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最高裁が「自判」と「破棄差し戻し」を使い分ける理由。

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先日ですが、ブレスケアを買いにコンビニに行った飲酒発覚回避が救護義務違反なのか?について、最高裁が弁論を開く決定をした報道が出ました。

ブレスケアひき逃げ無罪事件、最高裁が弁論を開くことを決定。
以前も取り上げた「事故直後に飲酒運転を隠すためコンビニにブレスケアを買いに行った事件」。この件は過失運転致死罪ですでに有罪判決が出ていますが、遺族の尽力で「救護・報告義務違反」(道路交通法72条)としてあらためて起訴。一審の長野地裁はコンビ...

この事件はすでに過失運転致死罪で有罪判決が確定していた被告人に対し、被害者遺族の尽力であらためて道路交通法違反(救護義務違反)に問われたもの。
長野地裁は飲酒発覚回避目的でコンビニに行った点を救護の遅延とみなし有罪。
東京高裁は逆転無罪としましたが、最高裁が弁論を開く決定をしたため、判決の見直しが有力。

 

最高裁ホームページには当該事案が掲載されまして、事件番号は「令和5年(あ)第1285号」、弁論は整理券交付になってますが、要点の解説はありません。

最高裁判所開廷期日情報 | 裁判所
裁判所のホームページです。裁判例情報、司法統計、裁判手続などに関する情報を掲載しています。

 

ところで、最高裁は自らが有罪無罪の判決をする場合と、差し戻しにして高裁で審理させる場合がある。
なぜこれを使い分けるかというと。

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最高裁が自判と差し戻しを使い分ける理由

裁判の根本的な仕組みを理解することが大事。

 

まず、「誰が、いつ、どこで、何をして」という事実を確定させます。
この事実認定が裁判では大事で、認定した事実を元に法律判断する。

 

一例を挙げます。
以前このような事件がありました。

「直進車の赤信号無視」を見落として起訴し無罪の事件、検察官は何を主張したのか?
ちょっと前になりますが、右直事故について直進オートバイが赤信号無視していたことを見逃したまま右折車ドライバーを起訴し、結局無罪(過失運転致傷、報告義務違反)になった判例がありました。検察官は控訴を断念して無罪が確定しただけでなく、福岡県公安...

この事件のあらすじはこう。
被告人が交差点を右折する際に、直進バイクと衝突しケガさせた。
検察官は被告人が右折する際に直進バイクを見落としたとし、過失運転致傷罪で起訴。

 

検察官は「双方青信号」の前提で起訴したわけです。
しかし裁判が始まったところ、なにやらおかしなことになる。

読者様
読者様
被害者は赤信号を無視して交差点に入ったんです!

検察官が主張する事実は間違っている、つまり事実誤認の主張です。

被害者が青信号か赤信号かでは右折した被告人の注意義務の範囲が違うので、この事実誤認は判決にかなり影響する。
検察官はあらためて捜査したところ、被害者が赤信号無視だったことが判明。
そこで検察官は主張を切り替え、「赤信号無視する直進バイクを予見すべき注意義務があった」という法令解釈の主張に変更。

 

つまりこの裁判は、当初事実認定の争いがあり、検察官は事実誤認を認めた上で法令解釈の争いに変更したことになる。

 

ここで大事なのは、事実認定はあくまでも下級審の仕事。
最高裁は証拠調べや事実認定をしない。

 

最高裁に上告するには上告理由が必要ですが、上告理由は「判決が不服」では認められない。

第四百五条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる
一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
第四百六条 最高裁判所は、前条の規定により上告をすることができる場合以外の場合であつても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、その判決確定前に限り、裁判所の規則の定めるところにより、自ら上告審としてその事件を受理することができる。

上告理由はたったこれだけしか認められない。
ただし、破棄しなければ著しく正義に反する場合には職権による破棄が認められる。

第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。

問題なのは最高裁は証拠調べや事実認定をしない法律審であるため、重大な事実誤認の疑いがあっても、原判決を破棄しても事実取り調べをしない。
なので、そのような場合は「差し戻し」にして下級審で事実取り調べをやり直しさせることになる。

 

逆に事実認定に誤りがなく法令解釈の争いであれば、法律審である最高裁のお仕事。
このように、自らが有罪無罪の判断をする場合と、差し戻しする場合を使い分けます。

差し戻しの実例

差し戻しの実例として、例えば講談社の元編集者の殺人事件があります。
この裁判は殺人なのか自殺なのかが争点なので、事実認定の争い。

 

この裁判は高裁有罪→最高裁差し戻し→差し戻し後の高裁が有罪という経緯をたどってますが、破棄差し戻しした理由は取り調べしてない証拠や立証不十分な要素があり、それらの取り調べ次第では事実認定が変わる可能性があるのだから、証拠取り調べと審理を尽くさないとダメだと指摘。
最高裁は事実認定をしない法律審である以上、事実誤認の「疑い」を指摘してもそれ以上は踏み込めない。

以上によれば、原審において、Aの顔前面の血痕の有無や、それと本件自殺の主張との関係について、審理が尽くされたとはいい難く、Aの両手に血液の付着やその痕跡がなく、血液を拭うなどした物も見当たらないことと併せて、Aの顔前面の血痕がないことを挙げ、本件自殺の主張は客観的証拠と矛盾するとした原判決の判断は、原審の証拠関係の下では、論理則、経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ない。そうすると、原判決には、審理を十分に尽くさなかった結果、重大な事実誤認をしたと疑うに足りる顕著な事由があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
なお、原判決と同様に、Aの顔前面の血痕がないことを、本件推認の根拠とするとともに、本件自殺の主張を排斥する根拠とするのであれば、Aの顔前面の血痕の有無はもとより、本件自殺の主張を前提とした場合に前額部挫裂創からの出血がAの顔面にどのような痕跡を残すのかについて、当事者双方の主張立証を尽くさせることが必要である。これらの事実を証拠上認定できないときには、それでも本件推認が成立するのか、本件自殺の主張を排斥し得るのかについて検討する必要がある。さらに、仮に本件推認が成立しない場合でも、なお訴因の事実が推認できるか否かについて検討する必要が残り、それに応じて自殺の可能性の有無、程度についても検討する必要があるというべきである。

最高裁判所第一小法廷 令和4年11月21日

最高裁は事実の取り調べをしない法律審。
事実誤認の疑いがあるから証拠取り調べや立証を尽くせと指摘してますが、これら事実認定は最高裁の役目ではなく下級審の役目だから差し戻しなんですね。
最高裁は下級審の判断(殺人)が誤りだと指摘しているわけではなく、下級審の審理が不十分で事実誤認した疑いがあるから、きちんと証拠取り調べや主張立証を尽くして本当に自殺の疑いがなく殺人が成立するのか審理を尽くせと指摘している。

 

最高裁が事実誤認の疑いを指摘する場合について、下記補足意見がある。

上告審における事実誤認の主張に関する審査は,上告審が法律審であることを原則としていることにかんがみ,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきであるが,有罪判決をするためには,合理的な疑いを超える証明がされることを必要とするという刑事裁判の大原則(「疑わしきは被告人の利益に」という原則)は,上告審においても妥当するのであって,原判決のした有罪の事実認定に上記の観点から検討を行った結果,合理的な疑いが残るのであれば,原判決には事実誤認があるというべきである。そして,それが判決に影響を及ぼすべき重大なものであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するときには,原判決を破棄することは最高裁判所の責務である。
多数意見は,このような見解の下に,被告人が本件犯行について有罪とされた唯一の証拠であるE新供述については,多くの疑問点があって,これによって被告人に対し有罪の判断をするに足りる合理的な疑いを超える証明があったとはいえないとしたものである。

最高裁判所第二小法廷 平成21年9月25日

当審は法律審であることを原則としており,原判決の事実認定の当否に深く介入することにはおのずから限界があり,慎重でなければならないのであって,当審における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきであることはいうまでもない
(最高裁平成19年(あ)第1785号同21年4月14日第三小法廷判決・刑集63巻4号331頁参照)。

最高裁判所第二小法廷  平成23年7月25日

ただし、最高裁が事実誤認を理由に有罪→無罪にした実例もある。
例えば最高裁平成21年4月14日判決は重大な事実誤認を理由に有罪→無罪としてますが、下級審で検察官による立証が尽くされていることを理由に自判。

以上のとおり,被告人に強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決及びこれを維持した原判決には,判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
そして,既に第1審及び原審において検察官による立証は尽くされているので,当審において自判するのが相当であるところ,本件公訴事実については犯罪の証明が十分でないとして,被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。

最高裁 平成21年4月14日

立証や証拠調べが不十分なら下級審に差し戻しして審理させるし、それらが十分なら最高裁自ら判断することもあり得るけど、事実認定に誤りがなく法令解釈の争いであれば最高裁が差し戻しする理由がない。

ひき逃げ事件については

さて、問題となる「飲酒運転発覚回避のためにブレスケアを買いに行った救護義務違反事件」については、今さら事実認定に誤りがあるとは到底思えず、救護義務違反における「直ちに」(72条1項)の解釈の問題。
この裁判が差し戻しになる可能性は無いに等しいかと。

 

そうなると、最高裁は東京高裁判決を破棄し有罪にするか、何らかの解釈を示すために弁論をして無罪維持にするかくらいに限られますが、無罪維持ならわざわざ弁論を開かなくても最高裁は決定調書の中で述べることもできるので、この件は「二審判決が見直しになる可能性が高い」といえる。

 

高裁有罪→最高裁差し戻し→差し戻し後の高裁が有罪とした講談社の元編集者の事案を引き合いにして「まだわからん」みたいな論調で語る人がいてビックリしましたが、要は破棄する理由が全く違うのよね。
講談社の元編集者の件は「立証や証拠調べに問題があり事実誤認した疑いがあるからやり直せ」が差し戻しの理由。
最高裁は証拠調べをしない法律審だから差し戻しするしかないし、差し戻し審はあらためて立証や証拠調べの結果有罪だとすることも当然あり得る。

 

ひき逃げ事件については…今さら事実誤認もないので講談社の元編集者の事案を引き合いにするのは的外れすぎると思うけど、差し戻しするとしたら二審が「判決に関与できない裁判官が判決した」みたいな特殊な事情がない限りは考えにくい。

 

最高裁が自ら有罪無罪の判断をする場合と、差し戻しして審理させる場合がある理由は、最高裁はあくまでも事実認定をしない法律審だからですね。
どちらにせよ、最高裁の仕組み、差し戻し理由、争点を考えずに無関係な判例を引用するのもどうかと思うけど、裁判の仕組みを理解するとなぜ最高裁は自判と破棄差し戻しを使い分けるかわかるかと。

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