ちょっと前に読者様から質問を頂いていたのですが、詳しい内情はわからないので「たぶん」として回答します。
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/nenkan/050302R04nenkan.pdf
以前管理人さんが書いていた記事だと他の違反に該当するときは安全運転義務違反ではなく他の具体的規定を適用するはずだと思うのですが、解説していただけませんか?
安全運転義務違反を適用する理由
まず、
これはその通り。
安全運転義務違反は、あくまでも他の具体的規定ではまかないきれない部分を補完する目的で定めているため、他条の違反が成立するときに安全運転義務違反を適用すると違法です。
しかしながら、道路交通法70条のいわゆる安全運転義務は、同法の他の各条に定められている運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられたものであり、同法70条違反の罪の規定と右各条の義務違反の罪の規定との関係は、いわゆる法条競合にあたるものと解するのが相当である。したがつて、右各条の義務違反の罪が成立する場合には、その行為が同時に右70条違反の罪の構成要件に該当しても、同条違反の罪は成立しないものと解するのが相当である
最高裁判所第二小法廷 昭和46年5月13日
なので63条の4第2項の違反が成立するときに安全運転義務違反(70条)を適用することは問題があります。
で。
63条の4第2項って故意の処罰規定しかなく、過失によって63条の4第2項に違反した場合には罰則がありません。
第六十三条の四
2 前項の場合において、普通自転車は、当該歩道の中央から車道寄りの部分(道路標識等により普通自転車が通行すべき部分として指定された部分(以下この項において「普通自転車通行指定部分」という。)があるときは、当該普通自転車通行指定部分)を徐行しなければならず、また、普通自転車の進行が歩行者の通行を妨げることとなるときは、一時停止しなければならない。ただし、普通自転車通行指定部分については、当該普通自転車通行指定部分を通行し、又は通行しようとする歩行者がないときは、歩道の状況に応じた安全な速度と方法で進行することができる。
(罰則 第二項については第百二十一条第一項第八号)
故意、つまりは「普通自転車の進行が歩行者の通行を妨げることとなるとき」を未必的にでも認識していないといけないわけですが、自転車が歩行者に衝突する時って、何らかの理由でちゃんと前をみてなくてぶつかるケースが多いんじゃないですかね。
そういう場合、63条の4第2項の内容を過失により違反し、しかもそれが「他人に危害を加える速度や方法」の場合には「過失による安全運転義務違反」になるのです。
道路交通法70条の安全運転義務は、同法の他の各条に定められている運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられたものであり、同法70条違反の罪の規定と右各条の義務違反の罪の規定との関係は、いわゆる法条競合にあたるものと解される(最高裁昭和45年(あ)第95号同46年5月13日第二小法廷決定・刑集25巻3号556頁参照)。すなわち、同法70条の安全運転義務は、他の各条の義務違反の罪以外のこれと異なる内容をもつているものではなく、その構成要件自体としては他の各条の義務違反にあたる場合をも包含しているのであるが、ただ、同法70条違反の罪の構成要件に該当する行為が同時に他の各条の義務違反の罪の構成要件に該当する場合には、同法70条の規定が同法の他の各条の義務違反の規定を補充するものである趣旨から、他の各条の義務違反の罪だけが成立し、同法70条の安全運転義務違反の罪は成立しないものとされるのである。
つぎに、同法70条の安全運転義務違反の罪(ことに同条後段違反の罪)と他の各条の義務違反の罪とは、構成要件の規定の仕方を異にしているのであつて、他の各条の義務違反の罪の構成要件に該当する行為が、直ちに同法70条後段の安全運転義務違反の罪の構成要件に該当するわけではない。同法70条後段の安全運転義務違反の罪が成立するためには、具体的な道路、交通および当該車両等の状況において、他人に危害を及ぼす客観的な危険のある速度または方法で運転することを要するのである。したがつて、他の各条の義務違反の罪の過失犯自体が処罰されないことから、直ちに、これらの罪の過失犯たる内容をもつ行為のうち同法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものについて、それが同法70条後段の安全運転義務違反の過失犯としても処罰されないということはできないのである。
これを本件についてみるに、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項の「車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、後退してはならない。」との規定の過失犯たる内容をもつ行為は、直ちに道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものではなく、具体的な道路、交通および当該車両等の状況において、他人に危害を及ぼす客観的な危険のある速度または方法による運転だけがこれに該当するのであるから、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項違反の過失犯が処罰されていないことから、その過失犯たる内容をもつ行為のうち道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすものについて、同法70条後段違反の過失犯として処罰できないとはいえないのである。
そうすると、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの)25条の2第1項違反の過失犯たる内容をもつ被告人の本件後退行為につき、道路交通法70条後段の安全運転義務違反の過失犯処罰の規定の適用がないとする理由はなく、かえつて、同法70条の安全運転義務が、同法の他の各条に定められている運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられていることから考えると、他の各条の義務違反の罪のうち過失犯処罰の規定を欠く罪の過失犯たる内容を有する行為についても、同法70条の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすかぎり、その処罰規定(同法119条2項、1項9号)が適用されるものと解するのが相当である。
最高裁判所第一小法廷 昭和48年4月19日
歩道上で歩行者に接触したり衝突する時って、だいたいは「前方不注視」。
つまり歩行者がいることを認識しないまま漠然進行して接触や衝突に至っていると思うので、63条の4第2項の故意犯は成立しない。
けど70条の過失犯にはなるので、現実的には70条安全運転義務違反として処理せざるを得ないのではないかと思う。
横断歩行者妨害(38条1項)は故意、過失ともに罰則があります。
違反検挙の動画をみると、警察官が「歩行者がいたの気づいてました?」みたいに質問しているじゃないですか。
あれって、故意と過失を分けているのだと思う。
・歩行者が横断しようとするのを認識していた
→故意に横断歩行者妨害をした
・歩行者が横断しようとするのに気づいていなかった
→横断歩道の左右を確認しなかった過失により横断歩行者妨害をした
一応は刑法なので故意と過失は分けて考えないといけないし、63条の4第2項には過失の処罰規定がない。
なので「前方不注視により歩道上の歩行者に衝突した」だと過失による安全運転義務違反とするしかないから、統計上はこうなるだけなのでは?
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/nenkan/050302R04nenkan.pdf
安易に認定する安全運転義務違反
ただし現場が深いことを考えて安全運転義務違反として処理しているかはだいぶ疑問。
というのも、昔から「安易に安全運転義務違反を乱発するな」と裁判所からも警告されているのが実情。
一例を挙げます。
本件公訴事実中安全運転義務違反の点は、
「被告人は、普通乗用自動車を運転し、熊本市竜田町弓削九州縦貫自動車道下り線169・5キロポスト付近の二車線道路右側追越し車線を植木インター方面から熊本インター方面に向かい疾走中、当時降雨が激しく前方の見通しが必ずしも十分でなく路面も滑走しやすい状態で、かつ、左側走行車線を時速約100キロメートルで走行中の先行車に急接近したのであるから、先行車の進路変更等の措置に対応できるよう適宜速度を調節して走行すべきであるのに、同速度で進行しても先行車の動静に対応できるものと軽信し、適宜速度を調節せず漫然高速度で進行したため、先行車が前方約59・8メートルの地点で走行車線から自車進路上に車線変更したのに対応しようとして左転把の措置を講じて自車を左側路外に逸走させた上路側帯に転覆させて、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転したものである。」
というのである。
しかしながら、右公訴事実中罪となるべき事実として示された被告人の行為は、「適宜速度を調節せず高速度で進行したこと」であるが、
(一) 道路交通法70条以外の同法各条に定められている運転者の義務違反の罪が成立する場合には、その行為が同時に右70条違反の罪の構成要件に該当しても、同条違反の罪は成立しない(最高二小決昭和46・5・13、刑集25・3・556以下)のであるから、制限速度を超える速度で進行したこと自体は、同法にいわゆる速度違反の罪が成立する(ちなみに、本件公訴事実につき、予備的にせよ、故意又は過失による速度違反の訴因、罰条の追加変更の請求をしないことは、検察官の明言するところである。)ことは格別、これと法条競合の関係に立つ同法70条違反の罪を成立させない。
(二) 右公訴事実に示された具体的状況のもとで、被告人に適宜速度を調節すべき義務があるかどうかを検討するに、右公訴事実は、「(イ)当時降雨が激しく前方の見通しが必ずしも十分でなく路面も滑走しやすい状態で、かつ、(ロ)左側走行車線を時速約100キロメートルで走行中の先行車に急接近したこと」を前提事実とし、「(従つて)先行車の進路変更等の措置に対応できるよう適宜速度を調節して走行すべき」義務があるとするものである。しかし、右(イ)の事実自体からは、被告人において他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき同法70条の具体的な安全運転義務が発生するものではない。
また、右(ロ)の事実によつて、被告人に右のような義務が発生するかというに、先行車は、みだりにその進路を変更してはならず(同法26条の2第1項)、かつ、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない(同法26条の2第2項)のであるばかりか、同一方向に進行しながら進路を変えるときは、手、方向指示器又は燈火により合図をし、かつ、これらの行為が終わるまで当該合図を継続しなければならない(同法53条1項。なお、その合図を行なう時期等については同条2項、同法施行令21条参照。)のであるから、先行車において既に進路変更の合図をしていた等の特別の事情が公訴事実に明示されていない本件においては、右(ロ)の事実によつても、被告人において先行車の進路変更を予見し、その措置に対応できるような運転方法をとる義務が生ずるものでもない。
そうしてみると、本件公訴事実に示された事実関係のもとにおいては、道路交通法118条1項2号、22条、又は118条2項の速度違反の罪が成立することは格別、同法70条違反の罪は成立しないものといわなければならない。
熊本地裁 昭和61年11月17日
速度超過の罪は成立するとしても、安全運転義務違反は成立しないとしています。
確かにこの場合は法定速度超過なので、「適宜速度を調節して通行する」のは最高速度遵守義務(22条)の問題。
安全運転義務も速度調節する義務があるにせよ、法条競合する場合には安全運転義務違反ではなく具体的義務違反を適用する趣旨に反する。
過失の処罰規定がないのに適用すると
道路交通法37条にも過失による違反行為の処罰規定はありませんが、37条の過失犯を起訴したということから公訴棄却して裁判を打ち切りにした事例があります。
(罰則 第百二十条第一項第二号)
起訴状には公訴事実として「被告人は昭和(略)、軽四輪自動車を運転し函館市(略)交差点において昭和橋方向に右折しようとした際、前方約32mの地点に対向する小型四輪乗用車を認めたが、同車の速度を確認し右折に充分な間隔の有無を確認するなどしないまま漫然右折したため、直進する同車に自車の左前部を接触させ、もつて同車の進行を妨げたものである。」と記載されていて、通常過失犯に用いられる表現方法をとつているから、過失によつて直進車の進行を妨げた事実を起訴していることが一見して明らかである。この点につき当審検察官は「起訴状の漫然なる字句は、過失を意味するものではない。」旨釈明しているが、起訴状の記載は単に漫然右折したというのではなく、「同車の速度を確認し右折に充分な間隔の有無を確認するなどしないまま漫然右折した」というのであって、漫然なる字句が速度の確認や間隔の有無の確認等に十分注意しなければならない義務があるにも拘らず、その注意が散慢であつて右注意義務を懈怠した意に解せられる点、被告人の司法警察員に対する供述調書には「私が右折ですから注意すればよかつたので、今後は十分注意します。」とあり、検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書には「当時降雪のため前方が見憎くかつたのですから、相手の車の前照灯を見たときにもう少し注意してその速度をよく見て絶対に安全だという程度の注視をすれば或はこの時相手車に接触する危険を事前に察知することが出来、右折を待つたかも知れません。その点相手の車の速度を確めないで右折しようとした点は私の不注意だつたと思います。」とあつて、これらの記載からみると、司法警察員及び検察事務官が過失犯として被告人を取調べたことが明らかであるし、原審検察官が「被告人は対向車の過失が原因となつて衝突するに至つたと極力主張するけれども、現認警察官及び対向車の運転者の各証言を総合して判断すると、対向車が10m位の距離に接近してから右折を開始し、しかも徐行しなかつたということであるから、被告人の過失は明らかである。」旨論告している点を総合すれば、原審検察官が本件を過失犯として起訴しその旨の論告をしていることが明らかであつて
(中略)
しかして自動車を運転して交差点を右折するに当り当該交差点において直進しようとする車両の進行を妨げる道路交通法第37条第1項違反の罪については、過失による場合は処罰の対象とならないこと同法第120条第1項第2号、第2項の反対解釈から明白である。
本件は、刑事訴訟法第339条第1項第2号に該当するから、原裁判所はすべからく同条に基づき本件については公訴棄却の裁判をすべきであつたのにこれを看過し、原判示のとおり原判示第二の事実を認定し、これに道路交通法第37条第1項、第120条第1項第2号を適用した上、原判示第一の事実と併合罪の関係にあるとして処断したのであるから、原判決には、不法に公訴を受理し、かつ法令の適用を誤つた違法がある。原判決はこの点において破棄を免れない。
札幌高裁函館支部 昭和38年7月18日
これは何の違反にもならないのかというと、理屈の上では過失による安全運転義務違反(70条)か、故意による交差点安全進行義務違反(36条4項)にはなる。
交差点安全進行義務の故意は、交差点であることを認識していたなら足ります。
実質的に直進車妨害(37条)をしたのに、統計上は安全運転義務違反(もしくは交差点安全進行義務違反)として数字になるわけです。
なので統計を見ても何のことやらよくわからない安全運転義務違反が大半を占めることになるのは、ほとんどの規定に過失犯の処罰規定がなく、実務上は安全運転義務違反として処理するしかないからだと思います。
横断歩行者妨害にしても、過失の処罰規定ができたのは昭和46年です。
過失の処罰規定を新設した理由は、「横断しようとする歩行者がいたことに気づかなかった」と弁解して違反から逃れようとする人が横行したからだと書いてあります。
昭和46年改正以降は過失の処罰規定があるので、「横断歩道の左右を確認しなかった過失により横断歩行者妨害をした」として処理されるだけ。
過失による違反行為の場合、事故になれば過失運転致死傷罪で処罰すれば十分という考え方なんだと思われますが、道路交通法上の処理として安全運転義務違反が大半を占める理由は、ほとんどの規定に過失犯の処罰規定がないからかと。
なので実質的な義務と、違反処理内容がズレることになりますが、意味は分かりにくいですよね。
例えばこちらの件。
過失による信号無視(7条)で処理しているのか過失による安全運転義務違反(70条)で処理しているのかは謎。
けど安全運転義務違反で処理されたなら、統計データとしては信号無視にカウントされなくなりデータ上の数字は実態とズレるわけで、統計データは意味がないのよ。
他にもこれ。
理屈の上では徐行義務違反(42条1号)、横断歩行者妨害(38条の2)、交差点安全進行義務違反(36条4項)、安全運転義務違反(70条)などが考えられますが、個人的には42条1号の故意(交差点だと認識していれば故意は成立する)で処理したほうが統計的に分かりやすくなる気がするけど、だいたいは過失による安全運転義務違反とかにしちゃうのも現実。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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