以前取り上げた件ですが、

赤信号無視で自殺の疑いがある(赤信号の横断歩道途中で立ち止まり、被告人車の通過に合わせて飛び込んだとされる)事故について札幌地裁が無罪判決を出し、被告人側が逮捕と起訴は違法だとして国家賠償請求訴訟を提起した件。
札幌市で2022年、女子中学生=当時(13)=を車ではねて死亡させたとして自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪で起訴され無罪となった同市の男性(74)が、違法な逮捕・起訴で精神的苦痛を受けたとして国と北海道に計330万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が16日、札幌地裁(布施雄士裁判長)で開かれ、国と道側は請求棄却を求めた。
訴状では、中学生が男性の車の前に飛び込む様子が付近の防犯カメラに記録され、男性の責任でないことは明らかだったのに、警察官が現行犯逮捕し、検察官も起訴したのは、いずれも国家賠償法上の違法に当たるとしている。
国と道側はいずれも答弁書で、請求棄却を求める理由の詳細は追って示すとした。国の担当者は取材に「現時点でコメントできない」と答えた。
無罪男性の訴え、国側棄却求める 逮捕・起訴で苦痛、札幌地裁(共同通信) - Yahoo!ニュース札幌市で2022年、女子中学生=当時(13)=を車ではねて死亡させたとして自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪で起訴され無罪となった同市の男性(74)が、違法な逮捕・起訴で精神的苦痛を受けたとして
「請求棄却を求める」が「理由と詳細は追って示す」とする。
「追って示すとは何事だ!」と発狂するヤフコメがありますが、
私が行政訴訟をしたときも、第一回口頭弁論では「原告の請求を棄却する判決を求める。理由は追って示す」でした。
さて、この「理由は追って示す」とはなんなのでしょうか?
裁判では原告が被告を訴えるわけで、訴状が被告(この場合は国と道)に送られる。
被告は原告の主張について「認める」、「知らない(不知)」、「否認する」という答弁書を出さなければならない。
この答弁書はそれこそ訴状の一文ずつに認否するのでして、
「原告主張1の1行目~3行目までは認めるが、4行目は不知。5行目~7行目は否認する」みたいに書いていきます。
例えば訴状に「○日に起きた事故について、被告は違法に現行犯逮捕した」と書かれていたなら「現行犯逮捕したことは認めるが、逮捕が違法であったことは否認する」と答弁書に書く。
これを第一回口頭弁論までに提出するのですが、認否のほかに「理由」も示さないと反論にならない。
第一回口頭弁論期日は被告の都合を聞かずに訴状提出から1ヶ月後くらいに設定されてしまうため、理由の詳細を書いた準備書面の作成が間に合わないだけなのよ。
なので「請求棄却を求める。理由は追って示す」というのは民事、行政訴訟では普通にある話になる。
おそらく、認否について書かれた答弁書は提出されているでしょうけど。
時間がないから「請求棄却を求めている」という意思表示のみで、理由は第二回口頭弁論までに提出する。
次回口頭弁論はおそらく1ヶ月後でしょうから、それまでに理由を書いた準備書面を作成するだけなのよね。
国や道の何らかの怠慢や陰謀論の話ではない。
なお私のときは、「被告は第一回口頭弁論に準備書面が間に合わないと言っている」と裁判所から事前に知らされてました。
こういう事件は1ヶ月ごとに口頭弁論が行われ、この感じだと第2回口頭弁論は「被告の主張の番」。
第3回口頭弁論は「原告の主張の番」みたいになる。
なお実際に法廷で主張するのではなく、主張を書いた準備書面を提出し、法廷では「準備書面を陳述します」というだけです。
実際のやり取りはこんな感じです。
裁判長「被告は第一準備書面を陳述しますか?」
被告「はい、陳述します」
裁判長「原告は反論しますか?どれくらい時間が必要ですか?」
原告「1ヶ月ください」
裁判長「そうしたら原告は4週間後の月曜日までに準備書面を提出し、次回口頭弁論は5週間後の月曜日13時ではいかがですか?」
原告「はい」
被告「はい」
裁判長「では解散…」
これの繰り返し。
双方ともに主張が出尽くすまで口頭弁論をして、主張が出尽くしたら結審し判決言い渡し日が指定される。
ところでこの事故、以前も書いたように被告人車は法定速度を越えた時速84キロだったと認定されている。
この大幅な速度超過が起訴判断に影響したと思われますが、結果的に無罪になったから起訴判断が違法になるわけではないし、起訴したことを違法と評価するのは難しいと思う。
現行犯逮捕は「証拠隠滅か逃亡のおそれ」がある場合なので、逮捕する必要性があったかは、報道からはわかりませんが…あえていうなら、交通事故に対する現行犯逮捕の意義を問う裁判とも言えるので、そこについては注目してます。
「容疑者のほうが悪いから逮捕したんだ」という間違った解釈の人もいますが、逮捕とは証拠隠滅か逃亡のおそれがある場合に行われるもので、逮捕=悪確定ではないし、ましてや「どっちが悪いか」の話でもない。
「逮捕されなかったから被害者のほうが悪いと警察が判断したんです!」などと明らかな誤りを語る人もいますからね…
ところでこの事故、仮に何キロだったとしても、赤信号の横断歩道真ん中に佇立していた被害者が「被告人車の通過に合わせて」飛び出したなら回避は困難だから無罪になるのは理解できる。
しかし、もし横断歩道真ん中に佇立する被害者を発見してかなり減速したならば、低速の被告人車の前に飛び出さなかった可能性もある。
低速のクルマに衝突したとしても、ケガすることはあっても死亡には至らない可能性が高いのだから、被害者の目的が仮に「それ」ならなおさら。
結果回避可能性に疑いがあるから無罪になるのは当たり前ですが、被告人の運転方法に全く問題がないとまでは言えない気がする(問題というのは法的というより道義的なもの)。
横断歩道真ん中に佇立する人がいたときにどうすべきだったか?
そしてそもそも、制限速度を遵守する必要はあるのだし、この事件は過失運転致死罪ではなく道路交通法違反(速度遵守義務違反罪)で起訴した方が適切だったのかもしれない。
繰り返しますが、「理由は追って示す」というのは民事、行政訴訟では何ら珍しくない。
要は訴状が届いてから第一回口頭弁論までの時間がないから、仕方ないだけのことなのよね。
仕組みを知っていたら「理由は追って示すとは何事だ!」なんて意見は出ないんだけど、理解している人は何とも思わないことが、知らない人には陰謀論になるのよね…
ちなみにどうでもいい話をすると、裁判長が「次回口頭弁論は○日✕時ではいかがですか?」と言ってきて都合が悪い場合。
法曹界では「都合が悪いので別の日に…」とは言わない。
「差し支えです!」とか「差し支えます!」と言う謎の風習がある。
物凄く変な日本語な気がするけど、都合が悪いことを「差し支え」というんですね。
弁護士さんを飲みに誘ったときに「その日は差し支え」と言われたなら、その弁護士さんは疲れているのかも。
一般的には通じませんから、業界用語みたいなもんなのよ。
なお一般人がムリに使おうとすると、「刺し違えです!」とか「刺し違えます!」などと重篤な間違いに繋がるからやめたほうがいい。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。



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