道路交通法には事故を起こした後の救護義務が定められていて、救護義務に違反した場合には犯罪となるわけですが、
運転レベル向上委員会から引用
72条の措置義務は不真正不作為犯とし、「したがって」事故発生を認識して義務を履行するまでは違法状態になり、途中で履行すれば違法性が阻却されると説明する。
そしてそれを最高裁令和7年2月7日判決が再確認したとしてますが、
救護義務違反は不真正不作為犯ではなく真正不作為犯だし、「したがって」の前後もつながってないし、事故発生を認識して義務履行までが「違法状態」なわけもないし、最高裁判決の趣旨も全然違う。
その下にある東京高裁令和5年9月28日判決は上の最高裁判決の原審ですが、控訴審判決は無罪を言い渡し違反認定しなかった(上告審が破棄し有罪)。
救護義務とはなんなのか、解説しようと思う。
Contents
救護義務とはなんなのか?
救護義務は72条1項前段にある。
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
バラバラ化します。
交通事故があつたときは当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は、
①直ちに車両等の運転を停止しなければならない。②直ちに負傷者を救護しなければならない。③直ちに道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
3つの義務を課しているので、3つのうちどれかを怠れば違反になる。
①~③の「作為」を義務付けし、義務に違反した場合、つまり義務の不作為を罰するとしている。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。
不作為を以て罰すると規定するものを真正不作為犯と呼びます。
「何かをしないこと」を犯罪と規定するものを真正不作為犯と呼びますが、不真正不作為犯というのは、作為によって犯罪が成立するとされているものが、不作為によって成立するパターン。
例えば乳幼児に食事を与えなければ餓死することは明らかですが、殺人罪は不作為を以て犯罪とするとは規定していない。
しかし殺意をもって授乳せずに餓死させたなら、殺人罪は成立します。
こういうのを不真正不作為犯と呼びますが、わりとどうでもいい話かと。
さて、運転レベル向上委員会は事故発生の認識があり義務を履行するまでが違法状態と説明してますが、事故発生の認識により上記①~③の「義務が発生」するものの、違法状態に陥るのは義務違反、つまり以下のいずれかに達した場合になる。
「直ちに」というのは即時性が強い表現ですが、走行中の車両が瞬間停止できるわけもないし、119番通販したら瞬間的に救急車が来るわけもない。
人間ができる範囲内での話になりますが、そもそも運転レベル向上委員会が「再確認」とした最高裁令和7年2月7日判決とはなんなのか?
事件の概要です。
時期 | 出来事 |
2015/3 | 横断歩道で被害者をはねて死亡させた |
<過失運転致死罪(自動車運転処罰法違反)> | |
2015/6 | 検察官は被告人を「過失運転致死罪」のみで起訴 |
2015/9 | 禁錮3年、執行猶予5年の有罪判決(確定) |
<速度超過罪(道路交通法違反)> | |
2018/2 | 速度超過罪で起訴 |
2019/3 | 手続き上の問題から公訴棄却(裁判の打ち切り) |
<救護義務違反罪(道路交通法違反)> | |
2022/1 | 検察審査会の「不起訴不当」を受け、時効ギリギリに起訴 |
2022/11 | 長野地裁は救護義務違反の成立を認め懲役6月の実刑判決 |
2023/9 | 東京高裁が原判決を破棄し無罪に |
2025/2 | 最高裁が原判決を破棄し有罪に |
概要です。
第1 事案の概要
1 第1審判決が認定した犯罪事実の要旨は、「被告人は、平成27年3月23日午後10時7分頃、長野県佐久市内の交通整理の行われていない交差点において、普通乗用自動車を運転中、被害者(当時15歳)に自車を衝突させて、同人を右前方約44.6m地点の歩道上にはね飛ばして転倒させ、同人に多発外傷等の傷害を負わせる交通事故を起こし、もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたところ、その後すぐに車両の運転を停止したものの、直ちに救護措置を講じず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。」というものである。2 第1審判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は次のとおりである。
⑴ 被告人は、平成27年3月23日午後10時7分頃(以下、時間のみを記載しているものは同日の時間である。)、長野県佐久市内において、普通乗用自動車を運転中、被害者に自車を衝突させ、同人を右前方約44.6m地点の歩道上にはね飛ばして転倒させ、同人に多発外傷等の傷害を負わせる交通事故を起こした。
⑵ 被告人は、フロントガラスがくもの巣状にひび割れたことから、自車を人に衝突させたと思い、衝突地点から約95.5m先で自車を停止させて降車し、衝突現場付近に向かった。
⑶ 被告人は、午後10時8分頃、衝突現場付近で靴や靴下を発見し、その後約3分間、付近を捜したが、被害者を発見することはできなかった。その間に、被告人は、通行人から救急車を呼んだかと聞かれたが、所持していた携帯電話で警察や消防に通報をすることはなかった。
⑷ 被告人は、午後10時11分頃、自車まで戻り、ハザードランプを点灯させた後、運転前に飲酒していたため酒臭を消すものを買おうと考え、自車の停止位置から、衝突現場とは反対方向にあり、約50.1mの距離にあるコンビニエンスストアに赴いて口臭防止用品を購入し、午後10時13分頃、これを摂取して、衝突現場方向に向かった。
⑸ その頃、通行人が、歩道上に倒れていた被害者を発見して、午後10時14分頃、110番通報をし、その通報がされている間に、被告人も、被害者の元に駆け寄って、人工呼吸をするなどした。
ここまでが事実認定。
次に一審と二審の判断。
第2 第1審判決及び原判決の要旨
1 第1審判決は、道路交通法(令和4年法律第32号による改正前のもの。以下同じ。)72条1項前段、後段が救護義務及び報告義務を直ちに尽くすよう命じているのは、運転者が救護等の措置以外の行為に及ぶことによって救護等の措置を遅延させることは許されないという意味に解されるとした上で、被告人が、事故後すぐに衝突現場に戻ったものの、被害者を発見できないまま、警察官に飲酒運転の事実が発覚することを恐れて、コンビニエンスストアに赴いて口臭防止用品を購入、摂取するという、救護等の義務を尽くすことと対極の行動を優先させた時点で、救護義務及び報告義務の履行と相いれない状態に至ったとみるべきであり、それによって救護等の措置を遅延させたとして、直ちに救護等の措置を講じなかったと認め、被告人を懲役6月に処した。2 これに対し、被告人が控訴し、法令適用の誤り等を主張したところ、原判決は、被告人は事故後直ちに自車を停止させて被害者の捜索を開始しており、自車まで戻ってハザードランプを点灯させたことも危険防止義務を履行したものと評価でき、コンビニエンスストアに赴いて口臭防止用品を購入、摂取したことは、被害者の捜索や救護のための行為ではないものの、これらの行為に要した時間は1分余りで、そのための移動距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしていたことに照らすと、被告人は一貫して救護義務を履行する意思を保持し続けていたと認められ、このような事故後の被告人の行動を全体的に考察すると、人の生命、身体の一般的な保護という救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったとみることはできないとして、救護義務違反の罪の成立を否定した上で、第1審判決を法令適用の誤りを理由に破棄し、その場合、報告義務違反の点については既に公訴時効が完成しているとして、被告人に対して無罪を言い渡した。
事故を起こしながらも被害者を発見できなかったことから、被告人は飲酒運転を隠すために被害者の捜索を中断し、コンビニにブレスケアを買いにいった。
これに要した時間は1分余りですが、その後被害者に駆け寄り救護措置をした。
これについて一審は「コンビニに行った行動」が「直ちに救護しなければならない」に違反するとした。
しかし二審は「救護の意思は一貫して持ち続け、コンビニから戻ってきたことから救護義務を果たした」と捉えた。
しかし最高裁は二審の判断が間違っているとする。
しかしながら、原判決の前記判断は是認することができない。その理由は、以下のとおりである。
1 道路交通法72条1項前段は、車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたものである。このような同項前段の趣旨及び保護法益に照らすと、交通事故を起こした車両等の運転者が同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要すると解するのが相当である。
2 前記第1の2の事実関係によれば、被告人は、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったのであるから、引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反したと認められる。原判決は、本件において、救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったことが必要であるという解釈を前提として、被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き、コンビニエンスストアに赴いた後の被告人の行動も含め全体的に考察した結果、救護義務違反の罪の成立を否定したものであり、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
最高裁判所第二小法廷 令和7年2月7日
要はこの規定、「直ちに救護しなければならない」としているのだから、救護義務を「直ちに」果たすには被害者を捜索して発見しなければならない。
被害者の捜索は直接的な救護活動とは言えなくても、直接的な救護活動を行うには被害者の捜索が必要なのは言うまでもないし、それは72条1項前段の文言に内包されていると言える。
しかし被害者の捜索とは何の関係もない買い物に出掛けたのだから、この時点で「直ちに救護しなければならない」とする道路交通法72条1項前段の規定に違反することになる。
運転レベル向上委員会の解説だと、事故発生を認識した時点から違法状態になるという意味不明すぎる解説をしてますが、事故発生の認識は「義務が発生」したのでして。
そこから救護義務を果たしたと言えるには、「直ちに」負傷者を発見して具体的措置を講じる必要があるところ、負傷者の捜索とは無関係な買い物に出掛けた時点で初めて違法状態に陥るわけ。
義務の発生と、違法性の発生は別問題ですが、いったいどういう理解をしているのだろう。
例えば頑張って捜索したけど時間がかかった場合、それは救護義務を果たす段階であるのだから「直ちに救護しなければならない」という義務の不作為とは評価できない。
しかし救護措置とは無関係な行動を取って結果的に救護措置が遅延したなら、それは救護義務(直ちに救護しなければならない)を果たしたとは言えないことになる。
最高裁判決は72条1項前段に定める救護義務の範囲を確認しただけですが、そもそも東京高裁判決については様々な法律学者から判決がおかしいて評価されてました。
結果的に救護措置を取ったことを過大評価し、72条1項前段に定める「直ちに救護しなければならない」の概念とは相容れないものだと。
最高裁判決は72条1項前段の構成要件を再確認したに過ぎず、構成要件に定める義務を怠ったから違法というシンプルな内容になってますが、
認識した時点で違法状態になり、途中で履行すれば違法性が阻却されるなんて珍解釈をする人がいるのはビックリした。
法律を理解する
以前運転レベル向上委員会は、死角から飛び出てきた児童について「一時停止し、又は徐行して通行妨害するな」という71条2号に違反すると解説してましたが、
死角で児童がいることを認識しようがないのに、どうやってこの義務を果たせると考えるのか。
要はこの人、法律を全く理解してないのよね。
救護義務については「直ちに」①~③の義務を果たすことを求めてますが、
運転レベル向上委員会は一般人には馴染みがない難しい用語を使って詳しい人アピールするのには必死なんだけど、よくよく聞くと中身がない支離滅裂な話をしているだけなのよ。
救護義務に定めてある①~③を履行することが大事ですが、そもそも上の東京高裁判決が「救護意思の継続」という概念にこだわった原因を考えると、下記だと考えられる。
救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する
東京高裁 平成29年4月12日
この判例はちょっとややこしくて、飲酒運転で信号無視し事故を起こし(危険運転致死)、事故地点から300m先に停止。
携帯電話を探している最中に追いかけてきた暴漢にボコボコにされた事件です。
ボコボコにされたなら救護義務を履行不可能だから暴漢に襲われた後は別として、停止可能な位置からさらに走らせて停止したことが救護義務違反になるか?という話。
被告人は、被告人車両を停止した後、必要な連絡等をするために携帯電話機を探していたところを、間もなく二人組の男に暴行を受けて救護や報告が不可能な状態に至った可能性を否定することはできない。
以上によれば、被告人が救護義務及び報告義務を履行できた可能性がある期間は、本件事故発生から被告人が被告人車両を本件停車位置に停止させるまでの間に限定され、その後の期間は除外されるというべきである。(中略)
人身事故を起こしたことを認識した者は、客観的に停車可能な場所があれば、すぐさまそこに自車を停止させ、救護義務及び報告義務を履行することが求められることはいうまでもない。c 交差点付近から本件停車位置に至るまでの間においても、被告人が被告人車両を停止させることが可能な場所はあったと考えられ、被告人が本件事故を認識したのであれば、本来そうすべきであったことは明らかである。
しかしながら、自動車を走行させている間に自車が事故を起こした可能性を認識した場合、そのような不測の事態に対して、内心が動揺ないし混乱し、様々な心理が去来することは通常あり得ることと考えられる。そのような状況下において、法の求める作為義務に及ぶことの決意を瞬時にして行うことが必ずしも容易でないことは否定できない。そして、運転者において救護や報告をする意思が生じていたとしても、赤色から青色に変わった信号表示や車の流れに従って一旦は自車を走行させてしまうこともあり得るし、進行道路の左側路肩に駐車車両があるなどのために走行しながら適切な停車場所をうかがっているうちに数十秒が経過してしまうこともまたあり得る。
以上のように考えると、被告人車両が c 交差点付近で停止したことを前提としたとしても、被告人が数十秒程度被告人車両を走行させて本件停車位置に至って停止したことをもって、直ちに自車を停止していないと認めることには、疑問が残るといわざるを得ない。そして、被告人は、本件停車位置に被告人車両を自らの意思で停止しているのであり、前記のとおり、被告人が、被告人車両を停止した後、必要な連絡を取るために携帯電話機を探していた可能性は否定できず、また、その後いずれにしてもBのタクシーに乗った二人組の男に襲われ義務履行が困難な状態になったと認められるのであって、それまでの時間が僅かしかなかった可能性も否定できないのである。そうすると、被告人が直ちに自車を停止して救護義務及び報告義務を履行しなかったと評価できるだけの事実を認めることについては、合理的な疑いが残るというべきである。横浜地裁 平成28年6月9日
で、事故発生の認識があれば違法状態になり、途中で履行したら違法性が阻却されるという珍解釈を最高裁は示してなくて、救護措置とは無関係な買い物に行った「その時点で」救護義務違反が成立するとする。
なぜ判決内容を改竄するのか理解できませんが、救護義務とはなんなのかを理解するのは大事なのよね。
そもそも、悪いやつを処罰することを目的とした法律なのではなくて、道路の安全と円滑を図る目的の一環として救護義務を課していることを忘れてはいけない。
安全と円滑を図る目的で「直ちに」救護することを求めているのよね。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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