道路交通法上、歩道を通行する自転車は左右の指定がなく双方向通行が可能ですが(17条4項)、なぜか愛媛県については「左側の歩道」を通行する努力義務(独自条例、罰則なし)があります。
そもそも、なぜ歩道通行自転車は左右の指定がないのか?というところに関係する質問を頂いたので調べてみました。
先に歴史のおさらい
先に主要な道路交通法改正歴をピックアップします。
年 | 新設、改正 |
昭和45年 | 自転車の歩道通行解禁(公安委員会が指定した歩道のみ) |
自転車道の新設 | |
昭和46年 | 降りて押して歩くと歩行者になる規定の新設 |
路側帯の新設と、軽車両の路側帯通行が可能に(双方向) | |
昭和53年 | 自転車横断帯の新設 |
平成19年 | 自転車の歩道通行要件が現在と同じ形に改正 |
平成25年 | 路側帯通行が「左側の路側帯のみ」に改正 |
なぜ歩道通行は「双方向」なのか?
そもそも、自転車の歩道通行を認めた経緯から。
昭和45年道路交通法改正時に「自転車の歩道通行」が「公安委員会が指定した歩道のみ」解禁されています。
当時の国会議事録をみる限り、主な理由としてはこれ。
○自転車とクルマを分離すべきとの考え
第63回国会 参議院 地方行政委員会 第11号 昭和45年4月2日
○竹田四郎君 次は自転車の問題ですが、確かに自転車が車道を走って、それによって事故が起きるということは、これは非常に多いですから、自転車をなるべく車道から除くということは私はけっこうで、賛成だと思います。それで、自転車は公安委員会の定めるところに従って歩道を通行することができるというふうになったわけです。ただ、今度は歩道に自転車を移して、なるほど自動車と自転車との事故というのは、これによって非常に避けられると思うんですが、今度は自転車と歩行者、特に私はそういう歩道、車道の区別のあるようなところにおいては、特に小さな子ですね、幼児、こういう子と自転車とがぶつかるという場合が非常に多いと思うのですね。だから、なるほど自転車と自動車のあれはいいけれども、今度は幼児と自転車との交通事故というものが起こるのではなかろうかと思います。それから、幼児のほうも、ここは歩道だからという考え方ですから、自転車なんかそんなにくるとは思っておらない。あるいはおかあさんに連れられて、小さな子というのは、おかあさんが荷物を持っていて、離れて一人よちよち歩く。四つか五つになれば歩道を走り回って行くだろうし、そういうことになりますと、どうも自転車と幼児との事故はどう防ぐか、この点お聞きしたい。
○政府委員(久保卓也君) 自転車の事故は全体の事故の中で、常に一二、三%を占めておりますので、何とか特に自転車の死亡事故を減らしたいと考えておるわけでありますが、その一環として今度の改正は役に立つと思っておりますが、ただ、お話のような事態がおそらくありまするけれども、そのおそれのあるような歩道について、自転車は通さないということであります。私どもがよく見ます地方の道路の中で、人の通行があまりなくて、しかも歩道が非常に広いというようなところがあります。現に今日でもこれは法律的な根拠はなくって、実際の指導上、歩道の上を自転車を通らしているところもあります。そういった実態を現実にこの法律の上で表現しようということでありまして、事実上のやり方としましては、たとえば広い歩道について、白線を引いて、その中で自転車を通らせるといったようなやり方もあろうかと考えます。いずれにしましても、人のある程度通るようなところにつきましてはあまり考えられない。非常に人の通行量の少ないところについて考える。しかも歩道の非常に広いところです。そういったようなところが相当数あるように、私は全国的に見ますと、あると考えております。
自転車の歩道通行を解禁した理由は、自転車事故多発から「自転車をなるべく車道から除く」という発想です。
そしてそれと同時に考えないといけないのは、この時代は歩道が未整備の道路が多く、歩道建設を急いだ背景もあります。
第63回国会 参議院 予算委員会 第19号 昭和45年4月11日
○政府委員(蓑輪健二郎君) 交通安全の指定道路の中で、いわゆる市街地の延長——指定道路は大体市街地の延長全部入っておりますので、市街地の延長について言いますと、一例をあげますと、一般国道につきましては、市街地延長が五千二百六十キロ、これに対しまして、四十三年度末の歩道の設置率が四八%、いまの計画でいきますと、新しい三カ年計画の終わります四十六年度末で七六%、これが第六次の五カ年計画の終わります四十九年度末で一〇〇%にしたいというふうに考えております。そのほかの、主要地方道、一般地方道、市町村道、全部入れますと、四十三年度末で、市街地延長に対して二九%の設置率でございます。これは、五メーター五十以上ございまして、歩道設置が可能だというものについての設置率でございます。
○春日正一君 つまり、全部の、いまのもので言いますと、市街地の延長二万五千三百三十八キロに対して、四十四年三月現在二九%、現行三カ年計画終了時五五%ということですね。これは建設省からもらった資料ですがね。そうしますと、四十一年度に緊急ということでこれは発足したんですね。そうして旧三カ年、これから現行三カ年、そのあと三カ年と、九年間かかるという緊急があるだろうか、これでは少しおそ過ぎるんじゃないですか、その点どう考えてますか。
○政府委員(蓑輪健二郎君) 交通安全は、先ほど大臣からもお話がございましたように、やはり道路環境の整備ということになろうかと思います。いまの先生の御質問の、非常に歩道の設置が時間がかかっておるということでございます。実は歩道の設置につきまして、最初の三カ年ではまず簡単にできるところを早くやるということと、通園、通学路、こういうことに力を入れたわけでございまして、逐次その後歩道の設置延長をふやしますには、やはりある程度の路肩の整備、そういう費用のかかるような問題、またこれからの問題といたしましては、やはり一方交通をするとか交通規制をしていかないと、なかなか五メーター五十以上ありましても簡単に歩道ができないというような場所もございます。また駐車の問題もございまして、その辺はやはり地元の了解を得て、実施しないとできませんので、そういうこともございまして、多少おくれてまいったわけでございますが、歩道の設置を最重点として今後交通安全施設の整備を促進してまいりたいというように考えております。
そもそも、歩道未整備の道路が多かった時代ですし、この時代の判例を見ていると「未舗装の路肩」という表現をよく見かけます。
で。
自転車の歩道通行を解禁した当時の資料をみても、左側歩道とか両側歩道(双方向)とかは議論になっていないっぽいのです。
そもそも歩道が未整備とか、道路片側にしか歩道がないとか、そういう事情から自転車の歩道通行要件に左右を考える段階ですらなかったんじゃないかとすら思えます。
歩道は本来、歩行者が「左側歩道」「右側歩道」どちらも好きに通行できる場所。
自転車も歩行者に近いものと捉えていたのかもしれません。
それこそ、左右で歩道の幅が大きく違う場合には左右どちらかだけを「公安委員会が自転車通行可能と指定」する場合もあったでしょうし。
昭和45年に「自転車の歩道通行解禁」になっていますが、それ以前から警察は法的な根拠はないけど自転車に対し「歩道を走れ」と指示していたケースすらあるわけで、
現に今日でもこれは法律的な根拠はなくって、実際の指導上、歩道の上を自転車を通らしているところもあります
第63回国会 参議院 地方行政委員会 第11号 昭和45年4月2日
そういう時代だったということでしょう。
自転車は車道を通行する義務があるにもかかわらず、警察官は「歩道を走れ(そんな法律はないけど)」としていたくらい。
そもそも「押して歩けば歩行者」の規定すらまだなくて、当時の資料では「押して歩いても車両として車両の通行方法に従う」としていたくらい。
あまりに不合理なので、昭和46年に「歩行者とみなす規定」が新設。
自転車等を押して歩く場合の通行方法について、従来は、自転車等を押して歩くことは自転車等の運転とはいえないとしても、なお車両の通行とみるべきであるとして、車両の通行方法によるべきとされていた。しかし、二輪の車両を押して歩いている場合は、その通行の態様からみても、車両の通行というよりは歩行者の通行に近く、押して歩いている者の通行の安全を図るためには、これを歩行者と同様に扱うことが必要と考えられる
月間交通(1971年8月)、警察庁交通企画課、東京法令出版
昭和46年改正では「路側帯」が新設され、自転車の路側帯通行が可能になっていますが、今と異なり路側帯通行も双方向でした。
路側帯通行が「左側のみ」に改正されたのは平成25年ですが、昭和40年代って「自転車を車道から離せ」的な発想から始まっています。
道路片側にしか歩道がないなどもあるし、とにかく「自転車を車道から離せ」が優先したのかもしれません。
平成25年改正「左側路側帯」
平成25年道路交通法改正時に、それまで双方向通行可能だった路側帯について、「左側路側帯のみ」に変更されました。
路側帯の場合は歩道と違って「白線のみ」なので、車道の左側通行義務の徹底のため改正されています。
ただまあ、若干疑問があるのは、歩道が途切れて路側帯になっている場所もありますよね。
右側歩道を通行することは合法ですが、歩道が途切れて路側帯になった瞬間からは「逆走」扱いになる。
それを見越して先に横断したりしないと違反になりますが、現実問題としてはママチャリはそのまま逆走する。
わざわざ反対側に渡らない現実があります。
以前、某交番で自転車の路側帯通行について質問したら、交番内にいた二名の警察官は「そもそも自転車は路側帯走っていいのか?」というところでつまづいていた程度に、警察官も理解してないのです。
むしろ私が「17条の2ですよ」と教えてあげたくらい。
ゲンバの警察官が知らなければ取り締まりしようがありません。
ところで以前、読者様の奥様が「右側歩道」を自転車で通行していたところ、警察に呼び止められて指導警告票を頂く珍事が起きています。
17条4項の違反だと認定されたそうですが、
第十七条
4 車両は、道路(歩道等と車道の区別のある道路においては、車道。以下第九節の二までにおいて同じ。)の中央(軌道が道路の側端に寄つて設けられている場合においては当該道路の軌道敷を除いた部分の中央とし、道路標識等による中央線が設けられているときはその中央線の設けられた道路の部分を中央とする。以下同じ。)から左の部分(以下「左側部分」という。)を通行しなければならない。
誰が読んでも「歩道逆走違反」にはなりませんが、残念ながら取り締まりする警察官ですらこういうレベル。
もちろん後日取り消しです。
昭和45年~現在に至るまで、歩道通行については「逆走」という概念がありません。
私なりに思うに、歩道については左右を指定したところであまり意味がないと思ってまして、それこそ数百メートルに渡って横断歩道すらない幹線道路にて「歩道の左右」を指定したとしても、遵守されないと思う。
もしくは強引かつ危険な横断が目立つようになる。
いまだに「ノールック横断」する自転車なんて普通にいますが、歩道の進行方向を決めてしまうとそういうのが増える可能性もある。
歩道については、歩行者の妨害をしないことと徐行を遵守するならば左右にこだわる理由がよくわからないと思っていますが、愛媛県については独自の条例により「左側歩道の努力義務」があります。
世の中には「脳内道路交通法違反」を創作するような方もいまして、たとえばこちら。
チャリで堂々と歩道逆走するポリ。
こんな人達が取り締まりしてるの我慢できますか? #警察 #自転車 #違法行為 pic.twitter.com/gehwSkSdve— つよし (@ponkichi2443) September 19, 2022
「歩道の逆走は違反だ!」として警察官を追い回していますが、公務執行妨害などあらゆる法律を適用して検挙した方がよい笑。
道路交通法に詳しいとされるYouTuberですら、自転車のルールなんて理解してないのですが、
道路交通法の規定に反する独自条例を作ると、もはや共通言語であるはずのルールすら食い違いが起きるし、メリットがよくわからないのです。
「自転車道」にしても双方向通行が原則ですし、「左側歩道のみ」と限定する方が混乱を招く気がします。
とりあえず、昭和45年に自転車の歩道通行を解禁した段階では、左右の歩道について検討されたフシがないです。
当たり前の話として、歩道を通行する自転車には徐行義務と歩行者妨害禁止があることをお忘れなく。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
右側歩道走行は、車道逆進より出会いがしら衝突の危険が大きいです。また右折(左折ですけど)直進衝突事故の危険も高いです。「ロードバイクの科学」には道路で最も危険な場所として記載されていました。
コメントありがとうございます。
歩道なので徐行義務がありますし、きちんと徐行して歩道の中央から車道寄りを通行している分には危険性はあまり無いと思いますよ。