以前、事故の被害者が襲いかかってきたことから逃走し、救護義務違反(道路交通法72条1項)が成立しないとして運転免許取消処分を取り消した判例を紹介しましたが、


高裁、最高裁に上げたらどうなるのか疑問。
これ実は「控訴棄却」(東京高裁 令和元年7月17日)、「上告不受理」(年月日不明)で救護義務違反は成立しないことで確定している。
上告不受理というのは「上告受理申立」という制度がありまして、法令解釈に重要な事項を含むときなどにできるのですが(上告とは違う)、最高裁が受理するかは最高裁の一存。
不受理なので高裁判例扱いです。
Contents
被害者が襲ってきた場合の救護義務
では事件の概要から。
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。同項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(第七十五条の二十三第一項及び第三項において「交通事故発生日時等」という。)を報告しなければならない。
一審は東京地裁 平成31年2月20日。
ア 原告は,第1事故当時,本件車両を運転し,春日通りを池袋方面から茗荷谷駅方面に向かって進行し,その後方を相手方車両が進行していたところ,(住所省略)で進行方向の道路左側に駐車車両があったため,相手方車両が通り抜けるスペースがなくなり,本件車両と相手方車両が接触しそうになった。Aは,原告から幅寄せされたと感じ,原告の顔を見ようとして本件車両を左側方から追い抜いた。その後,原告は,前方の信号が赤色であったため,相手方車両の右後方を減速しながら進んでいたが,相手方車両が停止した際,ブレーキが間に合わず,本件車両の前方左側バンパー部分が相手方車両の右後方のマフラー部分に接触した(第1事故)。
イ 原告が道路脇に停止した相手方車両の後方に本件車両を停止させると,Aが本件車両の運転席側に駆け寄り,何か言いながら運転席側のドアミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいた。その際,ドアミラーはボンネット側に傾き,その鏡の部分が外れ,鏡がワイヤーでつるされた状態となった。
ウ 原告は,本件車両のエンジンをかけて一旦後退させた後,前進させてその場から逃げ出し,Aは原告を追跡した。
(3) 本件交通事故の状況等
ア 原告は,路地裏に入ったり,転回したりを繰り返しながら逃走したが,Aは本件車両の追跡を続けた。そして,原告は,本件道路の第1車線を進行して本件交差点に差し掛かり,左折を開始して本件車両の方向を左に向けたが,前方に停止中の左折車両があったため,同車両の右側方から追い越して左折しようと,ハンドルを右に切って,本件車両の方向を変換して進行した。イ Aは,本件車両の前に左折中の車両があったことから本件車両は左折できないと考え,本件車両を停止させようとして本件車両を第2車線側から追い抜き,その進路上に相手方車両を停止させた。原告は,急ブレーキをかけたが間に合わず,本件交差点の第1車線上の地点において,5~10㎞毎時の速度で,Aがまたがっていた相手方車両の左側面に本件車両の前部を衝突させた(本件交通事故)。衝突の衝撃により,相手方車両は倒れたが,Aは,体が左に揺れたものの転倒することはなかった。
ウ Aは,本件交通事故後,すぐに本件車両の方に走り寄っていった。原告は,本件車両を右後方に後退させた際,Aが本件車両の運転席に向かってくるのが見えたため,それから本件車両を前進させて,現場から離れた。
エ 本件交通事故により,相手方車両の左後部に擦過痕が生じ,本件車両の前部に擦過痕が生じた。Aは,救急車で病院に運ばれた。
同日中に警察には事故を報告してますが、過失運転致傷、救護義務違反ともに不起訴(起訴猶予)。
公安委員会は救護義務違反を理由として免許取消処分にしましたが、原告が「救護義務違反は成立しない」と主張して提訴したもの。
一審の判断はこちら。
車両等の運転者が,人身事故を発生させたときは,直ちに当該車両等の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講じるべきであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るようなことは許されないものと解される(最高裁昭和45年4月10日第二小法廷判決・刑集24巻4号132頁参照)。
前記事実関係によれば,原告は,本件交通事故後,本件車両を停止させることなく立ち去ったものであり,直ちに本件車両の運転を停止し十分にAの受傷の有無程度を確かめたとはいえない。
しかしながら,前記事実関係によれば,第1事故後,Aは,本件車両の運転席側に駆け寄り,何か言いながら運転席側のドアミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいたこと,そのためドアミラーの鏡の部分が外れたこと,Aは,原告が第1事故後に逃走すると執拗に追跡したこと,本件交通事故後もAは本件車両の運転席に向かって走り寄ってきたことが認められる。このような第1事故の際のAの暴行,Aの執拗な追跡,本件交通事故後のAの行動等によれば,Aは,本件交通事故による負傷にもかかわらず,原告による救護を望むどころか,かえって本件車両又はその運転者である原告に危害を加えようとしていたことが見て取れるのであり,このような場合には,軽傷の被害者が医師の診療を拒絶した等の場合に準じて,原告のAに対する救護の措置義務は解除されるに至ったと解するのが相当である。
したがって,上記のとおり,Aに対する救護の措置義務が解除された状況下において,原告が本件車両や自己の身の安全を考慮して本件交通事故現場を立ち去った行為は,負傷者救護の措置義務違反を構成しないというべきである。当該行為が緊急避難的行為であったとの原告の主張は,この趣旨をいうものとして理由がある。東京地裁 平成31年2月20日
要はこれ、被害者が救護措置を拒んだのと同等に捉え、救護措置は解除されたと判断された。
Aは,本件交通事故による負傷にもかかわらず,原告による救護を望むどころか,かえって本件車両又はその運転者である原告に危害を加えようとしていたことが見て取れるのであり,このような場合には,軽傷の被害者が医師の診療を拒絶した等の場合に準じて,原告のAに対する救護の措置義務は解除されるに至った
公安委員会的には承服し難い判決だったため控訴。
控訴審の判断はこちら。
法72条1項前段の法令解釈について
控訴人は、法72条1項前段の趣旨目的ないし保護法益に照らせば、原判決が救護義務を負わないとした「交通事故の被害者が加害者に危害を加えようとしていたことが見とれる場合」を最高裁昭和45年判決のいう加害者が救護義務を負う場合の例外と同じように処理することはできない旨主張する。
しかしながら、上記のような場合には、交通事故の被害者は加害者による救護を望むどころか、かえって加害者による救護を自ら困難ならしめているのであるから、最高裁昭和45年判決のいう「負傷が軽微なため被害者が医師の診察を受けることを拒絶した等の場合」に準じるものと解するのが相当であり、救護義務は生じないか又は同義務は解除されるに至ったと解するのが相当である。したがって、控訴人の上記主張は理由がない。また、控訴人は、上記主張を前提に、憤慨した被害者が加害者に危害を加えようとしていたことが見て取れる場合でも、加害者は車両内にとどまったまま119番通報をして救急隊を要請する等の方法を採ることは可能であるから、救護義務が消滅すると解するのは相当ではない旨主張する。しかしながら、憤慨した被害者が加害者に危害を加えようとしていたことが見て取れる場合であるにもかかわらず、加害者に車内にとどまったまま119番通報等をすることを求めるのは、加害者に困難を強いるものであり、現実的でもないから、上記主張を直ちに採用することはできない。
東京高裁 令和元年7月17日
公安委員会は納得せず最高裁に上告受理申立をしたのですが、最高裁は不受理。
さて、元々原告は緊急避難を主張していたわけですが、裁判所は救護措置義務の解除と解釈した。
元ネタにあたる最高裁判例はこれ。
しかしながら、車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。
最高裁判所第二小法廷 昭和45年4月10日
最高裁が示した救護義務の除外から導いている。
やや特殊な事例
発端になった事故自体は原告の不注意なことには変わりなく、事故を起こした後の救護義務違反については成立せず。
そもそも公安委員会がした行政処分の内容はこちら。
内容 | 点数 |
安全運転義務違反(法70条) | 2点 |
付加点数(専ら運転者の不注意で15日未満のもの) | 2点 |
救護義務違反(法72条) | 35点 |
計 | 39点 |
救護義務違反が成立しないと判断されたため、39-35=4点のみになるため、運転免許取消処分は違法との判断。
なお,本件交通事故の発生につき,前記事実関係によれば,原告は,本件交差点において左折進行を開始した際,前方の車両の右側方を通過しようとしてハンドルを右に切って方向変換をしたことが認められるから,右後方から進行してくる車両に対し,十分に注意を払う必要があったというべきであり,それにもかかわらず,右前方ないし右後方に対する安全確認が不十分なまま,漫然とハンドルを右に切って本件車両を進行させた原告の行為は,法70条所定の安全運転義務に違反したものであったといわざるを得ず,また,Aが本件車両を停止させようとして相手方車両を本件車両の進行方向に停止させた行為が本件交通事故の発生に影響していることは否定できないにせよ,原告において上記安全確認を行っていれば,少なくとも相手方車両の存在を確認することができ,本件交通事故を回避できたというべきであって,原告の安全運転義務違反と本件交通事故との間には,相当因果関係が認められるというべきである。
しかしながら,原告の当該安全運転義務違反行為に付する点数は,基礎点数2点に,傷害事故のうち治療期間が「15日未満であるもの」で,「交通事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合」以外の場合における付加点数2点を加えた合計4点であるところ(道路交通法施行令別表第2の1,3),原告には前歴がなく,当該安全運転義務
違反行為に係る累積点数も4点であること(甲1。本件処分に係る累積点数とされる39点から救護義務違反行為に付する点数35点(同令別表第2の2)を除くと4点となる。)から,当該安全運転義務違反を理由として法103条1項5号,同令38条5項1号イ,別表第3の1の規定に基づき運転免許の取消処分をすることは許されない。
救護義務違反の不成立という点では興味深い事案ですが、被害者が襲ってくる事例がどんだけあるのかというと…かなりマレな事例。
なので基本は「とりあえず通報して警察の指示を仰げ」でしかない。
少なくとも警察が「とりあえず逃げて」というなら救護義務違反は成立しませんから。
若干疑問なのは、例えば後続車が車間距離を詰めて煽ってきたときに、そのまま衝突したとする。
この時点で「両者に」救護報告義務が生じますが、煽ってきた相手の様子を見に行くのはちょっと怖い。
そういうときは、まずは110番して指示を仰ぐことがベストで、そのまま逃げるとちょっとややこしくなるのかも。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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