酒田市の「先行車が横断歩道直前に停止していたのに追い抜きして」起こした事故。

検察は危険運転致傷での起訴を断念して過失運転致傷で起訴しましたが、「男が女子生徒がいることを認識していたと証明することが難しいとの考えを示し」たそうな。
「人がいたか分からなかった、などと証言された場合、道路の見通しが悪かったことなどから、証拠を出すのが難しい」
やはり警察が危険運転致傷で送検した理由は「通行妨害目的態様」(処罰法2条4号)ですかね。
要は被告人が「横断歩行者がいたと認識していた」という供述をしたとしても、客観的にそれを裏付ける証拠は乏しく、被告人が公判で供述を撤回した場合には公判を維持するのが困難。
未必的にせよ認識していたとする客観的証拠がないのが、危険運転致傷で起訴をすることを断念した理由と思われる。
何回かに分けて「通行妨害になることの未必的な認識で足りる」とした大阪高裁判決と、それに関する論文を挙げました。

危険運転致死傷が「より悪質で危険な運転を限定して規定した」趣旨からすると、未必的な認識の全てを通行妨害目的と認定するのはムリがある。
それこそ、右直事故なども全て危険運転になるおそれがあり、未必的な認識で足りる事案と未必的な認識では足りない事案をどこかで線引きしないといけないわけですが、
https://ls.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-071201535_tkc.pdf
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/22-4/004fang.pdf
https://kwansei.repo.nii.ac.jp/record/29145/files/13.pdf
先日書いたように、対象となる被害車両や被害者の存在については確定的認識が必要で、妨害については未必的認識でも足りることになるのかなと。

最終的には、どうやって立証するかについて、供述以外の客観的証拠が必要なのよね。
38条2項の立法趣旨からすると、「横断歩道直前に停止車両がいたなら、横断歩行者がいたことを未必的にせよ認識していたはず」という理屈は立ちますが、この事案については確定的認識があったと言えるだけの証拠がないと厳しいと思う。
しかしながら、横断歩道において事故にあう歩行者は、跡を絶たず、これらの交通事故の中には、車両が横断歩道附近で停止中または進行中の前車の側方を通過してその前方に出たため、前車の陰になっていた歩行者の発見が遅れて起こしたものが少なからず見受けられた。今回の改正は、このような交通事故を防止し、横断歩道における歩行者の保護を一そう徹底しようとしたものである。
まず、第38条第2項は、「車両等は、交通整理の行なわれていない横断歩道の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない」こととしている。
もともと横断歩道の手前の側端から前に5m以内の部分においては、法令の規定もしくは警察官の命令により、または危険を防止するために一時停止する場合のほかは停止および駐車が禁止されている(第44条第3号)のであるから、交通整理の行われていない横断歩道の直前で車両等が停止しているのは、通常の場合は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにするため一時停止しているものと考えてしかるべきである。したがって、このような場合には、後方から来る車両等は、たとえ歩行者が見えなくとも注意して進行するのが当然であると考えられるにかかわらず、現実には、歩行者を横断させるため横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出たため、その歩行者に衝突するという交通事故を起こす車両が少なくなかったのである。
そこで、今回の改正では、第38条第2項の規定を設けて、交通整理の行われていない横断歩道の直前で停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとする車両等は、横断歩道を通行し、または通行しようとしている歩行者の存在を認識していない場合であっても、必ずその横断歩道の直前で一時停止しなければならないこととし、歩行者の有無を確認させることにしたのである。車両等が最初から歩行者の存在を認識している場合には、今回の改正によるこの規定をまつまでもなく、第38条第1項の規定により一時停止しなければならないことになる。
「一時停止」するというのは、文字通り一時・停止することであって、前車が停止している間停止しなければならないというのではない。この一時停止は、歩行者の有無を確認するためのものであるから、この一時停止した後は、第38条第1項の規定により歩行者の通行を妨げないようにしなければならないことになる。また、一時停止した結果、歩行者の通行を妨げるおそれがないときは、そのまま進行してよいことになる。警察学論集、「道路交通法の一部を改正する法律」、浅野信二郎(警察庁交通企画課)、立花書房、1967年12月
けど、昭和42年に問題視されて誕生した規定が、いまだに遵守されないのだから…
要は想像力の問題で、本来38条2項は不要な規定なのよ。
減速接近義務が遵守されるなら。
その法律が何のためにあるのか?という教育が必要なのよね。
そしてこの事案に危険運転致傷を適用しようと捜査した山形県警はある意味では英断。
今後「通行妨害目的態様」で起訴する事案は増えると思われますが、逆にいえば「捜査のポイントがなんなのか」を示したのかもしれません。
客観的に「横断歩行者を認識していた」と言えるだけの証拠をどうやって捜査するか。
いまだ被害者は意識不明らしいけど…
川口の時速125キロ一方通行逆走事故についても、報道をみると「進行制御困難高速度」(2号)は認めたようですが、「通行妨害目的」(4号)は認めなかった様子。
これにしても、一方通行を時速125キロで逆走すれば、通行妨害になることの未必的認識があるとは思われますが、この事案について未必的認識で足りると解するかはビミョーなのよ。
川口の時速125キロ逆走事故にしても、被告人が「被害車両を認識していなかった」ことを理由に通行妨害目的を否定したようですが、
通行妨害目的態様が「通行妨害になる未必的な認識」で足りる場合もあるにせよ、論文にもあるように未必的な認識は「相対的否定要素」。
この事故が仮に「一方通行を順走する車両との衝突」であれば通行妨害目的態様が認められる可能性がありますが(一方通行を時速125キロで逆走すれば、順走車の妨害になることは明らか)、実質的危険が変わらないのに「一方通行の順走車」と「交差道路の通行車」で分ける意味があるのか疑問だし、結果論で分ける理由もわからない。
通行妨害目的態様に検察や警察が着目して重視しているのは大分地裁判決あたりからわかりますが、これの理論構築はまだ時間が掛かるのかもしれません。
要は立証方法と理論構築がまだ確立されてないのが通行妨害目的態様なんだと思う。
例えばですが、未必的な認識の全てを通行妨害目的態様に当てはめたら、

歩道の直前で一時停止しなければ歩道を通行する歩行者や自転車の通行妨害になる可能性があることを未必的に認識していたという理屈も成り立つ。
しかしそれが妥当とは思わない。
そうすると、通行妨害目的ではなく「近接行為」に確定的認識が必要と解釈するほうがすっきりするのかも。
認識してない車両や歩行者にたまたま近接したとしても、近接行為に確定的認識があるわけではないから同罪は否定される。
どちらにせよ、対象を認識していたという証拠がなければ同罪は否定されることになるから、捜査で立証すべき点が明らかになっただけなのかもしれません。
ちなみに38条2項違反は二輪車に多いと言われる。
自転車乗りは注意が必要。
このルールって昭和42年の警察学論集にあるように、想像力の問題なのよね。
まあ、「警察のやってますアピールなんです」という低レベルな話を語る人をみると勉強不足は認識を歪め陰謀論の原因としか思いませんが…結果論で起訴しなかったことから語るのは法律知識がなくてもできるのよね…
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。


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