ロードバイクが事故当事者をなっている民事訴訟の判例を見ていると、たまに見かける主張があります。
ロードバイクはブレーキの性能が車よりも低くく効きが弱いため、ブレーキを掛けても事故を回避できた可能性は低く、ブレーキを掛けなかった判断は正しい。
ざっくり言うとこんな主張。
前から疑問視してまして。
墓穴感
もちろん判決文の中にある「自転車の主張」なので、訴状や準備書面で主張した内容とはニュアンスが違うのかもしれません。
確かに下手にブレーキを掛けないほうがいい場面はあるにせよ、民事って予見義務違反と回避義務違反を争っているわけですよ。
ブレーキの能力として、車より劣るということは理解できるんだけど、裁判官がロードバイク乗りという確率はかなり低いかと。
一般人の感覚で言うなら、
ブレーキ性能が低いと知ってるなら。
これが正論、ですよね。
ブレーキ性能低いと自覚しているのに、なんでお前はかっ飛ばして事故を起こしたのよ?となるだけのこと。
制限速度40キロの道路で時速39キロでかっ飛ばしても「制限速度としては」違反にはならないけど、ショボいライトしか付けてない中で夜間走行して事故ったら普通に注意義務違反だと責められるのがオチなのと一緒。
視認できる範囲内で安全確保しながら乗らないといけないのは当たり前だから。
訴訟相手に絶好の反論機会を与えただけにしか思えないのね。
墓穴感溢れる主張にしか見えなくて。
なんかさ、「最大限回避義務を果たした」みたいな方向に主張しないと、心証もよろしくないように感じてまして。
もちろん、主張した趣旨と、裁判官の受け取りに差がある場合もあるとはいえ、なぜ墓穴感溢れる主張をしてしまうのかなと。
判例の価値
過去にいくつか判例を挙げてますが、道路交通法の解釈としてはおかしな判例なんて別に珍しいことではありません。
例えばこちら。
横浜地裁 令和元年10月17日は横断歩道を横断しようとする自転車に38条1項前段の減速徐行義務違反を認めている。
大阪地裁 平成30年8月31日は横断歩道を横断する自転車に対し、38条1項後段の一時停止義務違反を認めている。
こちらの東京地裁平成29年7月5日については、読んだ限りは38条2項の義務違反には当たらない。
名古屋地裁 令和元年8月2日は、自転車に対し27条追い付かれた車両の義務がある前提で判示されている(地裁ですが控訴審です)。
他にも自転車に対し27条の義務がある前提で判示されている判例はあります。
それこそ名古屋地裁平成23年10月7日なんて、歩道を通行する自転車について38条の義務があるかのようになっていますが、この判例についてはまだ良心的かと。
これについては、自転車側が38条の概念を歩道にも適用すべきと主張したからこうなっただけのこと。
車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(横断歩道等)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(歩行者等)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前で停止することができるような速度で進行しなければならないし、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない(道路交通法38条1項)。車両が路外から歩道に進入して車道に出る際に歩道に接近する場合にも、同様のことがいえるというべきであるから、このような場合、車両の運転者は、当該歩道を通過する際に当該歩道を進行しようとする歩行者又は自転車(歩行者等)がないことが明らかな場合を除き、当該歩道の直前で停止できるような速度で進行しなければならないし、当該歩道を進行しようとする歩行者等があるときは、当該歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
それにもかかわらず、被告は、本件歩道に進入するに際し、本件歩道の前で一時停止したものの、被告車の進路前方にある本件歩道を進行する歩行者等への注意、特に右側から進行してくる歩行者等への注意を怠り、右側から進行してくる原告自転車に気がつかないまま本件歩道に進入した結果、原告自転車の左側面に被告車を衝突させたものであり、本件事故の発生につき、被告には、路外から歩道に進入するに際し歩道上を進行する歩行者や自転車に注意し、その進路を妨害しないようにすべき義務に違反した過失がある。
名古屋地裁平成23年10月7日
こちらで挙げた判例なんて、神戸地裁 平成9年10月28日は信号機の灯火は38条1項の注意義務に影響を及ぼさないなどと大胆な見解を判示してますし、名古屋地裁 平成9年12月24日も同旨の判示になっています。
要はこういう判例って、広い意味での注意義務違反について道路交通法の概念を流用しているだけなのと、そもそも双方の主張がそうなっているだけの場合も。
横浜地裁の判例については、読んだ限りは双方ともに「自転車が横断歩道を横断しようとしていたら減速徐行する義務がある」ことは認めていて、車の主張は「自転車が横断しようとする予兆がなかったから減速義務がなかった」と主張している。
大阪地裁の判例については、双方ともに38条1項後段の義務があることは認めている。
27条の名古屋地裁判例(控訴審)については、双方の主張はこれ。
・一審原告(自転車の主張)
第1審原告は、被告車に追いつかれた際、被告車との接触を避けるため、原告車を本件外側線上(車道の左端)に寄せて被告車に進路を譲ることにより(道交法27条2項)、結果回避義務を尽くしたのであるから、過失はない。
・一審被告(後続車の主張)
最高速度が高い被告車に追いつかれた原告車は、できる限り本件道路の左側端に寄って被告車に進路を譲らなければならない(道交法27条2項)。本件道路の左側端に溝や段差があるために自転車である原告車が被告車と並走することが困難な状況の下では、第1審原告は、被告車に進路を譲るためできる限り左側端に寄って一時停止すべき義務があった。
裁判所の判示はこれ。
第1審被告は、原告車との間に安全な側方間隔を保持することができない状態で本件追い抜きを開始したのであるから、第1審被告には、安全運転義務違反の過失が認められる。
これに対し、第1審被告らは、被告車に追いつかれた原告車は道交法27条2項に基づいて避譲義務を負うところ、本件においては第1審原告に一時停止義務が課さられていたというべきであるから、第1審原告が一時停止義務に反して走行を続けていた以上は、同行の反対解釈により第1審被告が本件追い抜きを行うことも許され、第1審被告に過失はない旨主張する。
確かに、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ道路の中央との間にその追いついた車両が通行する十分な余地がない場合においては、追いつかれた車両に進路を譲らなければならない。(道交法27条2項)。しかしながら、追いつかれた車両が進路を譲る義務を負うのは、道路の左側部分に進路を譲る余地があることが前提であり、何らかの障害によって道路の左側端に寄ることができない場合には、本件外側線の幅約20cmを含めても80cmしかなく、本件路側帯の幅員から本件外側線の幅(約20cm)及び本件外側線の外側(左側)から本件段差までの幅(約15㎝)を除くと、側溝の縁の部分を含めて約45cmの幅しかないことを考慮すると、本件路側帯は自転車の走行には適さない状況であったと認められる。第1審原告は、前記1認定のとおり、被告車の接近に気付いて本件外側線場まで原告車を寄せており、さらに本来自転車の走行には適さない本件路側帯に進入することにより、被告車に進路を譲る義務を果たしているといえる。また、本件事故現場(上り勾配で、しかも緩やかに左にカーブしており、本件路側帯は本来自転車の走行には適さない状況であった)及び自転車は減速するとふらつく危険性があることなどを考慮すると、本件事故現場付近において、原告車が被告車に進路を譲るため、安全に一時停止することは困難であったと認められる。したがって、第1審原告が、道交法27条2項に基づく避譲義務の一環として一時停止義務を負うとは認められない。
名古屋地裁 令和元年8月2日
双方が27条の義務があること自体は認めていて、義務を果たしたかどうか?が争点。
判決文を読む限りでは、27条違反の言い出しっぺは一審被告。
(控訴人、被控訴人となっていない理由は、双方が控訴したからです。双方が控訴人兼被控訴人ですから。)
要は何を主張したか次第で争点が変わるし、双方が認めているならそのまんまだし。
さらにいうと、民事の注意義務違反って道路交通法の概念を流用して広く捉えること自体は珍しくもないわけで、法律解釈論とはズレるものは多々あります。
27条の判例にしても、要は車が自転車を追い抜きした際に至近距離になって並走状態になった以上、自転車側にも事故回避義務があるわけで、それを27条と称しているに過ぎない。
こういうことが普通にあるわけで、道路交通法の解釈論としては無意味な判例も普通にあるわけで、それを理解していないと脊髄反射する結果になる。
民事の注意義務違反ってかなり広いので、道路交通法のみを争っているわけではないことを理解していないと間違います。
こういうのって、控訴して「原判決は道路交通法解釈を誤っている」とか主張しても、あんまり意味はないのです。
どうせ正式な法律解釈とは違うことを認めた上で、注意義務違反だから過失割合は変わらないと棄却されるのがオチだから。
自転車乗りの立場でこういう判例をどう見ていくべきなのか?というと、要は民事上の注意義務違反をどこまで認定しているか?という点。
以前も挙げたこれなんて、
純粋に道路交通法のみで検討したら、車道を普通に走っているロードバイクと、歩道からノールック車道降臨逆走横断する自転車の違反の程度は比べるまでもない。
けど民事上は「予見可能だから回避義務があった」として50:50とかにしてくるわけで。
こういうのを知っていれば、気をつけるべき点も変わるし。
刑事責任と民事責任は根本的に違う上、道路交通法の解釈をやたら広げて判示しているものなんて珍しくもない。
なので民事の場合は特にですが、双方の主張がどうなっていての結論なのかきちんと確認してから意味を考えたほうがよいです。
逆に言うと、判決文の「双方の主張」がザックリし過ぎていてよくわからない判例については、参考程度に考えるべき。
世の中にはいろんな判例があって、いわゆるトンデモ判決というものは普通にあります。
三鷹バス痴漢冤罪事件では左手でつり革を握り右手で携帯電話を操作していた状況について、「容易ではないけれども、それが不可能とか著しく困難とまでは言えない」として有罪にしました(後に東京高裁で無罪)。
推定有罪という斬新な考え方を披露した東京地裁立川支部の裁判官。
名古屋地裁岡崎支部で有名な「青い鳥判決」は、長年DVに悩んでいた離婚訴訟について、なんだかよくわからない話をして請求棄却しました。
以上は要するに、ゲマインシャフト的な生き方をゲゼルシャフト的な行動しか知らない被告に要求しようとした原告にも性急な面があると言わざるを得ない。
現在原告と被告との婚姻関係はこれを継続することが困難な事情にあるが、なお被告は本件離婚に反対しており、原告に帰ってきてほしい旨懇願しているのであって、原告と被告は子供達がそれぞれ独立した現在老後を迎えるべく転換期に来ていると言えるところ、被告が前記反省すべき点を充分反省すれば、いまなお原告との婚姻生活の継続は可能と考えられるから、原告と被告、殊に被告に対して最後の機会を与え、二人して何処を探しても見つからなかった青い鳥を身近に探すべく、じっくり腰を据えて真剣に気長に話し合うよう、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認め(民法第770条第2項参照)、本訴離婚の請求を棄却する次第である。
平成3年9月20日 名古屋地裁岡崎支部
何かに酔いしれた裁判官が「二人で青い鳥を探せ」と判示しています。
なんだかよくわからない判例なんていくらでもあるわけで、「裁判所が認めたから」なんて観点でしかみないのは論外だし、中身を見て双方の主張や判決の理由を見て、意味があるのかないのか判断したほうがよろしいかと。
いやー、私自身はまともな裁判官に当たって本当に良かった笑。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント