こちらで取り上げた千葉地裁判決について質問を頂いたのですが、

人をひいたならどちらも有罪では?
要はこれ、過失犯と故意犯の違いです。
Contents
過失運転致死傷罪と救護義務違反罪の違い

ざっくりまとめます。
| 過失運転致死傷罪 | 救護義務違反罪 | |
| 性質 | 過失犯 | 故意犯 |
| 成立要件 | 何らかの不注意で他人を死傷させたこと | 他人と事故を起こした認識があるのに救護しなかったこと |
| 必要要素 | 予見可能性と回避可能性 | 人間相手に事故を起こした認識 |
まず事故の概要です。
(1) 本件事故の現場は、片側一車線の最高速度が時速40キロメートルに規制された村道の直線道路で、車道幅員は5.4メートル、車道両脇には、縁石で区分された歩道が付設されていた。付近は街灯設備もまばらな水田に囲まれた農村地域で、夜間の交通量は少なかった(甲9)。
(2) 被告人は、平成26年1月15日午前1時9分頃、普通乗用自動車(以下、「本件車両」という。)を運転し、本件道路を長生村本郷方面から同村信友方面に向かって時速約60キロメートルで前照灯を下向きにして走行していた(被告人質問)。
(3) 本件男性は、身長約163センチメートル、体重約82.5キログラムの成人で(甲11)、事故当日は、黒色のダウンジャケット、濃紺のジーンズ、黒色のスニーカーを着用し(甲13)、帰宅途中に酩酊状態となり(甲18、20)、本件道路上に、信友方面に頭部を向け、道路と平行になる形で横たわっていた(甲16)。
(4) 被告人の運転する本件車両は、本件現場を通過した際、横たわる本件男性を車底部に巻き込み、衝突地点から約21.8メートル引きずった上、左後輪で本件男性の胸背部をれき過し(甲4、16)、胸背部をほぼ断続して一周し左右に走る出血を生じさせるなどの傷害を負わせた(甲16、17、46)。また、本件車両は、本件男性を引きずった際、路面に約5.6メートルのブレーキ痕を印象させた(甲4,甲16)。
本件事故により、本件男性は、肺損傷、上部頸髄および胸髄損傷等の傷害を負い、同傷害に基づく外傷性ショックにより間もなく死亡した(甲11)。
なお、本件事故については、被告人に対し、最高速度遵守義務違反および安全確認義務違反の過失による自動車運転過失致死被告事件に関し、罰金50万円の有罪判決(求刑も同額の罰金)が確定している(乙5、6)。本件道路交通法違反被告事件は、上記別件の判決期日直前に起訴され、当時の裁判体は、上記別件の再開、併合をしなかった。
(5) 本件車両には、車両前部のフロントバンパー下部から車底部のフロントアンダーカバーにかけて左右最大約125センチメートル、上下最大約24センチメートルの範囲で破損および変形が生じ(甲12)、車底部の燃料タンクに前後径約40センチメートル,左右径約40センチメートルの範囲に最深約3センチメートルのへこみが生じるなど(甲15)、車両前部および車底部に多数の損傷が生じた。
(6) 本件事故後、警察官が本件現場に到着するまでの間に、合計5台の後続車が本件現場を通過したが、全ての車両が本件男性をれき過した(甲23、24)。
(7) 被告人は、本件男性をれき過した後、最初の信号交差点手前の停止線付近(本件男性に衝突した地点から約136.3メートルの地点)で赤信号のため停車した際、運転席から降車して、本件車両の前に回り、車両前部の損傷状況を確認するなどした後(甲5、23)、自宅に戻った(甲6)。
(8) 被告人は、本件事故から約45分後の同日午前1時54分頃、長生郡市広域市町村圏組合火災の電話番号に電話をかけ、本件現場付近に消防隊が救急支援活動に向かっている旨の音声ガイダンスを聞いた(甲42)。
(9) 被告人は、同日午前4時頃に、現場近くまで自転車で戻ってきて、警察による実況見分等が行われている状況を確認した上で、自宅に帰り、午前5時頃、本件車両に乗って再度現場に戻り、実況見分中の警察官に対し、「人をひいたかもしれない」旨の申告をした(甲3)。
さて。
この事件は過失運転致死罪について結審(審理が終了し判決待ちの状態)に、検察官が救護義務違反で追起訴。
要はこれ、過失運転致死罪については「制限速度を遵守し、前方注視していれば轢過しなかった(発見可能時点で急ブレーキを掛ければ回避可能だった)」と証拠上認められたから過失運転致死罪は有罪になる。
しかし救護義務違反については故意犯の処罰規定しかないので、人間を轢いた認識がないと成立しない。
本件車両は、時速約60キロメートルで走行中に、比較的体格の良い本件男性を車底部に巻き込み、約21.8メートル引きずった上で、本件男性の胸背部に左後輪で乗り上げて、れき過しており、燃料タンクに大きな凹みが生じていることから、本件車両には、本件事故の際、車体の下から相当強い衝撃が加わったことが認められる。その上で、被告人が、本件男性を引きずっている最中に、ブレーキをかけていること(被告人は、この事実を否認するが、路上のブレーキ痕等から、ブレーキをかけていることは明らかである。)、事故直後の信号交差点における停車時に、わざわざ降車して、車両の損傷を確認したことなどからすると、被告人が、車体の下から相当強い衝撃を体感したことも明らかである。そうすると、被告人が、本件事故時に、本件車両が何かをひいたと認識したことは推認できる。
しかし、本件現場は、深夜には人通りがほとんどなかったと認められる住宅もまばらな農村地域を通る村道であり、歩道と車道が縁石で明確に区分され、横断歩道や交差点などが存在する箇所ではないため、歩行者が車道に進入する可能性は低い状況にあったといえる。さらに、車道に進入した人が路上に横たわっているということは通常は考えにくい事態である。そうすると、本件当時、運転者にとって、本件現場で人が路上に横たわっていると想定することは相当に困難な状況であったといえる。以上の現場の状況を前提とすると、被告人が、本件車両が何かをひいたと認識しても、その対象物について、路上に放置されたゴミや木材、道路に侵入した動物などと認識し、人をひいたかもしれないとは認識しなかったことも十分に考えられる。
検察官は、本件現場は、自動車専用道路ではなく、付近に民家やコンビニエンスストアも存在するため、人通りが皆無の場所ではないから、被告人が相当程度の衝撃を体感し、人身事故ではないと信じるような特段の事情もない以上、対象物が人であることに気付いたことが強く推認されると主張する。しかし、本件現場の状況を前提とすると、運転中に車体の下から相当強い衝撃を体感しても、むしろ、対象物は、ゴミ、木材、動物などと考えるのが通常であるといえ、人が路上に横たわっていたと認識するような特段の事情が認められない本件において、対象物が人であるかもしれないと認識したと推認することはできない。千葉地裁 平成29年9月15日
「何かとの衝突」は制限速度を遵守し前方注視していれば回避できたから過失運転致死罪は有罪。
しかし起こした事故について、人間を轢いた認識があったとまでは言えないから救護義務違反罪は無罪になる。
過失運転致死罪には「人間を轢いた認識」は必要がない。
そもそも過失運転致死傷罪は「注意していれば回避可能だったか?」を問題にするのだから、「前方不注視で他人を見逃した過失」により死亡させたなら成立する。
言い換えるなら「制限速度を遵守して前方注視していれば人間だと認識でき、しかも事故回避は可能だった」けど、「制限速度を遵守せず前方不注視だったから、人間を轢いたとは認識できなかった」とも言えるのよね。
けど、犯罪の成立要件として救護義務違反罪は故意、つまり他人と事故を起こした認識が必要。
人間とは認識してなかった以上、救護義務違反罪は成立しませんが、事故自体は回避可能だったから過失運転致死罪は有罪なのよ。
思うに
理屈の上では過失運転致死傷罪は有罪、救護義務違反罪は無罪はあるし、
過失運転致死傷罪は無罪、救護義務違反罪は有罪もあります。
例えば制限速度を遵守して前方注視していたところに、回避不可能なタイミングで歩行者が飛び出してきたなら過失運転致死傷罪は成立しない。
しかし衝突した認識があるのに逃走したら、救護義務違反罪は成立する。
で。
運転レベル向上委員会より引用

この人は過失運転致死傷罪と救護義務違反罪の区別がついてないから、自らが掲げたテーマとは合わない判例を紹介している。
「事故を避けられたのか?」は過失運転致死傷罪のテリトリーですが、救護義務違反罪のテリトリーは「起こした事故について、事故後の責任」ですよね。
事故以前の運転態度を非難する過失運転致死傷罪、起こした事故の処理を非難する救護義務違反罪。
問題にしているのは別なのよ。
運転レベル向上委員会より引用
歩行者をはねたけど無罪になった代表的判例として千葉地裁判決を挙げてるけど、過失運転致死罪は有罪なのに、救護義務違反罪が無罪になったことを抜き出して「代表的な無罪判例」と紹介するセンスは理解し難い。
バチバチに有罪なのよ。この事故は。
おそらく、過失犯と故意犯の違いと、非難するポイントの違い(事故以前の運転態度の非難/事故後の対応の非難)から一瞬「ん?」と思ってしまうのかもしれないけど、人をひいた認識がないなら救護義務を課せないことになり救護義務違反罪は成立しない。
人をひいた認識があるから救護義務を課すのでして。
しかし事故自体は制限速度を遵守し前方注視していたら回避可能だったと判断されたから、過失運転致死罪は有罪。
たまに危険な運転+ひき逃げ事故について、「こんな危険な運転+ひき逃げなんだから危険運転致死傷罪にすべき」みたいな意見をみかける。
ひき逃げは「事故後の問題」なのだから過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪の範疇ではない。
運転レベル向上委員会の人は、被害者の過失が大きければ無罪になる、という誤った価値観の元で解説するから、大阪高裁判決の意味すら取り違えている。
刑事と民事の過失も別なことに気づかずに混同させている限り、この人はこれからも間違い解釈をふりまくだけなのよね。。。
で。
この判例から学べるのは、まず、制限速度を遵守して前方注視してください。
なお夜間にロービームで通行する際には、照射範囲内で制動できる速度で進行する注意義務違反があるとした判例があることに注意。

次に正体不明なものを轢いたときは、直ちに停止して現場に戻ってください。
無罪になったから良かったね、ではなくて、そもそも救護義務違反の嫌疑すら掛からない状況がベストなのは言うまでもない。
判例をおかしな紹介の仕方をするから、運転の向上には役に立たない結果論に一喜一憂して終わるのよ。
2011年頃からクロスバイクやロードバイクにはまった男子です。今乗っているのはLOOK765。
ひょんなことから訴訟を経験し(本人訴訟)、法律の勉強をする中で道路交通法にやたら詳しくなりました。なので自転車と関係がない道路交通法の解説もしています。なるべく判例や解説書などの見解を取り上げるようにしてます。
現在はちょっと体調不良につき、自転車はお休み中。本当は輪行が好きなのですが。ロードバイクのみならずツーリングバイクにも興味あり。



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