ちょっと前にも書いた件。
読者様から質問を頂きました。
警察庁の考え方
道路交通法ハンドブックは警察庁交通企画課が著者ですが、結論から言いますと、自転車を追い越しする際に期待可能性がどうのこうのなんて一言も書いてないです。
もちろん、自転車や小型特殊なら例外があるなんてことも書いてありません。
そもそも、「追いつかれた車両の義務との関係」なんてことも書いてありません。
なので、あくまでも執務資料オリジナルの考え方なんだと考えたほうがいいですよ。
同様の見解に立つ解説書なども見たことはありません。
ハミ禁と判例
執務資料の内容、そもそも軽車両が追いつかれた車両の義務の対象だと解釈している時点で前提が間違っているのですが、イエローのセンターライン(右側部分はみ出し追い越し禁止)については過去様々な方々が以下のように主張してますが、全員一蹴されてます。
判例 | 内容 | 裁判所の判断 |
大阪高裁 S53.6.20 | 低速の先行車両が先に行くように指示して道を譲つてくれたため同車を追越すため道路右側部分に進出して進行 | 加罰的違法性がないとの主張を退け有罪 |
東京高裁 S51.11.25 | 路上駐車と路上駐車の20m間を左側に戻らず右側を進行 | 期待可能性がないとの主張を退け有罪 |
豊島簡裁 S58.6.3 | 見通しがよい場所でノロノロ運転の先行車を追い越し | 公安委員会の規制が違法とは言えないとして有罪 |
東京高裁 S59.9.10 | 極度に速度が遅い前車を見通しがよく対向車もいない状況で追い越し(検挙した警察官も「何ら危険がなかったと認めている」) | 公安委員会の規制が違法とは言えないとして有罪 |
ハミ禁本来の趣旨は、対向車の存在など具体的危険の有無にかかわらず右側通行を禁じているわけで、例外的に認められるのは以下のみ。
・駐停車車両
・歩行者との安全間隔
要は「停止状態もしくはほぼ停止状態に近い歩行者速度」をかわすために最小限の長さ(右側進出範囲)のみ右側通行を認めていると解釈される。
進行中の車両を追い越しするにはそれなりの「長さ」を右側通行するわけで、具体的危険の有無にかかわらず右側通行を禁じている趣旨とは合わない。
道路交通法の判例上、信頼の原則が働く場合を除けば「円滑>安全」になることはなく、基本は「安全>円滑」。
判例を見ても、可罰的違法性や期待可能性で無罪になるとは到底思えないし、現場の警察官が実情から黙認しているだけ、もしくは現場の警察官の裁量の問題でしかないのよね。
具体的危険性の有無にかかわらず、ハミ禁追い越しを一律で禁じてますから。
いきなり現れた軽四が暴走、あわや巻き込まれる寸前でした😵
整備工場出てからどこにも映ってないんだけど、一体どこから暴走してきたのか謎😱 pic.twitter.com/G3FNCru5bT— NOG (@ngmjn) January 19, 2023
道路交通法と期待可能性の判例をみても、他に適法行為に出る余地がある場合には期待可能性の主張は退けられてます。
次に「期待可能性がないから無罪」と主張した判例をいくつか見ていきます。
期待可能性の判例
こちらでも挙げましたが、
道路交通法違反の判例って、「期待可能性がない」と主張しているものがまあまあ多いのですが、判例タイムズの論文によると「期待可能性がないとして無罪を言い渡した判例」はそもそも構成要件該当性で無罪になるものだと指摘しています。
内容 | 判タの論文 | |
佐世保簡裁S33.3.14 | 信号無視について期待可能性から無罪 | そもそも信号無視ではない(構成要件該当性から無罪) |
名古屋高裁金沢支部S39.7.21 | 失神状態における事故報告義務について期待可能性から無罪 | 失神してるのだから故意がない(構成要件該当性から無罪) |
名古屋高裁S35.8.31 | 積載量違反について期待可能性の減軽 | 刑法38条3項但し書きを適用すべき |
古い判例で、定員オーバー(定員42名のところ65名乗車)のバスが雪道で自転車を追い越しする際に失敗し、バスを排水路に転落させた事故があります。
死亡者11名、負傷者36名という大惨事で当然「業務上過失致死」に問われるわけですが、同時に「道路交通取締法違反(定員オーバー)」も問われ、定員オーバーについて「期待可能性がない」と主張した判例があります。
弁護人は原判示第一事実につき、被告人が敢て定員を超える人員の乗車を認容した所以のものは、本件の乗合自動車が所謂通勤車であるところ沿線各地より福井市内へ急ぐ乗客が踵を接し、しかもこれらの乗客は乗車の余地ある限り競つて乗車しようと試みるため、被告人は定員超過の客の乗車を拒絶し得なかつたものであつて、此のことは何人が被告人の立場におかれても同様であり被告人には期待可能性がなく、その刑事責任は阻却されるべきであると主張する。
原審証人Cに対する尋問調書の記載及び原審第十三回公判調書中被告人の供述記載を綜合すれば所論のとおり、当日は一般通勤着の外に材木市場へ急ぐ材木商及び高等学校入学受験の中学生などが若干乗車した事実はこれを認めることができるのであるけれども、右のような臨時に乗客の増加すべき場合には乗合自動車運送事業を営むA株式会社は臨時に予備車の配車増発等適宜の措置をとり、以て旅客の運送に支障なからしむべきものであると共に、運転着たる被告人も亦危険防止のため自ら又は車掌に指示して定員を超過する客の乗車は、すべからく之を制限すべく、且つ本件の場合においては之を制限し得べかりしものである。
乗客中には受験、入院等緊急の用件のため乗車を求めるものもあり得べく、極めて僅少の定員超過を理由に、これらの者の乗車を拒否することの非常識なることは当裁判所においても、もとより知らない訳ではない。併し乍ら如何なる場合においても、これがため交通事故を発生せしめ、又は他の原因より発生した事故に際し、定員超過の故により多数の犠牲者を生ぜしめる程度迄、定員を超える人員を乗車せしめることの非なるは謂うまでもないところであり、本件の場合は、まさにこの後段の場合に該当すること原判決挙示にかかる原判示第二事実関係各証拠により明白であり、かかる危険は決して事前に予測し得なかつた訳てなかつたことも亦これらの資料によつて、これを看取するに足るのである。所論の事情は未だ以て、被告人に対し右定員超過を制限すべき義務を期待することができないものとなすに足らぬのであつて、論旨は採用することができない。
名古屋高裁金沢支部 昭和33年5月15日
みんなガンガン乗ってくるしバス運転手は拒めないし期待可能性がないと主張してますが、臨時で乗客が増える事情があるのをわかっていたなら臨時バスを出せや!ということで道路交通取締法違反も成立するとしています。
期待可能性がないと主張した判例は他にもあります。
判例 | 内容 | 結果 |
東京高裁S46.5.24 | 急病人搬送のため無免許運転 | 有罪 |
帯広簡裁S33.1.31 | 自衛官が上司の命令で駐停車禁止違反 | 緊急避難で無罪 |
浦和地裁越谷支部S35.3.22 | 軍人上がりの上司の命令で無免許飲酒運転事故 | 有罪 |
東京地裁S45.4.27 | 先天性脳性小児麻痺により欠格事項に当たるとして免許を取得拒否された者が仕事のため無免許運転 | 有罪 |
あとは「事故報告義務」に関する判例もいくつかあります。
その他では、先行する大型車の積荷が落下しそうだとして右側通行した判例でも「期待可能性がない」と主張されていますが、車間距離を開ければ済む問題だし、他に適法行為を行えるのだから期待可能性がないとの主張を退けています。
弁護人は、被告人の本件右側通行行為は、被告人と同方向に進行する大型貨物自動車が、鉄管を車体後方に突出して積載し先行したものであるが、路面の凹凸のためバウンドしてその積荷が落下する危険があつたため、已むを得ずなしたものであり、被告人には本件行為に際し他の適法行為に出づることを期待し得ないものであるから、被告人の本件行為は、(一)、道路交通法17条4項3号にいう「その他の障害により当該道路の左側部分を通行することができない」場合であつて、同条3項の除外事由にあたるから罪とならない。(二)、かりに、右除外事由にあたらないとしても、緊急避難として適法な行為であり、(三)、緊急避難にあたらないとしても、期待可能性がなく、責任が阻却されるから、無罪の判決を求めると主張する。
(中略)
大型貨物自動車(以下先行車という。)が、鉄管を車体の後方に約1mないし2m突出して積載して進行し、被告人は右先行車および先行車に約30m追随しており、被告人運転の車輛の左側には乗合自動車が並進し、右地点から北方近距離には信号機が設置され、これにより交通整理が行われている交差点があり、本件行為当時右信号機は南北方向に止まれ(赤)を表示しており、道路右側部分を反対方向から来る対向車がなかつたことが認められるが
(一) 道路交通法26条1項によると、車輛等は同一進路を進行している先行車が急に停止したときにおいても、これに追突するのを避けることができるため必要な距離を保たなければならないと規定しているのであるから、同法17条4項3号にいう「その他の障害」とは、駐車中の車輛または故障のため運転不能の車輛等をいい、進行中の先行車や、先行車の直前を進行する車輛の積荷落下の虞れある場合は、これを含まないものと解するのが相当であるから、被告人の本件行為は同条3項の除外事由にあたらないものといわなければならない。
(中略)
かりに右のような危難が切迫していたとしても、被告人は停止または徐行して、先行車ひいては先行車との間に必要な車間距離をとつて、右危難を容易に避けることができたものといわなければならないから、被告人の本件行為を緊急避難ということはできない。
(三) 被告人が本件行為に際し、他の適法行為を行うことができることは右に説示したとおりであるから、被告人に他に適法行為に出づる期待可能性がなかつたものということはできない。
大阪簡裁 昭和41年3月5日
信頼の原則が働く場合を除けば、「円滑>安全」になった判例があるのかすら疑わしい。
他に適法行為に出る余地がある場合には「期待可能性がない」と主張したところで一蹴されるわけですが、ハミ禁だから低速の自転車に追従することが難しいことなのか?と聞かれると…無理があるようにしか思えず。
なお、「○✕を運転者に期待することはできない」みたいに書いてある判例もありますが、それが必ずしも期待可能性に関する判例ではないことも指摘されています。
なお、最高裁は期待可能性について否定的です。
基本「ムリ」としか
現実問題として、自転車を追い越しする際にハミ禁を越えたとしても、対向車など具体的危険がない限りは取り締まりしてないはず。
けど、仮に切符切られて納得いかずに争ったところで、期待可能性から無罪は厳しい。
というより、ムリでしょう。
あくまでも執務資料オリジナルの考え方なんだと考えたほうがいいですが、期待可能性のように法に規定されてない「超法規的違法性阻却事由」は裁判所が判断する問題。
判例もないまま期待可能性がどうのこうのということにも疑問があります。
ちなみに東京高裁 S59.9.10判決では超低速の先行車をハミ禁規制を越えて追い越しして有罪ですが、本来、ハミ禁規制は長距離にならないように設定するものみたいな内容が含まれています。
追い越し可能な場所を途中に設けるものだと。
実際のところ、現在の「交通規制基準」でも3キロ程度を限度にしろとしてますが、「但し書き」があるのであまり意味がない。
おおむね3キロメ-トルを限度に道路交通状況に見合った必要な規制区間とすること。ただし、本規制の実施基準に該当する区間が連続していて追越しに必要な距離を確保できない道路の区間及び非分離2車線の高速自動車国道等についてはこの限りではない。
本来の制度設計は、こうなんだと思う。
・ハミ禁解除区間(追い越し可能区間)を所々設ける
この判例では15キロ以上もハミ禁規制を敷いたこと自体が違法なんだと主張してますが、長距離のハミ禁にした理由を見ても、やはり期待可能性がどうのこうのとかもムリだと思う。
時速10キロ程度の自転車をそのまま追従することが「期待不可能」ということにも疑問があるし。
あともう1つ。
ハミ禁は昭和46年改正で誕生してますが、同改正では路側帯が新たに規定され、自転車(軽車両)は路側帯を左右関係なく通行可能になってます(現在は左側のみ)。
路側帯右側通行の自転車と、車道ハミ禁規制左側を通行するクルマの関係を考えたときに、自転車(軽車両)との側方間隔を確保するためにハミ禁を越えることはどのような理屈から解決するのか不思議。
路側帯とは言え、自転車の走行状態は「その他障害」には該当しないわけだし。
路側帯が狭い道路では法律上解決できない問題が勃発するような気がしますが、根本的に法が不備なだけなんじゃないかとすら思う。
けど実際のところ、取り締まり対象にはしてないようだし、自転車乗りからすれば関係ない話。
取り締まり対象にはしてないけど、仮に切符切られたら争うだけムダかと思いますが、判例も何も反則制度の範疇なので、警察官が切符切らない限りは争えない。
なので判例になりようもない笑。
単に警察官が黙認しているだけ、と考えたほうが良さそうです。
いろいろ見ていく範囲では、期待可能性がないとの理論は疑わしいです。
どちらにせよ、現状では「単に警察官が黙認しているだけ」としか捉えることはできません。
ネット上でいくつか調べてみると、執務資料の理論である「はみ出し禁止では自転車は一時停止して避譲義務を果たさなければならない」と信じている書き込みも散見されますが、そもそも「はみ出し禁止だから自転車は一時停止して後続車を先行させる理論」自体が間違ってますし、ちょっと無理がある。
避譲義務については、法改正の歴史、他条の変遷など総合的に考えると、加速禁止と左側端に寄ること以上は求めてないと考えられます。
ちなみにこの記事に、長々と執務資料を引用した方。
以前に極めて失礼なメールの返事してきた方ですね。
都合良すぎでしょ。
余裕でバレてますよ笑。
以前メールしてきたときもヤバい奴としか思ってませんでしたが、わざわざ名前変えて登場しなくても。
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