以前も書いた件。

大分地裁判決は「進行制御困難高速度」危険運転致死を認めたわけですが、この判断が立法趣旨や名古屋高裁判決と矛盾するのか。
名古屋高裁判決はこちら。
所論は,法2条2号の解釈について,進行制御困難性の判断要素の一つである「道路の状況」には,道路自体の物理的形状だけでなく,道路上に存在する駐車車両のみならず他の走行車両も含まれると主張する。そしてその根拠について,進行制御困難な高速度であるか否かは自車が進行できる幅やルートとの関係において決せられるところ,自車が進行できる幅やルート,進行方法は道路自体の物理的形状のみならず,進路前方の障害物が存在するか否かによっても左右されることとなるから,例えば工事現場などの障害物がある場合と駐車車両や他の走行車両等がある場合とで何ら違いはなく両者を区別する合理的理由はないという。
所論は,その主張を裏付ける資料として,自動車運転による死傷事故の実情等に鑑み早急に罰則を整備する必要があるとの法務大臣からの諮問を受けて行われた法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会第3回会議での議事録に「駐車車両もある意味で道路のカーブと同視できる場合ではなかろうかと思います」との立法担当者の発言があることを挙げ,このことから駐車車両も「道路の状況」に含まれるとし,その上で,駐車車両と走行車両とを区別する合理的理由はないという。
たしかに,所論指摘の発言内容からすると,立法担当者側は「道路の状況」という要素に駐車車両の存在も含まれると想定していたことが読み取れる。しかしながら,駐車車両に加えて走行車両も「道路の状況」に含めることまで想定していたかについては疑問がある。
法制審議会刑事法部会第1回から第3回までの議事録を通読すると,その第2回会議では,立法担当者側から進行制御困難な高速度とはどのような場合かとの説明がされた際「したがいまして,このような制御困難な高速度に達していない場合であれば,例えば住宅街をそこそこの速い速度で走行いたしまして,速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合でありましても本罪には当たらない」旨の説明がされたこと,また,参加委員からの「道路が真っすぐであるか,幅がどの程度であるか,舗装が砂利なのかアスファルトなのかコンクリートなのか,あとはどの程度のアールで曲がっているのかということは具体的に勘案しなければ,あと,走っているのがポルシェなのかサニーなのかということは具体的に考えなければいけないことなんですが,他に歩行者がいるかどうか,それから他に車がいるかどうかこれは考えないという前提でなければ,私はいけないと思う」との発言に続けて,立法担当者側が「基本的には今おっしゃったことを念頭に置いて考えている」旨述べていること,さらに参加委員の意見としてではあるが「道路の客観的状況のほかに他の歩行者の在り方,それから他の車の在り方,それまで道路状況に含める含めないで相当変わってくるわけですね。そうすると,仮に歩行者,他の車まで具体的な道路状況の中に入れ込んで考えるというところまできて更に脇見をしたとしても,それは脇見との因果関係は認めませんとなると,際限なくこの条文が適用される範囲が広がってくるのではないかということになってこれは大変なことであるという感じをもっている」旨の発言があったこと,これもまた参加委員の意見として「法文にそんな言葉は使えないというご意見もあるかもしれませんが,例えば『制御することが物理的に困難な著しい高速度』と。『物理的』というのは,多分法文にはなじまないとは思うのですが,こういうような趣旨で,要するに今ここで議論になっているように,他の通行人の存在だとか,そういうものは基本的に含まない,客観的に車の性能,あとは客観的な道路状況との関係において制御困難であるということが明確に読み取れるような修飾語をどこかに付けていただけないかというふうに思います」旨の発言があったこと,その後に開催された第3回会議では,参加委員からの「確認になるのかもしれませんが,真っすぐな道を想定していただきたいと思うのですが,いわゆる何らかの対象を発見した後,その手前で正しく止まれないような速度で走っていたような場合には進行制御困難高速度には当たらないというふうな前回までのご説明だと思いますが,その点について変更がないか」との質問に対して立法担当者側は「その点は,変わりはございません。個々の歩行者であるとか通行車両があるということとは関係のない話でございます」と答えていることが認められる。この最後のやりとりについては,個々の歩行者や通行車両との関係で停止できなかったことをもって進行制御困難高速度に当たるわけではないことを述べたに過ぎず,「道路の状況」という要素に歩行者や他の走行車両を含まないという趣旨ではないとみる向きもあるが,要するに,立法担当者側は進行制御困難高速度に当たるかどうかの判断に際し,個々の歩行者や通行車両は考慮に入れないと述べているのであるから,それは「道路の状況」という要素に個々の歩行者や通行車両は含めないという議論と実質的に同じことを述べていると読むのが自然である。
そうすると,第3回会議までの立法担当者側の説明及び参加委員からの意見や疑問といった議論状況も踏まえ,かつ,立法担当者側は,一方で駐車車両もある意味で道路のカーブと同視できると述べていることとの対比からすれば,個々の歩行者や通行車両は進行制御困難性判断の考慮対象としては想定していない,すなわち,「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立っていると理解するのが自然である。したがって,立法担当者の発言の一部を踏まえて,「道路の状況」という要素に,駐車車両のみならず他の走行車両も含むとすることが立法者の意思であるとする所論には賛同できない。(中略)
進行制御困難性の判断要素の一つである「道路の状況」という要素に,他の走行車両は含まれないとの当裁判所の解釈によれば,被害車両を含む他の走行車両の存在は判断対象外となる。したがって,他の走行車両によって自車の進路の幅やルートが制限されたか否かは問題となり得ない。
名古屋高裁 令和3年2月12日
名古屋高裁判例は、検察官が主張する「他の通行車両の存在によりコースが制限されたこと」に対する進行制御困難な高速度を否定。
で、今回の大分地裁判決は、名古屋高裁判例や立法趣旨を覆したものなのか?というとそういう話ではないようで、大分地裁判決は「右折した被害車両の存在を念頭にした進行制御困難性」を認定したわけてはない。
あくまで道路の状況から進行制御困難性を認定している。
大分市内で時速194キロで車を運転し、死亡事故を起こしたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死)の罪に問われた被告の男(23)=同市=の裁判員裁判で、大分地裁(辛島靖崇裁判長)は28日、同罪の成立を認め、懲役8年(求刑懲役12年)を言い渡した。辛島裁判長は「ハンドルやブレーキ操作のわずかなミスで、進路から逸脱して事故を起こす危険性が認められる」と述べた。
争点は、同罪の対象となる▽進行を制御することが困難な高速度▽妨害目的―の2類型に該当するかどうかだった。辛島裁判長は判決理由で、「現場の道路は15年以上、改修がなく、わだち割れがあったと推認できる」と指摘。その上で、プロドライバーや視覚の研究者の証言内容に基づき、「速度が上がれば車の揺れは大きくなり、ハンドル操作の回数が多くなる。運転者の視野は狭くなり、夜間は視力も下がる」と言及した。
「ひとたび操作ミスが起これば、瞬時に車線を逸脱し、立て直しが困難となる。蛇行やスピンをし、事故を起こす事態が容易に想定できる」と述べ、制御困難だったと認定した。弁護側は「被告車両は道路に沿って直進走行できていた」として、過失運転致死罪にとどまると訴えたが、辛島裁判長は「実際に進路を逸脱していなくても、実質的に危険性があった。被告が法定速度を守っていれば、事故を確実に回避できた」と判断した。
検察側が求めた「妨害目的」の成立は「右折してきた被害車両の通行を妨げる積極的な意図が認められない」として退けた。
量刑理由では、「法定速度の3倍以上の常軌を逸した高速度。常習的に高速走行を楽しんでいた。身勝手で自己中心的」と非難した。一方で、事故現場で献花を続けて反省の態度を示し、若年であることなどを考慮した。判決を受け、大分地検の小山陽一郎次席検事は「主張が一部受け入れられなかったことは遺憾。判決内容を検討し、上級庁と協議して対応する」とのコメントを出した。被告側の弁護人は報道陣の取材に対し、「判決内容を精査する。控訴するかどうかのコメントは差し控える」と述べた。
【時速194キロ死亡事故】大分地裁が危険運転致死罪認め懲役8年の判決 制御困難な高速度と判断、妨害目的は成立せず(大分合同新聞) - Yahoo!ニュース大分市内で時速194キロで車を運転し、死亡事故を起こしたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死)の罪に問われた被告の男(23)=同市=の裁判員裁判で、大分地裁(辛島靖崇裁判長)は28日、同罪の
あくまで道路の状況に対し進行制御困難性を認定したので、立法趣旨や名古屋高裁判決を覆したものではなく、論点が違うということか。
これは当初私も勘違いしていたけど、この違いに気づかないとわからない。
検察は判決の一部に不満があるようですが、若干ツッコミどころがあるとしたら報道にあるここ。
検察側が求めた「妨害目的」の成立は「右折してきた被害車両の通行を妨げる積極的な意図が認められない」として退けた。
通行妨害目的の判例をみると、積極的な意図はなくてもその運転方法が妨害になることを認識していたなら通行妨害目的だったことを認定している。

検察的にはむしろ通行妨害目的を認定して欲しかったのかなと思われますが、検察が控訴する可能性もありそう。
なお、ちょっと興味深い内容も出てますが、裁判を傍聴していた弁護士さんの談話として、令和4年東京高裁の判例を踏襲したとしている。
Q 大分での裁判員裁判の結果はどうなりましたか。
A 実は私もこの裁判の判決を傍聴しました。判決では「制御することが困難な高速度」につき、道路の状況や車両の構造・性能等の客観的状況、ハンドルやブレーキ操作のわずかなミスによって事故を発生させる実質的危険性がある速度での走行との判断基準を示したうえで(令和4年の東京高裁を踏襲)、本件事故現場の具体的な道路状況や加害車両の大きさ、事故発生時間帯等をあてはめて危険運転致死罪を適用しました。法廷で証言したプロのカーレーサーの供述も参考にしていましたね。
Q 懲役8年というのはちょっと軽いような気もします。
A そうですね。被告人に有利な情状としては、被告人が事故現場に献花をするなどして反省の態度を示していることや、訴因変更がなされたために不安定な状態に置かれたこと等を認定していました。ご遺族も8年には納得がいっていないようでした。
大分の時速194キロ死亡事故で「危険運転」認定 懲役8年となった被告人に有利な情状 弁護士が解説(よろず~ニュース) - Yahoo!ニュース大分市の一般道で2021年、時速194キロで乗用車を運転し右折車と衝突、男性=当時(50)=を死亡させたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死罪)に問われた男性被告(23、事故時19歳)の裁
令和4年の東京高裁判決が何を指すのかはわかりませんが、限界旋回速度から20キロ下回っていたけど進行制御困難高速度危険運転を認定した事例かな?

原判決は、被告人車両の速度が本件右カーブの限界旋回速度よりも下回っていたことを指摘するが、限界旋回速度と「進行を制御することが困難な高速度」とは異なる概念であり、限界旋回速度よりも低い速度であっても、道路の状況やわずかな操作ミスによって自車を進路から逸脱させて事故を発生させることは十分あり得るから、限界旋回速度を下回っているからといって、直ちに「進行を制御することが困難な高速度」に当たらないとはいえない。
被告人車両の速度は、最高速度を時速40km以上も上回っており、事故現場の道路状況(片側1車線の一般道で、最高速度が時速50kmであり、右カーブの最もきつい曲線部の曲線半径は124.75m)に照らすと、この速度で走行するに当たっては、進路に沿うのみでも相当難しいハンドル操作が求められ、わずかでも誤りがあれば、路外又は対向車線に逸脱させるおそれがあったといえる。そして、実際に、被告人車両は、本件右カーブの曲線の最もきつい箇所を通過した後、約100m走行する間に、自車の走行車線を維持することができず、センターラインを越えて対向車線に進出し、また、その時点までに、遠心力の影響により車体後部がふらつき、被告人もハンドルを左右に切って車体の方向を保とうとしたものの、制御不能な状態となり、横滑りを起こしているのであって、これにより、車体後部を右に振りながら斜め左方向に滑走して、本件事故に至ったことが認められる。
そうすると、この速度が「進行を制御することが困難な高速度」に該当することは明らかである。「進行を制御することが困難な高速度」とは、法的評価を要する規範的構成要件要素であるから、運転者において、このような評価を基礎付ける事実、すなわち、道路の状況及び「進行を制御することが困難な高速度」に該当する速度で走行していることの認識があれば、進行を制御することが困難であるとの認識がなくても、同号の罪の故意犯としての非難が可能である(その評価を誤ったとしても、故意は阻却されないというべきである。)。また、「進行を制御することが困難な高速度」に該当する速度で走行している認識があるというために、その速度について具体的な数値の認識まで必要とするものではないことは当然であり、自車の走行状況を概括的に認識していることをもって足りる。
東京高裁 令和4年4月18日
そのうち判決文が公開されるでしょうけど、控訴審がどう判断するかはなんとも言えないのよね。
ただまあ、立法趣旨や名古屋高裁判決を覆したものなのかはなくて、根本的に論点が違う事案なんだと捉えたほうが分かりやすいかも。
従来の判例は「進路の逸脱」をある種の条件にしていたとも考えられるので、進路の逸脱がなく進行制御困難高速度を認定した点については興味深い。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
コメント
すでにご承知かもしれませんが,裁判所ウェブサイトにて大分地判令和6年11月28日が公開されています。
コメントありがとうございます。
ちょっと前に気づいて読んでいたところですが、若干危ういような…