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進行制御困難な高速度の典型例。

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危険運転致死傷罪に「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」(処罰法2条2号)がありますが、以前から解説しているようにこの条文がいう進行制御困難な高速度とは「進路から逸脱しかねないような速度」のこと。
対処困難性(制限速度を遵守していれば事故の回避が可能だった)を含まない。

 

この規定は時速45キロでも「道路の状況によっては」成立する。

 

では実例を。
判例は福岡地裁 令和7年9月22日。
ヘアピンカーブに時速45キロ(+箱乗り)で進入し横転させた事故で、運転者は危険運転致死傷罪に問われた。
事故現場の概要です。

ア 事故現場のカーブ(以下「本件カーブ」という。)は、E山の林道にあり、比較的麓に近い場所に位置している。本件カーブは、別紙1「現場図」(添付省略)のとおり、A展望台方面からd方面に向けて右に大きく湾曲し、ほぼ180度引き返すような形状をした、いわゆるヘアピンカーブであり、約4%から7%の下り勾配となっていた。本件カーブは、アスファルト舗装の平坦な単路で、事故発生当時、路面は乾燥しており、交通規制は設けられておらず、周囲に街灯はなかった。本件カーブには中央線がなかったものの、左右に車両の進行方向を示す矢印の道路標示があった。また、本件カーブの手前には、「カーブ注意」との道路標示もあった。

イ A展望台方面から走行した場合、本件カーブの入り口部分は、曲率半径(カーブを円弧として捉えた場合の半径をいう。)が約18mのカーブとなっているが、途中からカーブの角度が急になり、最も急な部分の曲率半径は約12m、限界旋回速度(車がカーブを曲がることのできる理論上の限界速度をいう。)は時速約36~38kmであった(以下、別紙1「現場図」(添付省略)のとおり、便宜的に、本件カーブの入り口部分を「始端部」、もっとも急な部分を「中間部」、本件カーブの終わりの部分を「終端部」と呼称するが、各区間の間に明確な境界などがあるわけではなく、連続して一つのカーブを成すものである。)。本件カーブは、始端部の終わりくらいの位置まで進行しなければ、その先もカーブが続くのかを見通すことが困難な形状をしていた。

下り勾配のヘアピンカーブに時速45キロで進入し横転。
これについて裁判所は「進行制御困難な高速度」と認めた。

ア まず、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転処罰法」という。)2条2号にいう「進行を制御することが困難な高速度」とは、速度が速すぎるため、自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度をいい、具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の形状、路面の状況、車両の構造、性能等の客観的な事実に照らし、あるいは、ハンドル又はブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることになるような速度をいうと解される。

本件カーブがいわゆるヘアピンカーブであり、最も急な部分の限界旋回速度が時速36~38kmで、かつ下り勾配もついていることからすると、本件カーブを安全に曲がり切るためには、進入前に十分に速度を落とした上、カーブの形状に沿って、ハンドルを切るタイミングや角度を慎重に調節する必要があったことは明らかといえる。
一般的な運転者を念頭に置けば、このような本件カーブの形状や周囲の状況などからすると、本件カーブに被告人車のように時速45km程度の速度で進入すれば、運転操作のわずかなミスによって事故を引き起こしかねないと考えるのが通常の感覚である。プロドライバーでレース経験も豊富なJ証人が、プロの運転技術を基準にしても、本件カーブを曲がる際には、カーブに進入する辺りで時速40kmくらいまで減速する必要があり、中間部は時速35kmくらいでないと曲がり切れないと証言していることや、G証人も走行実験の際、事故の危険があるため、時速35km以上は出せなかったと証言していること、K証人が本件カーブで一般車両の通過速度を測定したところ、平均が時速約21kmで、最高でも時速29.4kmであったことは、上述したところが一般的な感覚であることを裏付けているといえる。

ウ また、被告人は、前記のとおり、本件カーブに進入した後も時速約45kmまで被告人車を加速させており、その直後、高速度のままハンドルを右に切ったことで横滑りを生じさせている。このように横滑りを生じさせたこと自体に、被告人車の速度が、被告人が進行を制御できないようなものであったことが表れているといえる。

エ 加えて、横滑りが生じてから横転するまでの約3.2秒のうちに、被告人は、素早く右方向へ200度以上ハンドルを切り足し、アクセルを強く踏み、さらに強いブレーキを踏むなどしている。このような一連の運転操作の状況からすれば、被告人は、前記加速の結果、カーブの形状に応じて緩やかにハンドルを切ることができず、急な運転操作を余儀なくされ、ハンドルを切るタイミングや角度、ブレーキ操作のタイミングを誤り、横転に至ったと考えられる。そうすると、上記の被告人車の速度というのは、ハンドル又はブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることになるような速度であったといえる。

オ 以上からすれば、上記の被告人車の速度は、「進行を制御することが困難な高速度」に該当するといえる。

ところでこの裁判、カーブの形状を認識してなかったから進行制御困難な高速度の故意がないと主張している。
これについて裁判所の判断はこちら。

ア 被告人が、従前から友人とE山の山道で箱乗りをして、そのスリルを楽しむことを繰り返し、E山の道路にカーブが数多くあり、随所に急なヘアピンカーブもあることを把握した上で、本件当日も同様の目的でE山を訪れていること、被告人が「私に命を預けろじゃん」と発言し、他の車両よりも明らかに速い速度で下っていること、事故を起こすまで、道路状況に応じて意識的な運転操作を行っていることは明らかである。これらの点からすれば、被告人は、被告人車が進行を制御することが困難な高速度であることを基礎付ける事実を十分に認識していたばかりでなく、被告人は同乗者に箱乗りのスリルを楽しませるために、認識した道路状況に応じ、山道のカーブを曲がり切ることのできるギリギリの速度を狙って、意図的に高速度で運転していたと認めることができ、裏を返せば、ハンドル操作やブレーキ操作のわずかなミスで事故を起こしかねない速度、すなわち進行を制御することが困難な高速度で意図的に走行していたとさえいうことができる。以上によれば、危険運転致死傷罪の故意は優に認められる。

イ これに対し、被告人は、本件カーブがヘアピンカーブであるとは認識していなかった旨供述し、弁護人もこれに沿う形で、被告人は道路の形状を誤認していたため、危険運転致死傷罪の故意がない旨主張する。しかし、カーブの形状により、進入前の時点において、物理的にカーブ全体の状況を視認できないことがあり得ることは、ある意味当然のことであって、進入前の時点でカーブの存在や形状を概括的に認識した上、カーブを進行するに従って、その先の道路の形状も認識していったのであれば、道路の形状に対する認識に欠けることはないというべきである。本件において、被告人が、本件カーブに進入する前の時点で、本件カーブの存在やその大まかな形状を認識していたことは明らかに認められる上、被告人は、本件カーブを進行していくうちに、始端部の先にもカーブが続いていくことが分かったというのであるから、被告人供述を前提としても、道路の形状に対する認識が欠けることにはならない。

ウ したがって、被告人の供述や弁護人の主張を踏まえても、危険運転致死傷罪の故意は認められる。

なんか不思議な主張に思えたので引用しましたが、カーブ進入以前にカーブの形状を完全に把握できるわけがないんですよね。
見通しが悪いのだから。

 

それが故意を否定することには繋がらない。

 

この判例を取り上げた理由ですが、「進行制御困難な高速度」が想定する状況そのものだからです。
危険運転致死傷罪は危険な運転行為のうちより悪質なものに限定して類型化してますが、

 

異常な高速度であったために事故の回避ができなかった事案(いわゆる対処困難性)は類型化してないため、例えば時速120キロで直進したために「制限速度なら回避できた」みたいな場合を含まない。

 

けどようやく直線における進行制御困難な高速度の立証方法が確立されつつあり、

大分地裁「危険運転致死」の判決文にみる進行制御困難な高速度。
時速194キロで直進し右折車と衝突した件について、大分地裁は危険運転致死(進行制御困難な高速度)を認めましたが、判決文が公開されました。以前書いた内容そのまんまですが…検察官が起訴したのは「進行制御困難な高速度」と「通行妨害目的」の二点。(...

大分地裁やさいたま地裁では進行制御困難な高速度を認めた事案が出てきた。

 

要は異常な高速度であるために対処困難に陥った事故については、危険運転致死傷罪に類型化されてないため、被害者遺族からは不満が出ている。
異常な高速度であるため対処困難に陥った事故も悪質性が高いのだから、それは別に規定すべきなのよね。

 

なお福岡地裁 令和7年9月22日判決は裁判所ホームページにある。

裁判例結果詳細

過失犯の事例だと実際の運転における注意として役立つけど、故意犯の事例はあまり役に立たない。
なぜならほとんどの人はこんなことをしないからなのよ。

 

なので法解釈の勉強にしかならないけど、進行制御困難な高速度は理解している人が少ない。
どこかのYouTuberの解説をみてもさっぱり理解してないんだなとわかりますが、大分地裁判決が画期的なのは裁判所の判断ではなく、検察が立証方法を考案した点なのよね。
理屈の上では直線路で進路逸脱がなくても同罪は成立するとはいえ、どうやって立証するのかという問題を抱えていた。

 

しかし道路の轍に着目すれば、「その速度だとわずかな操作ミスで吹っ飛ぶよね」という立証が可能になる。

 

あえて「高速度対処困難類型」を設けなくても立証次第で同罪が成立することになりますが、現状では警察と検察が「どこ」に着目するか次第なのかと。

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