こちらの記事について質問を頂きました。
この規定はなかなか分かりにくい。
進行制御とは「道路の状況に応じてコースを逸脱することなく進行すること」を意味する。
「制限速度を遵守して急ブレーキをかければ、動的車両や歩行者との衝突を避けられた」という、いわゆる対処困難性の話ではない。 川口125キロ逆走事故は、「口裏合わせ」なのか?川口で「起こした」時速125キロ逆走事故について、危険運転致死での裁判が結審して判決待ちになった報道を見た人も多いと思いますが、危険運転致死は、「進行制御困難高速度(2条2号)」と「通行妨害目的(2条4号)」にあたるというのが検察官の主張。...
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
これはちょっと難しい話になりますが、なるべく噛み砕いて説明します。
進行を制御
進行とは文字通り「進むこと」。
進むことの制御ですよね。
いくつかパターンを考えてみます。
①カーブ(道路構造)

カーブがあれば進路を逸脱しないようにスピードコントロールするのが「進行の制御」ですよね。
速すぎれば曲がりきれないのはわかるかと。
②雨や雪

雨や雪で道路が湿潤していたら、速すぎればスリップしかねない。
だから進路を逸脱しないように、スピードコントロールして「進行制御」しますよね。
③非優先道路からの飛び出し

優先道路を通行中に非優先道路から一時不停止の車両が飛び出してきた場合でも、衝突を避けるために急ブレーキを掛けますよね。
これも当然「進行の制御」にあたる。
ところで「①または②」と「③」には重要な違いがある。
①や②はその場で状況が変化する性質のものではなく、カーブの角度が急に変わったり、積雪が急に無くなるわけもない。
つまり「不動的要素」と言えます。
一方、非優先道路から飛び出してくるのは「動的要素」。
それが「起きるか起きないか」もわからなければ、「いつなのか」もわからない。
ここがポイントなので「不動的要素に対する進行制御」と「動的要素に対する進行制御」を分けます。
危険運転致死傷罪の目的
危険運転致死傷罪の立法趣旨は、従来過失犯として処罰されてきた交通事故のうち、より悪質性と危険性が高いものを適切に処罰するために創設された。
先ほど挙げた不動的要素に対する進行制御については、


決まっている状態で不動なのだから、高速度で曲がりきれなかったとか、高速度でスリップしたとかは悪質で危険性が高い行為と言える。
しかし動的要素に対する進行制御については、

いつそれが出現するかもわからず過失犯でいう「予見可能性」との区別が困難になり、本来は過失犯として処罰すべきものが危険運転致死傷罪になってしまうため、「危険な運転行為の中でもより悪質で危険なものを選抜して類型化した」という立法趣旨から外れるんですね。
だから危険運転致死傷罪でいう「進行制御困難な高速度」とは、道路の状況(カーブや積雪など不動的要素)に対する進行制御困難性のみを指し、動的要素に対する進行制御困難性(つまり対処困難性/スピードを抑えていれば飛び出しに対応できた)という概念を含まない。
刑法で有名な星教授の論文を挙げます。
4 進行制御困難高速度類型危険運転致死傷罪をめぐる問題
このように,相関的特定危険類型においては一定の改正による対応,運転制御困難類型のうちの酩酊運転類型については,準危険運転致死傷罪の制定という改正対応がなされている。これに対して,同じ運転制御困難類型においても,適用例がほとんどみられない技能欠如類型は別にしても,進行制御困難高速度類型については,その制定時から改正はなされていない。しかしながら,そのことは,立法時に想定された実態と,現実の事象との間に乖離が生じていないことを,必ずしも意味していないように思われる。近時,その適用の可否が問われる事案が目立つようになっているのである。
そこで,以下では,進行制御困難高速度類型に関する問題点を検討することにしたい。( 1 )立法時の議論
進行制御困難高速度類型にいう「進行を制御することが困難な高速度で走行」というのは,立案担当者の解説では,「速度が速すぎるため,道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味する」とされた。それへの該当性が認められる具体例としては,以下の 2例が挙げられていた。①そのような速度での走行を続ければ,進路から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行,これには,カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させる場合があたる,および②ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって,進路から逸脱させて事故を発生させると認められる速度での走行,である。これらの例示からもわかるように,運転者が自車を「その進路から逸脱させて事故を発生させる」ことが,主たる要素であると解されている。そして,そのような高速度にあたるか否かは,「基本的には,具体的な道路の状況,すなわちカーブや道幅等の状態に照らしてなされることとなる」とし,また「車両の性能や貨物の積載状況も,高速走行時の安定性に影響を与える場合がある」ことから,判断の一要素になるとされていた。
これに対して,「運転者の技能については,道路の状況や車両の性能とは異なり,類型的,客観的な判断にはなじみにくい面がある」ので,判断要素になることは通常はない,とされていた。また,道路状況等に照らし,このような速度であると認められない場合であれば,「例えば,住宅街を相当な高速度で走行し,速度違反が原因で,路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合であっても,本罪には当たらないことになる」ともされていた15)。(2)学説における議論
危険運転致死傷罪の制定以降,実務においてその成立限界が争われたのは,前述したように,酩酊運転類型と赤色信号等殊更無視類型に集中した面もあり,進行制御困難高速度類型について,とりわけ,立法者のいう「具体的な道路の状況」に関する議論は,相対的に論じられることは少なかった16)。
そのような中において,前記の立案担当者の見解を是認しつつ,「過失犯とは別個の犯罪類型である本罪の性質に鑑みると」,「速度超過に起因する単なる過失との区別」を明確にするために,「個別的な人や車の動きなどへの対応の可能性自体は考慮の外に置かれるべき」とする見解は,実務家から有力に指摘されていた17)。これは,立法当時における運転制御困難類型,特に進行制御困難高速度類型が,過失運転致死傷罪(現在)と量的にもっとも連続する類型であり,どこまでが過失で,どこからが制御困難類型危険運転致死傷罪なのかが類型的に不明確な部分があるので,前提となる危険行為(およびその認識)という部分で十分に絞りをかけた運用をしないと,過失運転致死傷罪を取り込みすぎることになる,との懸念を示す有力な見解18)とも呼応するものであるといえる。
すなわち,あえて標語的にいうのであれば,「具体的な道路の状況」に基づく判断に限定すべきであって,「具体的な交通の状況」との関係での進行制御困難という事態は,危険運転致死傷罪の想定する危険な運転ではない,とする見解が妥当してきたわけである。角度を変えてみれば,酩酊運転類型では,アルコール又は薬物の影響により「正常な運転が困難」な状態が規定されているのに対し,進行制御困難高速度類型では,あくまでも「その進行を制御することが困難」な高速度が規定されているという,条文上の文言の相違から,後者では,「具体的な交通の状況」との関係という判断要素は含まれないとの理解が導かれてきたといえる。https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/record/2000746/files/0009-6296_129_6-7_521-549.pdf
立法時に動的要素に対する進行制御困難性を含まないと説明しただけではなく、動的要素に対する進行制御困難性を含めると過失犯と故意犯(危険運転致死傷罪は故意犯)の区別が曖昧になり「より危険で悪質なものを処罰する」という立法趣旨にも合わない。
現に名古屋高裁 令和3年2月12日判決は、立法経緯と「過失犯と故意犯の区別が曖昧になる」ことを問題にし動的要素に対する対処困難性を含まないとした。
例えばですが、非優先道路側がケガや死亡に至った場合を考える。

過失運転致死傷罪では予見可能性と回避可能性を問題にしますが、優先道路側は非優先道路側が進行妨害しないことを期待して進行してよい(信頼の原則)。
なので有罪無罪の境目は、非優先道路側の飛び出しを視認できる位置で急ブレーキを掛けたときに、回避可能性があるかないかで決まる。

ところがこのような動的要素に対する対処困難性を危険運転致死傷罪に含めるとしたら、意味がわからないことに陥る。
非優先道路側が進行妨害しないことを期待して進行していたんだけど…
だから非優先道路側が進行妨害しないことを期待して制限速度内で進行してましたよ?
すみません、検察官のチェンジって無料ですか?オプションですか?
下手すると過失運転致死傷罪は成立しないのに、危険運転致死傷罪は成立するという意味不明な事態すらありうる。
過失犯の予見可能性との兼ね合いで曖昧になり立法趣旨から逸脱するから、条文上は除外されてなくても「動的要素に対する対処困難性を含まない」という解釈が定着した。
条文上はわかりませんが
条文上は「進行を制御」としているだけで動的要素に対する対処困難性を含むように見えても、解釈は「含まない」。
これについて他の論文も挙げておきます。
https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/record/59315/files/AN00044830-64-2-173-207.pdf
文言上の「進行を制御」に動的要素に対する対処困難性を含むのは様々な論文からも明らかですが、この規定の解釈上は含まない。
前方に横断歩行者がみえたから減速して警戒するのも「進行の制御」だし、カーブを安全に曲がるために減速するのも「進行の制御」。
しかし危険運転致死傷罪における進行の制御は動的要素を含まず、その理由は過失犯との差が不明瞭になり過失犯として処罰すべきものが故意犯になることが問題なんですね。
立法趣旨にそぐわない。
どこかのYouTuberがいうような「立法時に含まないと決めたから」のような話ではない。
立法趣旨は大事だけど、それだけで解釈が定まるような単純な話じゃないのよね。
星教授の論文では、不動的要素を「道路の状況」、動的要素を「交通の状況」と表現してますが、実際の運転では道路の状況と交通の状況の両方に合わせて「進行を制御する」必要がある。
しかし危険運転致死傷罪が規定する「進行の制御」とは「道路の状況」に対する進行制御であって、「交通の状況」に対する進行制御の話ではない。
動的要素(他者の交通の状況)に対する対処困難性も「進行の制御」なのだから条文上は除外されてませんが、過失運転致死傷罪との境目が明確である必要があり、その兼ね合いから動的要素に対する対処困難性を含まないことになるんですね。
ちなみにこの規定でいう「高速度」は制限速度とは無関係です。
例えば時速20キロ以下じゃないと曲がれないヘアピンカーブに対し、時速40キロで進入すれば曲がりきれずに進路を逸脱するのだから、高速度というのはあくまでも「道路の状況」に対する高速度を意味する。
大分地裁判決は道路の轍に着目し、時速194キロで進行したことを「進行の制御が困難な高速度」と認定した。
道路の轍などを考えるとわずかなミスで進路を逸脱しかねない高速度なのは明らかなので、この判断は妥当でしょう。
① 本件道路は、高速道路ほどの平たん性が元々要求されていない一般道路である上、被告人車両が進行した区間は15年以上改修舗装歴がなく、特段の異状と目されず、補修を要しない程度であるとはいえ、わだち割れが本件交差点付近等に存在していたと推認できること(前記第2の2)、② 被告人車両が進行した第2車両通行帯の幅員は3.4mであるのに対し、被告人車両の幅は177cmであり、左右の余裕は81.5cmずつしかなかった上、同車両通行帯の右側は外側線・側帯がなく、中央分離帯の縁石に直接接していたこと(前記第2の1⑵⑷)、③ 一般的に、自動車は、速度が速くなると、揺れが大きくなり、運転者のハンドル操作の回数が多くなる傾向があり、かつ、自動車の速度が速くなる、あるいは、自動車を夜間に運転すると、運転者の視力が下がったり視野が狭くなったりする傾向があるところ、被告人は、夜間であり、付近がやや暗い本件道路において、法定最高速度の3倍以上の高速度で被告人車両を走行させたこと(前記第2の1⑴⑵、3、4)、④ 本件道路は、一般道路であり、道路構造・交通特性上、高速道路のような一定速度での円滑・連続的な通行を予定していない上、住宅街・工場地帯に所在し、右折・横断・転回車両や横断歩行者(自転車)、先行車両の減速・停止があり得る信号交差点、車道と直接接する歩道等が存在していたところ、本件当時、本件道路の中央分離帯より北側の車道を東進していた車両が被害者車両以外にも複数台存在したこと(前記第2の1⑴⑶)などを考慮すれば、被告人が前記のような高速度での被告人車両の走行を続ける場合、直線道路である本件道路であっても、路面状況から車体に大きな揺れが生じたり、見るべき対象物の見落としや発見の遅れ等が生じたりし、道路の形状や構造等も相まって、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスが起こり得ることは否定できない。
(中略)
これに対し、弁護人は、被告人車両は本件道路に沿って直進走行できていた旨主張し、被告人は、本件道路を含めた一般道路を時速170ないし180kmで走行したことが複数回あるが、その際、自動車が進路から逸脱したことも、ハンドルやブレーキの操作に支障が生じたことも、危険な思いをしたこともなかった旨供述する。しかし、現実には自車を進路から逸脱させることなく進行できた場合であっても、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度での走行である限り、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当することは、前記のとおりであるし、被告人の供述は、それまで一般道路において高速度走行をした際にハンドルやブレーキの操作ミスをしたことがなかった旨をいうものにすぎず、前記の評価を左右しない。
大分地裁 令和6年11月28日
しかしもし「高速度だったために対向右折車を避けられなかった」という動的要素に対する対処困難性を問題にした場合、過失犯における予見可能性と回避可能性との区別が曖昧になり、なんでもかんでも危険運転致死傷罪が成立するのではないか?という話になってしまう。
だから検察官は考えに考えて「道路の状況に対する進行制御困難性」の立証を頑張ったのでして。
もし検察官が「制限速度で通行していたら対向右折車との衝突を回避できた」という観点から立証していたなら、危険運転致死傷罪は成立しないことになる。
だから名古屋高裁判決とは根本的に違うのよね。
名古屋高裁判決は路外から横断する車両に対する対処困難性を問題にしたから失敗したのでして、もし目先を変えて道路の轍や段差などに着目した立証をしたなら、危険運転致死傷罪が成立したかもしれない。
けど、検察が「ここ」に着目した立証をし出したのは進歩なのよ。
これの経緯が東京高裁判決にあるのは言うまでもないんだけど、
法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」とは、速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味し、具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の状況や車両の構造・性能、貨物の積載の状況等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度で自車を走行させる行為をいい、この概念は、物理的に進路から逸脱することなく進行できない場合のみならず、操作ミスがなければ進路から逸脱することなく進行できる場合も含まれることを前提としていると解するのが相当である(東京高裁令和3年(う)第820号同4年4月18日判決参照)。なお、本罪が捉える進行制御困難性は、他の車両や歩行者との関係で安全に衝突を回避することが著しく困難となる、すなわち、道路や交通の状況に応じて、人の生命又は身体に対する危険を回避するための対処をすることが著しく困難となるという危険(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある。
大分地裁 令和6年11月28日
川口の125キロ逆走事故にしても、狭路との関係性で「道路の状況に対する進行制御困難性」を立証しようとしてましたが、どこまで立証できたか、裁判所がそれを認めるかで今後の危険運転致死傷罪に影響する。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。



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