交差道路に一時停止があっても、左右の見通しが悪ければ「非一時停止側」は徐行義務が免除されませんが、

ご意見を頂きました。
最高裁昭和48年5月22日判決は、
しかるに、被告人の対面する信号機は、黄色の燈火の点滅を表示していたというのであつて、前記施行令二条一項によれば、その意味は、「他の交通に注意して進行することができること」というにとどまり、なんら特殊な運転方法ないし注意義務を課するものではない。そして、被告人が本件交差点に差しかかつた際に、交差道路からすでに交差点に入つた車両や交差点の直前で一時停止し、発進して交差点に入ろうとしている車両があるような場合には、そのまま進行すれば衝突する危険があるから、被告人においてもその動静に注意しつつ、減速徐行あるいは一時停止等、臨機の措置に出て、もつて危険を回避すべき義務があるけれども、そうでなければ、右のとおり交差道路上の車両はすべて信号に従い一時停止およびこれに伴なう措置をとることとなつているのであるから、被告人の車両がそのまま進行しても、交差道路上を接近して来た車両が、被告人の車両に先んじて、もしくはこれと同時に交差点に入るというようなことは考えられず、したがつて衝突の発生する危険もないはずであり、特段の事情の認められない本件において、被告人が、交差道路を進行してくる現認できない車両は当然交差点直前で一時停止するから衝突の危険はないものとして、徐行することなく交差点に進入したとしても、これをもつて不注意であるということはできないとしているのだから、交差道路に一時停止があるなら左右の見通しが悪い非一時停止側は徐行しなくて問題ないことになるのではないでしょうか?
なるほど。
最高裁昭和48年5月22日判決
判例を読むときに注意したほうがいいんだけど、この最高裁判例の認定事実から確認します。
原審の認定から。
被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和42年11月26日午前4時20分ころ、大型貨物自動車を運転し、時速約50キロメートルで長野県塩尻市大字ab番地付近国道一九号線(車道幅員7.85ないし7.90メートル)を南方木曾方面から北方松本市方面へ向け進行中、右道路がB駅方面から西方朝日村方面に通ずる県道(歩車道の区別なく幅員6.6メートル)と交差する信号機の設置された交差点の手前に差しかかつたが、右交差点は左右の見とおしがきかないのみならず、右県道上の交通に対面する信号機は赤色の燈火の点滅を表示し、右国道上の交通に対面する信号機は黄色の燈火の点滅を表示していて交通整理の行なわれていない状態であり、かつ、国道の幅員が県道の幅員より明らかに広いとは認められなかつたから、このような場合、自動車運転者としては、道路交通法(昭和46年法律第98号による改正前のもの。以下同じ。)42条に従い、交差点進入前に徐行したうえ、右交差点内および左右道路からの他の交通に十分注意し、その安全を確認して進行し、もつて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人は、早朝で交通閑散であることに気を許してこれを怠り、漫然同一速度で同交差点に進入しようとした過失により、交差点直前(交差点中央から南方約10メートル)に達した際、右方県道上を時速約60キロメートルで同交差点に向つて進行するA運転の普通乗用車を右斜め前方15メートルの地点にはじめて発見し、急制動をかけたが間にあわず、右交差点中央付近で、自車前部を右普通乗用車の左側部に激突させ、その衝撃により同車同乗者1名を死亡させ、右Aおよび他の同乗者3名にそれぞれ傷害を負わせた
要は被告人は黄色点滅、相手方は赤点滅(一時停止)。
被告人 | 相手方 | |
信号 | 黄点滅 | 赤点滅(一時停止) |
道路交通法の義務 | 左右の見通しが悪いから徐行 | 一時停止 |
速度 | 50キロ | 60キロ |
相手方車両の進行方向は違いますが、被告人が徐行義務を怠り、相手方が一時停止義務を怠り事故に至った事案には最高裁判所第二小法廷 平成15年1月24日判決がある。
似てますね。
で、確かにこの最高裁判例では以下説示がある。
しかるに、被告人の対面する信号機は、黄色の燈火の点滅を表示していたというのであつて、前記施行令2条1項によれば、その意味は、「他の交通に注意して進行することができること」というにとどまり、なんら特殊な運転方法ないし注意義務を課するものではない。そして、被告人が本件交差点に差しかかつた際に、交差道路からすでに交差点に入つた車両や交差点の直前で一時停止し、発進して交差点に入ろうとしている車両があるような場合には、そのまま進行すれば衝突する危険があるから、被告人においてもその動静に注意しつつ、減速徐行あるいは一時停止等、臨機の措置に出て、もつて危険を回避すべき義務があるけれども、そうでなければ、右のとおり交差道路上の車両はすべて信号に従い一時停止およびこれに伴なう措置をとることとなつているのであるから、被告人の車両がそのまま進行しても、交差道路上を接近して来た車両が、被告人の車両に先んじて、もしくはこれと同時に交差点に入るというようなことは考えられず、したがつて衝突の発生する危険もないはずであり、特段の事情の認められない本件において、被告人が、交差道路を進行してくる現認できない車両は当然交差点直前で一時停止するから衝突の危険はないものとして、徐行することなく交差点に進入したとしても、これをもつて不注意であるということはできない
最高裁判所第三小法廷 昭和48年5月22日
要はこれ、「相手方が一時不停止」+「異常な高速度で突っ込んできた」事案。
その前提における説示なので、「相手方が一時不停止」+「異常な高速度」という状況以外では
「事案を異にし適切な判例ではない」
になるわけよ。
それはこの判決を読めばわかる。
このようにみてくると、本件被告人のように、自車と対面する信号機が黄色の燈火の点滅を表示しており、交差道路上の交通に対面する信号機が赤色の燈火の点滅を表示している交差点に進入しようとする自動車運転者としては、特段の事情がない本件では、交差道路から交差点に接近してくる車両があつても、その運転者において右信号に従い一時停止およびこれに伴なう事故回避のための適切な行動をするものとして信頼して運転すれば足り、それ以上に、本件Aのように、あえて法規に違反して一時停止をすることなく高速度で交差点を突破しようとする車両のありうることまで予想した周到な安全確認をすべき業務上の注意義務を負うものでなく、当時被告人が道路交通法42条所定の徐行義務を懈怠していたとしても、それはこのことに影響を及ぼさないと解するのが相当である。
最高裁判所第三小法廷 昭和48年5月22日
判例の基本は「その事案に対する判断」。
それ以外のケースに当てはまるようには書いていない。
同じく最高裁判例(業務上過失致死傷)において、交差道路に一時停止があっても、左右の見通しが悪ければ徐行義務は免除されないとした最高裁判所昭和42年(あ)第211号同43年7月16日第三小法廷判決(刑集22巻7号813頁)がありますが(もしくは最高裁判所第二小法廷 昭和63年4月28日)、要はこれらについては判例変更されていない。
最高裁は判例変更する際には小法廷ではなく大法廷で審理する決まりがある以上、昭和48年判決は「あくまでも異常な高速度で一時停止突破した相手方との事故」に限定した判断なわけよ。
交差道路に一時停止規制があっても左右の見通しが悪いなら徐行義務があるとした最高裁判例は判例変更せず維持したまま、「一時不停止で異常な高速度で突っ込んできた場合の判断」をしただけなのだから、結局は徐行義務は免れないことになる。
しかも道路交通法違反の成否を争った判例ではなく、業務上過失致死傷の注意義務違反に問えるかの内容なので(過失犯の注意義務違反と、道路交通法違反は別問題)、交差道路に一時停止があっても、左右の見通しが悪ければ徐行義務は免除されない。
たまたま一時停止側が異常な高速度で突っ込んできた場合に過失運転致死傷罪は成立しないことにはなりますが、それ以外の事案には当てはまらないことになる。
それはこのあたりをみてもわかるかと。
もつとも、本件交差点の前示状況に照らし、被告人がその直前で徐行しなかつたことは道路交通法四二条に違反している疑いがないではなく、かつ、被告人がこの徐行をしていれば本件衝突は起らなかつたかも知れないと考える余地があつて、この意味で、右徐行懈怠と本件の結果発生との間には条件的な因果関係があるといえなくはないけれども、交通法規違反のあることがただちに、刑法上、個別的な業務上の過失があることを意味しないことは多言を要しないのみならず、もしも、道路交通法上、被告人が徐行をしておれば交差道路上の車両は一時停止義務を解除されるようなことになつていたのであれば、被告人は、Aが被告人において徐行するものと考えて一時停止をしないことをも予想すべきであり、徐行することのないまま交差点に進入したことはこの点に思いをいたさなかつたものとして過失の責を問われてもやむをえないであろうけれども、すでに述べたとおり、本件交差点では、Aは、国道上の交通状況如何にかかわらず、必ず一時停止のうえ安全を確認すべく、本件のように、時速約六〇キロメートルという速度のまま、交差点に突入することが道路交通法上許容されることはありえなかつたのであり、かつ、Aにおいてこのように適法な運転をしていさえすれば、被告人の徐行の有無に関係なく、本件衝突の発生するおそれはまつたくなかつたのであるから、被告人の徐行しなかつたことは、本件の具体的状況のもとでは、なんら事故に直結したものといえず、これをもつて不注意ということもできない。
最高裁判所第三小法廷 昭和48年5月22日
徐行義務違反(道路交通法違反)が成立するとしても、それが直ちに業務上の注意義務違反になるわけではない。
つまりこの判例は道路交通法違反としての徐行義務違反にはなるけど、相手側が一時不停止&異常な高速度という状況で徐行義務違反が業務上の注意義務違反といえるか?を判示したものでして、さらにほぼ同様の事案、最高裁判所第二小法廷 平成15年1月24日判決では「徐行していたとしても異常な高速度の相手側と衝突を回避できたかは疑問」として無罪にしている。
また,1,2審判決の認定によれば,次の事情が認められる。すなわち,本件事故現場は,被告人運転の車両(以下「被告人車」という。)が進行する幅員約8.7メートルの車道とA運転の車両(以下「A車」という。)が進行する幅員約7.3メートルの車道が交差する交差点であり,各進路には,それぞれ対面信号機が設置されているものの,本件事故当時は,被告人車の対面信号機は,他の交通に注意して進行することができることを意味する黄色灯火の点滅を表示し,A車の対面信号機は,一時停止しなければならないことを意味する赤色灯火の点滅を表示していた。そして,いずれの道路にも,道路標識等による優先道路の指定はなく,それぞれの道路の指定最高速度は時速30キロメートルであり,被告人車の進行方向から見て,左右の交差道路の見通しは困難であった。
このような状況の下で,左右の見通しが利かない交差点に進入するに当たり,何ら徐行することなく,時速約30ないし40キロメートルの速度で進行を続けた被告人の行為は,道路交通法42条1号所定の徐行義務を怠ったものといわざるを得ず,また,業務上過失致死傷罪の観点からも危険な走行であったとみられるのであって,取り分けタクシーの運転手として乗客の安全を確保すべき立場にある被告人が,上記のような態様で走行した点は,それ自体,非難に値するといわなければならない。
しかしながら,他方,本件は,被告人車の左後側部にA車の前部が突っ込む形で衝突した事故であり,本件事故の発生については,A車の特異な走行状況に留意する必要がある。すなわち,1,2審判決の認定及び記録によると,Aは,酒気を帯び,指定最高速度である時速30キロメートルを大幅に超える時速約70キロメートルで,足元に落とした携帯電話を拾うため前方を注視せずに走行し,対面信号機が赤色灯火の点滅を表示しているにもかかわらず,そのまま交差点に進入してきたことが認められるのである。このようなA車の走行状況にかんがみると,被告人において,本件事故を回避することが可能であったか否かについては,慎重な検討が必要である。
この点につき,1,2審判決は,仮に被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロメートルに減速徐行して交差道路の安全を確認していれば,A車を直接確認することができ,制動の措置を講じてA車との衝突を回避することが可能であったと認定している。上記認定は,司法警察員作成の実況見分調書(第1審検第24号証)に依拠したものである。同実況見分調書は,被告人におけるA車の認識可能性及び事故回避可能性を明らかにするため本件事故現場で実施された実験結果を記録したものであるが,これによれば,①被告人車が時速20キロメートルで走行していた場合については,衝突地点から被告人車が停止するのに必要な距離に相当する6.42メートル手前の地点においては,衝突地点から28.50メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することはできなかったこと,②被告人車が時速10キロメートルで走行していた場合については,同じく2.65メートル手前の地点において,衝突地点から22.30メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと,③被告人車が時速15キロメートルで走行していた場合については,同じく4.40メートル手前の地点において,衝突地点から26.24メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと等が示されている。しかし,対面信号機が黄色灯火の点滅を表示している際,交差道路から,一時停止も徐行もせず,時速約70キロメートルという高速で進入してくる車両があり得るとは,通常想定し難いものというべきである。しかも,当時は夜間であったから,たとえ相手方車両を視認したとしても,その速度を一瞬のうちに把握するのは困難であったと考えられる。こうした諸点にかんがみると,被告人車がA車を視認可能な地点に達したとしても,被告人において,現実にA車の存在を確認した上,衝突の危険を察知するまでには,若干の時間を要すると考えられるのであって,急制動の措置を講ずるのが遅れる可能性があることは,否定し難い。
そうすると,上記②あるいは③の場合のように,被告人が時速10ないし15キロメートルに減速して交差点内に進入していたとしても,上記の急制動の措置を講ずるまでの時間を考えると,被告人車が衝突地点の手前で停止することができ,衝突を回避することができたものと断定することは,困難であるといわざるを得ない。
そして,他に特段の証拠がない本件においては,被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば,A車との衝突を回避することが可能であったという事実については,合理的な疑いを容れる余地があるというべきである。
以上のとおり,本件においては,公訴事実の証明が十分でないといわざるを得ず,業務上過失致死傷罪の成立を認めて被告人を罰金40万円に処した第1審判決及びこれを維持した原判決は,事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものとして,いずれも破棄を免れない。
最高裁判所第二小法廷 平成15年1月24日
道路交通法違反(徐行義務違反)は成立するけど、徐行しても回避可能かは疑わしいから無罪。
過失犯なのだから予見可能性と回避可能性がないと成立しないわけで、回避可能性がないなら道路交通法違反があっても無罪になる。
これって運転レベル向上委員会も勘違いしているけど

運転レベル向上委員会は「限定するような解釈を示す場合には、裁判官はきちんと限定した書き方をする」と解説してますが、むしろ逆。
「わざわざ限定した書き方をしなくても、当該事案についてしか判断していない」が正解。
だから運転レベル向上委員会が取り上げた名古屋高裁判決にしても、これをもって「対向車も含む」と読む法律家はいないのよね。
たぶんいろいろ整理がついてないのだと思いますが、徐行義務の話はわりと様々な判例があるし、なぜ優先道路を除外したかについても歴史がややこしい。
全部まとめないと勘違いしやすいけど、全部まとめるにはボリュームがありすぎるのでまた今度w

2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。
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