こちらの件。


気になって判決文を読んでみました。
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2輪車のすり抜けリスク
判例は大阪地裁 令和5年3月16日。
事故の態様がこう。
中央線がない幅員が広くない道路で、道路進行方向には赤色点滅の一灯式信号(一時停止)。
自転車(被告)は路外から停止車両の隙間を抜けるように道路に進出し、停止車両を追い抜きして前に出たバイク(原告)と事故。
なお、被害者はバイク側です。
で。
判決文を読んだ印象ですが、まず基本過失割合は「路外から自転車が進出し、道路を直進した車両」(25条の2第1項)を適用したのかと。
この類型だとこちらの「自転車が路外から進入」を適用したのか、それとも「自転車の横断」と捉えたのかは定かではない。
「自転車が路外から進入」だと自転車過失は40%、「自転車の横断」だと自転車過失は30%になりますが、なんでこれを分けているのかはよくわからず。
気になるので後日調べます。
とりあえず「自転車が路外から進入」と捉えて話を進めます。
次に基本過失割合に対する修正要素。
裁判所は停止車両に追いついて進路変更して側方通過したことを「横断歩道30m手前の追い越し禁止(30条)」と捉えていて、それについて運転レベル向上委員会が発狂してますが、
思うに、「追い越し禁止場所の過失修正を適用するかどうか」の説示なんだと思う。
追い越し車と被追い越し車の事故においては、その場所が「追い越し禁止」であるなら追い越し車に10%加算修正する。
この場合、道路幅員から考えるとバイクは「逆走」(通行区分違反)になるので追い越し禁止だろうと通行区分違反だろうと前に出ることは違反になりますが、
民事過失修正要素「追い越し禁止場所」(+10%)を適用すべきと主張する自転車と、適用すべきではないとするバイクの争いなわけでしょ。
民事は厳格に道路交通法を解釈するわけじゃないし、争点は「過失修正要素の追い越し禁止場所を適用するか否か」。
追い越し禁止場所での追い越しと同レベルのリスクがあるなら過失修正要素として適用するのが民事の考え方なわけで、その争点について「適用する」と裁判所が判断しただけなのかと。
まとめるとこうなる。
バイク | 自転車 | |
基本過失割合 | 60 | 40 |
追い越し禁止場所修正 | +10 | -10 |
計 | 70 | 30 |
そして事故現場の状況からみて、自転車はこんな車間横断のような危険なプレイをせずに横断歩道を使えば回避できたともいえる。
それを自転車に不利に5%修正したから65:45なのかと。
バイク | 自転車 | |
基本過失割合 | 60 | 40 |
追い越し禁止場所修正 | +10 | -10 |
横断歩道を使えば回避できた | -5 | +5 |
計 | 65 | 35 |
判決文上、基本過失割合が何%で修正要素が何%みたいな詳細な説示をしていることはマレです。
自転車の横断態様(自転車過失30%)をベースにしたとしても、バイクに「追い越し禁止場所修正」をし、自転車に「横断歩道を使えば回避できた分」を修正したからこういう過失割合になったと考えられる。
「追い越し禁止場所修正」を適用するか否かについてですが、30条各号に当てはまるなら当然適用することになる。
しかし民事の概念では、追い越し禁止場所での追い越しと同じレベルのリスクがある状況なら同修正を適用することはありうるわけで、単にそういう意味で裁判所が「追い越し」と判断しただけにしか見えないのですが…
バイクのいわゆる「逆走」って修正要素ではなく基本過失割合に属するはず。
間違っても「逆走態様」を基本過失割合にするのは不合理なので、あくまで25条の2をベースにした基本過失割合にしたとしているように見える。
すり抜けリスク
裁判所が「追い越し」と判断したことについては、追い越し禁止場所での追い越しと同リスクと捉えて修正要素を適用しただけの話で、条件が違う場合に同修正要素を適用することには繋がらない。
それは個別に判断するものなので、運転レベル向上委員会の解説は的外れな方向に進んでいるけど
バイクは停止車両に続いて停止すべきだし、自転車は車両間横断のようなリスクが高いプレイはすべきではない。
わずかな距離に横断歩道があるのだし。
要はどちらも「すり抜けすんな」でしかないのよね。
ちなみに理屈の上では、自転車に「過失致傷罪」が成立しうる。
たたし過失致傷罪は親告罪なので、被害者から告訴がないなら警察は動かない。
事故ってわりとしょーもないプレイの結果起きますが、どっちが被害者になるかは運次第なのよ。
そして民事の概念を理解してないと、民事の判決文が意図するところは読み取れない。
こちらでも複数の事例を挙げたけど


道路交通法上「34条は適用しない」と書いてある指定通行区分でも「34条の義務がある」としたり、歩道通行自転車を優先道路/非優先道路と捉え36条2項を適用するのが民事。
右側歩道通行自転車は違反ではないけど、過失修正要素として適用するのが民事。
なぜそうなるか?というと、裁判所が法令解釈を間違えたわけではなく民事だからなのよね。
そこを理解してないからおかしなところに着目してしまうわけですが、だから「道路交通法バカになってはいけない」のよ。
民事って道路交通法をベースにした不注意を争うわけだから、道路交通法上は自転車について「追いつかれた車両の義務」がなくても、追いつかれた車両の義務の概念から過失修正することが禁止されているわけではない。
だからこうなることもありうる。

ただし日弁連「赤い本」によると、以下理由から自転車については同修正を適用しないとしている。
四輪車同士の事故においては、道交法27条1項違反が修正要素とされている。
この点、自転車には道交法22条1項の規定に基づく「最高速度」の定めはなく、同法の適用があるかについては疑問があるところであり、同様の修正要素を定めることは妥当ではないと考えた。※37
道交法27条2項は、車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央(当該道路が一方通行となつているときは、当該道路の右側端。以下この項において同じ。)との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、第18条1項の規定にかかわらず、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならないとし、最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。
この点、自転車には最高速度の法定はないこと、先行車が後続車を認識できるのは後続車が並走状態に入ってからであることが多いと考えられることからは、避譲措置をとらないことをもって先行車の過失ととらえ、過失を加重することは妥当ではない。
日弁連交通事故センター東京支部編、「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」、公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部、令和5年、下巻p198
民事でいう「違反」って、必ずしも道路交通法を厳格に解釈してないことは以前から指摘してますが、それを理解してないと勘違いすることになる。
刑罰法規としては類推解釈しちゃダメだけど、民事でいう「過失」の解釈としてはいいのだから。
そして運転レベル向上委員会の主張って、要は「停止車両に追いついて進路変更して側方通過したことを追い越しと判断されたら、類似事案が全て追い越しと判断されかねない」という点なんだと思うけど、そもそも的外れなのよね。
民事過失修正要素の「追い越し禁止場所での追い越し」を適用するかしないかの判断に過ぎず、このケースでは「追い越し禁止場所での追い越し」と同等のリスクがあると判断したからこの修正要素を適用したというだけの話。
道路交通法の解釈についての話ではなく民事過失修正要素の適用についての話なので、そもそも判決文を理解していないし、違う事案についても直ちに同じ判断になるわけではない。
民事の判決文ってこういうの多いですが、彼の勘違いはこの説示が「道路交通法の解釈を示した説示」と捉えた点なのよ。
何を争点にしたのか考えれば、修正要素の適用可否についての説示なんだとわかりそうなんだけどな…
民事はそういう説示がわりとある。
話が逸れました。
結論すると「すり抜けはリスキー」としか言いようがない事案です。
なお、この判例に関わる部分で読者様から重大な疑義があると情報を頂いたのですが、確認するのにお時間を頂きます。

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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