運転レベル向上委員会が何度も判例の内容を改竄して解説している話は以前も指摘してますが、

全く違う事故態様にして解説したり、「被告人の右折方法は道路交通法違反」と書いてあるのに「右折方法は適切でした」と解説したり、懲役22年の確定判決を「懲役6年」と解説するなど意味不明な間違いが横行してますが、さすがにこれはないなと。
運転レベル向上委員会より引用
東京地裁 昭和47年8月12日判決について、「自転車に乗ったまま横断歩道を高速で飛び出した高校生と四輪車が衝突し、自転車側が死亡した事故。争点は双方の過失の有無・割合」と解説してますが、全然違いますが…
東京地裁 昭和47年8月12日判決
東京地裁 昭和47年8月12日判決は業務上過失傷害罪の刑事事件です。
刑事事件に「過失割合」という概念はありませんが、公訴事実をみていきましょう。
被告人は、昭和46年1月30日午後5時ころ、業務として大型貨物自動車を運転し、東京都大田区荻中3丁目22番先の信号機により交通整理の行なわれている交差点内に第一京浜国道方面から進入し、同交差点大森方面の出口に設けられている横断歩道の直前でいつたん停止してから発進するにあたり、自車の前方左右、特に同横断歩道上の歩行者等の有無および動静を注視し、周囲の安全を確認してから発進すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同横断歩道上を左から右へ横断通過した歩行者に気をとられ、ほかに横断者はいないものと軽信し、漫然発進し時速約10キロメートルで進行した過失により、信号に従い前記横断歩行者に続いて前記横断歩道上を左から右へ横断中のA(当8年)運転の子供用自転車に気づかず、同車に自車を衝突させ、よつて、右Aに加療約3か月間を要する左肘部挫傷(尺骨粉砕骨折)等の傷害を負わせたものである。
東京地裁 昭和47年8月12日
高校生ではなく8歳の小学生だし、死んでないし。
なお事故態様は左折巻き込みです。
次に運転レベル向上委員会は被害者が「高速で飛び出した」としてますが、8歳の子供ですから…
裁判での認定は時速9キロになっています。
他方被害者を自転車で約10メートル走らせたところ所要秒数は約4秒(時速9キロメートル、秒速2.5メートル)であつた。したがつて被害者が4ないし5秒間に走れる距離は10ないし12.5メートル程度ということになる。
以上の事実関係を特にくつがえすに足るような証拠はないので、これを前提とすれば
東京地裁 昭和47年8月12日
なぜ全く違う話にしてしまうのか、さすがに意味がわからない。
事件概要
自転車に乗ったまま横断歩道を高速で飛び出した高校生と四輪車が衝突し、自転車側が死亡した事故。争点は双方の過失の有無・割合運転レベル向上委員会より引用
自転車に乗ったまま横断歩道を高速で飛び出した高校生と四輪車が衝突し、自転車側が死亡した事故。争点は双方の過失の有無・割合
刑事事件は被告人の過失の有無が争点で過失割合という概念はありません。
被害者に過失が大きくても被告人に過失があれば有罪。
ところで運転レベル向上委員会は、「現在でも過失割合・損害賠償の場面でしばしば引用される重要判例です」としてますが、民事の法廷に刑事判例を引用しても何の意味もないのは当たり前に知られたことでして、民事と刑事は過失認定が違うのだから引用する弁護士がいたら「心配になる」レベルの話。
刑事と民事では過失認定の深さが違うのだから、刑事で信頼の原則が適用されたことが民事の過失に影響するものではない。
しかもこの判例は左折巻き込み事故で信頼の原則を適用して無罪にしてますが、同様に歩道から横断歩道に進行して左折巻き込みにあった東京高裁 昭和57年10月12日など高裁判例は信頼の原則の適用を否定してまして、この判例は全く重視されてないのが現実。
現に「実例判例集」(警察庁交通企画課)や「自動車による業務上過失(重過失)致死傷事件に関する刑事裁判例集」(最高裁)にもこの判例は掲載されておらず、最近の判例集でも見かけない。
執務資料以外でこの判例を紹介しているものを知らないのですが、彼は何の根拠があって「現在でも過失割合・損害賠償の場面でしばしば引用される重要判例です」なんて語っているのだろうか。
同判例を引用した判例の存在は全く思い浮かばない。
少なくともこの判例を民事法廷で引用する弁護士がいたら、何の意味もない判例を出す人と思われてむしろマイナスイメージになりそう。
さて。
確かにこの判例では信頼の原則を適用してますが、
自転車の運転者が道路を横断するにあたつて横断歩道を利用する場合には、自転車に乗つたまま疾走し、飛び出すような型で横断歩道を通行することは厳にしてはならないというべきであつて、自動車運転者はこのような無暴な横断者はないものと信頼して運転すれば足りる。
東京地裁 昭和47年8月12日
被害者は横断歩道の手前7~9m手前にいて、8歳の子供で、時速9キロという事案。
昭和40年代頭に最高裁が信頼の原則を認めて以降、地裁判例では信頼の原則を強引に適用した判例がいくつもありまして、この判例もそれの一つなのよ。
事実、同種左折巻き込み事案は信頼の原則を否定して有罪判決が多いわけでして。
被告人は、昭和(中略)ころ、業務として大型貨物自動車を運転し、東京都(中略)の信号機により交通整理の行なわれている交差点を信号に従つて金魚園通り方面から浦安街道方面に向かい時速約10キロメートルで左折進行するあたり、同交差点左折方向出口に横断歩道が設けられているので同横断歩道及びその付近の横断者の有無及びその動静に留意し、安全を確認して左折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同交差点入口に設けられている横断歩道の左側端に信号待ちをして佇立していた歩行者の動静、及び交差点内に浦安街道方面から新大橋通り方面に向けて停止していた大型貨物自動車等に気をとられ、前記交差点左折方向出口に設けられている横断歩道の横断者の有無及びその安全を十分確認しないまま漫然前記速度で左折進行した過失により、おりから信号に従つて同横断歩道付近を左から右へ横断していた被害者(当時50年)運転の足踏式二輪自転車に気付かず、自車前部を同自転車に衝突させて同人を路上に転倒させた上、自車右側前輪で轢過し、よつて同人を頸椎、胸腔内損傷によりそのころ死亡するに至らせたものである。
東京高裁 昭和57年10月12日
全く重視されてない判例ですが、彼の独自論に何か根拠があるのだろうか?
執務資料はいい本ですが、時折あまり意味がない判例を紹介しているのが難点。
信頼の原則の乱発
昭和40年代頭に最高裁が信頼の原則を認めて以降、地裁判例では信頼の原則を強引に適用した判例がいくつもあると書きましたが、例えばこういうの。
東京地裁 昭和47年3月18日判決は、制限速度40キロ、中央分離帯がある道路を時速70キロで進行中に「歩行者横断禁止」を破って横断した歩行者と衝突した事故について、なぜか信頼の原則を適用し無罪とする。
被告人は右自動車を北東方の入谷方面から南西方の上野駅前方面に向かつて走行させていたが、そこは東京都公安委員会がそこを北東方の入谷方面から南西方の上野駅前方面に向かつて通行する車両の最高速度を40キロメートル毎時と定めているところであるのに、被告人はそのときそこで右自動車を約70キロメートル毎時の速さで走行させており、かつ、右自動車の助手席に同乗していたAの購入したスポーツ新聞の競馬予想記事について同人と話をかわしたり、その新聞をのぞきこんだりして右自動車の進路前方を注視しておらず、従つて右自動車の進路前方における横断歩行者の存否を確認していなかつたところ、そのとき被害者が右自動車の進路前方(南西方)を左から右に(南東方から北西方に)横断歩行しようとしており、被告人は以上の前方不注視のためこれに気づくのが遅れ、被告人がこれに気づいたときには右自動車は被害者の手前(北東方)約9メートルの地点を約70キロメートル毎時の速さで走行していたため、どうするいとまもなく、右自動車の車体が被害者の身体に衝突し、そのため同人がはねとばされて路上に転倒し、その結果(略)死亡するに至つたものであり、以上の事実は〈証拠〉によつて明らかである。
制限速度を30キロ超過しながらスポーツ新聞を読んでいたときに歩行者と衝突。
検察官は、自動車運転業務従事者としてはかかる場合この衝突を避けるため、右自動車の速さにつき前記の指定最高速度を守り、かつ、右自動車の進路前方を注視して、そこを左から右に横断する歩行者の存否を確認していなければならないと主張するが、以上の歩行者横断禁止区間内で前記の如き二本の分離帯の間を走行している車両の運転者はその車両の進路前方を横切る歩行者があるかも知れないということまで予想していなければならないということはできない(このことは、前記の南東側分離帯が前記のように一部途切れていることやここを通行する車両の最高速度が前記のとおり公安委員会によつて40キロメートル毎時と定められていることによつて影響されない。けだし、分離帯の中断は分離帯の北西側から南東側に移る車両のためにあるものに過ぎず歩行者のためにあるものではないし、また指定最高速度はこの場合車両の進路前方における車両との衝突を防止するためのものに過ぎず歩行者保護のためのものではないからである。)。
すなわち、前記の二本の分離帯の間を走行する車両の運転者としては、歩行者が南東側歩道から北西側歩道に移る際にはかならず前記二本の横断歩道のうちのどれかを利用するのであつて、これを利用しないで前記のガードレールをまたいで、かつ、歩行者横断禁止を無視して、横断歩道以外の部分で車道を横切るものはないであろうと信頼していればたりるというべきである。従つて本件の場合被告人にはその運転する自動車の進路前方を横切る(または、横切ろうとしている)歩行者の存在を予見すべき義務はないのであり、従つて、(進路前方の車両に対する関係ではともかく)かかる歩行者に対する関係では前方注視義務も指定最高速度遵守義務もないといわなければならない。そうだとすれば、被告人がもし前方注視をしていたならば被害者の姿を(右転把または制動により回避しうる地点で)現認しえたとしても、またもし被告人が前記の指定最高速度を遵守していたならば前記衝突を回避することができたとしても、そのことは被告人に前記衝突についての過失責任を負わせる根拠とはなりえないものというべきである。
東京地裁 昭和47年3月18日
ちなみに東京高裁 昭和42年5月26日判決は同じく「歩行者横断禁止」の事故について、信頼の原則の適用を否定して有罪にしている。

東京地裁 昭和47年3月18日判決は残念ながら信頼の原則を「誤った解釈で適用した」判例でして、当時の判例解説(判例タイムズ284号)でも判例解説する裁判官が「ショックを受けた」と記している。
運転レベル向上委員会が「重要判例」とする東京地裁判例にしても、現在の基準では「普通に有罪」な事案だし(横断歩道付近7~9mにいる8歳の自転車が、時速9キロという低速で横断することを予見できないと考える人はいない、つまり信頼の原則は適用されない)、回避可能性がなければ無罪になることはあり得ても信頼の原則を適用した横断自転車事故は皆無に等しいことからみても、これを重要判例と考える人は運転レベル向上委員会だけなんじゃないかな。
信頼の原則の適用(予見可能性の否定)と、回避可能性の欠如が別問題なのは言うまでもない。
執務資料にしても、「横断歩道を横断する自転車には、38条の優先権はない」という意味のみでこの判例を掲載していると考えられるわけだし。
判例の改竄より深刻なのは
判例を改竄して「高校生が高速度で自転車が飛び出した」としている点も問題なんだけど、運転レベル向上委員会が取り上げた事故。
これ、交差点内にセンターラインも車両通行帯もない左右の見通しがきかない交差点だから、徐行場所(42条1号)なのよね。
減速接近のみならず徐行義務を負っていることを解説してないけど、彼は正しく解説して事故を減らすという考えはないのだろうか。
判例を改竄しまくることの意味もわからないけど、判決文を読まずに判例解説ばかりして何をしたいのか全くわからない。
あり得ないレベルの間違いを頻発しているところをみても、判決文を読まずにテキトーな話をしているだけにしか見えない…
そもそも、ニュースの事故と取り上げる判例がチグハグという話でもあって、なぜ左折巻き込み判例を取り上げたのかもわかりませんが。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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