読者様から38条2項と対向車の関係について質問を頂いたのですが、それとはちょっと別の件を挙げてみます。
横断歩道を通過した直後の注意義務
今回は民事判例です。
事故の態様はこんなイメージ。
加害者は交差点を左折。
被害者は6才で、横断歩道付近で道路工事があり、対向車が横断歩道を塞いで信号待ち。
被害者は横断歩道から外れたところを横断した事故です。
一審(東京地裁 昭和47年10月2日)は加害者:被害者=90:10と認定。
一審が認めた加害者の過失はこれ。
自動車の運転者は、歩行者が信号に従い横断歩道を横断し、又は横断しようとしているときは横断歩道の直前で一時停止し、その進行を妨げないようにすべきである。歩行者は、横断歩道の直近を横断することがままある。ことに、本件のように正規に横断歩道上を横断することが困難な場合(横断歩道の東半が塞がれている場合、歩行者はその余の部分を通行できるわけであるが原告のような小児にも直ちにこれを無条件に期待できるか否かは問題であるうえ、横断歩道上に停車するような車両が信号の変るのを待たずさらに進行しないことは保し難い。)にはなおさら、このような歩行者の存在が予想される。自動車運転者は、このような歩行者の存在を予想し、これに対処できるような速度、運転方法が要求される。
東京地裁 昭和47年10月2日
加害者は一審判決を不服とし控訴。
加害者の主張は、無過失(自賠3条但し書き)または80~90%の過失相殺。
一審はこのように横断歩道上が塞がっているなら、横断歩行者が予見可能だとしている。
二審は過失割合を80:20に変更してますが、横断歩道が正常に機能してない状態なら38条の2(横断歩道がない交差点の歩行者優先)と同視しうるとしている。
道交法は、第38条において、「車両等は、歩行者が横断歩道により道路……を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない」旨を、第38条の2において、「車両等は交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しようとしているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない」旨を定めているところ、交差点に横断歩道が設けられている場合においても、車両等が横断歩道に進入して停止している等の事情のため、横断歩道の全部若しくは大部分が塞がれ、歩行者が横断歩道上を通行することが不可能であるか若しくは多数の歩行者が信号の変わらない間に横断歩道内を安全迅速に通行、横断することが事実上困難な場合、換言すれば、横断歩道が本来の正常な機能を果し得ていない場合は、いわば、横断歩道がないに等しいか若しくはこれに近い事情にあるものと考えることができるのであって、かような状況の下では、信号がなお青であるかぎり、歩行者が横断歩道外の、その附近を通行することは、やむを得ないこと若しくは強いてとがめられないことというべきである。
他面、青信号により交差点を左折してかような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車している車両の間等から信号に従い横断しようとする歩行者が現われることのあり得ることは容易に予想し得るところである。しかも、歩行者は、横断歩道が本来の機能を果し得ていないことにつき本来責任がないのに、このため横断にあたっていっそう大きい危険にさらされることとなることから考えれば、かような歩行者の安全横断を確保するために、車両の運転者の側にいっそう大きい注意義務を要求することが公平にかない、前記各法条の精神にもそうゆえんである。これらの諸点から考えれば、青信号により交差点を左折して右のような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、信号に従い横断歩道外の、その附近を通行、横断しようとしている歩行者に対する関係においても、前記各法条の想定する場合に準じて、歩行者優先の見地の下に、かような歩行者が安全に通行、横断ができるよう注意を払う義務があるものと解するのが相当である。
この見地から考えるに、前認定の事実によれば、控訴人車が青信号により左折して本件横断歩道に差しかかった際、幅員約3.7mの本件横断歩道中通行可能の部分は人ひとりが通過できる程度の間隔に過ぎなかったこと、横断歩道上に停車するような車両が信号の変わるのを待たず前車との間隔をつめるためにさらに前進しないとは保しがたいこと、歩行者が横断にかかろうとした位置いかんによっては前記のような間隔があることすらこれを的確に認識することが困難な場合もありうることなどから考えれば、当時、本件横断歩道は、正常な、本来の機能を果し得ていなかったものと認められ、控訴人車の運転者としても、このことを認識していたか若しくは少くともこれを認識し得べき事情にあったものと認められる。従って、運転者としては、前記通行可能の部分附近を通過した歩行者の一団が自車の前方を通過した後においても、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車する車両の間等から信号に従い(当時信号がなお南北青を示していたことは、本判決において引用する原判決の認定するとおりである。)横断しようとする歩行者が現われるかもしれないことを考慮にいれて前方注意義務を尽すとともに、かような歩行者が現われる場合に備えて、何時でも停車できるような速度で進行する注意義務があったものというべきである。
しかるに、運転者は、本件横断歩道に差しかかった際、前記通行可能の部分附近を通過した一団の歩行者が自車の前方を通り過ぎたところから、もはや、信号に従い横断歩道附近を通行、横断しようとする歩行者が現われることはないものと速断し前方注意義務をおろそかにするとともに、不用意に加速し前記の速度で進行した結果、反対車線上につらなって停車する車両の最初の(横断歩道の東側において)きれ目から現われた被控訴人を避けきれず、本件事故を惹起するに至ったものであって、同人には、前記のような状況下において車両の運転者に要求される歩行者優先の見地に基づく注意義務を怠った点において、少なからぬ過失があったものというべきである。
東京高裁 昭和50年9月5日
これ自体は、結局のところ横断歩道が塞がっているなら横断歩道外から横断する歩行者がいることは予見可能なので、予見可能な以上は最徐行するなど注意義務を負うのは当然かと。
この場合も38条2項の対象?
要は読者様の疑問はこれ。
警察庁解釈に従った場合、左折時に「横断歩道上」もしくは「横断歩道の直前」に停止車両があるときに2項の一時停止義務があるか?
これについてはわかりません。
とは言え、要は38条1項から派生した注意義務を考えたときに、最徐行でも足りない場合には「一時停止すべき注意義務」があるのは当然のこと。
道路交通法の義務と、過失(予見可能/回避可能)は別なのよ。
普通に考えたら38条2項は対向車を対象にしてないので、警察庁解釈とやらがそもそも不可解。
というのも、対向車を含むと主張する人って何を根拠にしているのかさっぱりわからない。
今まで多数の資料を挙げてますが、まとめるとこう。
資料や判例等 | 内容 |
条文解釈 | 普通に読めば対向車を含んでいないけど、100歩譲って対向車を含んでいるように読めなくもない |
3項との対比 | 2項で対向車を含んでいるなら、3項の解釈がおかしくなる |
警察学論集42年12月 | 立法趣旨、立法経緯は対向車を含んでいない |
国会答弁43.5.23 | 「交通整理の行なわれておらない横断歩道におきまして、横断歩行者が渡ろうとして車が横断歩道の直前にとまっておるときには、うしろから行った車もとまりなさいという規定」と説明 |
旧44条の解釈 | 旧44条3号と同様の表現を用いていることからしても、対向車を含んでいないことが推測される。 |
月刊交通46年8月 | 44条3号を改正した理由から、38-2に対向車を含んでいないことが推測される。 |
名古屋高裁S49.3.26 | この判例は道路左側にある駐車車両に対する説示しかしていないので無関係な上、名古屋高裁の説示は宮崎注解43年改訂版からの引用 |
宮崎注解 | 対向車を含んでいないことがうかがえる記述な上、名古屋高裁以降の全訂新版(56年)でも見解を変えていない |
東京高裁46.5.31 | 対向車が渋滞停止している状況で、横断歩行者がいるかいないかわからない場合の一時停止義務を否定 |
東京高裁50.9.5(民事)、大阪高裁54.11.22(刑事)など多数の判例 | 対向車が横断歩道を塞いでいる状況で、2項を一切問題にしていないことから、そもそも対向車に適用するとは考えていないことが推測される。 |
千葉県警の解説書 | 警察庁主催の質疑回答をまとめたもの。対向車には適用できないと明記されている。 |
札幌高裁45.8.20 | 立法趣旨を説明しているが、対向車を含んでいないことがうかがえる内容 |
運転免許基準(警察庁) | 対向車を含んでいないことが容易にうかがえる |
対向車を含んでいないと推認できる資料や判例は多々ある一方、対向車を含むと推認される資料や判例はさっぱり見つからない。
これにしても、
存在しない前提を作ってから解説しているけど、前提が間違いなので話にならない…
警察庁にしても、平成28年の質疑回答で対向車を含んでいないことを明らかにしているわけで、何らかの理由で勝手に見解を変えた可能性。
もちろん警察庁が法改正なく解釈を変えることはできない。
あまり知られていないだろうけど、執務資料にある「軽車両並進」(19条)の解説。
執務資料によると、歩道では並進違反が成立しないとしてますが、警察庁はその考え方を採用していない。
歩道・路側帯での並進行為には本条(法19条)は適用されないとの見解(野下解説)もあるが、警察庁は、歩道・路側帯でも本条が適用されるとの見解をとっている。
シグナル、「普及版 道路交通法」、第26版、令和元年12月、p42
並進禁止規定が新設された経緯と他条の解釈を踏まえると、執務資料に書いてある解釈のほうが整合性が取れますが(なぜ追いつかれた車両の義務から除外されたかも含めて考えないとわからない)、昭和39年に新設された並進禁止規定の解釈すら定まってないくらい、道路交通法解釈はややこしい。
警察的には「執務資料解釈が正しいと思うなら裁判してね!」という扱いですが、そもそも裁判する機会がないのよね。
38条2項にしても、事実上裁判で争う場所がないから国賠にならざるを得ない。
話がそれまくりましたが、このケースで38条2項の対象になるかはわかりません。
警察が「対向車を含む」というなら、警察庁がきちんと示す問題。
しかしそもそも、対向車を含むと推測される資料や判例がなにもないのに、なかなか不思議なのよ。
「含まない」と推測される資料や判例は多々ある。
「含む」と推測される資料や判例はさっぱり見つからない。
ウソ前提を創作してから解説する人とか、「対向車を含まないとは書いてない!」とか、根拠と呼べない話を連発されてもね…
3項にある「30条3号のほか」の意味を取り違えている人とかもいたような…
どちらにせよ注意義務として一時停止すべき場合もあるし、最徐行することになるからあまり深く考えなくてもいい気がするけど、あらゆる判例では対向車を含んでいない前提になっているとしか。
しかし、なぜあらゆる資料や判例を総合的に検討しないか不思議。
この問題に関わる資料はかなり挙げてますが、今さら執務資料を読んだ程度でわかるワケがない。
とりあえず、左折時に対向車も対象なのかは警察庁に聞くしかないけど(警察庁は回答しませんが笑)、予見可能な事故は回避するために最徐行、場合によっては一時停止して確認するケースもあるとしか言えないのよね。
なぜ警察庁が見解を「変えた」のかはかなり疑問ですが。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント