横断歩道もあるのに、なんちゅうスピードを出していたのですかね?
事故現場はこちら。
報道映像を見る限りでは、このあたりを横断していたのかなと思ってしまいますが、詳しい状況はわからないので事故の解説みたいなのはしません。
ほとんど知られていない道路交通法の不思議について解説します。
横断歩道がすぐそばにあるのに、「横断歩道の付近」ではない!?
道路交通法では、「付近に横断歩道がある場合」には横断歩道を使って横断する義務がありますよね。
第十二条 歩行者等は、道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の付近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。
横断歩道の付近とは、概ね30~50mくらいまでと言われます。
仮に歩行者がこの赤丸付近を横断中していた場合、「横断歩道の付近」に該当するのでしょうか?
2、横断歩道の付近ではない
3、いやー、わかりませんね
例えばこういうケースを考えてみます。
①と②の場合「付近に横断歩道があるのに横断歩道を使わなかった」として12条1項の違反になるのでしょうか?
すぐそばに横断歩道があるじゃん!
解説しよう。
①のケースについて、横断歩道を使った場合と使わなかった場合の「横断回数」に注目してみましょう。
横断歩道を使った場合 | 横断歩道を使わなかった場合 | |
横断回数 | 3回 | 1回 |
道路交通法12条1項の「付近に横断歩道がある場合」とは、道路を横断する回数をなるべく減らすことから考えないといけなくて、実はこれ「横断歩道の付近」とは言えなくなります。
実際の判例から確認しましょう。
判例は名古屋地裁 平成21年9月11日。
事故の態様です。
歩行者と右折車の衝突事故になります。
北側の横断歩道までは25m、南側の横断歩道までは20m。
どちらも距離としては「横断歩道の付近」になりますが、北側の横断歩道を基準にすると「道路交通法上は横断歩道の付近には該当しない」ことになる。
本件現場は、道路交通法12条1項にいう「横断歩道のある場所の附近」に該当するといえる(なお、北側の横断歩道は、被害者が南北道路を横断する前にいた南北道路の東側の歩道から西側の歩道に向かう横断歩道であるという点では、歩行者が横断しようとする道路にある横断歩道であるかのようであるが、本件現場が本件丁字路交差点の南側にあり、北側の交差点が本件丁字路交差点の北側にあることから、北側の横断歩道を横断すると、被害者が南北道路を横断して向かおうとしていた南北道路の西側とは、東西道路をはさんで反対側(東西道路の北側)に出てしまう(そこから三原市役所の駐車場に行くには、今度は東西道路の横断歩道を横断しなければならない。)のであるから、横断しようとする道路にある横断歩道には該当しないというべきであり、北側の横断歩道のみを基準にした場合は、本件事故現場は、道路交通法12条1項にいう「横断歩道のある場所の附近」に該当しないというべきである。)。したがって、本件事故現場において南北道路を横断しようとした被害者は、道路交通法12条1項の定める横断方法に違反した過失があるといえる。
名古屋地裁 平成21年9月11日
この歩行者は東西道路南側にある駐車場に行くために横断したわけ。
南側横断歩道を使う場合、横断回数は1回。
ところが北側横断歩道を使う場合、横断回数は2回になる。
「横断」という危険を伴う行為の回数をなるべく最小限にする趣旨との兼ね合いで「付近に横断歩道があるか?」を決めるため(野下解説、シグナル「普及版道路交通法」等)、下記は「付近に横断歩道がない」になりうるのよ。
横断歩道を使うと横断回数が増えるので、そういう解釈。
個人的にはなかなか不思議な解釈に感じますが、判例や解説書がそうなっているので仕方がない。
ただし横断歩道以外の場合には「直前横断禁止」など歩行者に義務が加重されます。
重大な問題点…センターラインがない!?
もう1つ問題があるのは、センターラインが消えているのか消したのかはわからないけど、交差点内にセンターラインがない。
優先道路の定義は「交差点内にセンターライン又は車両通行帯」。
つまりこの交差点は、優先道路がなく、左右の見通しが悪い交差点になるので徐行義務を負う。
第四十二条 車両等は、道路標識等により徐行すべきことが指定されている道路の部分を通行する場合及び次に掲げるその他の場合においては、徐行しなければならない。
一 左右の見とおしがきかない交差点に入ろうとし、又は交差点内で左右の見とおしがきかない部分を通行しようとするとき(当該交差点において交通整理が行なわれている場合及び優先道路を通行している場合を除く。)。
横断歩道があるので減速接近義務(38条1項)があるし、交差点に入ろうとする際は徐行義務(42条1号)。
道路標示が消えている場合には「道路標示がない」とみなすので(標識標示主義)、解釈上は徐行義務になるのよ。
そしてこれも関係する。
第三十八条の二 車両等は、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。
映像を見るとかなりのスピードだったと思われますが、横断歩道への減速接近義務と見通しが悪い交差点の徐行義務が強く働くため、大幅な速度超過と評価されて歩行者過失はほとんどつかないに近いくらいまで下がる可能性も。
不思議な道路交通法
たぶん「横断歩道の付近」についての解釈なんてほとんど知られていないだろうし、そもそも横断歩道への減速接近義務(38条1項前段)や見通しが悪い交差点の徐行義務(42条1号)もさほど遵守されてないように感じますが、このクルマの破損具合からするとかなりのスピードだったと思う。
仮に横断歩道を使ったとしても、事故っているでしょう。
道路交通法の解釈ってなかなか不思議なところがありますが、
「付近に横断歩道があるか?」を考える上では、横断回数に着目して横断回数が増えないことも要素になるため、すぐ近くに横断歩道があるとしても「付近に横断歩道がない」になることがあります。
しかしまあ、この破損具合だと減速接近義務違反は確実かと。
減速接近義務違反は仮に横断歩行者がいなかったとしても検挙の対象です。
第三十八条 車両等は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。
車両等が横断歩道に接近する場合の義務に違反した場合には、それだけで第38条第1項の違反となる。また、横断歩道の直前で停止できるような速度で進行してきた車両等が、横断歩道の直前で一時停止し、かつ、歩行者の通行を妨げないようにする義務に違反した場合も同様である。
道路交通法の一部を改正する法律(警察庁交通企画課)、月刊交通、道路交通法研究会、東京法令出版、昭和46年8月
交差点内のセンターラインについては消えたのか消したのかは定かではありませんが、徐行義務は置いといたとしても減速接近義務を果たしていたなら事故の回避は可能だったのかもしれませんね。
日本の道路交通法は、車両側を義務を課して歩行者を強く保護していますが、ちょっと前に書いたように42条1号(徐行義務)は38条の2を担保する規定の1つとも言われています。
こういう事故って、「横断歩道が付近にあるのに使わなかった歩行者が悪いヨ」となりがちですが、クルマの破損具合から推測するに横断歩道を使っていたとしても事故っていたでしょう。
とても横断歩道近辺で出せる速度には見えない壊れ方。
そして「徐行義務を負っていたか?(優先道路か?)」は後になってから揉めやすい要素ですが、なぜ優先道路の場合に徐行義務を免除しているかというと、全ての通行者に分かりやすいからなんですよね。
あとになって過失割合で揉めるよりも、事故を起こさないための義務履行を。
ちなみにかなりの高速度でクルマが進行していた場合、全過失をクルマにした事例もあります。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
おおつ、またもやタイムリーな解説です。
youtubeのドラレコ動画で、十字路の横断歩道の無い側を信号無視で渡った歩行者に対して、視聴者コメントで「信号無視ではなく横断歩道を使わない違反」という指摘がありまして、そーかな?と思い(ググる前に)ここに来ましたw。ビンゴの解説でした。早速そのコメントへのレスに受け売りさせてもらいました。
もっとも現場の警官だと浸透してない可能性もあるのではないでしょうか?居る前で横断しようとすると警笛吹かれたりとか。
コメントありがとうございます。
この話はちょっと難しい問題がありまして、歩行者が向かう方向次第では「付近」にもなりえます。
そうすると警察官は渡りはじめる前に注意できない気がするので、個人的にはあまりこの解釈にピンと来ないのです笑。
けど判例上はこのような解釈になっています。
勉強させてもらってます。
もしかして十字路の対角側に行く場合は、どの道2回横断が必要なのでその場合は横断歩道を使うようにと言う事でしょうか?
コメントありがとうございます。
①に向かうなら横断回数は一回です。
しかし①の反対方向(下)に向かうなら、横断回数は2回になります。
そうすると横断歩道を使っても横断回数は2回になりまして…
しかし歩行者が横断開始した時点では上に行くのか下に行くのかわかりません笑。
なのでこの解釈はビミョーに不完全な気がするのですが、判例があるとどうにも判断しかねるという…
お答え有難うございます。
自分が見たドラレコ動画では歩行者が向かい側に渡る所までしか映ってませんでしたが、わざわざ赤信号になってる方を渡っている事から、やはり向かい側に渡っただけで、横断歩道を渡らなくて良いケースで間違いないと思われます。
しかしこんなルール、知ってる人はほとんど居ないと思いますが。ちなみに、自分がレスしたコメ主から「勉強になります」と言われました。いや、自分も直前に知ったばかりw
コメントありがとうございます。
知られていない解釈って共通理解がないので、実生活ではあまり役に立ちません笑。
けど、違法風に見えて合法的なことは意外と多いので、面白いですよね。