最近、クルマの逆走(センターライン越え)の事故報道がいくつかありましたが、一般的には逆走車の過失が100%です。
けど「逆走車過失が100%でも自賠責保険は支払われる」という謎解説を見たので、正しい解説をしようと思う。
Contents
自賠責保険の無責事故

あまり知られていない気がするけど、自賠責保険は被害者過失100%になると支払われない。
これを無責事故というのですが、損害保険料率算出機構(自賠責保険の管理者)は以下3つを無責事故の代表例としている。

https://www.giroj.or.jp/publication/outline_j/j_2023.pdf
追突、信号無視、逆走の3つ。
追突事故で追突した側が死亡や負傷した場合、被追突車は無責事故扱いになり追突車に対する自賠責保険の支払いはない。
ただし追突車の「同乗者」が死亡や負傷の場合は、追突車の自賠責保険が適用される(同乗者が所有者つまり運行供用者の場合を除く)。
逆走事故の場合も原則は自賠責保険からの支払いはない無責事故扱いになりますが(ただし必ずではない)、そもそも無責事故かどうかの判定は誰がするのでしょうか?
これは機構の傘下にある自賠責損害調査事務所になります。
調査事務所は被害者の重過失減額や無責が疑われる事故について調査をし、調査事務所が無責認定すれば自賠責保険は支払われない。
無責事故の件数はこちら。

対象外というのは、被害者が自賠法でいう「他人」に当たらないと判断されたもの。
自賠法でいう「他人」とは運行供用者と運転者以外を指す(最高裁判所第三小法廷 昭和50年11月4日)としており、クルマの所有者が同乗者という場合には運行供用者になるのだから自賠責保険の対象外になる。

ところで「被害者過失100%でも自賠責保険は支払われる」という謎解説を見たときに、いったい何の話をしているのだろうかと疑問を感じる。
理屈の上では、機構の判定と民事訴訟での判断が分かれることはあるので「自賠責保険無責、民事訴訟有責」や「自賠責保険有責、民事無責」はある。
そして法律上、人損部分は自賠法/民法、物損部分は民法になっている関係から、「物損は被害者過失100%で賠償責任無し、人損部分は自賠法により賠償責任有り」になることはあり得ても、自賠責保険は人損のみを対象にしているのだから、ここでいう過失割合とは人損部分に係る過失割合の話になる。
だからイマイチ何を言っている解説なのかわかりかねる。
ところで、被害者の信号無視や逆走であっても必ず無責事故扱いなのかというとそういうわけではない。
これらでも加害者が容易に事故を回避できたと考えられる場合には刑事訴追されているように、加害者過失が全く無いとは言えない事案もある。
実際のところ、刑事訴追された事案については機構は刑事訴訟の判断を待って決める場合があり、

この事案では警察の杜撰な捜査により「被害者の重過失」を前提にした提示がなされた後、「加害者の信号無視」が疑われる事態に発展。
ここで自賠責保険も任意保険も「刑事訴訟の行方をみてから」ということで支払い保留になった。
被害者の重過失減額や加害者の無責事故が疑われる場合、刑事訴訟での事実認定を見てから判断することがあるようです。
自賠責保険無責認定の実際
例えばこちら。


刑事訴訟においては、「左側から追い抜きしてきた自転車に幅寄せした」として過失運転致死に問われたものの、幅寄せした事実がないとして無罪。
そして自賠責保険は刑事訴訟の認定をベースに無責事故として支払われていない。
しかし、民事一審では、被害者側は真逆の事故態様を主張し、

「自転車が追い抜きされた態様ではないと否定できない」として自賠法による賠償責任を認めた(無過失の証明がない、自賠法3条但し書き)。
しかし「自転車が追い抜きされた事実の立証がない」として民法の賠償責任は否定。
一審では「機構による無責認定は刑事訴訟の事故態様(自転車「が」追い抜きした)を前提にしたもの」として自転車が追い抜き「された」態様であることを否定できない以上、機構による無責認定は関係ないとする。
逆に機構により無責認定されておらず自賠責保険の支払いがあった事案でも、民事訴訟では自賠法3条但し書きを適用して無過失認定(賠償責任無し)した判例も普通にあるのでして。
なぜおかしな解説になるかを考えると、そもそもの仕組みや法律を理解してないことにあると思う。
ところで、以前取り上げた福井地裁判決ですが、事案としては「居眠り運転でセンターラインをはみ出た車両(以下、「逆走車」とする)が対向車に衝突し、逆走車の同乗者が死亡」したもの。
通常であれば逆走車の運転者(つまり同乗していた車両の運転者)に対し自賠法/民法による賠償請求をすることになるし、逆走車の運転者は居眠り運転の結果として逆走したのだから過失責任は明らかと言える。

しかし問題になったのは、死亡した同乗者は「逆走車の所有者」だったこと。
所有者は自賠法によると運行供用者になり「他人」ではないため、逆走車の自賠責保険の対象外になる。
民法上の責任は居眠り運転者にあるわけですが、居眠り運転した運転者に関する保険がないなら、逆走車の運転者に対する賠償責任を確定させたところで回収不能に陥る。
そこで着目したのは、対向車(順走)の保険。
対向車との関係でいえば、逆走車の同乗者は「他人」にあたる。
そして自賠法は「無過失を主張するなら無過失を証明してね。無過失の証明ができないなら賠償して」と規定しているところ、
この事故は対向車(順走)の先行車2台が逆走車との衝突を避けた以上、衝突した順走車にも「衝突を回避する余地があったのではないか?」という疑義が生じる(1)。
そして警察が作成した調書の正確性に疑問があり(2)、ドラレコがないことから順走車がどの時点で逆走車を発見できたのかもわからない(3)。
1~3を合わせると、自賠法でいう「無過失の証明」が不可能になってしまい、自賠法による賠償責任が確定する。
エ 本件事故直前の原告Fの動向について
原告Fは,本件衝突地点の手前で,北進車線の路側帯に歩行者がいるのを発見し,その方向に視線を移した。
その後,原告Fは,本件衝突地点の手前(南側)でG車を発見し,その場で急制動の措置を講じたが,G車と正面衝突した。
なお,原告Fは,平成24年6月5日に行われた実況見分において,本件衝突地点の約62.2m手前(南側)付近(別紙2の㋐の地点)で,前方約18mの位置(別紙2のⒶの地点)に北進車線の路側帯を同一方向に歩行している歩行者を見た,その後,本件衝突地点の約16m手前(南側)の地点(別紙2の㋑の地点)でG車が前方約33mの位置(別紙2の①の地点。本件衝突地点から約17m北側の地点)にいるのを発見し,その場でブレーキをかけた旨,具体的な説明をしている。しかしながら,原告F自身,上記説明のうち各車両の厳密な位置関係等については正確ではなかった可能性がある旨供述している上,上記実況見分は本件事故から1か月以上経った後に行われていることや,本件事故によりF車は大破し,原告Fも救急搬送されて全治2か月の入院加療を要する腰椎圧迫骨折及び肋骨骨折等の傷害を負うなど,本件事故の衝撃が相当大きなものであったと認められること等の事情に照らすと,原告Fが本件事故直前の状況を正確に記憶していないとしても不自然であるとはいえないことからすれば,上記実況見分で説明された位置関係が,すべて厳密に正確なものであるとまでは認められない。
(2)以上を前提に,まず,本件事故について原告Fが無過失であった といえるかどうかについて検討する。
ア 本件事故について,被告Aには,自らが運転していたG車を対向車線に逸脱させた過失があることは事実によれば,本件事故直前に,被告Aが過労のために仮睡状態に陥り,そのままゆるやかに中央線をはみ出し,ついには対向車線に自車を逸脱させてF車と正面衝突したという本件事故の態様からすれば,本件事故の発生について,被告Aに極めて重大な過失があることは明らかである。
その上で,原告Bらは,原告Fは本件事故直前に脇見をしていたところ,仮に原告Fが脇見運転をしていなければ,より早い段階でG車の動向に気づき,F車を停車させるなどして本件事故を避けることが可能であったのであるから,原告Fには,本件事故について前方不注視の過失がある旨主張し,原告Fが無過失であることを争っている。
これに対し,被告Eは,原告Fは,本件事故直前に北進車線の路側帯にいた歩行者を見たものの進路前方を全く見ていなかったわけではない,F車の先行車の存在等により原告Fがより早い段階でG車の動向に気づくことは不可能であった,仮により早い段階でG車の動向に気づいたとしても,対向車線に回避する,その場で停止する,クラクションを鳴らすなどの原告Bらが主張する措置を咄嗟に講ずることは不可能であったし,仮にこれらの措置を講ずることができたとしても本件事故が避けられたとはいえないなどと主張している。
そこで,以下,これらの点について検討する。イ まず,原告Fは,本件事故直前に北進車線の路側帯の歩行者を見たこと自体は認めているところ,本件全証拠によっても,原告Fが脇見をしていた正確な地点及びその時間は明らかではない。
もっとも,原告Fにおいて,路側帯の歩行者の動向に注意を払うべき事情があったとしても,原告Fが自認しているとおり,歩行者の動向に注意を払うのと同時に,進行道路前方を注視することも不可能ではないことからすれば,原告Fに前方不注視の過失があったかどうかを判断するに当たっては,結局,原告Fにおいて,どの段階でG車の動向に気づくことが可能であったかが問題となる。
この点,G車が中央線上又はこれを越えて対向車線である北進車線を走行するようになった後,F車の前方には先行車が2台存在したところ,F車からG車方向の見通しは,これらの先行車との位置関係によって左右される。そして,上記認定事実によれば,先行車①が本件衝突地点の約49.5m北側を走行していたとき,G車はその前方約29mの位置を先行車①と対向して走行しており,先行車①とG車はほぼ同速度であったことからすれば,先行車①とG車は,本件衝突地点の約64m北側ですれ違ったことになり,さらに,原告Fが急制動の措置を講ずるまでのF車の速度と,G車の速度がほぼ同速度であったことからすれば,先行車①とG車がすれ違った時点で,F車は先行車①の約128m後方を走行していたことになる。これに対し,本件事故直前の先行車②とF車との距離は,証拠上明らかではない(なお,先行車①の運転者は,先行車②がG車を避けた「直後」にG車とF車が正面衝突した旨説明しているところ,G車の速度が時速50kmであったことを前提とすると,そもそもG車が先行車①とすれ違ってからF車と衝突するまでの時間は5秒足らずであり,「直後」という表現をもって,G車が先行車②とすれ違ってからF車と衝突するまでの時間を特定することはできないといわざるを得ない。)。
その上で,先行車①及び先行車②が中央線の0.8m内側を走行し(先行車①については,同車の運転者の説明に基づく位置である。),F車が中央線の0.5m内側を走行していたことを前提とした上(原告Fの説明に基づく位置である。なお,原告Bらは,F車は,実際には,より中央線に近い位置を走行していたはずである旨主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。),仮に,先行車②とF車との距離が40mであり,かつ,先行車②とF車が同速度であったとすると,F車からG車の動向を発見することができたのは,早くとも,先行車②が北進車線の左側の路側帯に回避可能となった時点,すなわち,F車が本件衝突地点の約35m手前(南側)付近に位置していた時点ということになる。また,上記と同条件の下,仮に,先行車②がF車と先行車①との中間(すなわち,F車の64m前方)を走行していたとすると,F車が本件衝突地点の約50m手前(南側)付近に位置していた時点では,F車からG車の動向を発見することができたと認められる。そして,上記のとおり,G車が先行車①とすれ違った時点における先行車①とF車との距離は約128mであり,G車が先行車①とすれ違った直後に先行車②とすれ違ったとすれば,先行車②とF車が64m以上離れていた可能性もあるところ,その場合には,F車は,さらに手前(南側)の位置でG車の動向を発見することができた可能性が高い。ウ 以上の事実に加え,時速50kmの車両の停止距離は約24.48mであるところ,仮に,原告Fにおいて,実際よりも早い段階でG車の動向を発見していれば,その時点で急制動の措置を講じてG車と衝突する以前にF車を完全に停車させることにより,少なくとも衝突による衝撃を減じたり,クラクションを鳴らすことにより衝突を回避したりすることができた可能性も否定できないことからすれば,本件事故について,原告Fに前方不注視の過失がなかったということはできない。
「過失がなかったとは言えない」なので自賠法による賠償責任が確定する。
一方、民法による賠償責任(物損)は被害者側が加害者の過失を立証する必要がある。
しかしそもそも、どの地点で逆走車を発見できたのか証拠がないため、順走車に過失があったとも言えなくなる。
(3)次に,本件事故について,原告Fに前方不注視の過失があったといえるかどうかについて検討する。
F車からG車方向の見通しは,F車と先行車,特に先行車②との位置関係によって左右されるところ,F車と先行車②との位置関係は,本件全証拠によっても明らかではない。したがって,原告Fにおいて,どの時点でG車を発見することが可能であったかについては,特定することができないといわざるを得ない。
さらに,原告Bら及び被告Aは,原告Fがより早い段階で急制動の措置を講ずることによりG車と衝突する前にF車を減速又は停車させていれば,あるいは,クラクションを鳴らしていれば,少なくとも衝突の衝撃が減じられた結果,少なくとも亡Gの死亡は避けられた可能性があるとも主張するが,結局,G車と衝突する以前にF車を完全に停車させることが可能であったかどうか(あるいは,どの程度減速を図ることができたか)や,急制動の措置を講ずることに加えてクラクションを鳴らす程度の心理的余裕があったかどうかは,G車の動向に気づくことができた段階で,G車とF車がどの程度離れていたかに依拠することになる。
そうすると,原告Fにおいて,どの時点でG車を発見することが可能であったかを証拠上認定することができない以上,この点からも,原告Fに過失があったと認めることはできないといわざるを得ない。
なお,原告Bら及び被告Aは,原告Fにおいて,上記の措置に加えて,対向車線である南進車線に進入することによりG車を回避すべきであったとも主張するが,被告Aが中央線を越えて北進車線に進入していることに気がついた場合,直後にG車を南進車線に戻す可能性もあり得ることからすれば,F車が対向車線である南進車線に進入すること自体危険を伴う行為であり,原告Fにおいてかかる措置を講ずるべきであったとはいえない。
以上によれば,本件事故について,原告Fに前方不注視の過失があったということもできない。
なぜわざわざ順走車を提訴しているのか?というところがポイントになりますが、この事案は「詳しいことはわからないけど順走車と逆走車が衝突した」。
もし警察が作成した実況見分調書の正確性が認められ、しかも調書の内容から順走車に過失がないことが証明できたなら自賠法による賠償責任も負わないことになる。
なのでこの事故はかなり特殊なものなのよね。
死亡した同乗者が所有者だったという特殊性に加え、警察の調書の正確性も疑わしいという特殊性から起きたものと言える。
しかしこういう事案でも、自賠責保険の適用可否は調査事務所が判断するもの。
現に判決文を見る限り、順走車の自賠責保険から支払われた形跡はないので、自賠責保険上は無責判定なのでしょう(申請してない可能性もありますが)。
で。
自賠責保険の適用可否や無責判定は「機構」がするもので、運行供用者責任上の無過失については裁判で判断するのだから、形式上、ここの判断が割れることはある。
どこかの解説を見ていて思ったのは、判定母体が異なるのに区別できてないから意味不明になっているし、異なる概念をごちゃごちゃにして整理できていない。
ただまあ、そもそも民事はかなり複雑で、ムリに一般化しようとすると誤解を招きやすい。
福井地裁の件にしても、一般人は自賠法による順走車への請求なんて思い付かないのでして、プロに任せるのがベターなのよね。
なにせ、素人が解説すると普通に間違ってますから。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


コメント