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川口時速125キロ逆走事故と、危険運転致死罪の成立。立法時の解説通りに判断された。

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川口の時速125キロで一方通行を逆走し起こした事故について、さいたま地裁が危険運転致死(進行制御困難高速度、処罰法2条2号)を認めたわけですが、

進行制御とは「道路の状況に応じてコースを逸脱することなく進行すること」を意味する。
「制限速度を遵守して急ブレーキをかければ、動的車両や歩行者との衝突を避けられた」という、いわゆる対処困難性の話ではない。

(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行いよって人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

検察官は川口の事故について「道路の状況」について進行制御困難な高速度であることを立証し、裁判所が認めた。
このような狭い道路で125キロで通行すれば、わずかなミスで進路を逸脱しかねないわけで、裁判所の判断は妥当かと。

4 進行制御困難高速度類型危険運転致死傷罪をめぐる問題

このように,相関的特定危険類型においては一定の改正による対応,運転制御困難類型のうちの酩酊運転類型については,準危険運転致死傷罪の制定という改正対応がなされている。これに対して,同じ運転制御困難類型においても,適用例がほとんどみられない技能欠如類型は別にしても,進行制御困難高速度類型については,その制定時から改正はなされていない。しかしながら,そのことは,立法時に想定された実態と,現実の事象との間に乖離が生じていないことを,必ずしも意味していないように思われる。近時,その適用の可否が問われる事案が目立つようになっているのである。
そこで,以下では,進行制御困難高速度類型に関する問題点を検討することにしたい。

( 1 )立法時の議論
進行制御困難高速度類型にいう「進行を制御することが困難な高速度で走行」というのは,立案担当者の解説では,「速度が速すぎるため,道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させることを意味する」とされた。それへの該当性が認められる具体例としては,以下の 2例が挙げられていた。①そのような速度での走行を続ければ,進路から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行,これには,カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させる場合があたる,および②ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって,進路から逸脱させて事故を発生させると認められる速度での走行,である。これらの例示からもわかるように,運転者が自車を「その進路から逸脱させて事故を発生させる」ことが,主たる要素であると解されている。そして,そのような高速度にあたるか否かは,「基本的には,具体的な道路の状況,すなわちカーブや道幅等の状態に照らしてなされることとなる」とし,また「車両の性能や貨物の積載状況も,高速走行時の安定性に影響を与える場合がある」ことから,判断の一要素になるとされていた。
これに対して,「運転者の技能については,道路の状況や車両の性能とは異なり,類型的,客観的な判断にはなじみにくい面がある」ので,判断要素になることは通常はない,とされていた。また,道路状況等に照らし,このような速度であると認められない場合であれば,「例えば,住宅街を相当な高速度で走行し,速度違反が原因で,路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合であっても,本罪には当たらないことになる」ともされていた15)。

(2)学説における議論
危険運転致死傷罪の制定以降,実務においてその成立限界が争われたのは,前述したように,酩酊運転類型と赤色信号等殊更無視類型に集中した面もあり,進行制御困難高速度類型について,とりわけ,立法者のいう「具体的な道路の状況」に関する議論は,相対的に論じられることは少なかった16)。
そのような中において,前記の立案担当者の見解を是認しつつ,「過失犯とは別個の犯罪類型である本罪の性質に鑑みると」,「速度超過に起因する単なる過失との区別」を明確にするために,「個別的な人や車の動きなどへの対応の可能性自体は考慮の外に置かれるべき」とする見解は,実務家から有力に指摘されていた17)。これは,立法当時における運転制御困難類型,特に進行制御困難高速度類型が,過失運転致死傷罪(現在)と量的にもっとも連続する類型であり,どこまでが過失で,どこからが制御困難類型危険運転致死傷罪なのかが類型的に不明確な部分があるので,前提となる危険行為(およびその認識)という部分で十分に絞りをかけた運用をしないと,過失運転致死傷罪を取り込みすぎることになる,との懸念を示す有力な見解18)とも呼応するものであるといえる。
すなわち,あえて標語的にいうのであれば,「具体的な道路の状況」に基づく判断に限定すべきであって,「具体的な交通の状況」との関係での進行制御困難という事態は,危険運転致死傷罪の想定する危険な運転ではない,とする見解が妥当してきたわけである。角度を変えてみれば,酩酊運転類型では,アルコール又は薬物の影響により「正常な運転が困難」な状態が規定されているのに対し,進行制御困難高速度類型では,あくまでも「その進行を制御することが困難」な高速度が規定されているという,条文上の文言の相違から,後者では,「具体的な交通の状況」との関係という判断要素は含まれないとの理解が導かれてきたといえる。

https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/record/2000746/files/0009-6296_129_6-7_521-549.pdf

「ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって,進路から逸脱させて事故を発生させると認められる速度での走行」という例が立法時に示されてますが、現に進路を逸脱させたことは必要条件ではないことは立法時の説明からもうかがえる。

 

けど、それをどうやって立証するか?という点で検察が「立証方法」を確立してなかっただけだと思うのよね。
あくまでも「道路の状況」に対する進行制御困難な高速度であることを立証しないといけないわけですが、それについて道筋を作ったのが大分地裁判決と考えられる。

① 本件道路は、高速道路ほどの平たん性が元々要求されていない一般道路である上、被告人車両が進行した区間は15年以上改修舗装歴がなく、特段の異状と目されず、補修を要しない程度であるとはいえ、わだち割れが本件交差点付近等に存在していたと推認できること(前記第2の2)、② 被告人車両が進行した第2車両通行帯の幅員は3.4mであるのに対し、被告人車両の幅は177cmであり、左右の余裕は81.5cmずつしかなかった上、同車両通行帯の右側は外側線・側帯がなく、中央分離帯の縁石に直接接していたこと(前記第2の1⑵⑷)、③ 一般的に、自動車は、速度が速くなると、揺れが大きくなり、運転者のハンドル操作の回数が多くなる傾向があり、かつ、自動車の速度が速くなる、あるいは、自動車を夜間に運転すると、運転者の視力が下がったり視野が狭くなったりする傾向があるところ、被告人は、夜間であり、付近がやや暗い本件道路において、法定最高速度の3倍以上の高速度で被告人車両を走行させたこと(前記第2の1⑴⑵、3、4)、④ 本件道路は、一般道路であり、道路構造・交通特性上、高速道路のような一定速度での円滑・連続的な通行を予定していない上、住宅街・工場地帯に所在し、右折・横断・転回車両や横断歩行者(自転車)、先行車両の減速・停止があり得る信号交差点、車道と直接接する歩道等が存在していたところ、本件当時、本件道路の中央分離帯より北側の車道を東進していた車両が被害者車両以外にも複数台存在したこと(前記第2の1⑴⑶)などを考慮すれば、被告人が前記のような高速度での被告人車両の走行を続ける場合、直線道路である本件道路であっても、路面状況から車体に大きな揺れが生じたり、見るべき対象物の見落としや発見の遅れ等が生じたりし、道路の形状や構造等も相まって、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスが起こり得ることは否定できない。

(中略)

これに対し、弁護人は、被告人車両は本件道路に沿って直進走行できていた旨主張し、被告人は、本件道路を含めた一般道路を時速170ないし180kmで走行したことが複数回あるが、その際、自動車が進路から逸脱したことも、ハンドルやブレーキの操作に支障が生じたことも、危険な思いをしたこともなかった旨供述する。しかし、現実には自車を進路から逸脱させることなく進行できた場合であっても、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度での走行である限り、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当することは、前記のとおりであるし、被告人の供述は、それまで一般道路において高速度走行をした際にハンドルやブレーキの操作ミスをしたことがなかった旨をいうものにすぎず、前記の評価を左右しない。

大分地裁 令和6年11月28日

轍という「道路の状況」、車線の幅と中央分離帯の位置という「道路の状況」、それに加え「時速194キロという異常な高速度自体が持つ視野の狭小」というのもある種の「状況」なわけで、この立証方法を応用すれば川口事故のような「狭路という状況」に対する進行制御困難性を立証できることになる。

 

ところでこの規定は「よって」として進行制御困難高速度と死傷に因果関係を求めている。

(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行いよって人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

問題になるのは、各号が想定する危険性が実現する(つまり2号でいうなら進路逸脱)ような特別な因果関係を求めているのか、それとも各号が規定する危険性の実現までは不要なのか?
これについては、法学者で見解が割れている。

 

とはいえ、各号が規定する危険性が実際に起きること(つまり進路逸脱が実際に起きること)を要求しているとすると、立法時に示した例と整合しない上に、静岡地裁沼津支部 平成27年7月16日判決は「内在する類型的な危険が直接の原因となって事故が生じた場合に限られると解すべき理由はない」とする。

 

時速194キロの大分地裁判決は「よって」に関する部分を以下のように説示する。

被告人において、前記危険運転行為の後、更に別個の交通法規違反行為が介在したという事情はなく、他方、被告人車両の速度超過の程度に照らし、被害者車両の右折進行態様が不適切・不相当であったともいえないから、本件事故は、被告人の運転行為の危険性が現実化したものであり、被告人の運転行為と本件事故との間には因果関係があるといえる

大分地裁 令和6年11月28日

2号が想定する具体的危険が「進路逸脱」にあるのは言うまでもないけど、処罰法2条柱書きにある「よって」とは各号が想定する具体的危険が実現する必要はなく、進行制御困難高速度と事故発生に因果関係があると言えれば足りると解釈している。

 

ただし「よって」の解釈は法学者で割れていて、高裁以上でどのように判断されるかはややビミョー。

 

ところで今回の報道をみると、「飲酒運転という判断/操作性が低下している前提」で、「一方通行道路の狭さ」を考えると時速125キロは進路を逸脱しかねない高速度だったと認定したものと思われる。
大分地裁判決で立証方法の道筋がついたのは評価できますが、進行制御困難高速度態様って「カーブの限界旋回速度」に固執した立証を繰り返してきた。
「限界旋回速度と進行制御困難高速度は別の概念」とした東京高裁判決が一つのターニングポイントになったと考えられるし、大分地裁判決も東京高裁判決を援用していることからもわかりますが、

「限界旋回速度」と「進行制御困難高速度」は必ずしも一致しない。
以前書いた件ですが、危険運転致死傷の進行制御困難高速度については、カーブの場合「限界旋回速度」(カーブを曲がりきれるギリギリのスピード)を上回っていたか?が争点になることが多い。(危険運転致死傷)第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負...

思うに、進行制御困難高速度態様は本来想定していた内容から歪められて(「狭められて」のほうが適切かも)運用されてきたのが、ようやく正しい方向に向かい出しただけなんじゃなかろうか。

 

立法時から「②ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって,進路から逸脱させて事故を発生させると認められる速度での走行」と例示されていたように、進路逸脱がなくても本号の罪が成立することは指摘されていたのに、いつの間にか歪められていたのよね。

 

ところで、「通行妨害目的」(4号)は否定されましたが、その理由は「被害車両を認識していなかったこと」だとする。

酒気帯び、125キロで一方通行を逆走 車に衝突し男性を死亡させる 埼玉・川口の逆走事故 危険運転認め、当時18歳の男に懲役9年 さいたま地裁「制御困難と判断」(埼玉新聞) - Yahoo!ニュース
埼玉県川口市で昨年9月、酒気を帯びた状態で一方通行道路を逆走し、車に衝突させて運転していた男性を死亡させたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死)と道交法違反(酒気帯び運転)の罪に問われた中国

つまりこのような態様においては未必的な認識(この場合の「認識」とは被害車両の認識てあり、通行妨害になりうるかとはちょっと違う)では足りないという判断と考えられる。

 

けど不思議なのは、いまだに名古屋高裁判決と大分地裁/さいたま地裁の判決の「違い」を理解してない解説を見かける点。
名古屋高裁判決は他の走行車両への対処困難性から否定され、大分地裁/さいたま地裁判決は「道路の状況」に対する制御困難性を認定した。
この違いを理解してないと、名古屋高裁判決と大分地裁判決が矛盾するように勘違いしてしまうけど、名古屋高裁判決がもし道路の状況を立証していたなら、話は変わるのよね。

 

正しく理解することが大事。

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