ちょっと前に書いた内容に質問を頂いたのですが、

このような交差点の場合、A車は一時停止&交差道路の進行妨害禁止(43条)、B車は見通しが悪い交差点の徐行義務(42条1号)。
左方優先は働きません。
ところで質問を頂きました。

これはちょっと無理筋かなと。
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信頼の原則と一時停止規制
まんまこれに近い判例があるのですが、
判例は東京高裁 昭和48年7月10日。
被告人はB車、被害者は一時停止を無視して交差点に進入したA車です。
被告人は徐行義務を怠り50~60キロで交差点に進入しています。
一審は被告人が徐行義務を怠ったことを認めつつも、信頼の原則を適用して無罪に。
検察官が発狂して控訴した事案です。
本件の具体的な道路および交通の状況においては、被告人は、左方道路から本件交差点に進入する車両が一時停止の道路標識に従い一時停止することを信頼して進行すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反して一時停止することなく高速度で交差点を突破しようとする車両のありうることまでも予想し安全確認をすべき業務上の注意義務を負うものではない
さて、東京高裁は原判決を破棄して有罪にしてます。
もともと、同法42条が、交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点につき車両等に徐行義務を課したのはいうまでもなく、この交差点での車両同士の出合い頭の衝突を避けようとしたことに主眼があると解されるのであり、そしてことはつねに、単に一般的な道路交通法上の徐行義務の存否という観点だけから論ぜられているのではなく、徐行をしなかつたことが具体的に刑法上の注意義務の違反となるかどうかという観点から考えられているのであつて、近時いわゆる信頼の原則が云々されるのも具体的な事件における刑法上の過失行為として徐行義務が問題とされていることはいうまでもない。ところで、本件行為当時の道路交通法2条20号に、車両が直ちに停止することができるような速度で進行することをいうとある徐行とは、一般に停車の手段を施すときは惰力進行を加算しても優に衝突をさけうる程度の速度すなわち時速約10キロメートル程度ということになるであろう。しかして同法42条が交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点で車両等に徐行義務を課しているのもかかる場所での道路交通の安全と円滑という矛盾する二つの要請を調整する趣旨のものと解されるから、ことを刑法上の注意義務の観点からみても、徐行とは交差道路からくる車両の有無、動静を確認し機に応じて交差点の直前で直ちに停止しうる程度に予め減速して進行することをいうと解するのが相当で、ここにいう徐行もやはり時速約10キロメートル前後ということになるであろう。ただ、その減速の程度は、通常は、交差点に接近するにともなつて次第に深まつていくが、他面、この接近にともなつて左右の見とおしも好転し、また、自車が交差点を先に通過しうるかどうかの判断も可能となり、安全通過を確認しうるにいたればそのままもしくはむしろ若干加速してでもすみやかにその交差点を通過すればよいことになるであろう(この関係は、交差点の手前に一時停止の道路標識が設けられている側の車両についても、一旦一時停止して交差点の安全を確認したのちにおいては全く同様であるといえる。)。そこで、問題は、われわれの現状認識として、交差点における一時停止の交通規制の順守がどの程度期待できるかということにかかつてくる。われわれの現状認識としては、一時停止の交通規制は、交差点において信号機によつて交通整理が行なわれている場合などとは異なり、本件のように夜間で交通の閑散な道路のような場合は、それほどには順守されていないというのがむしろ通常経験するところであると考えられる。これを原審記録中事故後約20日を経た昭和45年2月6日に撮られた写真撮影報告書によつてみても、交差車両(A車)側には交差点の手前直近になるほど一時停止の標示板は認められるけれども、停止線がひかれていたかどうかも明瞭でなく、原判決がいうように「Aとして一時停止の標識を発見できないような事情もない」とたやすく断定できないものがある(現にAはこの標識を看過している。)。また、一時停止の道路標識はもともと交差道路に関するものであるから、これと交差する道路側の運転者(本件の被告人)において予めその存在を知つていたかどうか、また現実にそれを認めたかどうかによつて被告人の徐行義務の存否に消長をきたす性質のものでないことは業務上過失被告事件についてなされた前掲昭和43年7月16日第三小法廷判決の指摘するとおりであるといわなければならない。次に、原判決が「被告人車が交差点附近に至つた際A車は未だ一時停止の標識附近に達していないものと考えられる」とする判断は、「被告人車が時速50ないし60キロメートルの速度であつたこと」および「A車も明確ではないが被告人車と少くとも同程度の速度で交差点に進入したものと窺える」と認定し、しかも、本件衝突事故が交差点のほぼ中心付近で発生したという疑いのない事実と明らかに矛盾するといわなければならないのであつて、被告人車が交差点付近に至つた際にはA車もまた一時停止の標識付近に達していたことは証拠上明らかである。ただ、A車が一時停止する以上、被告人車が徐行しなくても両車の衝突の危険は避けられたことは原判示のとおりであろうけれども、そのことから、被告人車の方は時速約50ないし60キロメートルの速度のまま、交差点の直前において徐行することも、徐行して左右の安全を確認するという業務上の注意義務を尽くすことなく進入してよいとする道理はないのである。
要するに、原判決は、被告人の交差点直前における速度が毎時50ないし60キロメートルであつたことを認定し、本件交差点が交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点であることを認定し、したがつて被告人に一般的徐行義務違反があり、これと本件事故との間に条件的因果関係にあることを肯定しながら、交差道路側に一時停止の道路標識があつたのであるからA車が一時停止するであろうことを信頼して進行すれば足り、被告人車としては、一時停止又は減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるとは認めがたいとして被告人に業務上の過失行為としての徐行義務違反を否定したやすく無罪を言い渡したのは、道路交通法42条および刑法211条の解釈適用をあやまつた結果業務上の過失あるものを過失なしとしたもので、このあやまりが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、かつ、所論が引用する前掲最高裁判所の判例にも違反するといわなければならない。
なお、この点に関し参考となるのは、昭和43年12月17日最高裁判所第三小法廷判決(刑集22巻13号1525頁)である。その要旨は、交通整理が行なわれておらず、しかも左右の見とおしのきかない交差点で、他方の道路からの入口に一時停止の道路標識および停止線の表示があるものに進入しようとする自動車運転者としては、徐行して、その停止線付近に交差点にはいろうとする車両等が存在しないことを確かめた後、すみやかに交差点に進入すれば足り、本件相手方のように、あえて交通法規に違反して、高速度で、交差点を突破しようとする車両のありうることまでも予想して、他方の道路に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないものと解するのが相当である、というのであつて、本件のように、自ら徐行して左右の安全を確認することなく時速約50ないし60キロメートルの速度で進入する場合にまで刑法上の過失を否定するのは、判例の不当な拡張であるというべきである。東京高裁 昭和48年7月10日
「徐行して安全確認をした」という前提であれば、法規に反し高速度で交差点に進入する車両を予見する注意義務はない。
徐行義務があるのに徐行せず、「お前が一時停止していれば事故は起きてないだろ!」というのは成り立たないとしています。
そもそも信頼の原則とは
過失とは「予見可能なことを回避しなかったこと」なので、相手に違反があったとしても予見可能性をフル帳消しにするわけでもありません。
例えばこちら。
令和5年の一時不停止の検挙件数は1,267,094件。
126.7万件の検挙実績を誇る一時不停止違反について、「相手が一時停止すると信頼」できるわけがない。
徐行義務を果たしていたことから無罪にした判例もちゃんとあります。
大阪高裁 昭和59年7月27日判決は、被告人が見通しが悪い交差点に時速5キロ程度で進入したところ、交差道路から進入してきた2輪車と衝突。
時速5キロ程度まで減速していた被告人に注意義務違反がないとして無罪にしてます。
ただし、徐行してなかったけど無罪にした事例も。
理由はシンプルで、「徐行していても回避不可能な高速度で被害者が進入したから」。
それはマレな話な上に交差道路の状況は見えないのだから結果論なのよ。
もう1ついうと、昭和40年代に最高裁が信頼の原則を認めてから、特に地裁レベルでは信頼の原則をやり過ぎたような判例もあります。
今の時代には無理筋な判例もあるけど、要はやることをきちんとすることに注意すべきで、相手の話は別問題なのよね。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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