道路交通法38条の2には「横断歩道がない交差点の歩行者優先」が規定されています。
第三十八条の二 車両等は、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。
このルール、横断歩道の場合と異なり減速接近義務を定めているわけではないし、解説書をみてもやたらあっさりとしか書いてない。
このルールを掘り下げてみました。
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道路交通法38条の2と、制定経緯
道路交通法38条の2は昭和42年改正時に、旧38条1項と2項を統合したもの。
まずは旧38条1項と2項から確認します。
○昭和35年道路交通法
第三十八条 車両等は、交通整理の行なわれている交差点で左折し、又は右折するときは、信号機の表示する信号又は警察官の手信号等に従つて道路を横断している歩行者の通行を妨げてはならない。
2 車両等は、交通整理の行なわれていない交差点又はその附近において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。
※横断歩道の規定は当時71条3号。
旧38条1項は信号交差点での右左折車両との関係で「信号に従って横断する歩行者」を優先。
直進車が省かれている理由は、直進車が青信号なら横断歩行者は赤信号だからです。
旧38条2項は信号がない交差点の場合。
これらを昭和42年に統合しています。
この改正内容の第二点は、従来の第一項および第二項の区別を廃止したことである。改正前の第38条は交差点における交通整理の有無によって第一項と第二項を分けて規定していたが、車両等の義務の内容としてはいずれも「歩行者の通行を妨げてはならない」ことを規定していた。したがって、規定をこのように分けていた実益は、交通整理の行われている交差点において優先の適用を受ける歩行者を「信号機の表示する信号または警察官の手信号等に従って横断している」歩行者に限っていたことにあると考えられるが、本来このような優先の規定は適法な歩行者にのみ適用になると解するのが当然のことであるので(注2)、今回の改正を機にこの区別を廃止したのである。
(注2)この点については、改正前の第71条第3号すなわち改正後の第38条第1項の規定についても、信号無視の歩行者に優先権を与えたものでないのは解釈上当然のことであると考えられていた。
警察庁交通企画課 浅野信二郎、警察学論集20(12)、p37、立花書房、1967年12月(昭和42年)
「本来このような優先の規定は適法な歩行者にのみ適用になると解するのが当然のこと」とありますが、歩行者の信号無視、直前直後横断、横断禁止標識など違反がある場合に適用しません。
ただしそうすると、38条の2はやたら弱いルールのようにも思える。
しかも38条1項とは異なり「横断しているとき」のみが優先対象で、「横断しようとしている歩行者」を対象にはしていない。
38条の2を「担保するためのルール」は別にあります。
38条の2を担保するためのルール
38条の2を「担保するため」のルール、という内容が注解特別刑法. 第1巻 (交通編 1)に少し書いてあります。
右左折車の徐行義務
右左折車両は徐行義務がありますが、これ自体が横断歩行者優先に関係します。
横断歩道がない交差点では歩行者にも直前横断禁止義務がありますが、徐行=直ちに停止できる速度なので、仮に歩行者がタイミングを間違って横断を開始しても事故リスクが下がる。
見通しが悪い交差点の徐行義務
見通しが悪い交差点(信号がある場合と優先道路を除く)は徐行義務がありますが(42条1号)、そもそも最高裁判所第三小法廷 昭和43年7月16日判決以前は優先道路だろうと見通しが悪い交差点では徐行義務がありました。
徐行義務を課している理由の一つとして、歩行者の安全も挙げていますが、
本件のように、あまり広くない道路で、しかも交差点の見とおしのきかない場合には、歩行者の安全も考慮しなければならないことは、原判決も説示するとおりであり、このことも前記解釈の根拠となり得るであろう。
最高裁判所第三小法廷 昭和43年7月16日
要は見通しが悪い交差点で徐行義務があるので、仮に横断歩道がない交差点で歩行者がタイミングを間違って横断開始して直前横断になったとしても事故を回避できるというロジックらしい。
38条の2を担保するために徐行義務を課しているとも取れます。
見通しがいい交差点で交差道路から歩行者が歩いているのが見えれば、「横断することが予見可能」だから事故を回避するために減速したり警戒するわけで(交差点安全進行義務、36条4項)、見通しが悪いなら徐行、見通しがいいなら徐行義務はないけど見える範囲で警戒するという話。
一時停止義務
一時停止義務も38条の2を担保するためのルールの一つ。
これについては特段説明しなくても明らかかと。
一時停止後に横断歩道がない交差点を横断する歩行者がいれば、そのまま横断を妨げない義務があります。
問題は「見通しが悪い」優先道路
横断歩道がない交差点を横断する歩行者には「直前直後横断禁止」(13条1項)がありますが、右左折時徐行義務(34条)、見通しが悪い交差点の徐行義務(42条1号)、一時停止義務(43条)などは仮に歩行者がタイミングを間違って横断しても、車両側の義務が強く働いているので歩行者保護になる…というわけ。
ただし問題になるのは、「優先道路&見通しが悪い交差点」。
優先道路(交差点内にセンターライン)の場合には車両には徐行義務がないので、横断歩行者側に注意義務が強く働くことになりますが、実際のところ優先道路を進行していた車両と、見通しが悪い死角になっている細道から直前横断した事故について、車両側を無過失にしている判例があるので注意。
東京高裁 平成27年8月6日判決は優先道路を進行して死角から飛び出すように直前横断した事故について38条の2の義務はないとし、回避可能性もなく無過失の認定。
結局のところ、横断歩道ではない場所において直前直後横断は歩行者側の違反になりますが、38条の2を担保するために他のルールで補強しているとも言えます。
横断歩道の場合には車両側に「減速接近義務」がありますが、見通しが悪い交差点(優先道路と信号交差点を除く)では徐行義務や一時停止義務を課すことで歩行者の横断を担保しているとも言えるのですが、
38条の2を担保するための徐行義務を怠れば、事故になりやすいのは当たり前の話なのかと。
なお「優先道路の場合」には42条1号の徐行義務がありませんが、上で書いたように昭和43年最高裁判決以前は優先道路でも見通しが悪ければ徐行義務がありました。
最高裁判決を受けて法改正し今の形になってますが、逆にいえば優先道路を横断する歩行者には非優先道路の場合よりも注意義務が加重されていることになります。
優先道路の場合には徐行義務を免除している以上、38条の2を担保する具体的規定がないので。
ある程度は歩行者がタイミングをミスってもカバーしうるように徐行義務やら一時停止義務があるわけですが、例えばやたら手前に一時停止線を描いている理由の「一つ」には横断歩行者の件も含めているわけですね。
道路上には車両しかいないわけではないので。
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