後と裁判で異なる点について、原審が「裁判での被告人の供述はにわかに措信できない」とした点。

2 被告人の原審公判供述の信用性について

まず、過失の判断の前提として、所論は、原判決が、右折する前に前方を確認したところ、対向車線の上り坂になっているところの頂上付近に、自転車かバイクの影のようなものが見えたような気がするなどとした被告人の原審公判供述について、にわかに措信できないとしたのに対し、以下の各点を指摘して論難する。すなわち、①影を発見したという供述の根幹部分については、反対尋問を経ても崩れることがなかった、②被告人がゴールド免許であり、会社に5年間の無事故違反証明書を提出し、セーフティドライバーの証明書も持っていたことも踏まえれば、被告人が右折に際して前方を注視していたという供述内容は自然である、③事故直後の目撃者のDに対する「全く見えなかった」との発言は、一度影らしきものを見つけたものの、ぶつかる直前まで被害車両を認識できなかったという原審公判供述と矛盾しない、④そもそも原審公判供述と捜査段階の供述のうちいずれが有利か否かは明白ではなく、被告人が自己の責任を逃れようと虚偽の供述へと変遷させる動機が乏しい、⑤被告人が、遠くに影のようなものが見えたと供述している以上、原判決が信用性を減殺する事情とする具体的な車両やその速度を確認できていないことは何ら不自然ではなく、影と被告人車両との距離や被害車両の走行速度を踏まえれば、その内容は自然である、⑥事故直後に動揺した状態で不正確な供述をするという事態は通常あり得ることであり、事故直後の動揺した状態から少し落ち着いて記憶が喚起されたという変遷の理由は合理的であるなどとして、被告人の原審公判供述は信用することができ、信用性を否定した原判決の判断は不合理であると主張する。
しかしながら、①については、そもそも被告人の原審公判廷における供述は、その内容自体、遠くに何となく、影というか、自転車なのかバイクなのかちょっとわからないが見えたような気がする(原審第5回公判被告人供述調書4頁)という程度のもので、具体的な車両やその速度を確認できたとするものではなく、非常に曖昧な内容であって、右折開始時の注意義務を尽くしたとはいえない程度のものである。さらに、この原審公判供述については、被告人自身、事故及び事故後の状況ははっきり覚えていないという前提での供述にすぎないし、本件事故翌日の供述(原審乙2)から供述を変遷させているところ、変遷の理由について、本件事故翌日の供述では普通の精神状態ではなかったと思うので見えなかったと言ったが、自宅に戻り気持ち的に少し安定して思い出した(前記被告人供述調書5頁から6頁)、あるいは、毎日毎日事故のことを振り返って思い出した(同12頁)などと述べるにとどまっていて合理的な理由は説明できていない上、そもそも、本件事故翌日の供述においては、映像を見た感じでは、白バイが遠くにいるときは白線と白バイが同化して見えにくく感じると供述するなどかなり冷静な分析もできており(原審乙2・5頁)、特段の精神的動揺はうかがわれないことに照らしても、被告人の原審公判供述は信用性に欠けるものというほかない。以上によれば、所論が指摘する事情によっても、供述の信用性が高まるなどとはいえない。②については、本件事故前に安全運転を心がけていたからといって、本件事故時も同様であるとはいえないのは明らかであるところ、現に被告人は、本件時、一旦停止することもなく、内小回り右折という、およそ安全運転を心がけていた者とは思われない運転をしているのであって、所論は採用できない。③については、Dに対する発言は、被告人が、本件事故の発生直後に、Dから、前の方からオートバイが来ているのに分からなかったのかなどと尋ねられたのに対して、影のようなもの等について何ら言及せず、全く気がつかなかったと述べたものであるから、被告人が事故直後で動揺していた可能性は排斥できないとしても、原審公判供述の信用性が支えられることにはならず、他方で、本件事故翌日の警察官に対する供述でも、影のようなものについて全く言及がなかったこと(原審乙2)とよく整合することから、所論は採用できない。④については、原判決は、被告人の原審公判供述について、虚偽供述の動機の有無を信用性判断の根拠にしてはおらず、被告人の観察や記憶の正確性に疑問があることを根拠としたものであるから、所論指摘の点は結論に影響しない。⑤及び⑥についても、既に述べたとおりであって、所論指摘の点は、被告人の原審公判供述がにわかに措信できるものではないとした原判決の判断を揺るがすものではない。
さらに、所論は、原判決が、被告人の原審公判供述に基づき、前方車両の確認をしたのが右折開始の約6秒前と認定しているところ、そもそも原審公判廷で被告人ははっきり覚えていないとしている上、被告人が発見した影の位置に関しても検察官の誘導により、その「付近」と述べたにとどまるから、このような供述を前提に前方確認の位置や時点を認定することは不適切であると主張する。
しかしながら、原判決は、影のようなものを確認したという被告人の原審公判供述をにわかに措信できるものではないと明確に指摘した上で、「仮に」被告人の原審公判供述を前提としたところで、右折開始時に要求される注意義務を果たしたとはいえないと説示したのであって、所論は原判決を正解しないものである。その点を措くとしても、影の位置は対向車線の上り坂になっているところの頂上付近であるとの被告人の供述を明確化するため、検察官が図面を示し、場所を特定したものであるところ、その際に原審弁護人から異議が出されることはなく、原審弁護人からの確認の尋問に対しても、被告人は図示した場所を訂正することがなかったのであるから、原判決が、そのような審理経過を踏まえ、前記図示を前提とした判断を示すことに何ら問題はない。
これに関連し、所論は、被告人が前方を確認した時期について、曲がる3秒前とか4秒前とかとの原審公判供述をもとにして、早くとも右折開始の3秒前であることを前提にした判断がなされるべきであるともいう。
しかしながら、被告人は、所論指摘の供述をする(原審第5回公判被告人供述調書11頁)一方、影が見えたタイミングからハンドルを切るまでの時間は、4秒、5秒くらいとも述べており(同16頁)、その記憶は極めて曖昧というほかない上、被告人車両が右折を開始する3秒前の被害車両の位置は、被告人が確認したという影の位置よりも相当に被告人車両に接近することになり、その供述内容に矛盾が生じるから、所論は採用できない。

原審では被告人の裁判での供述を採用してませんが、「仮に被告人がいう通りであっても」という前提でも判断しているからあまり意味はない。

 

問題になるのは予見可能性、信頼の原則の主張について。

3 予見可能性について

所論は、被害車両は、法定速度が時速60キロメートルのところ、時速118キロメートル程度で走行しており、通常の車両ではあり得ない速度であることはもとより、緊急の場合の北海道警察の内部通達による上限速度である概ね時速100キロメートルさえも大幅に上回る異常な高速度で進行していたのであるから、信頼の原則や法令の趣旨に照らせば、被告人には、被害車両の存在を予見する義務がなかったと主張する。
しかしながら、既に述べたように、本件で予見することが求められているのは、時速118キロメートルで走行する対向直進車両の存在ではなく、原判示のとおり法定速度である時速60キロメートルを基準として時速20キロメートルをある程度超過する速度で進行する車両の存在であり、このような予見自体は何ら困難ではなく、本件事故当時の具体的な状況に照らしても、上記の予見義務を課すことが被告人に酷であるともいえないから、所論は採用できない。なお、本件において、被告人が前方確認を尽くして対向直進する被害車両を認識した上で右折したなどといった事情があれば、所論の指摘を検討する余地もあろうが、既に説示したとおり、そもそも上記事情は認められないのであるから、この点でも所論は採用できない。

回避可能性について。

4 結果回避義務の履行について

所論は、まず、右折開始前に二、三回意識的に前方を確認し、こ線橋の頂上付近に影のようなものが見えたとの被告人の原審公判供述を前提とした上で、本件においては、本件道路の形状、事故時の時刻、被告人車両の特性に照らし、被告人がある程度遠くまでの前方を適切に確認することが可能な状況にあり、側方からの進入可能性がないことなどに照らし、自身が発見した影のほかに見落とした車両が存在することは想定されない状況にあったというべきであり、被告人が右折開始の3ないし6秒前に行った前方確認の後、右折の支障として想定されるのは、被害車両のように、法定速度を2倍近く超過した速度で走行する対向直進車両のみであって、そのような車両があり得ることまで予想して前方の安全を確認する義務はなく、被告人が述べる右折開始前の前方確認により、本件右折時に必要な安全確認義務は果たされていると主張する。
しかしながら、前述のように、影のようなものを確認したという原審公判供述はにわかには信用し難いものであり、所論は前提を欠く主張である。仮に被告人の原審公判供述を前提としたところで、原判決が適切に指摘しているように、被告人が原審公判廷で供述する前方に確認したという影が被害車両だとすると、被告人の前方確認は右折開始の約6秒も前ということになり、その後衝突まで意識的に被害車両を確認したことはなかった(なお、被告人は、原審公判廷において、影のようなものを確認した後も、前方を確認したかのような口吻を示すが、その後衝突までに被害車両に気が付くことはなかったとも述べていることに照らし、少なくとも意識的に被害車両を確認したとは認められないとの原判決の判断は正当である。)というのであるから、被告人は本件右折に当たって対向直進車両の動静を確認したとはいい難い。
この点、所論は、右折開始前のいずれかの時点で前方を瞥見さえすれば、注意義務を履行したといえることを前提として主張を展開していることがうかがえるが、右折開始時において要求される前方確認義務(ここでは本件事故と関連する対向直進車両との関係のみを論ずる。)は、道路交通法37条の趣旨に照らし、自車の右折により、対向直進車両の安全な進行を妨げないこと、すなわち、衝突しないことはもとより、対向直進車両が衝突を回避するために制動や進路変更を余儀なくさせることなく、自車の右折を完了できるか否かを判断するに足りるだけの前方確認を尽くすことが求められるというべきであり、対向直進車両の有無はもとより、車両の種類やその速度を確認することが求められるというべきであるが、被告人は、影のようなものを見たとはいうものの、車両の種類や速度は不明であるというのであるから、この点からも被告人が要求される前記の前方確認義務を果たしていないことは明らかであり、いずれにせよ所論は採用できない。
また、所論は、被告人が、捜査段階において、右折開始前に前方は見ていたと述べているところ、本件事故前、被告人が前記のとおり安全運転に努めていたと認められる事情があることから、その供述は自然であって信用でき、そうすると、原審公判供述と同様に右折開始前の一定の時間、少なくとも三、四秒前には明確な前方確認を行ったという事実が認定されると主張する。
しかしながら、本件事故前に安全運転を心がけていたからといって、本件事故時も同様であるとはいえないことは前記のとおりである。また、捜査段階においては、右折開始前のどの程度前に前方確認を行ったのかは述べておらず、被告人は前方確認時に被害車両を見たとも供述していないところ、本件道路の視認状況を踏まえれば意識的に前方確認をしながら被害車両を捕捉できない事態は想定し難いから、被告人が前方確認を仮にしたとしても、意識的なものではない一瞬の目視等のため被害車両を現認できなかったものと推認できる。この点からも、被告人が右折時に要求される前方確認義務を果たしたとは到底認められず、やはり所論は採用できない。

5 結果回避可能性について

所論は、右折時においては、運転者は、前方確認義務と右方確認義務の二つの義務を同時に負担しているところ、前方確認、右方確認の順番で確認することは許されるし、右折開始直前に前方を確認し、自身の右折により対向直進車両を妨害するおそれがないことを確認できた場合に、再度前方確認を行う義務を基礎づける合理的な理由はないし、右折開始時(0秒前)に前方確認を行わなければならないわけではない、本件道路の形状、被告人車両の特性に照らし、被告人がある程度遠くまでの前方を確認することが容易であったこと、側方からの進入可能性が考えられない状況にあったこと、本件の右折時に右側に右折待ちの車両が存在し、被告人は、右折に際して右方の確認が強く求められる状況にあったことといった具体的な事情を踏まえれば、少なくとも右折開始の一、二秒前に前方確認をすれば十分な前方確認をしていたと評価されるべきであるところ、右折開始の1秒前ないし2秒前の被害車両の衝突地点からの距離は100.3メートルないし133.6メートルであるから、仮に被告人が右折開始の1秒前ないし2秒前に前方確認をしても、対向直進車両に対し制動や進路変更をさせることなく、同車両の接近前に自車が右折を完了しうることを確認し得た場合に該当すると判断して右折を実行し、事故を惹起させた合理的な疑いがあり、結果回避可能性は認められないと主張する。
しかしながら、既に指摘したとおり、被告人は、本件において、自車の右折により対向直進車両(被害車両)の安全な進行を妨害することなく、すなわち、衝突しないことはもとより、対向直進車両が衝突を回避するために制動や進路変更を余儀なくさせることなく、自車の右折を完了できるか否かを判断するに足りるだけの前方確認を尽くすことが求められており、その際には、法定速度時速60キロメートルを基準として時速20キロメートルをある程度超過する速度で進行する対向直進車両があることを予見するとともに、車体の長さ約11.51メートルの大型貨物自動車である被告人車両が被害車両に前記妨害をすることなく本件交差点の右折を完了できるか否かについて、できる限り慎重に確認すべき義務が課されているというべきである。このような求められる確認義務の内容に照らせば、対向直進車両に対する妨害等の可能性を見極め、右折を回避すべきか否かを判断する最後の機会である右折開始時点で、前方確認義務を尽くす必要があることは当然である。以上と異なり、右折開始の一、二秒前に前方確認を尽くせば足りるとする所論は独自の見解というほかない。なお、所論は、被告人が前方確認義務と右方確認義務を同時に負っており、右方確認が強く求められる状況にあったことをも上記見解の根拠とするが、求められる前方確認義務の前記内容に照らせば、同義務を尽くして初めて右折開始が許されると解すべきであるから、右折開始の際の右方確認義務を上記見解の根拠とすることは相当ではない。更にいえば、そもそも被告人が、右折先の右方確認を特に慎重に行う必要が生じたのは、内小回り右折という道路交通法34条2項に反する方法によって右折を行ったからであり、この点でも所論は採用し難い(通常の右折方法では、右折先出口付近の横断者の有無や安全の確認をすれば足りるのに対し、内小回り右折においては、右折先の本来の通行車線に至るまでにその対向車線を横切ることになるので、対向車線上の車両の有無や安全の確認をする必要が生じる。)。このような異様な右折方法をとる必要性は何らなく、通常の方法で右折を行えば足りるというべきであるが、被告人は、内小回り右折の方法をとるために右折先の安全をより注視する必要が生じ、その結果前方確認が疎かになるおそれがあるため、前方確認義務と右方確認義務を同時に尽くす必要があったのであれば、右折開始前に一旦停止するなどした上で前方及び右方の安全確認を行うべきであった。そうすれば、右折先の安全確認をより注意深く行わなければならないからといって、前方確認を右折開始の一、二秒前に行う必要はなく、被告人に酷な要求をすることにもならないが、実際には、そのような安全確認は行われなかった。そうすると、一旦停止するなどせず、右折開始までに前方及び右方の安全確認を併せて行うことを前提としたものと理解できる所論は、その前提が誤っているというほかなく、失当である。
なお、付言すると、所論は、①原判示のとおり、被害車両が時速83.38キロメートルという原判決の想定速度上限(時速85キロメートル)ぎりぎりの速度で進行してこない限り、衝突事故は発生しない距離関係にあった、②ドライブレコーダーの解析には限界があり、解析誤差を踏まえれば、右折開始時において、被害車両が時速85キロメートルを超える速度で進行してこない限り、本件事故が発生しない可能性があり、結果回避可能性の存在については合理的な疑いが残るなどとして、原判決の判断は、実験結果の数値だけを至上のものとして、これに全面的に依拠する判断手法であり、実体との乖離を否定し難く、必ずしも相当ではないものである旨主張する。
しかしながら、原判決は、被告人車両が本件右折の開始から完了に要するまでの時間について、本来であれば本件右折開始後から衝突時までの平均速度(秒速約7.74メートル)を前提に検討する方が合理的とも思われるところ、計測上の誤差が生じる可能性等も考慮の上、慎重を期すため、被告人に有利に考慮して、本件右折開始の前の1秒間の平均速度(秒速約9.4メートル)を前提に、被害車両が時速83.38キロメートル以上の速度で進行していれば、本件同様の結果が発生する可能性が高いと判断したものと理解できる。さらに、原判決は、前方確認義務を検討する前提として、本件道路の状況等に関する諸般の事情を総合的規範的に考慮して、最高速度である時速60キロメートルを基準として、時速20キロメートルをある程度超過する速度を想定しているのであって(必ずしも時速85キロメートルを想定速度の上限としているとまではいい難い。原判決9頁⑵⑶参照)、その前提で、時速83.38キロメートルも、原判決の前記想定速度内に十分入っていることを踏まえた判断をしたものと理解できる。以上によれば、原判決の判断について、実験結果の数値だけを至上のものとして、これに全面的に依拠する判断手法などとはいえず、所論は採用の限りではない。

札幌高裁 令和7年2月20日

弁護人が信頼の原則をプッシュするのはわかるんだけど、原判決が指摘しているのはあくまでも「制限速度+20キロ程度」を注意して右折したか?の話。
なので「時速118キロは予見可能」だと判断したわけではないのだから、弁護人の主張と原判決の趣旨は噛み合っていない。
またそもそも被告人が前方注視と右方注視の高度な技術を求められたのは、内小回りのおかしな右折方法をとり「対向車進路」を長く通行した点にもあるわけで、

交差点中央まで直進して右折0秒前に確認していたなら両者の距離はなおさら接近している。
なので法規にしたがって右折をしていたらより容易に回避できたことは証拠上明白ということにもなる。

 

この裁判は道路交通法違反事件ではなく過失運転致死事件だから、仮に被告人に右折方法違反があったとしても、直ちに過失が認定されるわけではない。
内小回り右折であっても安全確認していたなら事故には至らないのだから。

 

①内小回り右折を前提に考えると、右折開始6秒前に対向車を確認しただけでは不十分。現に右折開始した際の両者の距離は79mに迫っており、信頼の原則で言われる「制限速度+20キロ程度」であっても事故は起きていたのだから安全確認が不十分と言える。

②法規にしたがって交差点中央まで直進して対向車を確認していれば、両者の距離はかなり迫っていたことになり右折を差し控える判断は容易にできた。

この事件について思うこと

要はこの事件については、弁護人の主張を元にした報道だったことから「右折開始した際の両者の距離」など細部は伝えられないまま「時速118キロは予見できないだろ!」という世論が形成された。

 

しかし裁判所は一貫して「時速118キロを予見可能なんて話はしてない」。
ほぼ同様の事案は福岡高裁でもありまして、

異常な高速度直進車が相手でも右折車が有罪になるケース。
時速118キロの直進白バイの件は何度か取り上げましたが、この事故、認定された事実はこんな感じ(被告人が右折した瞬間の位置関係)。被告人が対向車を確認した時点(衝突8.5秒前、右折開始6秒前)の位置関係はこちら。札幌地裁は、被告人車の車長の問...

福岡高裁 令和3年4月14日は同じく右折車が被告人ですが、対向直進車が約110キロだったとして信頼の原則が適用されるべきと主張。
福岡高裁は被告人が右折を開始した際の両者の位置関係が50mだったことを指摘し、信頼の原則でいう「+20キロ(この場合は70キロ)」でも事故が起きていたと指摘。
信頼の原則は「対向車が通常想定される速度で進行していれば安全に右折することが可能だった場合に限られる」とし、通常想定すべき注意すら払わず右折したことから有罪に。

 

要は弁護人が主張していることと、裁判所が問題にした論点がズレているのよね。
苫小牧白バイ事故にしても、細かい数字を挙げて報道していたなら見方は変わると思うし、そもそも「過失運転致死傷罪はどっちが悪いか?を決めるものではない」という前提を理解してないと理解がおかしくなる。

 

で。
白バイの速度については、一応は速度超過車の取り締まり中だという前提なのでそれ自体は違法性はない。
とはいえ一般道で出すには不適切な速度であることも間違いない

 

けど民事じゃなく刑事なので、被告人に過失があったかは別問題なのよね。
刑事は「どっちが悪いか?」を問うのではなく、「被告人の注意義務違反と致死に因果関係があるか?」だけが争点になるのだから。

 

で。
間違い解説ばかりの運転レベル向上委員会はこの事件についてこんな感じだったでしょ。

①北海道道路交通法施行細則の解釈を間違えて白バイの速度を合法だと解説
②「どっちが悪いか?」を強調して過失運転致死罪の概念を歪めた
③白バイ隊員が警察葬になった等を強調し、忖度を匂わせた
④高知白バイ事故を引き合いにし、警察、検察、裁判所が忖度することを匂わせた(冤罪疑惑)

①北海道施行細則の解釈は完全な間違いです。

「お前は何様か!」…白バイが速度超過していい根拠はありません…
こちらについて。下記記事について「検察の主張は誤り」と書きましたが、これを書くと抗議してくる方が。検察は、白バイの速度118キロについて、警ら中であり、法律上は問題ないとしているものの、通達を20キロも超える速度で走行するほどの緊急性が白バ...

 

②過失運転致死傷罪は「どっちが悪いか?」を決めるものではありません。

 

③そもそもこの事件は当初不起訴処分にしたものを、検察審査会(一般人で構成される)が不起訴不当としたことから再捜査して起訴したもの。
警察葬とか何の関係もないのにおかしな陰謀論を語るのは理解が足りないし、警察のメンツ云々であれば当初の不起訴処分の時点で警察が猛抗議しているのでは?

 

④高知白バイ事故は白バイの速度について「かなりの高速度」(被告人側)、「法定速度程度」(警察、検察の主張)という争いがあり、事実認定に冤罪疑惑がある。
しかし苫小牧白バイ事故については検察官と被告人の間で「白バイの速度は時速118キロである」ことには何ら争いもなく、共通点は「被害者が白バイ」ということ以外に見当たらない。
苫小牧白バイ事故は被告人が対向車を確認した時点については争いがあるが、裁判所は被告人の供述を前提に「仮に被告人がいう通りだとしても」として検討している点からみても何ら共通点を見いだせない。

 

運転レベル向上委員会がおかしな解説をした理由は、法を理解してないことに尽きるわけよ。
北海道施行細則の解釈間違いもそうだけど、過失運転致死傷罪の成立要件を理解しないまま語るから陰謀論に走るしかなくなる。

 

陰謀論の本質は法の無理解、無知、事実より憶測優先の姿勢にある。

 

要は十分確認して対向車がかなり遠くにいたのに事故ったなら「異常な高速度の対向車を予見する注意義務はない」として信頼の原則が適用されますが、苫小牧白バイ事故は「既に危険領域に迫っていて右折を差し控えなければならないタイミングなのに、信頼の原則で言われる制限速度+20キロ程度の対向車に対する注意を払わず右折した結果、たまたま相手が118キロだった」という事故。

 

過失運転致死傷罪の概念を理解してないなら「白バイが悪いのに忖度した」という陰謀論にしかならないし、右折開始した際の両者の距離を報道しなければ「時速118キロは予見できないだろ!」になるのは必然なのかもしれませんが、

 

この事件をとっても運転レベル向上委員会はどんだけ間違った解釈を披露したのだろうか?
おかしな陰謀論を広めたところで、何のメリットもないのよね。
マジな話、そろそろきちんと勉強した方がいいと思う。

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