ではこちらの件。

◯あらすじ
チャイルドシート不使用の状態で幼児を同乗させて運転中に赤信号無視した車両に突っ込まれて事故に遭った。
赤信号無視した車両側に損害賠償請求するのはもちろんだが、自車の自賠責保険からも支払われるか?
では回答編。
判例は東京地裁 平成24年6月12日。
自賠法の趣旨及び規定等にかんがみると,同法3条は,自動車の運行を原因とする人身事故の発生により損害が生じた場合に,民法の不法行為責任を前提とした上で,責任の主体を拡大して自動車の運行供用者にもその賠償責任を負わせることとしつつ(同条本文),不法行為責任における過失の主張立証責任を加害者の側に転換し,かつ,免責要件を更に付加すること(同条ただし書)によって損害賠償責任を加重したものと解される。したがって,同条ただし書所定の免責要件のうち『自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと』とは,過失の主張立証責任を転換し,不法行為責任における過失がないことを免責要件として定めたものであって(ただし,運行供用者の無過失も証明されない限り免責されない。),損害賠償責任の根拠となる運転者の過失の範囲を民法の不法行為責任よりも拡大したものではないと解するのが相当である。
そうすると,同条ただし書の『自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと』は,もっぱら損害拡大に関わる過失など,人身事故の発生と関わりのない過失が存在しないことまでを求めるものではなく(最高裁昭和48年6月21日第一小法廷判決・裁判集民事109号387頁参照),免責を主張する運行供用者は,『自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと』として,運行供用者及び運転者が人身事故の発生を回避するのに必要な自動車の運行に関する注意を怠らなかったこと,すなわち,人身事故の発生と因果関係のある自動車運行上の過失が存しなかったことを主張立証すれば足りるものと解するのが相当である(このように解することは,自賠法3条ただし書所定の免責要件事実のうち,ある要件事実の存否が事故発生と関係がない場合には,免責を受けようとする自動車の運行供用者は,当該要件事実が当該事故と関係がない旨を主張立証すれば足りるとされていること(最高裁昭和45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号40頁参照)とも整合する。)。対面信号機の青色灯火信号に従って甲車を運転していたB子は,乙車のように対面信号機の赤色灯火信号を看過して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予測して,本件交差点の手前で停止することができるように減速し,左右の安全を確認する注意義務を負わないものと解されるから(最高裁昭和45年10月29日第一小法廷判決・裁判集民事101号225頁,前掲最高裁昭和48年6月21日第一小法廷判決参照),B子が『自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと』,すなわち,B子に本件事故の発生と因果関係のある自動車運行上の過失がなかったことが証明されたといえる。
これに対し,Xは,チャイルドシート不使用の事実が存したことを理由として,B子は『自動車の運行に関し注意を怠らなかつた』とはいえないと主張するが,チャイルドシート不使用は,本件事故の発生,すなわち,乙車と甲車の衝突の原因となるものではないから,チャイルドシート不使用と本件事故の発生との間に因果関係は認められない。よって,チャイルドシート不使用の事実があっても,B子が『自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと』を認定する妨げとなるものではない。
そして,B子に本件事故の発生と因果関係のある自動車運行上の過失がない以上,運行供用者であるA郎も『自動車の運行に関し注意を怠らなかつた』というべきである。東京地裁 平成24年6月12日
結論としては、自車の自賠責保険からは支払われない。
自賠法は「運行に関し」注意を怠らなかったことを以て賠償責任から免除するとしてますが、
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
自賠法3条の「注意」とは事故発生に伴う過失の話でして、チャイルドシート不使用は事故の発生には関係ないのよね。
チャイルドシート不使用が発生した事故の損害拡大になるとしても、チャイルドシートを使っていたとしても衝突は回避できないのだから。
赤信号無視した乙車との関係では、乙車の運行供用者責任(自賠法)と民法の賠償責任が生じてますが、民法の過失相殺には「損害拡大防止義務違反」も含まれるのだから、対乙車の関係では甲車の過失が認定され1割の過失相殺がなされている。
しかし今回は「自賠法上の」過失、つまり「運行に関し」衝突を回避できたかどうかという観点での話になるため、相手方との関係で過失相殺されたことと、自賠法上の過失は別問題になるわけよ。
このあたりの整理がつかないまま「過失」という概念を考えたらわからない。
そもそも違反と過失は別問題なんだし。
なお、本件に引用された最高裁判例は以下。
原審の確定するところによれば、被上告会社の運転手Dは、昭和三八年七月二二日午前二時一〇分ごろ、被上告会社がタクシー営業に供していた自動車を運転して、大阪市東区a町付近を南北に通じる国道(通称E)を時速六〇キロメートルで北進し、同町b丁目c番地先の東西に通じるa町通との交差点にさしかかつた際、同交差点の手前数十メートル(少なくとも二五メートル)のところで信号機の対面信号が赤から青に変つたのを現認し、同交差点の直前で一応左右の道路を見たが東西方向から進入する車両を発見しなかつたので、従前の速度のまま同交差点に進入したところ、信号機の東西方向の信号が赤であるのにかかわらずF(第一審共同被告)の運転する自動車が西方から突入してくるのを左前方至近距離で発見したが、避譲措置をとるいとまもなく、同車のため自車の左側部に衝突され、同乗していた上告人が受傷したのであつて、Dが時速四〇キロメートルの制限速度を守つておれば、Fの自動車をもつと早く発見できたか、または、発見後に衝突回避のための適切な措置をとることができたと認められるような状況ではなく、右速度違反と本件衝突事故との間には因果関係はなかつた、というのである。そして、右の原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係に照らして、肯認することができる。
おもうに、本件交差点のように信号機の表示する信号により交通整理が行なわれている場合には、同所を通過する者は、互いにその信号に従わなければならないのであるから、交差点を直進する車両の運転者は、特別な事情のないかぎり、信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想して、交差点の手前で停止できるように減速し、左右の安全を確認すべき注意義務は負わないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年(オ)第九八〇号同四五年一〇月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一〇一号二二五頁参照)。したがつて、本件における前記の事実関係のもとにおいては、Dには本件事故につき過失はなく、本件事故はもつぱらFの過失に起因したものであることが明らかである。もつとも、Dには道路交通法六八条に違反して走行していた事実が認められるが、その速度違反と本件事故との間には因果関係はなかつたというのであるから、この点は右の結論になんら影響を及ぼすものではない。最高裁判所第一小法廷 昭和48年6月21日
※当時の道路交通法68条は最高速度遵守義務
要はこれ、最高速度遵守義務違反と事故の発生には因果関係がなく、最高速度を遵守していたとしても事故の回避ができなかったと考えられるなら、「違反はあるけど過失はない」になる。
最高速度を遵守していたとしても事故発生する関係なら、速度超過と事故発生に因果関係がないのは当然。
そのような場合、自賠法3条でいう「運行に関し注意を怠らなかった」になるのだから、運行供用者責任が否定され、自賠責保険から支払われない(赤信号無視側の自賠責保険から支払われるのは当然ですが)。
ところで、相手との関係においても「自らの違反行為」が事故発生に無関係で、しかも損害拡大防止義務違反にもならない(違反がなければ被害の程度が小さかった)のであれば、過失とはならない。
一例を挙げます。

渋滞停止車両の隙間から優先道路を横切ろうとしたところ、優先道路を時速約50キロで進行してきた車両と衝突。
なお、優先道路通行車は10キロの速度超過になります。
これについて、過失割合はこのように認定。
| 優先道路通行車 | 非優先道路通行車 |
| 0 | 100 |
原告車は、最高速度が時速40キロに制限されているのに、これに違反し、時速50キロ余りで走行していた。また、反対車線が渋滞していることを認識していたために、進路右側の見通しは非常に悪かったが、進行している南北道路に交差する道路が存在すること自体は認識していた上、左側を注意してみれば交差する道路の存在を認識し得る状態にあったのであり、しかも、交差道路があれば、そこから急に飛び出してくる車両等が出てくる可能性があることは認識していた。上記のような道路状況からすれば、原告としては、反対車線の渋滞により右方の交差道路及びそこから本件交差点に進入してくる車両等の発見が難しいのであるから、交差道路から本件交差点に進入してくる車両との衝突を避けるため、交差道路を見落とさないために十分に前方注視して進行すべきであった。また、少なくとも最高速度である時速40キロ以内の速度で走行するべきであった。
しかし、上記認定のとおり、被告車は、別紙見取図②の位置からアクセルを踏んで急いで同③の位置まで進行して、本件事故を発生させたのであるから、被告車は、原告車が本件交差点の直近に迫った時点で、それを見落として突然原告車の前に現れたものということができる。そうであるとすれば、原告が、仮に、②の位置に停車している被告車を認識したとしても、そのような状況で被告車が停止しているのであるから、当然、被告車は、原告車が通過するまで停止し続けてくれるものと考えて、そのまま進行して本件交差点を通過しようとするのが自然な状況であるといえる。そうすると、原告が左方を注視して交差点の発見をすることまではしなかった点は、本件事故の発生には何の影響も与えなかった(交差点を発見しても、原告は、被告車が停止し続けることを当然期待してそのまま進行したものと考えられる。)というべきである。したがって、本件事故の発生につき原告には、過失相殺をされるほどの過失まではなかったと認めるのが相当である。なお、原告車が時速50キロ余りで走行していた点は明らかに道路交通法違反ではあるものの、被告車が突然北行き車線に進入したことからすれば、仮に、原告車が時速40キロで走行していたとしても本件事故の発生を回避することはできなかったと考えられるし、時速40キロであれば原告の受傷がどの程度軽くなったかも明らかではないから、過失相殺をするのは相当ではない。
名古屋地裁 平成23年8月19日
「原告車が時速40キロで走行していたとしても本件事故の発生を回避することはできなかったと考えられるし、時速40キロであれば原告の受傷がどの程度軽くなったかも明らかではないから、過失相殺をするのは相当ではない」とするように、速度超過の違反が事故発生には関係せず、しかも損害拡大防止義務の観点でも速度超過が寄与したとも言い難いから無過失を認定している。
以前「違反と過失は別」と書きましたが、これがわからないと刑事も民事も判決文の意味がわからなくなる。
逆に「違反はなくても過失はある」という状況も理解できなくなる。
ところで、このように速度超過があるのに無過失になった判例をみて「速度超過してもいい」にはならないですよね。
道路交通法違反なことはもちろんだし、「速度超過がなければ事故発生を回避できた」と判断されたなら過失になるのだから。
「事故発生と速度超過に因果関係がない」と判断されたのはたまたまとも言える。
民事はかなり複雑なので法律に詳しくない人が立ち入る領域ではないのですが、素人は事故防止に全力を注ぐべきで、事後処理はプロに任せたほうが無難なのはそういう理由。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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