以前取り上げた国がまとめた判例集に掲載されている仙台地判平成28年3月23日について質問を頂いたのですが(国がまとめた判例集については下記参照)


これですよね。
◯事案の概要
被告人が、速度制限40km/hの道路を約50km/hで走行中、進路前方を右方から左方に向かい横断してきた被害者(7歳)に気が付かず轢過した事案。主位的に速度調節義務違反、前方不注視義務違反の過失が、予備的に、対向車の前照灯にげん惑されたのであるから直ちに一時停止又は最徐行すべき義務があったのにこれに違反した過失が問われたが、裁判所は下記のとおりいずれの過失も否定した。なお、現場道路は、歩車道の区別のある車道の全幅員約6.6m、片側一車線の直線道路で、衝突地点の手前には横断歩道が設置され、被害者が横断してきた歩道の右側にはコンビニエンスストアとその駐車場があった。
◯判旨
なお,検察官は,本件現場は,衝突地点の手前に横断歩道やコンビニエンスストアが設置されており,人の横断が十分あり得る状況であったことは明白で,対向車両の前照灯が視力等に影響を与えていると感じた時点で,進路前方に障害物や横断者を発見したときには適宜これとの衝突を回避し得る程度にまで減速して進行すべき注意義務が発生していたのに,被告人は,これを怠ったものであり,さらに,被告人は,発見可能地点である横断歩道上を進行しているが,対向車両の背後から歩行者が横断してくる可能性が全くないとはいえない状況であったから,道路交通法38条1項の定める「停止線の直前で停止することができるような速度で進行」すべき義務にも違反していると主張する。しかしながら,事故当時,衝突地点南側の丁字路交差点南側出口にある横断歩道付近に歩行者の姿はなく,横断歩道を通過する際,被告人に対し,道路交通法38条1項の定める前記義務を課すことはできない。
加えて,事故現場付近は歩車道の区別があり,二車線の直線道路で,交通量が多く,周辺の歩道上には被害児童以外の歩行者は認められず,被告人に対し,指定最高速度を下回る速度に減速して進行すべき義務があったとはいえない。よって,被告人に速度調節義務及び前方注視義務違反の過失は認められない。https://www.road-to-the-l4.go.jp/activity/courtcases/pdf/courtcases02.pdf
うーん…
国がまとめた別資料によると、
なお、検察官が、道交法38条1項の横断しようとする者がないことが明らかでない限りは停止線で停止することができる速度で走行すべき義務があったと主張したのに対し、裁判所は、当時、衝突地点手前の横断歩道付近(どの程度手前であったのかは判決文上判然としない。)に歩行者の姿はなかったとして同規定の義務は生じないとした
https://www.road-to-the-l4.go.jp/activity/courtcases/pdf/courtcases03.pdf
ここがわからないと解説しようがないような。
ただまあ、この事案は対向車ライトによって幻惑されたのであれば、結果的に横断しようとする歩行者がいなかったとしても、被告人視点では「横断しようとする歩行者が明らかにいない」とは言えなかったとも言える。
しかし幻惑されただけでは足りず、前方左右の注視が困難な状態にまで至っていることが必要と判断している。
しかしながら,検察官が主張する注意義務を認める前提として,単に対向車両の前照灯の光にげん惑されただけでは足りず,前方左右の注視が困難な状態にまで至っていることが必要である。・・・
被告人が,前方左右の注視が困難になる程度までげん惑されたと認め得る証拠はない。よって,検察官が主張するいずれの時点においても,被告人に直ちに一時停止または減速徐行すべき義務は認められない。
刑事事件なので、検察官が減速接近義務違反を主張するなら検察官がそれを立証する必要があり、横断歩道付近に歩行者がいたことを立証するか、相応の死角/見通しが悪いことを立証するか、幻惑されたならその幻惑された状況で横断歩道付近が十分視認できなかったことを立証する必要がある。
法38条1項前段の趣旨からすれば、横断歩道付近が視認しにくい状況が少しでもあるなら減速接近義務があると考えられますが、要は違反を立証する立場からすると同義務違反の立証はわりと難しいのかも。
ただしこの判例は横断歩道付近に歩行者がいなかったことを理由に減速接近義務違反を否定しているので、衝突地点は横断歩道から近い場所だったのかなと推測される(ただし判決上は明らかではない)。
あくまでも横断歩道直前で停止できる速度なので、横断歩道から離れていたらちょっとムリがある。
あくまでもこの事例についての判断とはいえ、夜間に片側一車線の横断歩道を時速50キロ(指定最高速度を10キロ超過)で通過することが正しいのか?と聞かれたらビミョーとしか言えない。
ちなみに以前も紹介したけどこういう判例もある。
横断歩道直前で直ちに停止できるような速度に減速する義務は、いわゆる急制動で停止できる限度までの減速でよいという趣旨ではなく、もつと安全・確実に停止できるような速度にまで減速すべき義務をいつていることは所論のとおりである。
大阪高裁 昭和56年11月24日
ただしこの判例もそうだけど、結局のところ急制動で停止できたなら減速接近義務違反とは解釈しようがない。
停止できたのに停止できるような速度ではなかった、というのは矛盾する。
なので「取り締まり」という意味では、現行の減速接近義務は使いにくい規定かも。
警察の書籍でも「立証が容易な後段」と本音が出ちゃってますが…

旧法(道路交通取締法)では見通しが悪い交差点とともに横断歩道も「徐行場所」に指定されてまして、横断歩道直近から通過時に徐行しなかったなら徐行義務違反になっていたようですが、実際に取り締まりしていたかはわかりません。
ちょっとの事実認定の違いで減速接近義務違反が肯定されたり否定されたりするので、こういう判例は減速接近義務違反が肯定された判例と比較しながら見比べるのがよいかと思います。
例えば神戸地裁 平成16年4月16日。
衝突地点は横断歩道外ですが、横断歩道西端から1.4mということと、「石垣で見通しが悪い」ことから減速接近義務違反を認定している。
前記2で認定した事実を前提として,被告人の過失の有無を検討する。車両等の運転者は,「横断歩道等に接近する場合には,当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者や自転車がないことが明らかな場合を除き,当該横断歩道等の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない。」(道路交通法38条1項)ところ,前認定のとおり,本件交差点は前記石垣のため見通しも悪かったのであるから,被告人に本件横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならない注意義務があったのにこれを怠った判示の過失の認められることは明らかというべきである。
なお,被告人は,被害者が飛び出してきた旨主張するが,被害者が本件交差点の南側道路から一時停止することなく交差点に進入してきた旨の主張であるとすれば,本件事故の直前,一時停止の白線付近で自転車にまたがって止まっている被害者の姿を目撃した旨の信用性の十分な前記証人Cの証言に照らし理由のないものであるし,前認定のとおり,被告人車両が②地点から衝突地点(③地点)までの約13.5メートルを進行する間に被害者は自転車で約1.5メートル進行しているに過ぎないから,被害者の自転車が急な飛び出しといえるような速度で本件交差点に進入したものでないこともまた明らかである。神戸地裁 平成16年4月16日
この場合は歩行者ではなく自転車なので38条の対象外ですが、
=横断しようとする歩行者が明らかにいないとは言えない
となる上、ほぼ横断歩道なので被告人の減速接近義務違反は肯定される。
民事では横断歩道から2m程度なら横断歩道上と同視されます。
ちょっとの事実認定の差によってこのあたりは変わりますが、結局のところ横断歩道に接近する車両の義務は何も変わらないのよね。
とりあえず言えるのは、類似判例を比較しながら検討した方が誤解しにくいし、理解しやすいかも。
国がまとめた判例集については、そのあたりがしっかりしている。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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