こちらの件。
2024年6月、タクシーを運転中、横断歩道上で寝ていた男性をひいて逃げ、死亡させた罪に問われていた元運転手の裁判で、静岡地裁は3月27日、ひき逃げの罪について無罪の判断を示しました。裁判官は、取り調べで厳しく叱責し得た供述に信用性は乏しいと指摘しました。
判決を受けたのは、元タクシー運転手の被告の男75歳です。被告の男は2024年6月、静岡市葵区でタクシーを運転中、横断歩道に横たわっていた、70代の男性をひいてその場を去り、死亡させた罪に問われていました。
3月27日、開かれた判決公判で、静岡地裁の國井恒志裁判官は、ひき逃げの罪について、乗客もひいたことに気づかなかったと証言していることや取り調べの中で被告に対して厳しく叱責したうえで得た供述に信用性は乏しいとして、無罪の判断を示しました。
一方、過失運転致死罪については「運転することを職業としながらも注意義務を怠り人を死なせたことは事実」と指摘し、禁錮1年4か月執行猶予3年としました。
厳しく叱責し得た供述「信用性は乏しい」ひき逃げ罪については“無罪”の判断 タクシーが横断歩道上で寝ていた男性をひいた事故の裁判=静岡(静岡放送(SBS)) - Yahoo!ニュース2024年6月、タクシーを運転中、横断歩道上で寝ていた男性をひいて逃げ、死亡させた罪に問われていた元運転手の裁判で、静岡地裁は3月27日、ひき逃げの罪について無罪の判断を示しました。裁判官は、取り調
ヤフコメをみていたら、過失運転致死罪を「どっちが悪いか?」の問題と勘違いしている人ってわりといるのかなと思ってしまいまして。
要はこの事故は過失運転致死罪と救護義務違反罪に問われたもの。
過失運転致死罪については、路上横臥者を発見可能な地点で急ブレーキを掛けたら事故の回避が可能だったか?が問われる。
過失の具体的内容はわかりませんが、要は前方注視していれば事故の回避が可能だったと判断されたのかと。
そして救護義務違反罪。
こちらは過失犯ではなく故意犯なので、「事故を起こした認識」が必要。
タクシーの乗客ですら気づかなかったのであれば、事故の認識がなかったことになり救護義務違反罪は成立しない。

被害者に接近する段階で被害者を発見できなかった話ではない。
過失運転致死罪には過失犯なのだから、事故を起こした認識は必要なくて、前方注視していれば回避可能だったか?が問われる。
この事故だと思われますが、

時間は午前0時なので深夜。
こういう事故についてどのように捜査して過失を立証するかというと、被害者と同じ衣類を着せたダミー人形を置き、何メートル手前から視認できるかを被疑者に確認させる。
その距離から見て回避可能性があったかを検証するわけで、一例としては札幌地裁 令和6年6月5日判決。
この判例は実験方法に問題があり、事故を回避できなかった疑いがあるから過失運転致死罪は無罪。
しかし、本件見通し実験の方法には以下の問題があり、その結果をもって本件事故当時もAを同様に発見できたとは認められない。
本件見通し実験の映像によれば、仮想被害者の位置は、街路灯に直接照らされておらず、本件交差点から前方の路面が街路灯に直接照らされて明るくなっていることも相まって見えづらくなっている。仮想被害者の服装の色が路面の色と類似していることも考慮すると、自動車運転者において仮想被害者を発見することは必ずしも容易ではない。このように仮想被害者を発見することが必ずしも容易ではない状況下で、被験者が仮想被害者の存在を予め知った上で見通し実験を実施すると、被験者の視線が仮想被害者の位置に向きがちになるが、そのような視線の動きは、進路前方の信号表示や第2車線を走行する車両の動きなどを同時に注視しながら運転しなければならなかった本件事故当時の視線の動きとは異なる。したがって、本件見通し実験は、本件事故当時に比べて仮想被害者を発見しやすい方法で実施された疑いがあるから、本件見通し実験の結果をもって、本件事故当時もAを同様に発見できたとは認められない。そして、本件見通し実験において捜査官から黒色の人様の物であるのが見えた地点(仮想被害者の位置から約33.4m手前)から、停止限界地点(Aの位置から約24.68m手前)までの距離は約8.72mであり、被告人が時速約46kmで走行していた場合、その差は約0.68秒間に相当する距離しかないことを踏まえると、被告人が前方注視義務を尽くしていたとしても、停止限界地点より手前でAを発見できたと認定するには合理的な疑いが残る。
なお、実況見分調書(甲1)において、Bは、Aの位置から約37.9m手前の地点でAを発見したと供述しているが、Aの位置や服装に照らしてAの発見が必ずしも容易ではないことや、本件見通し実験において、捜査官は、仮想被害者の位置から約33.4m手前の地点において、黒色の人様の物が見えたと申告するにとどまっていることは前記のとおりであるから、BがAの位置から約37.9m手前でAを発見したと認定するには疑問の余地があるし、その点を措いても、Bの供述によって、被告人が前方注視義務を尽くしていれば、停止限界地点より手前でAを発見できたと認定するには合理的な疑いが残る。
次に、検察官は、自動車運転者においては、進路上に正体不明の障害物を発見したような場合においては、その実体が何であるかを確かめ、その確認結果によっては直ちにこれとの接触や衝突を回避できるような処置を講じ得るような態勢をとって進行すべき自動車運転上の注意義務があるという。しかし、本件事故は未明の時間帯に発生しており、歩行者の往来はうかがわれず、被告人が走行していた道路は片側3車線の国道で交通量も少なからずあったとうかがわれることに照らすと、本件事故当時、本件交差点の横断歩道付近に正体不明の物体が存在することを認識できたからといって、それが人である可能性を予見することは困難であり、被告人に制動措置を講じ得るような態勢をとる注意義務を課すことはできない。3 結論
以上のとおり、仮に被告人が前方注視義務を尽くしていたとしても、停止限界地点より手前でAを発見できなかった可能性は否定できないことなどから、被告人には過失が認められない。札幌地裁 令和6年6月5日
ただし救護義務違反(ひき逃げ)については、有罪。
そして、以上のとおり認定した被告人の認識や心情によれば、被告人は、本件交差点を通過した時点において、自車が横断歩道付近にあった黒っぽい物に乗り上げた可能性があることを認識し、黒っぽい物が人ではないかとの不安を感じていたと認められるから、被告人は本件事故を起こした時点において、人をれき過したかもしれないと認識していた可能性はある。しかし、本件事故の状況は、路上に置かれた障害物をれき過した場合と大きな差があるわけではなく、直ちに人をれき過したと認識し得るようなものではなかったから、被告人の感じた不安は漠然としたものにとどまっていたとみる余地もある。したがって、被告人が本件事故を起こした時点において、自己の運転により人をれき過したかもしれないと認識していたとはいえない。
一方被告人は、本件交差点に戻った際に150cmくらいの大きさの黒っぽい物をちらっと見て、人だったらどうしようと怖くなったというのであるから、被告人は、黒っぽい物をちらっと見た時点で、人をれき過した可能性を具体的な根拠を伴う形で認識したと認められ、その認識は、被告人が路上で人をひいて死亡させた場合に関するウェブサイトを立て続けに閲覧していたことからも裏付けられている。そうすると、被告人が本件交差点に戻り、黒っぽい物をちらっと見た時点において、被告人は自己の運転により人をれき過して傷害を負わせたかもしれないと認識していたと認められる。
要はこれ、轢過した時点では「人をひいた」認識があったとはいえなくても、踏んだ何かを確かめに戻って「黒っぽい物をちらっと見た時点において」それが人だという可能性を認識したのだから、その後逃亡したことは救護義務違反が成立する。
静岡地裁の事案はこれと逆で、前方注視していれば回避可能だったことが認められた一方、前方不注視のまま何かを轢過したことについては「認識がなかった」。
乗客ですら事故発生に気づかなかったのだからひき逃げの故意がないとするのは妥当な気がしますが、下記は別問題なのよね。
・前方不注視で起こした事故を認識していたか?(救護義務違反)
過失運転致死罪が有罪でも救護義務違反罪は無罪になることもあるし、逆に過失運転致死罪が無罪(回避可能性がない)にしても救護義務違反罪は有罪になることもある。
過失運転致死罪は「事故に至る過程」についての話で、救護義務違反罪は「事故を起こした後の行動」な上、過失犯と故意犯の違いからややこしいのかもしれないけど、これらを混同する人ってわりといるのだろうか?
というのも、こちらの人も過失運転致死と救護義務違反の違いを区別できていない。

「事故を回避可能だったか?」と「起こした事故を認識できたか?」は別問題なのよね。
なお、静岡地裁の事案は警察が強引に供述を引き出したようですが、おそらく行政処分はこう。
違反等 | 点数 |
安全運転義務違反 | 2 |
付加点数(被害者にも過失がある場合) | 13 |
救護義務違反 | 35 |
合計 | 50 |
報道内容からすると乗客ですら事故発生を認識できなかったのだから行政処分も救護義務違反はムリがありそうですが、もし救護義務違反も加点されていたとしたら、処分取消請求訴訟になるかもしれません(実際の処分内容は不明です)。
ちなみに路上横臥していた原因はわかりませんが、理屈の上では泥酔の可能性もあれば、急病等の理由もある。
泥酔なら轢いていい、急病等なら轢いてダメなんてこともないし、それらは運転者から判別できない。
なので被害者が路上横臥していた理由は量刑や民事過失で考慮するもので、運転者の過失は別なのよね。
過失運転致死罪を「どっちが悪いか?」だと勘違いしている人が多いのも気になりますが、世間の誤解を招くのは間違い解説を繰り返す人にも責任がある。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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