こちらの件。

救護義務違反は故意犯の処罰規定しかないので、交通事故が発生したことの認識がないと成立しませんが、

問題なのはこのような非接触事故の場合、交通事故発生を認識出来るのか?
つまり負傷者が出たことを認識出来るのか?という疑問が残る。
これについて考えてみたい。
救護義務の発生

救護義務は72条1項前段ですが、簡略化します。
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
交通事故とは「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」と67条2項に定義されているので置き換えると、
第七十二条 車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者等は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
車両の交通による人の死傷を認識できないと救護義務を課せないことになる。
画像のように誰かが倒れていれば負傷したことは明らかですが、バス車内の状況は外部からわからないのでして。
そういう状況を「負傷者の発生を認識できない」と解釈することは妥当なのでしょうか?
判例の立場でいうと、「認識」とは確定的認識ではなく未必的な認識で足りるとしている。
道路交通法一一七条の罪の成立に必要な事実の認識は、必ずしも確定的な認識であることを要せず、未必的な認識でも足りる旨の原審の判断は相当である。昭和三七年(あ)第一六九〇号同四〇年一〇月二七日大法廷判決、刑集一九巻七七七三頁参照
最高裁判所第三小法廷 昭和47年3月28日
操縦者等に対し右救護等の措置義務又は報告義務に違反するものとして刑事責任を負わしめるのは、救護等の措置の対象となるべき被害者の殺傷の事実、危険防止その他交通安全の措置の対象となるべき物の損壊の事実が発生し、しかも操縦者等がこれらの事実を未必的にしろ認識した場合に限られるものと解するのを相当とする。
最高裁判所大法廷 昭和40年10月27日
では今回のようにバスが先行、自転車が後行で自転車が追い抜きしてバスに急ブレーキを掛けさせた場合。
この事実関係からするとバスはさほどスピードが出ていなかったものと思われますが、バスの場合、時速10キロ程度でも急ブレーキを掛けると車内に立っている人にはかなりの負荷が掛かります。
現に似たような状況で車内で転倒した高齢者を見たこともありますが、その高齢者は後頭部を地面に強打したレベル。
バスに急ブレーキを掛けさせた認識があれば、車内で負傷者が出た可能性は容易に認識できるのだから、「急ブレーキを掛けさせたことの認識」=「負傷者の発生を未必的に認識」と捉えうると思われる。
おそらく今回の事案で「道路交通法違反(ひき逃げ)の疑いで捜査」としているのは、ドラレコ上で「バスに急ブレーキを掛けさせたことを自転車が認識していた」と思わせるものが映っていたんじゃなかろうか?
例えば後ろを振り返る動作なのかもしれない。
ただしあくまでも「救護義務違反の疑いで捜査」なのでして、仮に自転車乗りが見つかったとしても救護義務違反で起訴するかは別問題なのよね。
重過失傷害罪については成立するだろうけど、検察官はちょっとでも無罪になりうる事案は起訴しないのが通常。
現実問題として
では今回のケースで自転車はどうすべきだったか?
歩道から車道にノールックで進出しない(もしくは他の車両の正常な交通を妨害するおそれがあるときは進出しない)のが大前提。
その上で急ブレーキを強いたことを認識した以上、「直ちに停止し」負傷者の有無を確認することになる。
そもそも72条1項で「直ちに停止し」としている理由。
旧道路交通取締法では「直ちに停止し」とはしていなかったところ、昭和35年に道路交通法が制定されたときに「直ちに停止し」と加えた。
その理由はこちら。
道路交通法第72条第1項前段は「車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたときは当該車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。」と規定し、交通事故の発生した場合、運転者に対し被害者の救護及び道路における危険防止のため応急措置を講ずべきことを定めている。ところで、車両の交通によつて人の死傷又は物の損壊を生じた場合、単に運転中の車両内から望見したのみでは被害者の要否、及び道路における危険防止措置の要否を確認することは困難であり、一旦停車して仔細にこれを調査しなければその要否の判明しない場合が極めて多いことに鑑みると、同条は車両の交通による人の死傷又は物の損壊があつた場合、被害者の救護並に道路における危険防止の前提として、運転者に対し必ず一旦停止して負傷者の救護の要否、或は道路における危険の有無を確認すべき義務を負わせたものと解するのが相当である。それは、道路交通法第72条第1項前段に相当する旧道路交通取締法施行令第67条が「車馬等の交通に因り人の殺傷又は物の損壊があつた場合においては、当該車馬等の操縦者等は直ちに被害者の救護又は道路における危険防止、その他交通の安全を図るため必要な措置を講じなければならない。」と規定していたのに対し、新法が「運転者等は、直ちに車両等の運転を停止して」との字句を挿入した立法の趣旨からしても推論し得るところであるのみならず、文理上からも、人の死傷又は物の損壊があつた場合には運転者は直ちに運転を停止すべく、然る後負傷者が救護を要することが判明した場合にはその措置を、人の死傷或は物の損壊により道路における危険発生の恐れのある場合にはその防止措置を講ずべき二重の義務を課したものと解することができる。
東京高裁 昭和39年10月13日
負傷者の救護の要否等を確認させるために「直ちに停止」という文言を付け加えたとする。
負傷者が発生したことを未必的に認識した以上、負傷者を確認させるために停止を求めていることになる。
で、停止した後にバスが再発進したなら、負傷者が発生しなかったことがわかるのだからその時点で救護義務は終了します。
しかしバスが継続停止していたなら負傷者が発生したことがわかるのだから、救護措置を採らなければならない。
ただまあこの報道を見る限り、追い抜きしてバスの直前に入るような危険プレイをしなければ何も起きなかったと言わざるを得ないのでして、仮に救護義務違反罪での立件が困難だとしても重過失傷害罪は成立するでしょう。
過失傷害罪が親告罪、重過失傷害罪が非親告罪ということから被害者の告訴がないまま過失傷害罪での捜査をするわけにもいかないので、道路交通法違反(ひき逃げ)の容疑で捜査しているだけなんじゃないかという気もしますが、
救護義務は負傷者が発生したことを未必的に認識した時点で発生する。
この場合、「バスに急ブレーキを強いたことの認識」で足りるのかもしれません。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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