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「道路交通法違反」と「過失」の違い。

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以前書いた記事に質問を頂いたのですが、「道路交通法違反と過失は別」という概念がよくわからないと。

 

うーん…実例を挙げてみますね。
判例は広島高裁 令和3年9月16日、過失運転致傷罪の刑事訴訟です。

 

まず、過失運転致傷罪の要件はこれ。

(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠りよって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

「よって」としていることから「必要な注意」と「他人の死傷」に因果関係が必要になります。
逆にいえば「必要な注意」を怠ったとしてもそれが他人の死傷とは無関係であれば、過失運転致傷罪上は過失がなかったことになる。

 

では事案。

被告人はガソリンスタンドから歩道を横切り車道に進出する際に、一時停止せず徐行進行。
なお被告人からみて左側には高さ2.5mの壁があり、歩道左側は視認できません。

漠然進行した被告人車に、歩道を時速39.6キロで進行してきた被害者(自転車)と衝突した事案です。

 

歩道の直前で一時停止しなかったことは道路交通法17条2項に違反しますが、一審は一時停止義務違反を過失として有罪。

本件歩道手前で一時停止し,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,本件歩道手前で一時停止せず,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全確認不十分のまま漫然時速約5kmで進行した過失

ところが広島高裁は破棄します。

原判決は,その説示に照らし,本位的訴因の内容を⑴で当裁判所が理解したのと同様の趣旨で捉えた上でこれを是認し,そのとおりの犯罪事実を認定したものといえる。しかしながら,以下の理由からこの判断は是認することができない。

 

ア 被告人車両の進路に沿って本件ガソリンスタンド敷地内から本件歩道に進出しようとする場合,左方の見通しが不良であったことは原判決も説示するところである。4のとおり,本件においては,高さ2.5mの壁が本件ガソリンスタンド敷地の西端に南北方向に設けられ,本件ガソリンスタンド敷地と本件歩道との境界線上まで及んでいるのみならず,その北端付近には看板等も設置されている。加えて,被告人車両においては,車両先端からルームミラーまでの距離が約120cm,同じく運転席の背もたれまでの距離がおおよそ160cmであるから,本件歩道手前の地点に被告人車両を停止させた状態では,運転者である被告人は,本件歩道と本件ガソリンスタンドの境界線から1m以上手前(南側)の地点にいることになる。記録によれば,同地点からは,上記壁等遮へい物の存在により,本件歩道上の左方の状況については,視認することが困難な状況にあったものと認められる。
そうすると,被告人が仮に本件歩道手前の地点で一時停止をしても,左方から来るA自転車について視認することは困難であるから,本件歩道手前の地点で一時停止をして左右等の安全確認を行ったとしても,左方から来るA自転車を発見,視認して衝突回避措置を執ることはできなかったことになる。
したがって,本位的訴因において本件過失の根拠となる注意義務として行うべきとされた本件歩道手前の地点での一時停止及び左右等の安全確認措置は,本件事故の回避を可能ならしめる有効な措置とはいえず,本位的訴因における上記注意義務及びその違反は,被告人に過失責任を問うことのできないものであったといわざるを得ない。
原判決は,このような過失責任を問うことのできない注意義務を設定した本位的訴因をそのまま是認した点において,その事実認定は,論理則,経験則等に違反した不合理なものといわざるを得ない。

イ また,原判決は,本位的訴因における過失行為と本件結果との因果関係を肯定し,本件結果を本位的訴因における注意義務違反,つまり,本件歩道手前の地点における一時停止及び安全確認の各義務違反に帰責しているが,この判断についても是認することはできない。
すなわち,本件においては,上記のとおり,被告人には,本位的訴因に係る本件歩道手前の地点での一時停止義務及び安全確認義務を課すことはできず,本位的訴因における被告人の行為に,本件結果を帰責することは許されない。
また,仮に,被告人が,本位的訴因における本件歩道手前の地点での一時停止及び左右等の安全確認の各措置を執ったとしても,A自転車が左方から進行して来ることに気付くことができず,ひいては,本件結果を回避することができる有効な措置を執ることができなかったものと認められ,原判決は,当該各措置を履行したとしても,予見することも有効な回避措置を執ることもできないまま発生した結果を被告人に帰責するものであって是認することができない。
この点,原判決は,被告人が本件歩道手前の地点で一時停止をしていれば,被告人車両が本件衝突地点に到達する前にA自転車が同地点を通過し終えていることになるため,本件事故は発生しなかったことを指摘し,これを主たる根拠として,本件歩道手前の地点における一時停止及び安全確認義務違反と本件結果との因果関係を肯定している
しかしながら,上記のような理屈によって,本件において,被告人が本件歩道手前の地点に到達した時点で一時停止をしていたら,その分だけ本件衝突地点への到達が遅れ,本件結果を回避することができたとはいえるとしても,それゆえに,被告人に対し,本件歩道手前の地点での一時停止義務を課し,同義務違反と本件結果との間の因果関係を肯定することは許されない。
すなわち,本位的訴因にいう本件歩道手前の地点での一時停止義務は,飽くまで,本件歩道に進出するに当たって,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全を確認するために課されるものであり,本件歩道上を左方から進行して来る自転車等との本件衝突地点における衝突を避けるために本件衝突地点への到達を遅らせることを目的として課されるものではない。後者の目的のために本件歩道手前の地点での一時停止義務を課すのであれば,本件歩道上を左方から進行して来る自転車等がいつ本件衝突地点に到達するか予見可能である必要があるが,本件において,本件歩道手前の地点からは本件歩道上の左方の見通しが不良であるため,そのような予見は不可能であるから,後者の目的のために本件歩道手前の地点での一時停止義務を課すことはできないというべきである。また,原判決がいう理屈で本件歩道手前の地点での一時停止義務違反と本件結果との因果関係を肯定することは,結局のところ,一時停止により本件衝突地点への到達が遅れることによって時間差が生じ,偶然に結果を回避できた可能性を根拠として被告人に本件結果を帰責することになり,ひいては,A自転車が本件衝突地点に到達した時点がいつであったかという偶然の事情によって結論が左右されることになって,妥当性を欠く。

要はこれ、歩道の直前で一時停止しても壁によって歩道左側は視認できないのだから、一時停止義務を怠ったことと被害者がケガしたことの間には因果関係がないことになる。

過失運転致傷罪は「予見可能」で「回避可能」なものじゃないと成立しませんが、歩道の直前で一時停止しても歩道左側は視認できないのだから、被告人に「一時停止しろや」と言ったところで事故が起きるか起きないかは偶然のタイミングでしかないことになる。

 

これが「道路交通法違反」と「過失」は別という話。
一時停止しても事故を防ぐ有効な手段にはならないのだから、過失運転致傷罪でいう「よって」に当たらないわけ。

(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠りよって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

では無罪なのかというとそうではなくて、検察官が予備的訴因として追加した内容を認め有罪。

本件ガソリンスタンド敷地内からその北方に接する本件歩道を通過して本件車道へ向け進出するに当たり,本件ガソリンスタンドの出入口左方には壁や看板等が設置されていて左方の見通しが悪く,本件歩道を進行する自転車等の有無及びその安全を確認するのが困難であったから,本件歩道手前で一時停止した上,小刻みに停止・発進を繰り返すなどして,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,本件歩道手前で一時停止せず,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全確認不十分のまま漫然時速約4.2kmで進行した過失により,折から本件歩道を左から右へ向け進行して来たA(当時41歳)運転のA自転車に気付かず,A自転車右側に自車右前部を衝突させてAを路上に転倒させ,よって,Aに入院加療150日間を要する脊髄損傷等の傷害を負わせたものである。

 

広島高裁 令和3年9月16日

判決理由はこちら。

2⑴ まず,上記②本件結果についての予見可能性について検討する。本件歩道は普通自転車が通行可能とされていた上,本件現場は市街地に所在し,午後1時30分頃という本件事故発生の時間帯において交通頻繁であり,本件ガソリンスタンド敷地内から本件歩道へと進出しようとする被告人としては,特に本件歩道上の左方の見通しが不良であったことから,適切な安全確認措置を執らずに本件歩道に進出した場合,特に,左方から通行して来る自転車等と衝突し,その運転者等にけがをさせることについて,十分に予見可能であったと認められる。

⑵ そこで,上記①被告人の負っていた注意義務の内容について具体的に見ると,本件歩道手前の地点においては,本件歩道上の右方の確認は可能であるものの,左方の確認は困難である以上,上記の地点から,左方の視界が開ける地点(記録によれば,別紙図面1記載のⓅ地点と認められる。以下,この地点を「Ⓟ地点」という。)に至るまでの間,被告人は,目視によって左方の安全確認措置を執ることができないまま,自車を本件歩道に進出させていくほかない。このような状況にある被告人としては,左方から進行して来る自転車等との衝突を確実に回避しつつ本件歩道に進出するための注意義務として,検察官が予備的訴因において例示するように,小刻みに停止・発進を繰り返すなどして左右等,特に本件歩道上の左方の安全を確認しながらⓅ地点まで進行し,Ⓟ地点で左右等の安全を確認した上で進行すべき注意義務を負っていたものと認められる。
上記注意義務の履行は,本件歩道には自転車が通行すべき部分の指定(道路交通法63条の4第2項)もなく,また,本件歩道手前の地点では,左方から進行して来る自転車等が被告人車両の進出経路上のどの地点にいつ出現するか予見することが困難であることも踏まえると,より強く要請されていたものといえる。
したがって,上記の「小刻みに停止・発進を繰り返すなどして」の中には,当然に,まず本件歩道手前の地点において一時停止することが含まれるものと解される。また,その際歩道を通行する自転車等の有無及びその安全を確認するという歩道手前での一時停止の趣旨に鑑み,Ⓟ地点での一時停止及び安全確認をすることも上記の注意義務に含まれるものと解される。
予備的訴因における注意義務の内容は適切なものと認められ,本件記録によれば,被告人は,その注意義務を履行していないことが明らかであるから,被告人には,予備的訴因に係る注意義務(以下「本件注意義務」という。)に違反した過失が認められる。

⑶ また,上記③本件結果の回避可能性について見ると,記録によれば,Ⓟ地点からは左方も含めて本件歩道上の視界は良好なものであったと認められるから,被告人が,本件注意義務を履行していれば,被告人において,A自転車を含め,本件歩道を進行して来る自転車や歩行者との衝突を回避して進行することは十分に可能であったと認められる。
したがって,本件事故及びこれによって生じたAの傷害結果は,被告人が本件注意義務に違反した過失の危険が現実化したものといえるから,被告人による本件注意義務違反の過失との因果関係が認められる。

道路交通法上は「歩道の直前で一時停止」(17条2項)ですが、同義務を果たしてもこの事故は防げないのだから被告人の道路交通法違反と被害者のケガには因果関係がない。
しかし予備的に追加した「本件歩道手前で一時停止した上,小刻みに停止・発進を繰り返すなどして,本件歩道を通行する自転車等の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務」によると、この注意義務を果たしていればP地点において歩道の安全確認が可能になるのだから、事故回避が可能だったことになる。

そもそもの話として過失運転致死傷罪は「道路交通法違反」とは直接的には関係ない。
道路交通法違反の成否によって左右されないし、逆にいえば道路交通法違反があっても事故発生とは無関係なら無罪になる。
例えばこれ。

なぜ判決内容を改竄するのだろうか。
この人が判例を扱うと、なぜか内容が改竄されてしまう問題がありますが、今度は最高裁が示した信頼の原則(最高裁判所第二小法廷  昭和42年10月13日)の解説をしている。被告人は交通法規に則り適切な右折方法を採ったのだと繰り返し解説してますが、...

被告人に道路交通法違反があるのは明らかだし、最高裁も被告人に道路交通法違反が成立することを認めてますが、信頼の原則を適用して無罪。

 

で、道路交通法違反と過失の区別なんてリアルな生活ではつける必要がなくて、結局のところ「予見可能ならそれに応じた注意をしろ」というだけなのよね。
最終的に加害者になるか被害者になるかもわからないのだし。

 

とはいえ、なぜか道路交通法をゴールデンルールであるかのように力説する人もいるわけで、

道路交通取締法が自動車を操縦する者に対し特定の義務を課しその違反に対して罰則を規定したのは行政的に道路交通の安全を確保せんとする趣旨に出たもので刑法211条に規定する業務上の注意義務とは別個の見地に立脚したものであるから道路交通取締法又は同法に基づく命令に違反した事実がないからといって被告人に過失がないとはいえない。

 

東京高裁 昭和32年3月26日

単に目的が違うだけなのよ。
リアルな生活では、予見可能ならそれに応じた注意をしろというだけ。
歩道があったら歩行者や自転車が通行することは予見可能だし、見通しが悪いならそれに応じた注意を払えと。
まあ、歩道を39.6キロで爆走する自転車もどうかと思うけど、それと被告人の注意義務は別なんだよね。

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