川口で「起こした」時速125キロ逆走事故について、危険運転致死での裁判が結審して判決待ちになった報道を見た人も多いと思いますが、

危険運転致死は、「進行制御困難高速度(2条2号)」と「通行妨害目的(2条4号)」にあたるというのが検察官の主張。
一方、危険運転致死が成立しない可能性に備え予備的に過失運転致死でも起訴している。
これについて被告人/弁護人の主張をみながら解説しようと思う。
進行制御困難高速度(2条2号)
まずは進行制御困難高速度態様から。
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
この規定はなかなか分かりにくい。
進行制御とは「道路の状況に応じてコースを逸脱することなく進行すること」を意味する。
「制限速度を遵守して急ブレーキをかければ、動的車両や歩行者との衝突を避けられた」という、いわゆる対処困難性の話ではない。

具体的な事例でいうと、高速度のためにカーブを曲がりきれなかったようなものや、高速度のために橋でジャンプしたようなものを指す。
ところで被告人側は、「いつもと同じようにまっすぐ車を運転できていた」と供述している。
まっすぐ運転出来ていたのは防犯カメラ映像から明らかなので、単に客観的事実を述べたに過ぎない。
進行制御困難高速度態様については、学説では「実際にコースを逸脱してなくても成立しうる」ことが指摘されていて、実際にコースを逸脱したなら同罪の立証しやすい程度の話。
現に東京高裁 令和4年4月14日判決(R4.10.7上告棄却)や大分地裁 令和6年11月28日判決ではコースを逸脱したことが必須要件ではないことが指摘されている。
法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」とは、速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味し、具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の状況や車両の構造・性能、貨物の積載の状況等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度で自車を走行させる行為をいい、この概念は、物理的に進路から逸脱することなく進行できない場合のみならず、操作ミスがなければ進路から逸脱することなく進行できる場合も含まれることを前提としていると解するのが相当である(東京高裁令和3年(う)第820号同4年4月18日判決参照)。なお、本罪が捉える進行制御困難性は、他の車両や歩行者との関係で安全に衝突を回避することが著しく困難となる、すなわち、道路や交通の状況に応じて、人の生命又は身体に対する危険を回避するための対処をすることが著しく困難となるという危険(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある。
大分地裁 令和6年11月28日
大分地裁判決は道路の轍に着目し、時速194キロではわずかな操作ミスでもコースを逸脱しかねないことから進行制御困難高速度態様を認定。
① 本件道路は、高速道路ほどの平たん性が元々要求されていない一般道路である上、被告人車両が進行した区間は15年以上改修舗装歴がなく、特段の異状と目されず、補修を要しない程度であるとはいえ、わだち割れが本件交差点付近等に存在していたと推認できること(前記第2の2)、② 被告人車両が進行した第2車両通行帯の幅員は3.4mであるのに対し、被告人車両の幅は177cmであり、左右の余裕は81.5cmずつしかなかった上、同車両通行帯の右側は外側線・側帯がなく、中央分離帯の縁石に直接接していたこと(前記第2の1⑵⑷)、③ 一般的に、自動車は、速度が速くなると、揺れが大きくなり、運転者のハンドル操作の回数が多くなる傾向があり、かつ、自動車の速度が速くなる、あるいは、自動車を夜間に運転すると、運転者の視力が下がったり視野が狭くなったりする傾向があるところ、被告人は、夜間であり、付近がやや暗い本件道路において、法定最高速度の3倍以上の高速度で被告人車両を走行させたこと(前記第2の1⑴⑵、3、4)、④ 本件道路は、一般道路であり、道路構造・交通特性上、高速道路のような一定速度での円滑・連続的な通行を予定していない上、住宅街・工場地帯に所在し、右折・横断・転回車両や横断歩行者(自転車)、先行車両の減速・停止があり得る信号交差点、車道と直接接する歩道等が存在していたところ、本件当時、本件道路の中央分離帯より北側の車道を東進していた車両が被害者車両以外にも複数台存在したこと(前記第2の1⑴⑶)などを考慮すれば、被告人が前記のような高速度での被告人車両の走行を続ける場合、直線道路である本件道路であっても、路面状況から車体に大きな揺れが生じたり、見るべき対象物の見落としや発見の遅れ等が生じたりし、道路の形状や構造等も相まって、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスが起こり得ることは否定できない。
(中略)
これに対し、弁護人は、被告人車両は本件道路に沿って直進走行できていた旨主張し、被告人は、本件道路を含めた一般道路を時速170ないし180kmで走行したことが複数回あるが、その際、自動車が進路から逸脱したことも、ハンドルやブレーキの操作に支障が生じたことも、危険な思いをしたこともなかった旨供述する。しかし、現実には自車を進路から逸脱させることなく進行できた場合であっても、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度での走行である限り、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当することは、前記のとおりであるし、被告人の供述は、それまで一般道路において高速度走行をした際にハンドルやブレーキの操作ミスをしたことがなかった旨をいうものにすぎず、前記の評価を左右しない。
大分地裁 令和6年11月28日
被告人が「いつもと同じようにまっすぐ車を運転できていた」と供述しているのは、単なる客観的事実に過ぎず、進行制御困難高速度態様を否定することにはならない。
なお報道によると、検察官は一方通行道路の「狭さ」や「電柱の位置」などから、そのような道路を125キロで進行することが「わずかなミスでコースを逸脱しかねない高速度だった」と主張している模様。
具体的にどこまで立証したかは不明ですが、一般論として狭路を通行する際には速度を控えないと壁に激突しかねないわけで…
通行妨害目的(2条4号)

次に通行妨害目的危険運転致死について考える。
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
「通行妨害目的」について立法者は積極的な妨害意思が必要と説明してきた。
しかし
最も問題となるのは,他者への通行妨害を未必的にしか認識していない場合である。これに関し,被告人が,被害者Aが運転し,被害者B及び同Cが後部座席に同乗したA車両が3人乗りで危ないから止めようなどとの考えから追走を開始し,Aらが被告人車両を暴走族狩りであるなどと誤信して逃走しようとしていることを意識しながらなおも追走を継続した結果,A車両を道路左側の縁石に接触させ,被害者らを同車もろとも路上に転倒させるなどして,Aを死亡させ,B及びCに傷害を負わせたとされた事件について,通行妨害目的の有無が争われた。大阪高判平成28年12月13日高刑集69巻2号12頁は,「確定的認識と未必的認識は,認識という点では同一であり,ただその程度に違いがあるにとどまるに過ぎない上,その判定は,確定的認識について信用できる自白がある場合や,犯行の性質からこれを肯定できる場合はともかく,当時の状況等から認識自体を推認しなければならない場合には,甚だ微妙なものにならざるを得ないから,そのような認識の程度の違いによって犯罪の成否を区別することが相当とも思われない。」という。したがって,「本件罪の通行妨害目的には,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図する場合のほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合も含むと解するのが相当である」とした。
この判決が出されて以降,現在では,妨害目的につき,未必的な認識で足りるという解釈が判例において定着している。近時のものとして,例えば,金沢地判令和3年12月7日 LEX/DB25591878(控訴審,名古屋高金沢支判令和4年10月11日 LEX/DB25593752)は,「被告人は危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,被害者車両に急な回避措置をとらせるなど通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行ったものと認められるから,通行妨害目的を有していた事実を優に認定できる。」として,妨害運転類型の危険運転致死傷罪の成立を認めた。https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/22-4/004fang.pdf
東京高裁 平成25年2月22日判決が「自分の運転によって通行の妨害を来すことが確実であることを認識して運転行為に及んだ場合にも肯定される」とし、大阪高裁 平成28年12月13日判決は未必的な認識であっても通行妨害目的は成立するとした。

大阪高裁判決以降、未必的な認識であっても通行妨害目的が成立しうるという解釈が「定着」なのかは疑問があり、上記大分地裁判決は「通行妨害目的には積極的な妨害意思が必要」と解したことからも解釈は割れているのが実情かと。
川口125キロ事故について検討すると、一般道、しかも狭路の一方通行道路を逆走して125キロも出せば、他者への妨害になることは明らかとしか言いようがなく、ましてや優先道路を125キロで横切れば他者への妨害になることは未必的にしろ認識していたと考えられる。
なので論点は通行妨害目的態様に「積極的な妨害意思が必要か?」という法解釈論になると思われる。
弁護側は「被告は一方通行を逆走していることに気付き、一刻も早く抜けようと速度を上げた」などと述べたそうですが、一方通行道路を逆走して一刻も早く抜けようとすること自体が「通行妨害」になるのは明らか。
むしろ通常は逆で、誤って逆走したなら「そろりそろりと低速で進行するか、バックして戻るか」じゃないと通行妨害になることは当たり前なのよね。
一方通行道路を125キロもの高速度で進行することと、通行妨害は表裏一体の関係にあると言えるので、その意味では広島高裁 平成20年5月27日判決のほうが近いかもしれない。
以上認定したとおり,被告人は,被告人車を運転して,信号待ちのため交差点手前で停止中,警察官に職務質問されそうになったことから,酒気帯び運転の発覚を免れようとして被告人車を発進させ,逃走を開始したところ,警察車両が追跡してきたため,Eバイパスを逆行すれば,警察車両もそれ以上の追跡を諦めるであろうと考えて,その逆行を始めたものである。そして,その後の被告人車の走行状況にかんがみると,被告人は,何台もの対向車両とすれ違ったり,対向車両と衝突する危険を生じさせたことから,そのままEバイパス上り線を逆行し続ければ,さらに対向車両と衝突する危険が生じることを十分に認識しながら,警察車両の追跡から逃れるためには,その危険を生じさせてもやむを得ないと考え,敢えて逆行を継続したものと認められる。なお,実際に被告人車が対向車両と衝突してしまえば,それ以上逃走することができなくなるところ,被告人は,上述のとおり,本件事故に至るまでの間は,対向車両と衝突する危険が生じた際,いずれも対向車両に急ハンドルや急ブレーキ等の措置を取らせるなどして,被告人車との衝突を回避させたことから,被告人車がさらにEバイパス上り線の逆行を続け,対向車両に同様の措置を取らせて衝突を避けさせることにより,逃走できることを期待して,逆行を続けたものであることが認められる。
そうすると,被告人は,警察車両の追跡から逃れるため,逆行を継続することにより 対向車両が被告人車と衝突する危険を生じさせるとともに, 逃走を続けるために,対向車両に対し被告人車との衝突を避けるための措置を取らせることをも意図しながら,逆行を継続したものということができる。
所論は,危険運転致傷罪が成立するためには,相手の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図することが必要であって,その未必的な認識では足りないとの解釈が立案担当者からも示されている(「刑法の一部を改正する法律の解説」法曹時報第54巻第4号71頁)と指摘した上,被告人の意思は,一貫して,警察車両から逃れることにあったのであり,被告人は,対向車両の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図していないから,被告人に人または車の通行を妨害する目的はなく,同罪は成立しない旨主張する。
たしかに,被告人は,警察車両から逃れることを意図して,Eバイパスを逆行したものである。
しかし,自動車専用道路であるバイパスを逆行すれば,直ちに対向車両の自由かつ安全な通行を妨げる結果を招くことは明らかであり,バイパスを逆行することと対向車両の自由かつ安全な通行を妨げることとは,表裏一体の関係にあるというべきである。また,上記認定事実に照らせば,被告人が,警察車両の追跡から逃れるため,バイパスを逆行することを積極的に意図していたことは明らかである。そして,バイパスを逆行することを積極的に意図していた以上,被告人は,これと表裏一体の関係にある対向車両の自由かつ安全な通行を妨げることをも積極的に意図していたと認めるのが相当である。広島高裁 平成20年5月27日
「一刻も早く逆走から抜け出すこと」と、「一方通行道路を時速125キロで逆走すれば通行妨害になること」は表裏一体の関係とも言える。
ただし川口の事故は、一方通行道路を順走してきた車両との衝突事故ではないので、広島高裁の事案とも異なることに注意。
過失運転致死の場合
危険運転致死が成立しない可能性に備えて過失運転致死でも予備的に起訴していますが、どうも報道によると、被告人は当該場所を交差点と認識していなかった様子。
そうすると過失内容は「前方不注視により優先道路がある交差点であることを見逃したこと」になり、前方不注視の原因として著しい高速度だったことが挙げられるのかと。
優先道路がある交差点を見逃した結果、優先道路に対する注視を怠って衝突させたことになりますが、過失運転致死の中でも故意に近い態様のものだから量刑は重めに傾く(重めというのは他の事例と比較した相対的な話なのは言うまでもない)。
報道から見えるもの
正直なところ、当初この件は判決文を見るまで書く予定がなかったのですが、「被告人の供述は弁護人との口裏合わせだ」とか「まっすぐ走れていたというのは危険運転致死を否定する定番フレーズ」だと主張する運転レベル向上委員会の解説をみて
運転レベル向上委員会から引用
勉強不足の陰謀論にしか見えなく。
まっすぐ走れていたという供述は、防犯カメラ映像から見える客観的事実なのでして、それ自体が進行制御「困難」高速度を否定するわけでもない。
2号の要件は「現にコースを逸脱したこと」ではなく「コースを逸脱しかねない(困難性)」の問題なのだから、「2号の客観要件そのものを狙い撃ちで崩す語り口」ではないし、そもそもまっすぐ走れていたことは防犯カメラ映像から明らかなのでして。
「集中のためにスピードを上げた/早く抜けるため」という供述にしても、通行妨害の積極的意思を否定することにはならないし(早く抜ける行動と妨害になることは表裏一体と言える)、そもそも積極的意思が必要という解釈は平成25年東京高裁判決以降否定的になっている。
「口裏合わせ」というしょーもない視点でしか見れない人もいるんだなあと思ってしまいましたが、この人が通行妨害目的態様を「積極的な妨害意思が必要」と強硬して「未必的な認識で足りる」という判例を紹介しないのは、
「立法時に含まないと決めたから含まない」というこの人の持論を崩壊させてしまい、今まで解説してきた内容と矛盾しちゃうから紹介するわけにはいかないのよね…
ちょっと前に酒田市で起きた事故にしても、通行妨害目的危険運転致死傷は「積極的な妨害意思は不要で未必的な認識で足りる」という判例を念頭に置けば、通行妨害目的危険運転に切り替えて書類送検したんだろうなと推測できますが、

運転レベル向上委員会の持論に反する判例だから紹介するわけにもいかず、「警察のやってますアピールだ」として警察批判に転じる。
それは単なる陰謀論なのよ。
今回のポイントは以下。
それこそ、僅かな段差なども制御困難性に関係する。
②通行妨害目的態様については、法解釈の問題になりそう。
時速125キロで一方通行道路を逆走すれば他者への通行妨害になるのは明らかなのだから、積極的な妨害意思はないにせよ通行妨害になる確定的認識があったという見方も成り立つし、広島高裁判決のように表裏一体の関係として通行妨害目的が認められる可能性もある。
ところで、危険運転致死傷罪は何かと批判が多いし、そもそも「危険な運転なら該当する」という誤った考えの人も多い。
立法時に説明された内容と、最近の判例傾向に差があることもあまり知られていない気がする。
以前から書いてますが、進行制御困難高速度態様は東京高裁 令和4年4月14日判決が「今後に影響する」と思ってました。


現に大分地裁判決は東京高裁判決を援用してますが、少しずつ、解釈は動いているのよね。
それを見逃すと「口裏合わせなんです!」というしょーもない感想しか出てこないけど、仮に口裏合わせであったとしてもほとんど関係ないのよ…
陰謀論が好きな人って、認識が歪む。
仮に弁護人の入れ知恵だったとしても、それ自体はさほど意味がないのだと指摘するならまだわかるものの、入れ知恵が法的効果をもたらすと考えている点からも危険運転致死罪への理解が足りないのではなかろうか。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。




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