ではこちらの続き。

「逆走車が迫ってきた状況」という「だけ」で論じることは意味がなくて、逆走車を発見可能な地点など具体的距離をすっ飛ばして雑な解説をする人には呆れますが、以前いくつかの判例を挙げて具体的状況を解説しています。

あのYouTuberの雑な解説を鵜呑みにすると、いかなる状況でもハンドル操作による転把行動を取らないと過失になるかのような誤解につながりますが、それにより二次災害が起きるリスクもある。
一例として大阪高裁 昭和45年5月1日。

まずは事実認定からみていきましょう。
そこで、先ず本件事故現場の状況について見ると、実況見分調書によれば、本件事故現場は、和歌山市西浜765番地先道路(県道和歌山市停車場新和歌浦線)上であり、該道路は、南北に通じ現場附近は直線、平坦、見透し良好な道路であつて、コンクリート及びアスファルトで舗装され、歩車道の区別がなく幅員約14.70mあり、道路中央線東側(南行車線)は、中央線から3.30mの部分はコンクリート舗装、それより約4mの部分はアスファルト舗装され、道路中央線西側(北行車線)は、中央線から3.30mの部分はコンクリート舗装、それより約2mの部分はアスファルト舗装、それより更に約2mの部分は未舗装の状態であることが認められる。(右道路には通行帯の区別はされていないが、前記舗装材質の相違により、一見、南北行とも各二車締の如き観を呈する)又原審認定の事実(原判決事実摘示及び被告人および弁護人の主張に対する判断)によれば、当時、被告人は普通貨物自動車を運転し、道路中央線の西側を右中央線から約1.60m(同線と自車右端)の間隔を置き(同車の車幅は1.7mであるから、同車の左端はほぼコンクリート舗装の左端にあることとなる)、時速約55キロメートルで北進中、前方約3、40mの地点を道路中央線を車体の半分以上超え、時速約70ないし75キロメートルの高速で反対方向から南進して来た対向車を認め、同車と正面衝突の危険を感じ、ある程度減速すると共に左にハンドルを切つて左側に約1m寄つて進行し(衝突地点が道路左端より約3m内側であることは実況見分調書により明らかなところであるから、前説明の如き被告人車の進行位置から約1m左に寄つたことは計算上明らかであり、これを約2m左に進路を変えたと認定した原判決は、この点事実誤認といわざるを得ない)対向車と離合し、同一速度で約8m進行したとき、自車左後部をA運転の自動二輪車と接触せしめ、更に約6m進んで停車したこと、その間被告人が進路変更前に方向指示器による合図をしたか否か、或は被告人がその際左後方の危険の有無を確認した上進路変更をしたか否かについては疑わしいこと、一方、被害者について見ると、当時、被害者Aは自動二輪車を運転して、時速約55キロメートルで事故現場から7、800mくらい手前から被告人の車の後方約10mに追随するB運転の自動車と併行して、その左側約1mの間隔をおき、被告人車との車間距離約9mで北進していたのであるが、(その進路は道路西側のコンクリート舗装部分の左端よりやや左のアスファルト舗装部分を進行していたと認められる)本件現場で先行する被告人の車が急に速度を緩めて左に切込んで来たため、瞬間ブレーキを踏み、左に逃げたが間に合わず被告人の車の後部左端に衝突し約9m前進して車と共に倒れ本件事故となつたことが認められ、これらの点については、前記の如き被告人車の進路変更の幅の点を除き、原判決に事実誤認の疑はない。

舗装の違いから一見して片側二車線の道路にみえる道路の第二車線部分(便宜上第一車線、第二車線とする)を通行していた被告人が、前方約3、40mの地点を逆走してくる車両(逆走車は時速70~75キロ)を認めた。
被告人はビックリして左にハンドルを切ったところ、第一車線を通行していたオートバイと衝突しケガさせた事故です。
この事故は、実は被告人が回避行動を取らなくても対向車とは衝突していないのですが(ギリギリですれ違い可能)、いわゆる緊急避難に該当するとして無罪。
もちろん民事過失まで無過失になることはあり得ないにしても、刑事責任上はやむを得ない行動だから「この事実関係においては」無罪になる。
ところが、もし「逆走対向車が低速」や「逆走対向車を視認できた距離が十分」であるなら、左に進路変更する際に第一車線の安全確認をする余地があることになる。
間違っても具体的状況を解説しないまま「逆走車を避けるためなら緊急避難で無罪」なんて話にはなり得ないわけよ。
逆にハンドル操作による回避行動を取らなかったことを過失と評価できるかについては、「急制動によっては衝突を免れない状況下」においてはハンドル操作による回避行動をしなかったことを否定したものもある。
急制動によっては衝突を免れない状況下でハンドル操作によって衝突を回避するのは実際上困難である上、右側にハンドルを切れば、対向車線を進行する車両に衝突する危険性があり、左側にハンドルを切れば、第1車線を進行する車両に衝突する危険性や,左側歩道に進入して歩行者と衝突する危険性もあるから、ハンドル操作には多くを期待できない。
東京高裁 平成14年12月3日
本来は安全確認をしないまま進路変更することは禁忌なのだし、大阪高裁 昭和45年5月1日判決はあくまでも「その具体的状況においては例外的に刑事責任を負わない」に過ぎない。
一般的に逆走車と衝突した場合、民事は無過失が基本。
つまり順走車に過失相殺するのは例外とも言えますが、例外的事情が認められたならその具体的状況がなんなのかを解説しなければ容易に誤解する。
なにがなんでも転把により回避行動を取らないと過失になるかのような…
つまり、「過失が認められた判例(回避が容易だった事故)」と「過失が認められなかった判例(回避不可能な事故)」を対比させて解説しないと容易に誤解を生み、ムリな転把による二次災害すら懸念されるわけですが、
あそこのYouTuberは情報不足のまま解説するから、話がおかしくなる。
そもそも「回避行動をすべき」の反対は「回避行動をすべきではない」ではないのよね。
論点がおかしい、という話でしかない。
大阪高裁の事故なんかは、被害者オートバイからしたら意味不明な巻き込まれ事故だし、死亡に至らなかっただけマシなのかもしれませんが、死亡したかケガ止まりか、それとも事故が起きなかったかは結果論。
安全確認することなく進路を変えたなら、何が起きるかなんて偶然次第ですから…
そういうことまで情報量を増やして、基本と例外を対比させるならまだわかるけど、あそこの人はそもそも裁判とはなんなのかを理解してないところが最大の問題でして、裁判って認定事実に対する法的評価なわけ。
認定事実が違うなら法的評価も変わるのでして。
なおそもそもこの件。

具体的状況がわからないので解説しようがないけど、例えば第二車線を通行中に逆走車を発見してビックリしてハンドルを切れば、第一車線を通行する車両を巻き込んだ多重事故にすらなりうる。
たまたま何も巻き込まなかっただけの話を、「回避行動としてハンドルを切ったのは正解」なんて言うのは単なる結果論の話に過ぎない。
たまたまの結果を過大評価するのは危険な思考だし、ビックリしてハンドルを切ったことは多くの場合「刑法上は」責められないにせよ、この件は「たまたま何も巻き込まなかった上に正面衝突を避けれただけマシ」というだけの話なのね。
結果論を過大評価してはいけない。
ちなみにこの事故、一部報道によると「左右のガードレールに衝突」とあるので、中央分離帯側のガードレールに衝突した後に道路左側のガードレールに衝突したのだろうか?
驚いた女子大学生はこの車を避けようとハンドルを切り、道路の左側と右側のガードレールに衝突しました。この事故で女子大学生は胸や背中の骨を折る大けがをしました。
逆走車避けようと女子大生の車がガードレールに衝突し骨折…逆走車はそのまま逃走 ひき逃げ事件として捜査(石川テレビ) - Yahoo!ニュース石川県金沢市内の国道を走っていた軽乗用車が逆走してきた車を避けようとガードレールに衝突し、運転していた大学生が胸や背中の骨を折る大けがをしました。逆走してきた車はその場から逃走していて、警察がひき逃
相当な混乱ぶりがうかがえますが、予期せぬ出来事に冷静に対処するのは困難という当たり前な話なのかも。
最終的に左側ガードレールに衝突停止したようですが、第一車線を通行中に「右にハンドルを切り」中央分離帯に衝突後に左側ガードレールまでスピンするように飛んだのか、第二車線を通行中だったのかはわかりかねますが…どのみち左右のガードレールに衝突していることからすると逆走車と衝突しなかったのは「たまたま不幸中の幸い」というだけだし、ましてや後続車を巻き込まなかったのも「たまたま不幸中の幸い」だけなのかもしれません。
そしてハンドルを切り左右のガードレールに衝突したことがたまたま緊急非難となりうるだけの話なのね。
結局この事故は「たまたま不幸中の幸い」以上の意味はないわけですが、結果論で語る人が多いことが事故多発の一因なんだと思う。
結果論で語る人が陥る罠はこれ。

横断歩道を横断した「自転車」だったことに着目して減速接近義務が頭から抜け落ちる人が多いけど、その発想だと横断「歩行者」をはねる。
結果論で語ることは危険な思考。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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